Tsubomi Week
(OARLシリーズ)

作:KEBO



<月初め5日午後・五星物産応接室>

「如何でしょう?今回はコマーシャルベースでグンとお安くさせていただきました」
 ソファに腰掛けた細い男が、テーブルに資料を広げて電卓を叩きながら言った。
「この、サーバー2台というのは?」反対側に座る、対照的にステレオタイプの中年体型をした男が応えるように質問する。男がこの、買い手側の担当のようだ。
「はい、御社の見積もり内容は130体でさせていただきましたもので・・・サーバー1台の最大制御数が128体になりますので、130体では2台になります。正確には、サーバーを2台以上繋げる場合は各サーバーの制御可能数が1体分減りますので127体になります。ということで、御社の場合はサーバー2台で、配置方法にもよりますが60体と70体程度に分割されるのが宜しかろうかと・・・」細い男、つまり営業らしい男が薦める。彼は鋭い顔に似合わず軽快な声のセールストークを展開していた。担当は難しい顔をしながらその話を聞いている。
「・・・うーん、もし128体で済めば?」
「もちろんサーバーの1台分の価格でやらせていただきます。しかし、後々のケアや周囲への対策を考えると全数されることをお勧めしますが・・・」
「そうか・・・で、納期は?」メモを見ながら聞きたいことを確認する担当。現実的に彼に決定権はない。しかし、メモの内容つまり上から指示された質問事項は確実に聞いて置かねばならなかった。
「仮契約して頂いてから御社の担当の方と打ち合わせさせていただいて、その上で工程等を決めさせていただくことになっております。まあ当社の方も作業の方はなるべく速やかに行いたいと思っておりますので・・・」
「そうですか・・・この、搬送代は別途というのは?」
「ええ、納品はこちらから行いますが、その前に御社からこちらに搬送していただく分です。ウチの担当の者が打ち合わせの際にご相談させていただきますので・・・・そのケースによって金額が変わりまして」
「例えば、どんな?」担当の顔色が変わる。彼は内容をあまりよく解っていないようだ。
「そうですね、いろいろな方法を検討しているのですが・・・御社の方で確実にお届けいただけるのなら問題はないのですが現実的に普通の企業では不可能です。ですからそこを別途契約ということで、こちらの方である程度プランを用意しております。一番お手軽なのが研修ツアー型でして、当社所有のビル、まあ、このプラン用の仕掛けがいくつかしてあるのですが、そこへ社員研修の名目で集まっていただく方法です。まあその他にも手軽なものから手の込んだものまでいろいろと用意してはいるのですが、私としては今申し上げました研修ツアー型が宜しいかとは思います。まあ、担当の者が工程とあわせてご相談申し上げると思いますのでその際にでも申しつけ下さい」
「わかりました・・・・うーん、もう一度当社の方で検討したいのですが」
「わかりました。是非とも宜しくお願いします」
 立ち上がる二人。細い営業の男は深々と一礼して部屋を出ていった。そして彼は、おそらく一両日以内に仮契約を結べるだろうという手応えを感じていた。


<月中旬、13日夕刻・五星物産女子ロッカールーム>

「でもひどいよね・・・急にクビだなんて」
「そうね・・・」
 五星物産第一営業部の栗田聡美と資材部の浜本香織は、終業後のロッカールームでヒソヒソと話し合っていた。ここ一週間で、同僚の二人の女子社員がまるで難癖を付けられて解雇されたのだ。全社では5人ぐらいになるらしい。二人が聞いたところでは長期の有給休暇を申請したり、体調を崩しての欠勤をしただけで依願退職を迫られたらしい。
「会社も厳しいらしいからね」
「だったらあのハゲとか出っ歯とかクビにすればいいじゃない」
「ほらほら、聞こえたらこっちがクビになるわよ」
 聡美が言う。香織はまあ、という顔をして口をつぐんだ。
「ところでさ」聡美が話題を変える。
「え?」
「聞いてる、来週ぐらいに女子社員だけ研修なんだって」
「研修?」
「うん、総務の子が言ってた。一日社外研修で、二十人ぐらいずつ、だいたい部署ごとでやるみたいよ」
「なにそれ・・・みんな辞めさせる気?」
「かもね・・・んじゃ、先帰るわよ」なんだかんだといいながら香織は遅い。
「ちょっと待ってよ!」慌てて上着を羽織り、鏡を確認する香織。聡美が微笑みながら待つドアのところへ彼女は急いだ。


<月中旬13日夜・五星物産会議室>

「では来週18日の月曜日より1週間の予定で、18日が24名、19日が28名、20日が22名、21日が20名、22日の金曜日が31名で完了、計125名で、会場は北街第3ビル地下1階会議室、運用開始は19日の火曜日で、搬送プランはAタイプ。サーバーの設営の方は17日の日曜日に行うということでよろしいでしょうか?」
「結構です」
「それではこちらで本契約ということで」
 例の営業の男が書類を出す。担当の方は今日は専務を一緒に連れてきている。
 それぞれ押印し、契約が成立した。
「では、早速作業に入らせていただきますので・・・」


<月中旬18日午前・北街第3ビル地下1階会議室>

 北街第3ビルの地下1階会議室には五星物産の総務部を中心とした女子社員24名が揃っていた。
「では、本日の研修スケジュールをご説明いたします」
 北川容子は、会社に入ってはじめての社外研修だったが、説明の時点ですでに半居眠り状態だった。彼女にとって会社の仕事にはかなりうんざりしていたが、一日座って話を聞くというのはもっとうんざりだった。しかしクビになっては元も子もないので仕方なく来ているのだ。来る途中に何度風邪をひこうと思ったかわからない。
 しかし、一言のキーワードが彼女を覚醒させた。なんと、ワインの味利きがあるという。その単語を聴いて彼女は慌てて資料をめくった。資料には、彼女が憧れるような、教養溢れる研修メニューが書かれていた。どれもこれもさわりばかりではあるのだが、彼女にとってはどれも稽古事としてやるにはお金もかかるし面倒だが体験してはみたいと思っていたものだったので、彼女は目を輝かせて説明を聞き始めた。
(ウチの会社もなかなかわかるジャン!)
 容子は、そう思いながら最初の講義に聴き入った。そして休憩時間を挟みお待ちかね、ワインの味利きの時間がやってきた。
 講師が説明しながら部屋の中央部にあるテーブルに並べられた一つ一つのグラスにワインを注いでいく。あらかじめ酒が全く駄目な者がいないかどうか尋ねられたが、申告する者はいなかった。
「では一つ一つ味見して頂いて、そこに感想を書いて下さい」
 講師が言う。容子はじめ女子社員達は、にこやかに席を立ち、グラスを手に取り、口に運んだ。講師も相まって和やかな雰囲気の中で、味利きは進む。と、容子は気付いた。総務の者が一人、元の席で突っ伏して寝ている。容子とも仲がいい、字は違うが名前が同じ高浜洋子だった。
「洋子ちゃん、どうしたの・・・」そう肩を揺すったときだった。後ろの方でコン、とグラスが絨毯に転がる音がした。慌てて振り返ると別の娘が倒れている。
「やだ、どうなってるの・・・・」驚いて立ち上がる容子。しかし、なぜか足元がふらついてしまう。視界も何故か揺れていた。その揺れる視界の中で、同僚達が次々と力が抜けたように倒れていく。容子も例外ではなかった。ふらつく足は力を失い、立っていられなくなった。身体が徐々に重くなり、そしてさらにまるで何かに押さえつけられるかのように瞼が落ちてきた。
(え・・・わたし・・・どうして・・・)
 崩れ落ちる容子。痛みすら感じず、彼女はそこで寝息を立てはじめた。


