メタリカント
〜遭遇〜

作:KEBO



 美咲は依然、森の中を彷徨っていた。卒業旅行で来たヨーロッパ某国。彼女たちは値段の安さと、神秘的な雰囲気の写真がいくつも掲載されたパンフレットに引かれてやってきたのだ。
 クエークエー・・・・
 鳥とも、あるいは何かの動物ともつかぬ、奇妙に甲高い声が頭上を通過していく。彼女は疲れ果てていた。
(ここは一体どこなの・・・)
 半ば朦朧とした頭で考えるが、わかるはずもない。
(添乗員の人の言うことちゃんと聞いてさえいれば・・・・)


 美咲たち、四人の娘達は嬉々として夜の街に繰り出した。
「治安が悪いから」と添乗員は渋った。実際にこのところ何件かの誘拐事件が起きていた。しかし彼女たちは面白そうなスポットを無理矢理聞き出し、みんなで行けば恐くないとホテルを出てきたのだ。
 最初に入った店で、彼女たちは現地人らしい男達に声を掛けられた。笑いながらその誘いを断り、彼女たちは次の店へと向かったのだが、その途中、それは起こった。


 それは、突然の出来事だった。
 電灯もあまり無い、町はずれの道。おそらく日本であれば彼女たちも警戒したであろう暗がりだったが、旅行中の開放的な気分が彼女たちの警戒心を薄くしていた。四人は嬌声をあげてふざけあいながらその中を歩いていた。
「きゃ!」悲鳴を上げたのは春香だった。
「どうしたの?」美咲たちが振り返るが春香はなにか首か頭を掻きむしっている。しかし暗くて何が起こっているのかはよくわからない。そうしているうちに今度は真弓が同じように悲鳴を上げて頭を掻きむしりはじめた。春香はうめき声を上げながら地面に四つん這いになっている。
「なに!だいじょうぶ」京子が春香に駆け寄る。それを見て美咲は真弓の方に駆け寄った。程なく京子が驚きの声を上げた。
「なんなのよこれ!」京子は頭を抱えてうめき声を上げる春香の後頭部から何かを剥がそうとしているようだった。美咲もそれに習って真弓の後頭部を見る。
「!」真弓の後頭部に、なにかが取り付いていた。はじめは何かの虫かと思ったが、そうではなかった。それは、見るからに機械でできていたのだ。拳大の、半球型の機械から放射状に短い足が何本も伸び、真弓の後頭部から首にかけて取り付いている。その足は真弓の頭に食い込んでいるように見えた。
「真弓!大丈夫!」真弓のうめき声が止む。と同時に真弓の身悶えるような動きが止まる。その顔から血の気が引き、目が虚ろに宙をさまよっている。
「ちょっと春香!」春香の方も同様だった。京子が必死に声をかけているがピクリともしない。
「京子・・・救急車・・・」美咲がそう言いかけたときだった。突然ムクリと春香が立ち上がる。
「春香?」京子が何か恐ろしい物でも見るようにその春香を見上げた。そうしているうちに真弓も同じように立ち上がった。
 美咲には京子の気持ちがよくわかった。真弓も春香も、まったく意志のない表情で力無く立っている。そして、二人は暗がりの中へと、まるで夢遊病のように歩き出した。
「ちょっと待ってよ!」追いかける京子。何が起こったのか理解できない真弓もとりあえず後を追った。


 美咲と京子の静止に全く反応せず、真弓と春香はどんどん闇の中を森の方へと進んでいった。止めようにも、なぜか二人の力は非常に強く、たちまち振り切られてしまうのだ。
「おねがい・・・・二人とも止まって・・・」半ば涙声の美咲。と、突然二人が立ち止まった。そして今度は美咲と京子をの腕を掴む。
「何をするの!」驚く美咲、そして京子。
「コノ人間、コントロール、体、スデニ」真弓の口から、抑揚のない、脈絡のない声が漏れる。
「ちょっと、何言ってるのよ!」抵抗する美咲たち。しかし真弓と春香は信じられないような力で二人を羽交い締めにした。
「無駄、スグニ、抵抗、アナタ、支配」
 暗闇の中から、シャカシャカという音が聞こえたかと思うと、あの、真弓と春香の後頭部に取り付いた虫のような機械が現れた。そして、羽交い締めにされた二人の体に足から這い上がってくる。
「イヤ!イヤー!」悲鳴を上げる二人。それはあっという間に首筋を這い上がり、首の後ろに取り付いた。
(痛い・・・)チクリとした痛みが美咲の首筋に走る。しかし痛みはそれだけだった。真弓の腕が離れたのにも美咲は気付かない。
(あ・・・・・)
 痛みが消えていく、というより首筋から徐々に体が麻痺していく。同時にその首筋からなにか暖かいものが彼女の中に流れ込んできた。
「あ・・・ああああ・・・」
 彼女は悟った。真弓たちのうめき声は、苦しさではなかった。それは、ある種の恍惚感だった。体から力が抜けていく。彼女の視界の外で、京子も同じように地面に倒れ込んでいた。その様子を真弓と春香が虚ろな表情で見守っている。
(そんな・・・・いや・・・・)
 美咲の中から恍惚感が沸き起こる。しかしその時美咲の目に、虚ろな春香の表情が映った。
(イヤァァァァ!)
 恍惚感に身を任せたい欲望を、辛うじて理性が上回った。美咲はありったけの力でその機械を首からむしり取る。鋭い痛みとともに、機械が彼女の体から離れた。
「京子」地面を這いながら京子の方を見やる美咲。倒れている京子はどうやら気を失っているようだった。その京子を担ぎ上げようとする春香と真弓。
「やめて・・・おねがい・・・」
 痛みから、徐々に体の感覚が戻ってくる。美咲は立ち上がって春香と真弓を追おうとしたが、その振り返った春香たちの表情を見て立ち止まった。
(・・・・!)
 まるで表情のないその顔に後ずさる美咲。
「イヤァァァァ!」
 美咲は自分でも理解できない叫びをあげるとそこから駆けだした。


 どのくらい歩いたのかまったく見当がつかなかった。いつの間にか、体は擦り傷だらけで服も何ヶ所か破けている。半ば潰れかけたパンプスは、辛うじてまだ履いていることができていた。
 朦朧とした意識の中、首の後ろの痛みだけが彼女を辛うじて正気に保っていた。あの恐ろしい誘惑が今でも体に残っている。
(あのまま身を任せていたら・・・)
 春香と真弓の表情を思いだしてゾッとする美咲。まったく意志のない虚ろな目が、美咲の脳裏によみがえる。
 空には月が輝いていた。少し寒気を感じる。いつの間にか時計もなくなっていた。時間も場所もまったく伺い知ることができない。
(このまま森の中で死ぬのかしら)そう思ったときだった。前の方に、赤い直線の光が見えた。
(レーザー光線?どうして?)
 思わず立ち上がる美咲。それは、この自然の中にはとても似合わない光だった。それが、懐中電灯の光のように時折先の方で揺れる。
(誰かいるのかしら・・・・でもどうして)
 その光が、不意に彼女の体を捉えた。胸元に赤い光が灯る。それを見届けてゆっくりと顔を上げる美咲。彼女に向かって、その人影が歩いてくる。
「あの・・・・・」
 美咲は戸惑いながら声をかけたが、相手は返事もせずただ近付いてくる。そして月の光にそれが照らし出されたとき、彼女は悲鳴を上げた。
 後ずさる美咲。しかし彼女はそれ以上動くことができなかった。
 それは、若い女に見えた。全身をなにか光沢のある、金属か何かでできた服で包んでいるような格好・・・・しかしそれは服ではなかった。近くで見るとよくできた金属のパーツが、女性のシルエットそのままに繋げられているようにしか見えない。そして首から上だけが生身の人間のように見える。そしてそれはあの、春香たちと同じように全くの無表情だった。
「い・・・や・・・・」
 震える美咲。それをまったく意に介しないようにそれは、右手に持った銃のようなものを美咲に向け、容赦なく撃った。美咲は自分に向かって青い光線が伸びてくるのをスローモーションのように見た。
「ア・・」
 全身が痺れていく。美咲はそのまま意識を失い崩れ落ちた。


「美咲・・・・・大丈夫・・・・」
 揺り起こされて目が覚めた。
「きょうこ・・・京子!」思わず抱きつく美咲。
「京子、無事だったの」
「わからないわ・・・・」
「わからないって?」
「目が覚めたらここにいたの。でも春香たちはどうなったかわからないし・・・・目が覚めてしばらくしたら美咲が運んでこられたのよ」
「ここは?」
「わからないわ。でも閉じ込められているのは確かみたい」
 京子は意外と冷静だった。そう言われてゆっくりと辺りを見回す美咲。そこは、5メートル四方ぐらいと思われる広さの部屋だった。壁の上の窓のようなところが白く光り、照明代わりになっている。それ以外には何もなく、壁の一つの中央部には扉らしきものがあるが、どう開くのかはわからない。
「さっきまでもう一人、たぶん現地の子っぽい子がいたんだけど、美咲と入れ替えに連れて行かれたわ」
「連れて行かれたって・・・・」
「わからない。あの人たち・・・いえ、人だかどうかわからないけど」
 美咲は思い出した。人間の形をした、人間でないもの・・・・