<月中旬18日午前・北街第3ビル地下1階モニター室>

 地下一階の会議室の横にあるモニター室。ここには会議室で使用する音響その他の機材の他に、会議室内監視用のモニターがあり、その横にある端末は中央のOARLシステム親機に直結している。
「ほう、どういう?」専務が身を乗り出してモニターを覗いている。
「あのワインには遅効性ですが強力な麻酔薬を混ぜてあるのです。弱い者はすぐに効いてしまいますが、大概ワインが全員に行き渡って10分を目途に効くような調合にしてあります」
「なるほど」男の説明に感心する専務。続いて、男は端末に向かってキーを入力した。
「こんどは?」男はいちいち質問する専務に一つ一つ丁寧に応えた。
「搬送に入ります。彼女たちが今度目覚めるのは完全にOARL化された後です」
 会議室の、入口とは反対側の壁がスライドし、扉が現れた。扉が開くとそこから八人ばかりの女性が現れる。と同時に、電動のような台車に乗せられて、平べったく細長い、ちょうど人一人が横になって入るぐらいの大きさのケースが重なったまま大量に運ばれてきた。
「扉の向こうは特別の駐車場になっていて搬送用のトラックが待機しています」
「あれは?」
「ああ、搬送用のケースです。素体はここで衣服やアクセサリーを落としたうえでケースに入れて搬送します。ケースの中をご覧になりますか?」
 モニターの角度が変わり、ちょうど現れた女性がその、「衣服やアクセサリーを落とす」作業をしているところをズームアップした。眠ったまま丸裸にされた総務部の女子社員の一人が、ケースの中に寝かされる。と同時に、作業している女性達がケースの中の拘束具で彼女を固定していった。「落とした」衣服がまとめて一段下の引き出しのようなところに収納されるとケースの蓋が閉じられた。蓋が閉じると同時にケースの中が曇る。
「ケースをロックするとあらかじめセットされた麻酔ガスが気化して封入されるようになっています」淡々と説明する男。
「あの女性達は?」今更のように専務が質問する。
「我が社の女子社員達です。もちろん全員処置済みの」
「ほう・・・」専務はOARL化された女性達の動きに目を見張る。こんな力作業でも文句どころか無駄口など間違っても聞かず、手際よくを通り越したなめらかかつ無駄のない作業。それはまるでオートメーション化された工場の生産ラインを思い起こさせた。そして専務は思いだした。その連想は全く正しい。彼女たちはサーバーに統御された自動機械の一種なのだ。そしてもうすぐ彼の会社の女子社員達も彼女たちと同じくOARLとなり、そしてそれは、彼の会社の作業効率を飛躍的に向上させ、さらに経費を削減し会社の利益に貢献してくれるはずである。
 眠らされた女子社員達は次々とケースに収納され運ばれていく。モニターが切り替わる。扉の向こうではごく普通の10tトラックが待機しており、やはり女性の乗った小型のフォークリフトが次々とケースをトラックに積み込んでいた。
 やがて、会議室は綺麗に片づいた。別の女性が数人現れ、ワインの残りを片付け部屋を清掃していく。専務は彼女たちの動きを見て、すぐにそれがOARLであることを理解した。彼女たちの動きには無駄が無く、表情がない。逆に、癖のようなものもなく、別の娘?と入れ替わってもたぶんまったく違和感がないだろうということは専務にも想像がついた。
「専務、昼はどうなさいますか?」男が聞く。
「ん、これからのスケジュールは?」
 専務が聞き返す。男は朝一度説明したスケジュールをもう一度説明する。
「これから運搬して、工場へは三十分かかりませんから、プラントに運んで一時間以内にはプラントを動かせると思います」
「一時間か・・・で、君は?」
「私はこのまま工場に向かいます・・・よろしければ工場の方で食事を用意しているのですが」
「そうですか。それはありがたい」
 席を立つ専務。モニターの中で、10tトラックが走り去っていく。トラックは、何事もなかったかのようにビルの搬入専用と書かれた通路から外へと出ていった。


<18日昼・オフィステクノ工業M工場>

「いらっしゃいませ」
 男に続いて専務がドアをくぐると、受付の女性がにこやかに挨拶をしてきた。話し方もごく自然で、笑顔もごく自然なものに思える。しかし、専務はこれも例の受付ロボットだと思った。最近中堅ぐらいの会社に行くとよく置いてある。笑顔やにこやかな口調はあらかじめプログラムされており、極めて性能がいい合成音声で応対する。巷では入口で呼び鈴を鳴らすよりもちろん、もしかしたら下手な受付嬢よりよほどいいと評判だ。歩くことはできないが、オプションで警戒モードも備えており、不審者が侵入した場合は接続されたケーブルから警察へ直接通報される。確か顔形はいくつか種類があったはずだ。
「M物産の専務をお連れした。食事の用意は何処に?」男が尋ねる。やはり専務の予想どおり受付の女性は一瞬後表情一つ変えずに答えた。
「役員用食堂にテーブルを用意してございます」
「私は部長に報告してから行くので、先に専務のご案内を」
「かしこまりました」女が答えると同時に横のドアが開き、もう一人別の女性が現れる。
「ご案内します」
 専務は驚いた。ドアから現れた方はまるで今の会話を聞いていたかのようだ。さすがに受付ロボットでも今のタイミングで案内嬢を呼ぶことはできないはずだ。そして、合成音声の割に声がしっとりと息吹を感じさせる。
「彼女たちは、受付ロボットではありません。まあ、受付ロボのノウハウは生かしてますがね。彼女は数週間前まで人間としてそこに座っていたのです」
「じゃあ、彼女も?」
「はい。もともと有能でしたがより一層有能で効率の良い受付嬢になりました。OARLは素体の生体脳からデータを引き出すことができるので素体のポテンシャルや経験をそのまま生かすことができるのです。その辺が受付ロボとの違いでしょうかね。それに、このKumaharaMisatoがすぐスタンバイしたのもKonnoMasami、つまり受付嬢の目や耳から入った情報が生体脳によって処理されサーバーの方へ瞬時に送られたからです。サーバーがやはり瞬時にKumaharaMisatoに命令を送り彼女が現れたわけです。このようにOARLはサーバーの存在によって全体をシステマチックに運用できるのです」
「なるほど・・・素晴らしい・・・」何度もうなずく専務。
「こちらへどうぞ」手で指し示すKumaharaMisato。その表情はKonnoMasamiとまったく同じくにこやかで、専務が歩き出すと一定の距離を置いて歩き出した。男がいなくなったところで、専務は試しに話しかけた。
「君は、会社に入って何年だい?」
「その質問にはお答えできません」立ち止まり顔を向け即座に返答するKumaharaMisato。その表情はさっきと変わらずまったくにこやかだったが、口調には抑揚がなかった。そして、一方的に答えると再び「こちらへどうぞ」と、まるでビデオテープを再生しているかのように案内を再開した。
 少々面食らいながら専務は彼女についていく。しかしそれでも専務はやめなかった。
「家はどこだい?」
「その質問にはお答えできません」さっきと同じように、KumaharaMisatoは返答する。やはり抑揚のない声ににこやかな表情。専務にはその表情の変化のなさが、だんだん鬱陶しく思えてきた。
「名前は?」専務は懲りずに問いかける。しかし、今度の反応は違った。
「その質問にはお答えできません。会話を登録します・・・・五星物産専務様、質問種別P、個人のプライバシーに関する質問、セキュリティーレベル4、処理、続行」
 うろたえる専務。
「お、おい、一体何がどうなってるんだ?」
 表情一つ変えずにKumaharaMisatoが返答する。
「お客様の質問内容をメインサーバーに登録しました。以後のお客様のご質問に関しましてのセキュリティーレベル上限が引き下げられ、一定レベル以上の質問にはお答えすることができません。引き続きご案内いたします。こちらへどうぞ」
 まるで何事もなかったかのように、そしてさっきと同じくまるでビデオを再生しているようにKumaharaMisatoはにこやかな表情で案内を再開した。専務はまるで観念して連行されるかのように続いた。
「こちらです」突き当たりのドアを開かれる。そこが役員用食堂だった。
「お待ちしてました」半ば笑いを堪えるように、担当の男が、他の二人の男とともに待っていた。
「はじめまして」名刺を出して挨拶する二人。
「社長と、開発担当の稲村です」男が二人を紹介した。
「これはどうも・・・」慌てて名刺を出し応える専務。
「いかがです、ウチのOARLシステムは?」稲村が満足げに聞く。
「いやあ・・・」一瞬、専務は答えに困る風を見せた。さっきの出来事もあり実際なんと答えて良いかわからなかったのだ。
「お察しのとおり、ウチのシステムでは業務の効率がアップするだけでなく女子社員の不用意な発言で大切な仕事をフイにすることもあり得ません。それがさっきのセキュリティ警報です」
「あれは、その、試しに・・・」しどろもどろの専務。
「ええ。世間には何かを聞き出そうと根ほり葉ほり聞く者が多くて。特に他社の営業が多いんですがね、そういう者に対抗するシステムにもなっているんです。営業情報や開発情報が漏れないように」
「なるほど・・・」稲村の説明にうなずく専務。彼は内心ホッとしていた。どうやら彼自身に批判の目は向けられていないようだ。
「さて、失礼しました。お座り下さい。お楽しみは食事の後で」社長が合図をする。やはり虚ろな目をした女子社員達が一糸乱れぬ足取りで、そして、皿を震わせることなく運んでくる。
「彼女たちも?」専務は驚くように聞いた。
「もちろん。当社に生身の女子社員などもうおりませんよ」満足げに答える社長。
 専務は、少し戸惑いながらフォークとナイフを手に取った。