「京子、あれ、何だと思う?」
「美咲も、見たの?」
「ええ・・・」
「あれ、ねえ・・・・」京子も口ごもる。あまり思い出したくないようだ。
「言ってみれば、お人形かな。まあ、動くけど」
「やっぱりそう思う?」自分の連想とあまり離れていないことに妙に落ち着く美咲。
「っていうか、シルエットは完全に人間だよね。ただ、よく見るとあの、肘とか、肩とか、なんか繋いであるって言うか」
「そうそう、あのテカテカ光る」
「鏡面加工っていうんだっけ、ああいうの」
 一度言い始めたら二人とも止まらない。二人は会話していることで無意識に恐怖感を和らげていた。
「でさ」
「何」
「結局、何なの、あれ」
 話がそこに落ち着く。しばらくの沈黙。
「真弓と、春香・・・」
「どうなっちゃったんだろう。まさか、ねえ」
 再び黙り込む二人。美咲の脳裏にはあの「鏡面加工」の女たちの表情が焼き付いている。あの、全くの無表情、そして、春香と真弓もまったく同じ表情だった。
 と、その時だった。突如、その壁の中央部のドアがかき消すように開いた。思わず部屋の一番奥に固まる二人。扉の向こうから、ゆっくりと、少しぎこちない動きで女が二人入ってくる。例の「鏡面加工」の女たちだ。そのうち一人は例の、美咲が撃たれた銃を持っている。
「なによ・・・・」やっとの事で声を出す京子。それに反応したのか、銃を持っていない方が京子の方を見て言った。
「出ル、アナタ」
 鏡面加工の女たちは、首から上は完全に生身に見えたが、その下は改めて見るとやはり金属でできたように見える。白い照明が、彼女たちの体、いやボディに反射していた。首から上は金髪の白人だ。
「わ、わたしをどうするつもり・・・」京子は恐怖を堪えながら言い返す。
「アナタハ同化、不適合ナノデ、改善後、ハブニ接続、同化」
「な、何言ってるのよ・・・・」まるで機械音声のように、単語を繋げる金髪の鏡面に京子は悪態をつく。しかし鏡面はまったく関知していないようだ。もう一人の銃を持った方が京子に銃を向け、ぎこちなく部屋を出るように促す。京子は、ためらいながら立ち上がった。
「京子・・・」
「美咲・・だ、大丈夫よ、きっと・・・」京子は自分に言い聞かせるようにそう言った。ドアの先には、チューブ状の回廊が続いている。京子はそこを歩くように促された。
「は、春香と真弓はどうなったの!」必死の思いで、美咲は声を絞り出す。銃を持っていない方が振り返った。
「ハルカ、ユニットハ、完了、同化、スデニ、セル化、マユミユニット、完了スル、モウスグ、同化後、セル化、接続」
「同化とかセル化って・・・・」
「イラナイ、心配、スグニ、ワカル、アナタ、同化」
 開いたときと同様唐突にドアが閉じる。ドアの向こうに聞こえる京子の泣き声と足音が徐々に遠くなり、そして消えた。


 どのくらい時間が経ったのか、美咲にはまったくわからなかった。とても長い時間が過ぎたようにも思われたが、それは意外と短い時間だったのかもしれない。
 例によって唐突にドアが開く。入ってきた者を見て美咲は声にならない悲鳴を上げた。
「出テ」春香、いや春香だったものは全くの無表情でそう言った。首から上は春香のまま、首から下は光沢のある金属質になっている。そして、手足の関節や腰の部分には球形のパーツが入り、それによってそれぞれのパーツが繋がれていた。
「春香、なんでしょ」壁に張り付くように後ずさりながら言う美咲。金属質の体になっていたとはいえ、そのシルエットさえも春香そのものに見える。
「心配ハイラナイワ」ハルカ・ユニットがまったく無表情のまま、無機質な声でそう言う。美咲はただ首を振るばかりだ。
「美咲モメタリカントニナル」
「メタリ、カント?」美咲は自分の名前を呼ばれたことに背筋の冷たいものを感じていた。彼女は春香に間違いない。しかし、同時に春香ではないのだ。
「ワレワレハメタリカント」
「何よ、それ・・・・」
「スグ理解デキル」