<18日午後・オフィステクノ工業M工場プラント制御室>

「それでは早速始めさせていただきますが、よろしいでしょうか?」
「え、ああ、はい」男の確認に答える専務。男が合図をすると、制御室の中で白衣の男達が動き始める。しかし、動いているのは男だけで、数人いる白衣の女性はモニターから目を離すことなく手首から先だけが動いて端末を操作していた。
(こいつらも・・・・)専務はその娘達がOARLであることをすぐに悟った。彼女たちの顔は一様に無表情で、彼にしてみればどの娘も同じ顔に見えた。
(ウチの社員も・・・・)
 モニターに目を移す専務。
「こちらの窓からの方がよくご覧になれますよ」男に促されて窓際へ移動する。眼下で、裸の女子社員が入ったケースが運ばれベルトコンベアのようなものに頭を先頭の方にして乗せられていく。最初の機械のところでケースの中から彼女たちが固定された板のようなものだけが抜き出されて進んでいった。
 トンネルのようなところを抜けると、やはりコンベアの上に位置する次の装置の下で最初の女子社員を乗せたその板が停止する。
(いよいよ・・・・)
 専務がそう思う間もなくフレームのような機械が頭部に被さるように降りてきて頭部を固定する。続けて別のアームが装置から無造作に伸び彼女の口を囲むように吸い付いた。
「口腔部からさらに細いロボットアームが脳内に侵入し、制御装置の取り付けとそれに関連する脳改造を行います。この時点で彼女たちの意識は消滅します。同時に頭部を固定している装置が彼女の耳朶にピアス型の受信機を取り付けます」
 ほんの数十秒程度のことだった。アームが口から離れると、ベルトコンベアが作動し、トンネルから出てきた次の娘が所定位置にセットされた。その繰り返しである。文字通り、彼女たちは自動車工場よろしく「処置」されていく。
「改造までは全自動です。さすがに検品の方は我々が行いますがね。あのトンネルが高性能のスキャナーになっていまして・・・スキャナーがあらゆるデータを収集して個人の設定を自動で行います。その設定に基づいて改造が行われていくのでどんな人間にも対応可能です」
 今度は稲村の方が説明した。最初の娘を目で追う専務。腕や脚、そして下半身、上半身の順に彼女たちは機械を埋めこまれていった。ベルトコンベアが進むに従って身体の部位部位を機械の箱のようなものが覆う。するとその上からアームのような物が伸びていきその箱の中に入っていく。そして、それがやはり頭部の時と同じ数十秒程度で離れると、ベルトコンベアが作動し次の装置へと送られていく。その様子は一つ一つ装置ごとに白衣の女達が座る端末のモニターに表示されていた。外見上は何処が変わったのかまったくわからないのだが、モニターに表示される情報が、彼女たちの体内に機械が埋め込まれ、置き換えられていくことを示していた。
「一つ一つのフェイズをほぼ同じ秒数で行うようになっています。ただ、個人差がありますので一番手が掛かる者にあわせるようになっていますが・・・」
「一つの処置にどれくらい?」専務はまるで義理のように質問する。
「我々のシミュレーションで最大120秒です。一応手間のかかるであろう体脂肪率の高い体型で試算してありますので」
「なるほど」うなずく専務。最初の娘が、最後の装置にさしかかる。
「全身コートマシンです。特殊な薬剤で全身をコーティングして腐敗等を防ぎます。人間には無害ですから、お望みであれば、ホストへの入力次第で夜の楽しみもできるというもので・・・ただ、行動や反応がどうしてもシミュレーションになってしまいますのでつまらないとは思いますけどね。私などはちょっと・・・・」稲村が笑う。しかし専務は笑わなかった。このプラントではどんな生き人形を作るのも可能なのだと今更のように気付く。
 やがて最初の一人が「コートマシン」から出てくると、ベルトコンベアが隣の部屋に彼女を運んでいった。
「一応四人程度完了するまでは危険なのでもうしばらくお待ち下さい。検品台は20用意してありまして、そこまでは自動で完成品を運びます。そこから15分のスケジュールで最初の検品を行うことになっていますが、我々もこれだけ大規模にプラントを回すのははじめてなのでもう少しかかるかもしれません」
 稲村が一人で喋り続ける。稲村の言うように、見え隠れする「検品台」には次々とOARL化された女子社員達が並べられていった。しばらくすると稲村が専務を促し、彼らは検品室の方に降りていった。
 検品室では、白衣の男が「検品」を行っている。台の横に置かれた小型の端末を操作し、男は検品を続ける。男が端末のキーを押すと、台の上の娘は電源が入ったかのように目を開いた。専務はその社員を知っていた。諸角秋乃という2年目の娘だ。舌っ足らずな喋り方をするにぎやかな娘だったと彼は記憶していた。
「名前を言いなさい」男がマイクを通じて指示を与える。
「MorozumiAkinoです」彼女はまったく抑揚なく、一文字一文字発音するように答えた。それは確かに彼女の声だったが、専務の知っている舌っ足らずな喋り方は微塵もなかった。
 続けて男がキーを打ち込む。そのたびに、MorozumiAkinoは体を動かし、命令通りにどんな格好もした。
「牧田君、専務にサービスしないか」その様子を見ていた稲村が、白衣の男に指示をする。彼は一礼するとキーを操作した。
「ア、アアァん・・・・」突然、MorozumiAkinoが台に座ったまま大股を開き、その股の間に手をやって艶めかしい声を上げる。
「お、おい・・・」思わず専務は一歩下がった。
「ご覧のとおりです。今彼女には耳に取り付けられたピアス型の受信機を通してこの端末から命令が送られています。検品が終わった後、と言ってももう彼女はオッケーですが、御社に設営されたホストの方に彼女を登録すればその時点で稼働しはじめます」
「登録はいつ?」
「全個体の検品が終わりしだいです」
「そうか・・・・」
 やがて、最後の一人が、すでに最初の一人の検品が終わり空いた台に二巡目で運ばれた。それはどうみても普通の女性の裸にしか見えなかったが、どの娘も機械が詰め込まれ、そしてコンピューターにコントロールされているのだ。専務には、それが信じがたいことに思えた。
 検品が終わると、彼女たちは壁際に一列に裸のまま並ばされていた。壁際に、彼女たちが立つべき場所が設定されているらしい。そこでは、壁からケーブルが伸びている。担当なのか、やはり白衣を着た男が彼女たちの耳に取り付けられたピアスにケーブルを繋いでいく。ピアスの装飾はうまい具合にデザインされており、それがケーブルのソケットであるなど専務にも想像がつかなかった。
「プログラムのチェックと微調整、そしてホストへの登録を行っています。OARL化後の配置計画の方は担当の方から伺っておりますのでそのとおりに・・・・」
 専務は稲村の説明も半ば聞き流しながら、壁際に並ぶ裸の女性達を眺めた。それはまるで彼女たちを商品として陳列してあるようにも思える。確かに会社向けのパッケージングは魅力的だが、彼はそれ以上にこの技術は需要があるように思えた。
「なにか?」稲村が、考え込む専務の顔を見て尋ねる。
「いや・・・」専務は、短くそれだけを答えた。


<19日朝・五星物産女子ロッカールーム>

 浜本香織は、少々面食らっていた。
 彼女はもともとそんなに時間に几帳面な方ではない。今日は別に当番ではなかったが割と早く会社に来たつもりだった。が、いつもだいたい居合わせる総務部の同僚を一人も見かけなかったのだ。ちなみにタイムカードはすべて出勤の方に入っていたような気がする。せっかく研修がどうだったか聞いてみようと思ったのに会わないのでは仕方がない。
 おまけに今日は仲の良い栗田聡美が研修でいない。彼女は一人、何か腑に落ちない物を感じながら制服に着替えロッカールームを後にした。


<19日昼・五星物産社員食堂>

「ねえ、見た?」
「見た!絶対変だよ、あれ」
「なんの話?」話に加わる浜本香織。秘書課の秋本恵美が、まわりに気を配りながら小さな声で教える。
「総務の子たち、変じゃない?」
「え?」
 今日は給湯室等へ行かなかった香織にはわからなかったが、女子社員達の話題は朝から総務の女子社員達のことで持ちきりだったという。その当事者である総務の女性達は、何故か誰一人として社食に姿を現さない。そこは一瞬にして香織を含めた数人の女子社員達の井戸端会議場と化した。
「そう、あのさ、なんだかまるでロボットみたい」
「ロボット!?」
「そう。無表情でさ、おはよう、って言っても営業スマイルでおはようございます、なんて」
「そうそう、その言い方が気味悪いのよ。なんていうかさ、その」
「留守電のテープ」
「そう、それ。感情こもってないっていうかさ、電話の応対でももう少しマシってもんじゃない」
 香織は当惑しながら話を聞いていた。
「彼女たちに、一体何が起こったのかぁ!」
 一人が、おどけた声で言う。と、香織はボソリとつぶやいてみた。
「研修って、どんな研修だったのかしら・・・」
「そう、それなのよ」恵美が乗る。
「総務の子たちそんなだからさ、ぜんぜん情報が入ってこないのよ」
「うーん・・・・」周りもみんな黙り込む。
「あれじゃない・・・」一人が言った。
「あれって?」
「自己啓発セミナーかなんか」
「うわ、無茶苦茶言う」
「でもさ、そんな感じだよね。あなたは今日から新しい自分になります・・・・」
 きゃははは、と笑い声が上がる。声色を変えたその言い方が面白かったようだ。しかし香織は笑わなかった。
「メールまずいかな?」
「誰?」
「聡美。今日彼女研修だから」
「とりあえず送っといたら。まずかったらあとで帰ってくるだけでしょ」
「そうだよね・・・・」
 携帯を取り出す香織。数分後、彼女は送信ボタンを押した。