 美咲の目の前にハルカ・ユニットがやって来る。おそるおそる手を伸ばしそのボディに触れる美咲。冷たく滑らかな感触が、その手から伝わってくる。
「一体どうなっちゃったのよ・・・・・」
「メタリカントニ同化シタノ。美咲モ同化スレバワカル。メタリカントハワタシデアリスベテ」
 ハルカ・ユニットの言うことがまったくできないまま、美咲は恐る恐る訊いた。
「京子と・・・真弓は・・・」
 一瞬の間の後、ハルカ・ユニットが答えた。
「キョウコユニットハ現在フェーズ1。進捗率70%。マユミユニットハ現在同化処理中。接続完了、同化率88%」
 半ば予想されていたとはいえ、その答がまるで機械的に返ってくる。
「今度ハ美咲ノ番ヨ」それは、美咲にとって死刑宣告のように聞こえた。
「いや・・・・」
 抗う美咲の腕を、ハルカ・ユニットともう一つ現れた同じ「メタリカント」がつかむ。
「お願い・・・・やめて・・・・」
「恐レル必要ハナイノ。スグニ美咲ノ過去ナド無意味ナ物ニナル」
 ドアの外は長い回廊になっている。美咲はその回廊を連行されていかれた。


 回廊の突き当たりのドアが開くと、そこは、何かいろいろな機械が立ち並ぶ部屋になっていた。ちょうど、部屋の中央部にある円筒形の透明なカプセルが開き、その中からぐったりした裸の女が二体のメタリカントによって運び出されてくる。
「京子!」思わず叫ぶ美咲。京子は疲れきっているのか焦点の定まらない目を薄く開き、力無い表情でなされるがまま斜めになった台にくくりつけられていく。
「マユミユニットノ同化ガ完了シタワ」
 ハルカユニットが美咲にそう言う。部屋の中を見回すと、壁にはめ込まれたいくつかのカプセルの一つから中の青く光る液体が抜かれていく。中のメタリカントの口からなにか太いチューブのような抜かれていくと、それは確かに真弓の顔だった。真弓はハルカと同じく無表情のまま、首から下はやはりシルエットは真弓のままで体は光沢のある金属質になっており、手足の関節や腰の部分は球形のパーツによってそれぞれのパーツが繋がれていた。
 カプセルが消えるように開くと、マユミ・ユニットは何事もなかったようにその中から歩き出し、美咲の方へと向かってきた。
「ま、ゆ・・・み」
 マユミ・ユニットはその声がまるで聞こえていないかのように美咲に近付いてくる。
「真弓!真弓なんでしょ!」美咲は、マユミ・ユニットの肩をつかんで揺らしたが、マユミ・ユニットはそれには反応せず、逆にハルカ・ユニットと一緒に美咲の両腕をつかんだ。
その向こうで、台にくくりつけられた京子にの頭にまるでアルミ箔のようなものが頭をすっぽりと覆うように被せられいく。
「京子に何をするの・・・・」
「キョウコユニット、フェーズ2起動中」ハルカ・ユニットが答える。美咲は悟った。美咲に対するコミュニケーションはおそらくハルカ・ユニットの役目なのだ。さっきから美咲の言葉に反応するのはすべてハルカ・ユニットだ。
 虚ろな目を開き大きく息をする京子の側頭部に両側から金属のアームに取り付けられたパッドのようなものが当てられ、さらに額にも一回り小さいパッドが当てられる。そして、その金属のアームの付け根にある機械が低く唸る音をあげながら青白く光り出す。
「ァァァ・・・・・」
「京子!」
 目を見開き体を仰け反らせる京子を見て、美咲は思わず叫んだ。京子はしばらくうめき声を上げながら苦しそうにしていたが、やがてその動きが変わっていくのに美咲は気付いた。
 反射的に身をよじらせていた動きが、次第に規則的な、言うならばカクカクとした動きになっていく。そしてその動きが止まると、京子は瞬きひとつせずまったく無表情のまま死んだように硬直した。その京子にまた別のアームが二つほど近付いていく、それにはホースのようなものが繋がれており、その先はまさにノズルのように見えた。
 そのアームの一つが顔に近付いていくと、京子はまるで工場のプラントの機械のように無造作に口を開く。
(何かを飲ませるの?)