<19日午後・オフィステクノ工業M工場プラント制御室>

「今日28人じゃなかったか?」
「一人欠席で27人だとさ」
「で、後一人は?」
「出てきたらその日に組み入れるってさ」
 白衣の男性二人が作業を見守りながら話していた。その横で、同じ白衣を着た女性が表情一つ変えず端末を操作している。彼女たちの作動は安定していた。導入してから今までのところトラブルはほとんど発生していない。
 彼らの目の前を、若い女性を乗せた台が約1分おきに次々と通過していく。一時間以上も麻酔ガスを充填したカプセルの中で、ほとんど「ガス漬け」にされていた彼女たちはそこから出された後もまるで死体のように身動き一つしない。もっとも、意識があったとしても身をよじらせる程度しか動かせないであろうことは確かだった。彼女たちの身体はバンドのような拘束具で台に固定されており、事ここに至ってはもう彼女たちの意志でそこから逃れるのは不可能だった。
 スキャナーのトンネルを抜けて脳改造装置へと進んでいく女性達。眠っている間に彼女たちは脳に制御装置を組み込まれ、意志の自由を奪われる。そして、身体の中身を機械に置き換えられ、次に目覚める、いや目を開くときには耳朶に取り付けられた受信機を通してホストコンピューターに制御されるただの人型端末になっているのだ。
「二日も見てると飽きてくるな」
「ああ」話を続ける二人。ここに配置されているOARLも例外でなく効率よく働くため、彼らは問題が起きなければしばらく動く必要がない。昨日も二十人以上の裸の女性を見ているが、彼らにとってそれはもう素材以外の何物でもなくなっていた。当初、自分の会社の女子社員達がOARL化されていくときはそれなりに興奮もしたものだが、いまや彼らにとってそれは製品であり、ましてや自分の物でもない。個人向けに製品化してもいいのだが、このシステムは人数を効率よく動かせるからこそ意味があるのであって、個人ユーザーが一つの制御装置で一人を管理するのはコスト的にも割高だ。もっとも、こういう製品を欲しがる者は、どんなに高くても欲しがるだろうということは彼らにも想像がつく。顧客からのリクエストがあればすぐにでも対応するつもりではあるのだ。いまのところ、そういった顧客からの話は聞いていない。
 隣の部屋の検品台の上に、OARL化された女性達が並びはじめた。
「さて、行くか」
 二人は隣の部屋へ向かう。その横で、女性達は次々と、そして着々とOARL化されていく。


<19日昼・栗田聡美の自宅>

 聡美は布団の中から手を伸ばして携帯をとった。
「なんだ・・・・香織か・・・」
 頭を押さえながらゆっくりと起きあがる。彼女は夕べから頭痛がひどく寝込んでいたのだ。しかし昼まで横になっていたためかだいぶ調子は良くなっていた。
「・・・そんな。わたし行ってないのに・・・」
 頭痛で研修を休んでいる旨を打ち返す聡美。そのまま携帯を横に置くと、彼女は立ち上がった。
「ん・・・・」やはり頭が重い。彼女は水を飲み用を足すと、再び布団に潜り込んだ。


<19日夕刻・五星物産女子ロッカールーム>

「聡美休みなんだって」
 香織は恵美と着替えながら話をしていた。
「総務の子たちは?」
 恵美が、その香織の問いに戸惑った顔を見せる。
「総務の子たちね・・・・」
「どうかしたの?」怪訝な顔をする香織。彼女は昼からも自分の机を立つ暇がなかった。
「まだ仕事してるみたいだけど・・・・見てないの?」
「見てないって、何を?」
 恵美は怯えたような様子だった。香織はようやくそれに気付くと恵美の顔を心配そうに覗き込んだ。
「彼女たち、みんな同じピアスしてるのよ・・・・」
 一瞬言葉を失う香織。
「どういうこと?」
「わからない。でも、やっぱり変だよ。昨日の研修、何だったんだろう?」
 ドアが開く。その、総務の者たちが一様に無表情でロッカールームに入ってくる。恵美と香織は無意識に口をつぐんだ。いい知れない恐怖感を感じて、二人は大急ぎで着替えると化粧直しもそこそこにドアへ向かった。
「お先です」恵美が、一応という感じで軽く頭を下げてドアを出る。
「おつかれさまでした」という声が返ってくる。恵美は恐怖に任せてドアを閉めた。
 ドアの外で荒い息をする恵美と香織。
「ね」恵美が言う。
「うん」香織が蒼白な顔をしてうなずく。
「ここじゃやばいよ。早く出よう」
「うん」
 どちらともなく早足になる。二人は逃げるように会社を出た。
「どうしよう・・・・」泣きそうな顔の恵美。総務の娘達は同じピアスをしているだけではなかった。「おつかれさまでした」という挨拶の声は全員がまるで声を合わせているかのよう、いや、一糸乱れぬ程に口調が合わせられていた。そして、その抑揚のない、まるで機械の発生したようなその声は、一様に虚ろな微笑みを浮かべた娘達から発せられていた。
「わたし・・・・会社やめる・・・・」早足で歩く恵美。
「でも・・・・」追いかける香織。
「見たでしょ、彼女たち。間違いないわ。研修で何かされているのよ、何だかよくわからないけど。わたしも明日行ったら、彼女たちみたいにされるんだわ。だからやめる・・・」
 恵美は半ば自分に言い聞かせるように言った。
「恵美さん、明日研修?」
「そうよ。だから明日研修行かないで辞表出しにだけ来るわ」
「わたしは・・・・」香織は詰まった。恵美の顔は恐怖以上に決意に満ちた表情になっていた。
「香織ちゃん、研修いつ?」恵美が言う。
「金曜日」
「納得行くまで考えるといいわ」顔を伏せて歩く恵美。
「ちょっと待って・・・・あ、そういえばね、聡美、今日休んだって」
「よかったわね。彼女にも言ってあげて、早くやめた方がいいわよって。あの研修はおかしいわ」
 香織を置いてさっさと歩いていく恵美。香織は追いかけるのを諦めた。
「ふう」思わずため息が出る。彼女は一人夜道を家路についた。


<20日朝・五星物産秘書課>

「ほう、困ったねえ・・・」
「だいたい、あの二人は何なんです?」
 秋本恵美は課長の秋山のデスクの前に立っていた。辞表を開封した秋山は、困った顔をして辞表を眺めていた。
「あの二人は今日から秘書課に配置換になったんだ。君こそ、研修に行かないでこんな辞表など・・・・人数分予約しているのに困るじゃないか」ゆっくりと、本当に困っている風で言う秋山。その間も目は一行だけの辞表を眺めている。
「とにかく、わたし辞めます。お世話になりました」出ていこうとする恵美。
「ちょっと待ってくれ」恵美を呼び止めて、電話をする秋山。今日研修に行っている昭子と雅恵の机に、別の二人が無表情で座っている。恵美は、その二人の耳に例のピアスが着いているのを認めた。
(この子達・・・・)そう思ったとき、秋山が言った。
「悪いが直接高木部長のところへこれを持って行ってくれないか」
「そんな・・・わたし・・・」恵美は、一刻も早くここから抜け出したかった。しかし・・・
「な、なに・・・・」横の机から、「配置換」でやってきた二人が立ち上がり、ドアの方を塞ぐ。
「君が言うことを聞かないから、彼女たちが動くことになるんだ・・・」呆れたようにつぶやく秋山。恵美は、思わず秋山に背を向けながらも後ずさった。
「予定変更を確認しました」突如片方の女、第一営業部にいたの中田弓子が抑揚のない声をつぶやき、いや発した。
「予定変更を確認しました」もう一人、第二営業部だったはずの村山郁子もまったく同じ口調でそう言う。二人とも一様に無表情で、ゆっくりと恵美の方に近付いていった。
「なに・・・・なんなのよ・・・・」後ずさる恵美。秋山も、なにもせずに「仕方ないな」という顔でその光景を眺めている。
「秋山課長に通達。高木部長の指示により秋本恵美を搬送します。使用人員はNakataYumiko及びMurayamaIkuko及びKawaharaKeiko計三名。本日予定業務は本日及び明日作業時間30分延長により消化。通達を確認して下さい」
 NakataYumikoの口から、およそ人間とは思えない、合成音声のような言葉が発せられ、秋山は「確認」と一言答えた。恵美はそれが何を意味するのか理解できなかったが、自分が何か危険にさらされていることは理解した。
「イヤよ!」走って、NakataYumikoとMurayamaIkukoの間を抜けようとする恵美。しかし、それは簡単に阻止された。二人の力は恵美の想像を絶するほど強く、恵美は簡単に両肩を捕まれ拘束された。
「放して!!何よ!!」暴れる恵美。しかし二人はビクともしない。
「搬送を開始します」今度はMurayamaIkukoの口からその言葉が発せられた。恵美は引きずられるようにドアの外に連れ出された。そしてそこには、件の高木部長が立っていた。
「秋本君、困るな、勝手なことをされちゃ」
「何よ!わたしをどうするつもり!」
「別に気にすることはないんだ。君も彼女たちと同じ、OARLになってくれればいいんだ」
「O,A,R,L?」噛み締めるようにつぶやく恵美。
「ああ。オフィスオートメーテッドロボットレディと言うらしい。まあ、近いうちにもう少しマシな呼び方を考えるがね。今専務が社長と今後ウチで扱おうかと相談しているよ」
「なに、なんなのよ・・・どういう意味・・・」理解に苦しむ恵美。
「だから気にしなくていいんだよ。夕方には君もOARLになっているからね。連れていけ」
 部長の指示で、二人が動き出す。抵抗しても二人はまったく反応せず、恵美は機械に乗せられているかのように建物から連れ出された。と、その時、彼女の目に別の女子社員が歩いているのが目に入る。
「助けて!お願い!」必死に叫ぶ恵美。しかし次の瞬間、恵美の表情が凍り付いた。
「秋本恵美、確認」女がそう言うなり専務のベンツが現れた。運転しているのはやはり女だった。川原恵子という名前だったはずのその運転席の女の耳に、例のピアスがついているのを恵美は認めた。歩いていた方の女が後ろの席のドアを開ける。恵美は引きずられるように後部座席に乗せられた。ドアが閉まると車が走り出す。窓にはスモークが入っていた。恵美の目から、はじめて涙が流れた。


<20日朝・五星物産第一営業部>

 栗田聡美は通常通り出勤した。
「おはよう」営業部の部屋で同僚に声を掛ける。しかし、どうも空気が違った。
「おはようございます」気の無いような、抑揚のない挨拶が返ってくる。女子社員達は皆同じだった。席に座ったままピクリとも動かず、朝から黙々と仕事をしている。その、頭を揺らすことすらしない彼女たちに、聡美は首を傾げた。
「ねえ、何か、あった?」思わず彼女は隣に座る池原香奈子に聞いた。しかし、香奈子は全く反応せず黙々と仕事を続けている。
(みんな、変だ・・・)そう思ったときだった。
「栗田君、ちょっと」課長に呼ばれ聡美は立ち上がった。
「はい?」
「部長から電話で・・・・悪いけど今から研修に合流してくれってさ」
「でも・・・」
「いいから。場所はわかってるだろ。着替えていって貰っていいから」
 聡美は周りを見た。いつもなら誰かしら口出しするのに今日は誰も、反応すらしない。
「わかりました・・・・」渋々従う聡美。
 部屋を出る。どうも一昨日と会社そのものの雰囲気が違うような気がする。
(研修って一体なんなんだろう?)
 彼女は着替えると、とりあえず研修会場へ向かった。


<20日午前・北街第3ビル地下一階>

「あの・・・・」
「今入れません。もうしばらくお待ち下さい」
「でも・・・」
「もうしばらくお待ち下さい」
 栗田聡美は、顔を知らない受付の女に待たされていた。その女は、顔にこそ微笑みを浮かべているが、応対は極めて事務的で、聡美は少しイライラしていた。さらに言えば、笑顔がまるで固めてあるかのように口元と目以外は動かない。口調も抑揚のない、機械音声のような声だ。聡美はイライラの他にある種の不気味さを感じていた。
(合流しろって言うから来たのに・・・)
 受付の横で座っていると、突然中からゴロゴロガチャガチャとまるで片づけでもしているかのような音が聞こえてくる。受付の女が彼女の方に向き直り、さっきとまったく変わらない表情と口調で言った。
「どうぞ、お入り下さい」
 聡美は返事もせずにドアを開けた。
「これは・・・?」
 後ろでドアが閉じられたのにも彼女は気付かなかった。その光景に彼女は理解に苦しんだ。
 数人の、まるでレオタードのようなウェットスーツのような全身にフィットしたボディライン丸出しの、銀色に光るものを身に着けた女達が動き回っている。その足元には何人もの女性が倒れていた。
「どうなってるの?」
 彼女がつぶやいた瞬間、彼女の横にその、銀色の女が二人現れた。
「なに?いや!」
 突然のことに抵抗すらできない聡美。
「いや、イヤァ!」一人に押さえつけられ、もう一人に服を脱がされていく。
「なにするのよ!」返答はない。そのかわり、女の顔はまったく無表情で目も視線が動く以外まったく動かない。言うならば、感情がまったく感じられないのだ。それでいて力はやたら強く、聡美が抵抗してもまったく女達のやることを阻止することができない。
 よくわからなかったが聡美は抵抗をやめて彼女たちに身を任せた。抵抗しても彼女の力では無駄なことを悟らざるを得なかったのだ。それに、押さえられて身体が痛い。と、彼女は周りの光景に気付いた。同じような銀色の女達が、床に倒れた女、聡美の同僚達を裸にして奇妙なカプセルのようなものの中に寝かせている。
(一体何?)聡美は思った。しかしそうしているうちに聡美も丸裸にされ、女達に持ち上げられる。そして案の定と言うべきか、彼女も他の同僚達と同じカプセルに入れられてしまった。カプセルの中のベッドのような部分にバンドのような物で腕を固定されるにいたって彼女は再び抵抗しようとしたが、それはやはり無駄に終わった。腕と脚を拘束され、身動きがとれなくなった彼女の上で、カプセルの透明な蓋が閉じられる。
(一体どうなるんだろう・・・)そう思うのもつかの間、蓋が閉じるのと同時にシューという音とともに何かが吹き出してきた。
(なに、これ、あ・・・・・)
 それが何かのガスであることは彼女も理解した。しかしそれ以上のことを理解する時間はなかった。身体が麻痺し、思考が止まっていく。そして、聡美は意識を失った。