 美咲の想像に違わず、アームが口の中に挿入される。それと同時にもう一本のアームが京子の股の後ろの方に入っていった。
「な、何なの・・・・」腕を掴まれたまま美咲はハルカ・ユニットに恐る恐る言った。ハルカ・ユニットは当然のように答えた。
「フェーズ2、キョウコ・ユニット個体内ノ浄化プロセス。アシミュレイトファージ二対スル抵抗因子ノ破壊、置換、除去、排出」
「アシミュレイトファージ?」
「アシミュレイトファージ注入ニヨリ、ヒューマン・ユニットヲ個体内ヨリ改造シメタリカントニ同化スル」
「改造って・・・・」
「ワレワレハメタリカント。マスターブレインノ意志ニヨリヒューマン・ユニットヲ同化スル」
 美咲がハルカ・ユニットの言葉の理解に苦しんでいるうちに京子の口の中に挿入されたアームのホースが京子の中に何かを送りはじめた。京子は挿入されたときと同様にまったく無表情のまま、喉だけをゴクリと動かしその何かを飲み込んでいく。そしてしばらくすると下半身に差し込まれたホースの方が動き始めた。
「京子・・・何してるの・・・」美咲がつぶやく。美咲には、京子は送り込まれるものを自分から飲み込んでいるように見えた。
「キョウコ・ユニットノ個体動作ハコントローラーニヨッテ管理サレテイル」ハルカ・ユニットが何も言わないのに答える。反面マユミ・ユニットはさっきから美咲の腕を掴んだまま微動だにしない。もっとも、ハルカ・ユニットも動いているのは口だけで他はまったく動かないが。
 やがて、注入が終わったのか、京子の口からアームが抜かれていく。だらしなく開かれた口から二、三滴の液体がまるで涎のように垂れる。目は相変わらず虚空を見つめたままだ。その口が不意に閉じられる。しばらくして同じように下半身のアームも抜かれた。美咲には、京子の体が始まる前よりも少し青白くなったように見えた。
 頭のパッドが外される。京子の顔に、苦しそうな表情が戻る。と同時に今度は青い光線が京子の体に浴びせられた。
「個体内抵抗因子率、40%ヨリ1%未満二減少。フェーズ2終了」
 光線の照射が終わると、京子の体が開放される。しかし京子はぐったりとしたまま動かなかった。
「京子」美咲が声をかける。しかし京子は反応しない。うわごとのように何かつぶやいている。
「ミサキ・ユニット、フェーズ1レディ」マユミ・ユニットがはじめて言葉を発した。と同時に美咲が今度は部屋の中央部、さっき京子が出てきたカプセルの方に引っ張って行かれる。
「イヤよ・・・・御願い・・・」
 美咲は、「ミサキ・ユニット」という言葉に寒気を覚えながら抵抗したが、メタリカントの二人はビクともしない。そしてさらに美咲を恐怖させる出来事が起こった。
「ワタシ・・・・・ブレイン・・・・・メタリ・・カント・・・・マスター」
 京子の声だった。京子は虚ろな顔で、何度も繰り返しそうつぶやいていた。美咲は、自分が気付かないうちに震えているのに気付いた。京子の他に、壁にはめ込まれたいくつかのカプセルの中にも、やはり「同化」されている途中の女が何人かいる。今さらのようにそれを目にした美咲は自分がもう逃れ得ないのを感じ取っていた。自分ももうすぐ京子のように何かを注入され、真弓や春香のように「メタリカント」にされるのだ。
 部屋の中央部の円形の装置の真ん中に立たされると、上から円筒形の、透明なチューブのような壁が降りてきて美咲を閉じ込めた。低い音とともに足元の円形の床が光りはじめる。美咲はどうしていいかわからず辺りを見回したが、次の瞬間彼女の視界は緑色になった。
 頭上から、緑色の光線が照射され美咲の体を包み込む。彼女が全身に熱を感じると同時に彼女が着ているボロボロの衣服が白く光り始めた。
「な、なんなの・・・」
 体をよじらせようとして、体が自分の思い通りに動かないことに気付く。白く光った服が徐々に、消えて行くかのように透き通っていく。いや、実際に消えているのだった。上に羽織った上着が消滅し、さらに下着が光り始める。そしてやがてそれも消滅し、彼女は裸になった。
「い・・・いや・・・」
 まったく言うことを聞かない体が、何かに押さえつけられているように直立不動の姿勢をとっていく。
 彼女の視界の隅で、京子が台から降ろされ、手を引かれて壁の方に連れて行かれるのが見えた。例のアルミ箔のようなカバーは外され、黒髪が京子の白い裸体になびいている。京子は従順に、手を引かれるまま壁にはめ込まれたカプセルの中に立った。上の方から太いチューブのようなものがおりてきて京子の口にはめ込まれると同時にカプセルは閉じられ、青く光る液体が注ぎ込まれはじめた。
(京子も・・・・・)