<20日午後・オフィステクノ工業M工場>

「あ・・あう・・・」
 床にへたりこみ、ガタガタと震える恵美。
「何も怖がることはない。順番的には最後だが、君も彼女たちと同じように処置を受けるんだからね。そうすれば恐怖もなにも感じることはなくなる。君の場合は実験的に麻酔を掛けないで処置をすることになっているから・・・・君の上司の許可も貰っている。きっと生まれ変わっていく気分を味わえるはずだ」
「そ・・・そんな・・・・」
「君が素直に研修を受けさえすればそんなことにはならなかったんだが・・・・それとも、今から、このカプセルに入るかい?」
 ほとんど反射的に首を振る恵美。男が指さすカプセルの中には、恵美の同僚の三島園子が一糸纏わぬ姿で身体を拘束され眠っていた。そのカプセルも、順次運ばれプラントのコンベアに乗せられる。
 恵美には、もう抵抗する気力は残っていなかった。ほとんど連行されるように工場に連れてこられた彼女は、彼女の同僚が改造され、ピアスを付けた「ロボット」に生まれ変わっていく一部始終を聞きたくもない詳細な解説付で見させられたのだ。その上で、この工場にいる女性がすべてその「OARL」だということもすでに思い知らされていた。今現在、男の横には白衣を着た二人、いや二体の「OARL」が立っている。逃げようとしてもたちどころに捕らえられてしまうのは明白だった。実際に一度試みたが五秒と自由にはならなかった。
 その上で今彼女は、二者択一の選択を迫られているのだった。自分からカプセルに入り眠らされて機械化されるか、意識があるまま機械化されていくか、どちらにしろ彼女は「どちらもイヤ」としか言えなかったが、そのどちらかしか選択肢はなくなっていた。
「さあどうする?せっかく選択の自由をやったんだ。決めて貰わないと」男は楽しそうに言った。
 うつむく恵美。その横で、カプセルの中から彼女の同僚を乗せた台が引き出されていく。プラントの機械は一定のペースで恵美の同僚たちを着々と「OARL化」していく。
「ほら、もう時間がない・・・」最後に残っていたカプセルが、プラントのコンベアに乗せられた。チラリとそれを見る恵美。中には、昨日休んでいた栗田聡美が入っていた。
(結局栗田さんも・・・・)
 恵美はそう思った。彼女にもすぐに同じ運命が待っている。しかしあまりにも現実離れしすぎていて実感が湧かない。その彼女に向かって、男が冷たく言い放った。
「時間切れだ」
 男は、身を翻すと白衣の二人を連れて歩いていく。と同時に、彼女は強く腕を掴まれた。
「あ・・・ああぁ・・・」
 腰が立たない恵美。恐怖のあまり腰が抜けてしまったのだ。しかし自分で立たなくても彼女はがっちりと両側から支えられていた。彼女を支えていたのは、銀色の全身スーツのようなものを身に着けた女たちだった。やはり耳朶にピアスを付けられ、まるで物のように恵美を扱っている。そしてなにより恵美が恐ろしかったのは、彼女?たちはさっきの白衣の女性達とまったく同じ、感情のかけらも感じさせない表情で黙々と作業を進めていることだった。
「イヤ・・・・」
 恐怖に抵抗もできないまま、されるがままに服を脱がされていく恵美。その恵美の目に、ガラスの向こうの光景が映る。それは、今彼女の服を脱がせている女と同じ虚ろな表情を浮かべたまま裸で並ばされている彼女の同僚達の姿だった。目を見開く恵美。
(わたしもああなる・・・・)
 恵美は半ば呆然とした頭でそう思いながら、裸にされ台に固定されていった。そして、その台がコンベアに乗せられる。仰向けに寝かされたまま、彼女はコンベアに乗せられ進んでいった。
 不思議と、恐怖は感じなかった。諦めが彼女を支配していた。全身をスキャンするトンネルを抜けると、彼女の目に最初の機械が入ってきた。その機械の一部が彼女に向かってくる。
(・・・・・・・!!)
 彼女は悲鳴を上げられなかった。機械が彼女の頭部をブロックするように覆い、次の瞬間耳朶にチクリとした痛みが走ると、身体が徐々に痺れていく。さらに痺れていくのは身体だけではなかった。まるで貧血の時のように頭の中が痺れ、思考が麻痺していく。機械が彼女に何かしているのは感じるのだが、それが何なのか考えることができない。目を見開き、彼女は機械にされるがままになっていた。頬が両側から圧迫され、口が開く。今度は呼吸器のようなカバーを付けたチューブがその口めがけて降りてくると彼女の口を覆うように張り付いた。そして、口腔内にカバーの中のチューブが侵入すると、口の中に苦いものが拡がり、口腔内の感覚が完全に麻痺していく。そのチューブから何かが出てくる。それはまるで根を張るように彼女の頭の中へと拡がっていった。
(・・・・・・!!!!)
 目を剥く恵美。脳内に彼女を制御するための機械やマイクロチップが次々と埋め込まれているのだ。恵美はまるで頭の中を掻き回されているような苦痛を感じていた。彼女の目はもう何も見ていなかった。様々な記憶が混濁しながら浮かんでは沈んでいく。恵美は自分が壊れていくのを感じた。苦痛が薄れていくのと同時に彼女は恵美でなくなっていった。
 やがて、口腔内からチューブが引き抜かれ、頭部を固定する機械が上がっていった。コンベアが進む。その間約一分半。次の機械のところに到着すると今度は両腕が上から降りてきた機械に覆われ、また一分半ほどで上がっていった。次に脚が、そして上半身が、下半身が同じように機械に覆われ一分半ほどで機械を埋め込まれていく。
 素体となった秋本恵美がコンベアに乗せられてから十分ほどで、AkimotoEmiは生まれた、いや生まれ変わったままの姿で検品台に並んだ。焦点を結んでいない目に表情のない顔。工場の職員が、端末に検査用のキーを打ち込み、指示を出すとAkimotoEmiは決められたとおりに検査用の動作をした。職員は作動を確認すると検査終了のキーを打ち込む。と同時にAkimotoEmiの脳に組み込まれた制御装置にはピアスを通して壁際に移動するように指示が伝達される。AkimotoEmiはむくりと起きあがるとすでに仲間達が並んでいる壁際の、一番端の設定用チャンバーに立った。職員がチャンバーのソケットから伸びるケーブルを耳のピアスに接続する。そして、AkimotoEmiはホストコンピューターによる五星物産用OARLとして設定され、五星物産の方に設置されたメインサーバーの管理下に入った。


<21日午前・五星物産資材部>

 浜本香織はいい知れない不安を感じながら仕事をしていた。
 昨日、今日と普通の時間に出勤したにもかかわらず、ロッカーで会った人数が極端に少なかった。栗田聡美や秋本恵美にも会っていない。今日などは給湯室でも会うのは朝ロッカーで顔を合わせたのと同じ資材や管理の者だけで、他の部署の者には会わない。いや、会っても何も話さないのだ。
 よくよく考えれば、今日そうやって顔を合わせて話をした資材と管理は、まだ「研修」を受けていない。そして、何も話さない他の部署の者たちの耳朶には皆あのピアスが光り、そしてその顔にはあの、とってつけたような虚ろな微笑みを浮かべていた。
 一昨日のロッカーでの一件以来、彼女は同僚達の耳朶を見る癖がついてしまっていた。髪の短い者ならばすぐにわかる。その、ピアスを付けた同僚達は皆一様な動きで愛想が悪くなり、指示されたとおりに黙々と仕事をしているのだった。
(やっぱり洗脳セミナーかなんかかしら・・・・)
 彼女は思った。
(会社の言いなりになるように洗脳されて、彼女たちにかまっている暇がないように思いこまされたのかも・・・・)
 しかし彼女は、それを周囲の者に言うようなことはしなかった。実際秋本恵美の話は今でも彼女を不安にさせているし、その話が同僚たちの態度を「不審」と思えるようにエスカレートさせているようにも思えるのだ。
(もしかしたら、本当に会社危ないからってプレッシャー掛けられただけかもしれないし・・・・)
 彼女には、秋本恵美の話は現実離れしているようにしか思えなかった。その当人とは今日は会っていない。どちらにしろ、明日研修を受けてみればわかることなのだが、その研修を受けることそのものを不安にさせているのが恵美の話だった。
(とりあえず、本当に恵美辞めたのかしら・・・)
 そう思いながら廊下を歩いていると、後ろに人の気配を感じた。振り返る間もなく肩を叩かれる。
「聞いた?」
 ヒソヒソ声は同じ資材の山根春奈だった。
「なに?」
「明日研修あるじゃない?で、終わった後、みんななんか半強制的に新しい女子寮に入れられるらしいわよ」
「え?」思わず声を上げる香織。
「声が大きいよ」たしなめる春奈。
 言いながら、春奈が香織を押し込むように給湯室の陰に入る。
「なんだってなんだって?」声を潜めて聞く香織。
「だから、研修が終わったら半強制的に新しい女子寮に入らされるんだって」
「なんで?」
「知らないわよ。でも研修が終わった子たちはもう入ってるらしいわよ」
「うそ!そんな話初耳よ・・・・引っ越すにしたって準備あるし」
「そうそう。だから変な話って言ってるのよ」
「誰が言ってるの?」
「っていうか、ウチの新人の子がね、まだ寮なんだけど、隣同士で仲良く住んでた子が帰ってこなかったから心配して会社でその隣の子に聞いたらしいのよ。そしたら新しい寮に引っ越したって言われたって。それもすごく事務的に」
「うんうん」
「それでその子、由紀子っていうんだけど、彼女がどういう事って聞いたら、あなたも明後日には入ることになってるって・・・・」
「で?」
「ううん、それだけだけど、まあ、普通急に寮引っ越せって言われて隣の子に何も言わずに引っ越すかなって。それに今まで仲良くしてたのにやたら態度が冷たいって」
「でさ」香織が質問する。
「なに?」
「新しい女子寮って、どこ?」
 首を傾げる春奈。
「それもわからないのよねぇ・・・・こんな話ってアリ?それに明後日って土曜日よ」
 香織も不審に思った。確かにおかしな話だが、それを言えば急な今回の研修もおかしくなってしまう。
「ねえ、ウチの会社大丈夫かしら・・・・今の寮、実はすでにウチの持ち物じゃなくなってるとかさ・・・・」香織は、現実的な見解を導き出した。それなら、研修で会社の窮状を叩き込まれてすぐ引っ越せと言われるのもうなずける話だった。
「そうね・・・・結構やばいかもね・・・・」うなずく春奈。
 持ち場へ戻る二人。しかしそうは言ったものの香織はやはりどこか腑に落ちないものを感じていた。


<21日午後・オフィステクノ工業M工場>

 今日も予定通り、五星物産の女子社員のOARL化は進められていた。四日目ともなると職員達も慣れたものである。もはや彼らはそれを女性とは思っていなかった。てきぱきと機械的に、決められた手順に従って検品が進められていく。
「なかなかにいいお話ですな」オフィステクノ工業の社長、大野は機嫌が良さそうだった。OARLプラントの作業に立ち会いながら、五星物産の専務は、自分のところでこの商品を扱いたいと申し出たのだった。
「もともとウチも受付嬢が売れなければだいぶ危なかったのだが・・・・あれのおかげでなんとか持ち直したのでね。他社の製品がない方面へない方面へと方向を絞ってきましたから・・・・」
「しかしまあ、素体の確保方法と販売ルートが確立できれば、この大きなパッケージだけでなく個人向けやもっと小さな商品も作れるわけですよね?ですからその、販売ルートの方をウチがお手伝いしようというんです。オフィテクさんとこの技術力が確かなのはわかりました。このパッケージだけでは勿体ない気がするんです。おそらく生体脳の機能を生かした方法では他社よりも大分進んでいるはずですから、従来のロボットで満足することのできなかった顧客を引き込むこともできると思うんです」一気にまくし立てる専務。
「例えば・・・?」社長は少しためらいがちに聞いた。
「例えば、性風俗産業などへの、合法的かつ大規模な参入が可能になるわけですよ。性風俗産業はロボットの出現でだいぶ明るいところへ出てきました。なにせ公営の話まで出る時代ですからねぇ。以前はやはり常に若く人気の出そうな女性を確保していなければならなかったわけですが・・・ロボットの登場で必ずしもそうである必要はなくなったわけですし、人権や病気などの問題も・・・・。しかし今でも本当に人気があるのは生身のアイドル風俗嬢を揃えた風俗店です。単価的に三倍から四倍するにも関わらず、男達は生身の女性を買いに行くのですよ」
「・・・・・・・」
「性欲処理専用機の身体の質感、そしてその、あの部分の感覚、そしてプログラミングされたテクニックはいまや生身の女性と同等いや場合によってはそれ以上です。しかし、悲しいかな世の男達はそれ以上のものを彼女たちに求めるのですよ」
「なるほど、擬似恋愛的な感覚か・・・・」
「さすが社長。そのとおりです。いくらソフトウェアが進化してもこれだけは完全なものにはなり得ません。しかし、社長のところの商品は身体が完全に機械というわけではありません。質感の工夫は最小限で済むわけですよ。そして生体脳の機能を生かすということは、今までのロボットにはなしえなかった、感情のこもったサービスに限りなく近いものを行うことができる可能性が大いに秘められていると思えるのです」
「それはそうだが、合法的と言ったところで結局それ以前にこの商品は人権を無視した背徳的なものだ」社長は面白そうに言った。しかしそれは、専務の言葉を否定するものではなく、その問題を解決する方法を専務に言わせようとするものだった。
「その、素体の供給と販売ルートの確立は我が社の方で行います。はじめは個人の顧客向けに、ネット等を通じて細々と。そして、ある程度のサンプル数を揃えてから、数人の素体をピックアップして、ウチのつきあいのあるバイオ系企業の方へ送ります」
「ほう、それで?」
「社長、ところで今の時点でこの話、乗られる気でおられますか?」
「タネ明かしの前に確認かね・・・・」横の秘書の女性を見る社長。もちろん秘書もOARLである。
「少し待っていただけるか」社長が言う。しかし長く待つまでもなく、別の女性が書類を持って部屋に入ってきた。その書類を専務に見せる社長。それには契約書の草案が記されている。
「なるほど・・・・」
「専務、おたくが言わなければこちらから言おうと思っていたところだよ。ウチも裏では顔が利くから何とかなるが表の産業か、裏でももっと安定して稼がないことにはさすがに厳しくてね・・・・」
「わかりました。ありがとうございます」
「続きを」
「はい。実は我が社ではその某社のクローニングも商品として扱っています。そこで、その某社の技術をこちらに掛け合わせようと」
「つまり、人気風俗嬢のクローンを大量生産した上でOARL化して供給しようと言うのだな」
「仰るとおりです。ヒトのクローンは禁止されていますがロボットと言ってしまえば問題ない。そして供給源も確保される。テクニックはソフトウェアでなんとかなりますし、生体脳にサービス精神を叩き込んでおけば・・・・」
「専務、明日最終納品がてらおたくへ伺おう。この草案ではだめだな。そちらで新しいのを作れるかい?」
「かしこまりました。ウチの社長と相談しましてご用意させていただきます。それから協議と言うことで」
「結構だ。社長に明日お目にかかるのを楽しみにしていると伝えてくれたまえ」
 専務は満面の笑みを湛えて一礼すると、部屋を出ていった。
「稲村君、そういうことだ。これから忙しくなるぞ」
「ハイ、社長!」稲村も上機嫌だった。その横で、五星物産の、今日最後の女子社員がスキャナの中に入っていった。


<21日夜・五星物産女性寮前>

「まるで工場みたい・・・」
 そう呟く香織。ここへ来るまでは驚きと恐怖の連続だった。終業後のロッカールームから、まるでビデオを再生しているかのように同じ動き方、同じ表情、そして同じ仕草で次々と出てくる「ピアス付」の同僚達。彼女たちは誰一人寄り道すらせず、まるでアリの行列のようにこの「新しい女性寮」へと歩いてきていた。
 香織は、本能的にその同僚達から身を隠しながら、この新しい寮まで彼女たちをつけて来ていたのだ。そうしなければいられない何かが、彼女を突き動かしていた。
 次々と、ロッカールームから出てきたときと同じように寮の中に入っていく同僚達。しかしその寮は、彼女が思ったようにまるで工場か研究所のようだった。外見はごく普通のビルと、その横の倉庫にしか見えない。
(どうなってるんだろう・・・・あ)
 彼女が中の様子を覗き込もうとしたときだった。見慣れた顔が連続して中に入っていく。
(聡美・・・・・恵美さんも)
 それは、一昨日休んでいた栗田聡美と、昨日会社を辞めるはずだった秋本恵美だった。彼女たちもまた、他の女達と同じように虚ろな表情で、機械を見ているように一定の速度で進みながら寮の中に入っていく。そして香織は確認した。二人の耳にもあのピアスが輝いているのを。
(あの二人も結局研修に行ったんだ・・・・)香織は思った。研修に行った同僚達が、今彼女の前にいるように一様に同じ表情、同じ仕草で動いているのを彼女も認めざるを得なかった。ということは、研修に行ったら彼女も同じようになるということである。一瞬、もしかしたら研修に行った者たちは自分たちを仲間はずれにするためにそのような行動をしているのではないかという想像が頭を掠めるが、彼女はすぐにそれをうち消した。そんなことは馬鹿げている。だとすると一体・・・・
(やはり洗脳セミナー・・・)そのぐらいしか考えられなかった。まったく一般の人が、妙なビデオを見せられたり、薬を飲まされたり、それからいろいろな事をやらされて気が付くと教祖様の言いなりになっていたりという話は彼女も聞いたことがある。テレビでは洗脳とかマインドコントロールとか言われていたが、今の聡美や、特に恵美を見ている限りそのようなことぐらいしか、今の状況を説明するのことができるものを思いつかない。
 たしかにまるで仲間はずれにされたような気はするが、彼女にとってはそれよりも洗脳されたりマインドコントロールされるのはもっと嫌悪感が感じられた。
(もしかしてこの中でも日々行われているんじゃ・・・・)香織は思った。テレビで、宗教団体がよく「修行」と称して洗脳効果を高めるようなことをしているのを見たことがある。見たときは「恐いなぁ」ぐらいにしか思わなかったが、まさか自分自身がそういう状況に直面するなどとは夢にも思っていなかった。
(よし!)
 入っていく人影が無くなったのを見て、なに食わぬ顔をして寮の中に入っていく香織。しかし香織は驚いた。建物の中はまるで病院のようになっていた。広い廊下が続いている。その廊下を真っ直ぐ行くと、横の倉庫のような建物に続く廊下に出た。彼女は躊躇わずにそちらへ向かった。宗教団体のテレビでは、大広間のような広いところで「修行」が行われていた。それが彼女の頭にはあった。
 やがて行き着いた先の、大きな引き戸をゆっくりと、少しだけスライドさせて中を覗き込む。
(?)
 彼女にはそれが何だかよくわからなかった。たくさんの、透きとおった円筒形のものが並んでいる。人気がないようなので彼女はゆっくりとその中へ入っていった。
 それは、まるで標本のように感じられた。少し斜めになった台に女性、それも彼女のよく知っている面々が無表情に目を開いたまま、裸になって直立不動の姿勢で身動きひとつせずに固定されており、その上に半円筒形の蓋が被せてある。そして彼女は思わず目を背けたが、その尻の方からは何かチューブが伸び、台の下の機械に繋がっていた。
 震える脚で、ゆっくりとその、林立する「標本」の間を歩いていく香織。滑稽なのはその「標本」と「標本」の間にごく普通のロッカーが置いてあることだった。ためらいながらそのロッカーを開くと、中にはその、「標本」になっている女性達のものとおぼしき衣類や小物が整然と入れられている。
(何なのよ・・・一体・・・)一人一人の顔を見ながら中を歩いていく香織。目は開いているのだが、誰も香織を見て反応するものはいない。そして彼女は、それを捉えた。
「聡美・・・・恵美さん・・・・」
 二人は隣同士の「標本」、いやカプセルに固定されており、やはり他の者たちと同様裸で目を開いたまま直立不動の姿勢で固定されていた。同じく、下の機械からはチューブが伸び、股の後方へと繋がっている。
「聡美!」目を開いたままの聡美に、香織は必死に自分をアピールする。しかし聡美もやはり他の娘と同じように全く反応しない。恵美も同様だった。虚ろに開いた目はまっすぐと虚空を見つめており微動だにしない。と、その時、ドアの方から足音が聞こえてきた。彼女は慌てて隠れる場所を探した。しかし陰になりそうな場所がない。ふと気付き、彼女は聡美のロッカーを開きその中へ飛び込み、扉を閉めた。
 ちょうど頭の辺りにあるスリットから光が漏れてくる。ロッカー内のしわくちゃになった服を見て、彼女はそれが間違いなく聡美の服であることを認めた。しばらくして、香織は自分が泣いていることに気付いた。
(聡美・・・)彼女は聡美が、今までの聡美ではなくなってしまったことを認めざるを得なかった。聡美や恵美、そして同僚達は「研修」で「何か」をされて、彼女たちでなくなってしまったのだ。その証拠が耳朶に輝くピアスだ。
(一体何が・・・・)
 不意にスリットの光に陰が混じる。香織は恐る恐るスリットから外を覗いてみた。
(・・・・・)
 半ば予想してはいたが、目の前を、今日研修を受けたはずの同僚達が、やはりさっきの聡美達と同じように虚ろな表情で歩いていく。彼女たちは、まるで合わせたように一定の間隔で歩いていくと、空いているカプセルの前で立ち止まり表情一つ変えずに服を脱ぎはじめた。そして脱いだ服を整然と横のロッカーにしまい込んでいく。やがて、裸になった者の前のカプセルが戦闘機の操縦席のように開いた。そして、下の方から例のチューブが伸びてくる。彼女たちはそのチューブを手に取ると、皆まったく同じ仕草で、躊躇無く自分の尻に差し込む。
 香織はその仕草に思わず目を背けた。同僚達は迷うことも躊躇うこともなく、まるでジョイスティックで動きを入力されたゲームのキャラクターのようにそれを行い、そしてカプセルの中で直立不動の姿勢をとった。
 腕や脚が自動的に固定され、カプセルが閉じられる。そして、彼女たちも次々と「標本」の仲間入りをしていった。
 やがて、再び室内が静かになると香織はロッカーの外に出た。今カプセルに入った娘達を見て歩く。彼女たちにもやはりピアスが付けられている。そしてその奥に、彼女はさらに空きのカプセルがあるのを発見した。
(まだあるの・・・まさか!)
 疑問と言うより確信だった。空のカプセルを数える香織。それはきっかり31個。つまり、明日予定されている研修参加人数とまったく同じだった。
(そんな・・・・)
 彼女の頭の中に、イヤな想像が浮かぶ。耳にピアスを取り付けられ、カプセルの中で目を開いたまま直立不動で身動きしない自分の裸体・・・・・明日研修に行けばそれが現実になるのはおそらく確実だった。
(イヤ・・・・・)
 香織は思わず、そこから駆けだした。