 美咲はまったく自由が利かないまま、その光景を眺めているほかなかった。徐々に体の感覚が失われていく。首から下は、美咲にとってもう自分自身でないように思われた。京子よりも手前側の景色が目に入る。ハルカ・ユニットが操作盤とおぼしき所を何かいじっている。唐突に、苦痛とともに目に火花が散ったかと思われた。
(あぁぁぁぁぁ!)反射的に悲鳴を上げたと思ったが、実際にはあげていなかった。彼女を取り巻くエネルギーフィールドが、彼女の体を完全に拘束し、瞬きすらさせて貰えない。次の瞬間、美咲は頭の中に何かが入ってくるおぞましい感触を受けた。
(ワレワレハメタリカント)
 頭の中に直接響く声。その苦痛を和らげようにも、彼女は身をよじらせたり頭を抱えることすらできない。
(同化セヨ同化セヨ同化セヨ・・・・)
(抵抗ヲヤメヨ抵抗ヲヤメヨ抵抗ヲヤメヨ・・・)
(メタリカントメタリカントメタリカント・・・)
(受ケ入レヨ受ケ入レヨ受ケ入レヨ・・・)
(セル化セヨセル化セヨセル化セヨ・・・)
「!!!!!!」
 頭の中に、いくつもの彼女ではない声が、脳味噌を掻き回すように突き刺さってくる。
(やめて・・・・・)
 自分の想いすら、突き刺さる声にかき消される。瞬きできない目から、その声と同時に視覚を通じて奇妙な幾何学的パターンが送り込まれてくる。徐々に朦朧としてくる意識の中で、彼女はいつしかよく聞き慣れた声が響いているのに気付いた。
(ワタシハメタリカント)
(ち・・・がう・・・)
 それは、抑揚こそないが彼女自身の声に間違いなかった。彼女は心の中で否定しようとしたがその声は容赦なく頭の中に響き渡る。
(同化ヲ受ケ容レマス)
(セル化ヲ受ケ容レマス)
 彼女の意志に関係なく、彼女の声は響いた。そして、その声が他の声よりもはっきりと聞こえてくるに従って苦痛が快感に、さらに恍惚感へと変わっていく。
(抵抗ハシマセン)
(い・・・・ちが・・・・)
 彼女は必死に抵抗しようとしたが、抵抗する術はなかった。抵抗しようとする意志は徐々に薄れ、恍惚感に身を任せたいという欲望が頭を持ち上げてくる。
(メタリカントヲ受ケ容レマス)
(マスターブレイン二従イマス)
 やがて、抵抗する意志は完全に失われた。
(ワタシハメタリカント)
「わたしは・・・・メタリ・・・カント」美咲は朦朧とする意識の中で、そう言った。
「同化・・を・・・受け・・容れます」
「マスター・・・ブレインに・・・従います」
 唐突に、体を拘束する力が消失する。彼女はそこに力無く膝をついた。
「わたしはメタリ・・・ちがう・・・」
 正気を取り戻し首を振る美咲。その横で、マユミ・ユニットが機械を操作する。美咲の体が今度は青白い光線に包まれた。美咲は自由を失いはしなかったが、全身がひどく怠く、自分から動く気力が起きなかった。
「個体内無形抵抗因子率、60%ヨリ1%未満二減少。フェーズ1終了」
 ハルカ・ユニットの声が聞こえる。目の前の透明な壁が上がり、カプセルが開いた。美咲は、「フェーズ1」が終わったのだと理解した。しかし、理解力はあっても何かをしようとする気力がまったく湧いてこない。辛うじて頭を上げて辺りを見回す。壁のカプセルの中に、青く光る液体に浸された京子の姿がある。京子の姿は変わりはじめていた。体のあらゆるところに、光る部分が現れている。
(京子ももう・・・・)美咲はそう思うのが精一杯だった。そして、今自分がおそらく、さっき部屋に入ってきたときの京子と同じ状態であろうことも理解した。その美咲を、両側からハルカ・ユニットとマユミ・ユニットが持ち上げる。美咲には京子の気持ちがよくわかった。もう抵抗するのは無駄なことでしかないのだ。
 半ば諦めの境地で、美咲はされるがまま台にくくりつけられた。抵抗しようにも力すら入らない。
 股を少し開き、腕も胴体から少し離された格好で美咲は台にくくりつけられた。その頭に、例のアルミ箔なようなものが被せられていく。どうやらそれはシャワーキャップのようなものらしい。美咲の髪もその中にすっぽり収められ、耳から前と額から下だけが露出させられる。
「フェーズ2起動」
 機械的なマユミ・ユニットの声が聞こえる。頭の上の方からゆっくりと例のアームが降りてくる。そして、美咲の頭をまるで掴むように、両側頭部と額にパッドが当てられた。そして、京子の時と同じように金属のアームの付け根にある機械が低く唸る音をあげながら青白く光り出す。
「あっ・・・・」
 美咲は反射的に声を上げた。頭全体に、フェーズ1とは違う感触が侵入してくる。それは少し痛みを伴ったが、何故かとても心地よい感触だった。手足が勝手に痙攣する。そして頭の中に、パッドから大きな波が送り込まれてきた。
(!!!!!!!)
 恍惚感が彼女を支配する。目の前にアームが現れると、口が彼女の意志に関係なく開いた。口の中にアームが挿入される。一つ一つの動作が、いちいち彼女に恍惚感を与えた。されるがままになることが、彼女にとって快感になっていく。アームの中から、なにかドロリとする液体が流し込まれてきたときも、彼女の意志に関わらずそれを飲み込んでいった。不思議と苦しくはなかった。体の中が、その液体で満たされていく。身体中が満たされたとき、今度は肛門にもう一つのアームが挿入され、そこから何かを抜き取りはじめた。気怠さが肛門から吸い取られ、恍惚感だけが全身を満たしていく。彼女の脳にはパッドから一定の信号が送られ、彼女の意識を改変していった。体から、アシミュレイトファージの抵抗因子とされる物質が分解され吸い出されていく。
(マスターブレインニ従イマス)
(ワタシハメタリカント)
(個体名、ミサキ・ユニット)
 大きな波とともに、意識の中に擦り込まれていく言葉。彼女はもう美咲ではなくなっていた。彼女の意識は、美咲ではなくミサキ・ユニットに変わりはじめていた。
 やがて、処置が終了しアームが抜かれていく。頭のパッドが外され、同時に今度は青い光線が美咲の体に浴びせられる。
「個体内抵抗因子率、25%ヨリ1%未満二減少。フェーズ2終了」
 マユミ・ユニットの声が聞こえる。すぐに、ハルカ・ユニットが現れ、美咲を台から開放し、美咲の手を取る。
 美咲は、マユミ・ユニットに手を引かれるまま立ち上がった。そうする以外に何も考えることはできなかった。頭からアルミ箔のようなカバーが外されても、何も感じなくなっていた。ただ、されるがままになることが当然のようにしか感じられなかった。
 壁に埋め込まれたカプセルが開き、その中に立たされる。隣のカプセルでは、やはりキョウコ・ユニットが虚ろな目を開いたまま同化処置を受けていた。アシミュレイトファージを注入された肉体はすでに7割程度メタリウム変換され、表面上はあと左の肩と臀部付近を残すのみだ。もうすぐ彼女もハブに接続され、セルとなる。
 上から降りてきたチューブが、口の中に挿入される。ここから、アシミュレイトファージとメタリウムジェルが美咲の体内に注入されるのだ。体内に入ったアシミュレイトファージは美咲の細胞をメタリウムジェルと結合させメタリウムに変換し、メタリカントとしてのパーツに改造していく。その時点で発生する不要な有機物は、汗腺などから排出される。それを促すために、メルタリキッドがカプセル内に満たされるのだ。
 カプセルが閉じられた。美咲は、もう何も疑問に思うことはなかった。これから彼女はメタリカントに同化されるのだ。それは当然のことだったし、嬉しいことでも悲しいことでもなかった。そもそもそんな感情が発生すること自体が間違っている。彼女はメタリカントとしてハブに接続され、セルの一つとしてマスターブレインの意志を実行するためにいるのだ。
 カプセル内はメルタリキッドで満たされていった。そして、チューブからはアシミュレイトファージとメタリウムジェルが注入されてくる。美咲は何の疑いもなくそれを飲み込んだ。身体中から、何かが溶けだしていくような感触を美咲は感じた。不要な有機物が排出されているのだ。
 手先が、足先が、今までとは違う感覚を訴えてくる。それは、メタリウムパーツになった感覚だった。人間のものよりも敏感で、かつ分析能力に優れ、行動に支障をきたすことのない信号。それが美咲の脳に伝わってきた。その感覚は徐々に全身に伝わっていく。やがて首から下のすべてが鏡面加工のような輝きを放つメタリウム細胞に変換され、首から上の改造が始まった。彼女の体はすべてメタリウムパーツに変換され、関節だった部分には特殊なパーツが組み込まれ、人間と同様の動きが可能なようにされていた。
 下腹部の、ちょうど人間の生殖システムがあった空間にはハンタープローブ生産システムが設置された。口から投入した素材をここでメタリウム変換し、ハンタープローブを生産する。ハンタープローブは、新たな同化対象者を捕らえるために使用される。
 首から上に使用されるメタリウムはアシミュレイトファージによって特殊な処理をされ、外見上人間の細胞と見分けが付かないように首から上を作り替えていく。その改造は当然脳にも及んだ。脳神経細胞は電気信号のパターンを保存したままメタリウム細胞に変換され、個体そのものの思考パターンや記憶も保持される。そして変換完了後、頭頂部の体内にリンクシステムが形成され、ハブと接続された。保持された記憶や思考パターンはそこからマスターブレインに吸い上げられていった。今回ミサキユニットら4体の人間から吸い上げたデータのおかげで、メタリカントは極東の一部地域での言語能力を得た。これにより、極東方面でのメタリカントの活動が可能になる。
 カプセルが開いた。ミサキユニットはマスターブレインからハブであるキャサリンユニットを通じて行動が決定される。差し当たってこれからの行動は同化後の作動チェックとメンテナンスだった。ミサキユニットはキョウコユニットとともに回廊を抜け、メンテナンスルームに入った。ルームに並ぶたくさんのカプセル。その7割ほどにそれぞれメタリカントが収容されている。ミサキユニットとキョウコユニットもそのうちの一つにそれぞれ収容された。
 

 繁華街・・・・・
 暗い路地裏で、それは起こっていた。首の後ろに、何か拳大の虫のような機械が取り付いた女が、虚ろな目で歩いている。彼女はそのまま、古い雑居ビルの中に消えていった。このところ、この界隈では何人もの若い女が失踪していたが、誰一人としてその行方を知る者はなかった。
 もし同化対象者以外の者が気付いた場合は、速やかにそれを捕らえ消去するプログラムがマスターブレインの中に用意されている。捕らえられた者にはデリートファージと呼ばれる機械細胞が注入され、その有機細胞を二酸化炭素と水に分解されるのだ。
 女と入れ替わりに、その虫のような機械、ハンタープローブがビルの中から現れ、闇の中に消えていく。また新たなる同化対象を探索するために・・・・
 ハブに再改造されたキョウコユニットをはじめとする四体のメタリカントは、すでに極東の島国の一角に新たな施設を構築し、日々着々とメタリカントを増殖していた。
 ミサキユニットたちのメモリーの中にはマスターブレインについてのデータもリンクを通じて記憶されている。かつて大きな戦争に敗れた支配者に仕えていた男が、メタリカントを開発したこと。その目的は、もともと不足した兵力を補うため若く健康な女性を従順な機械兵士に改造しようとしたものであること、そしてその目的は開発中に大きく歪み、男は自らを改造してマスターブレインになったこと・・・・・・
 今となってはマスターブレインの目的は可能な限りメタリカントを増やすことのみでしかない。もちろん邪魔する者は消去しながら・・・・・男が自らを改造したとき、データの転送エラーが起きたことを自覚することはできなかった。そして、その目的を実行するのが彼女たちセルの使命なのだ。
「ユウコユニット同化処理中・・・接続完了、同化率82%」コントロールパネルを操作するミサキユニットが抑揚なく発音する。カプセルの中に、メルタリキッドに浸された女性の姿がある。すでにほとんどメタリカントと化して・・・・
 今日は3体の個体を捕獲し、そのうち1体の同化が完了している。ユウコユニットを含めて残りの2体は処理中だった。2体とも抵抗因子が大きくないため、作業はスムーズに進んでいる。
 ミサキユニットたちはマスターブレインにリンクして送られてくる信号に従い黙々と同化作業を続けた。


<おわり>




※このお話はすべてフィクションであり、登場人物その他すべてのものは実在のものとは全く関係ありません。

(c)KEBO 2003.12.23