<22日午前・五星物産資材部>

「なんですと・・・・」資材部3課の課長、黒木は顔をしかめた。
「すぐに連絡を取ります」電話を置く黒木。今日研修を予定していた31人のうち、彼の課の浜本香織だけが出席していないのだ。
「ち・・・・こういうときはロボットも役にたたんな・・・」言いながら引き出しを開き住所録を探す。彼の前ではやはり今日一日の穴埋めに回されてきた二体のOARLが黙々と仕事をしている。片方は秘書課のKatagawaMayumi、もう一人は第二営業部2課のOharaMegumiだった。この二人がかつて浜本香織と面識があったかどうかは黒木にもさすがにわからない。結果、黒木が自分で連絡を取るしかないのだ。
「浜本浜本・・・・これか」
 受話器を取り、肩で挟むと黒木は番号をプッシュした。


<22日午前・浜本香織の自宅>

 RRRRR・・・・・RRRRR・・・・・
「うーん・・・あ」
 慌てて起きあがる香織。時計を見ると十時近かった。もちろん外は明るい。
 昨夜、彼女は部屋に帰るなり熱いシャワーを浴び、そのまま布団に潜り込んだ。しかし、不安のあまり明け方まで眠ることができなかったのだ。眠るまでに、彼女は自分がどうするべきか考えることはできなかった。
 受話器を取ろうとする手が一瞬止まる。彼女は本当に自分がどうしたらいいかわからなかった。研修に行けばおそらく聡美達のようにされてしまう・・・・が、とりあえず彼女は受話器を取った。
「はい」
「あ、浜本か?」
「課長、すみません・・・・」香織には黒木の声がわかった。
「風邪か?」
「いえ、すみません、すぐ行きます」
「いや、ちょっと待て」
 しばらく保留音が流れる。そして唐突にそれが切れた。
「もしもし?」
「あ、すまん」再び黒木の声が聞こえる。
「今日はもう研修はいいそうだ。今からどれぐらいで来れるんだ?」
「えーと・・・・一時間ぐらいで」答える香織。
「家を出るまではどれくらいだ?」
「はい・・・三十分ぐらい」
「わかった。頼むぞ」
 電話は切れた。
(早く行かなきゃ・・・・)香織は思った。こんな寝坊ははじめてのことだ。
(悪い夢でも見たんだわ、きっと)彼女はそう思うことにした。研修内容への疑問が、彼女にきっとそんな悪夢を見させたのだ。
 大急ぎで着替え、髪を直し化粧をする。きっかり三十分後、彼女はドアを開けた。
(こんな時寮なら良かったのに!)寮ならば会社から走って五分だ。香織はそう思いながらアパートの階段を下りていく。とその下に見慣れた顔が立っていた。
「聡美!」
「迎えに行けって言われて」
 すぐ横に、有名な専務のベンツが止まっている。
「迎えって・・・・これ?」ベンツを指す香織。聡美はその後部座席のドアを開けると手招きをした。
「うそ!」香織は狐につままれたような顔で、聡美に従ってベンツに乗り込む。香織の後に聡美が乗り込みドアが閉じた。そこで香織はそれに気付いた。
「さと、み?」
 聡美は全くの無表情だった。そしてその耳朶には、あのピアスが輝いている。
「黒木課長に通達。浜本香織を確保。これより搬送します。確認を願います」
 運転席のKawaharaKeikoが、そう言って、いや発音していた。
「搬送を開始します」数秒後、KawaharaKeikoがそう呟くと車が走り出した。
「搬送とか、確保とかって、どういう意味よ?」香織は鼓動が早くなっていくのを感じながら、誰に聞くでもなく言った。川原も聡美も、そして聡美の反対側に香織を挟むように座っているもう一人の娘も、まったく無表情でそれを聞いていた。
(そんな・・・・)
 香織はようやく悟った。昨日の出来事は夢ではなかったのだ。そして聡美や、この車に乗っている他の娘もみんな「何か」をされてロボットのようにされているのだ。香織が恐る恐る聡美の顔を見ると、聡美が唐突に話し出した。
「搬送とは、対象を目的地まで運搬することです。確保とは、対象を確認保護し監視下に置くことです」
「聡美・・・・あなた何言ってるの・・・・」
「質問に答えています」聡美、KuritaSatomiは抑揚のない声で答えた。
「降ろして」ドアの方に手を伸ばす香織。しかしその企ては無駄に終わった。聡美と、反対側の娘が信じられないような力で香織の両肩を押さえ込む。
「ちょっと、離してよ!」香織は必死に暴れたが、二人はビクともしない。それどころか二人は表情すら変えなかった。
「聡美!一体どうしちゃったのよ!元の聡美に戻ってよ!」香織は涙声で必死に叫ぶ。しかし聡美は無表情のまま、やはり抑揚ない声で答えた。
「一体どうしちゃったのよ、と言う質問の意図が判別できません。元の聡美に戻ってよ、と言う質問の意図が判別できません」
「聡美・・・・・」
「対象、浜本香織確保持続に問題が発生しました。KuritaSatomiコントロールユニットの負荷がイエローゾーンに達しました。ケース2に移行しますか」
 KuritaSatomiは一人つぶやくようにそう発音した。その様子を呆然と見る香織。
「聡美、一体・・・・」
 しかし香織の様子をまったく気にする出もなく、聡美は続けた。
「ケース2に移行します。平川専務に通達。浜本香織に麻酔を使用します。確認願います」
「麻酔って・・・・イヤ・・・」身動きを取れないままもがく香織。
「麻酔の使用を開始します」聡美がつぶやく。まるで留守番電話の機械音声のように・・・・
 反対側の女が、ケースから注射器を取り出す。KuritaSatomiが、香織を押さえ直して、首筋を露出させる。
「イヤ・・・・やめて・・・・お願い・・・・」顔を背けさせられるような格好になりながら、香織は目だけで注射器の動きを追っていた。反対側の女は、今更ながら虚ろな顔で何のためらいもなく注射器を香織の首筋に突き立てる。
「ああああぁぁぁぁぁぁ」
 チクリ・・・・
 香織が無意識に上げる悲鳴とも付かない声とともに、針が滑り込む。そして、首筋から麻酔の液体が注入されていった。
「・・・・・ぁぁぁぁぁ」
 注射針が抜かれる。手足が痺れ、意識が朦朧とする香織。それは次第に全身に拡がっていった。やがて、その重みに耐えられなくなり瞼が落ちる。
(・・・・・聡美)
 意識を失う瞬間、彼女の目にはその光景が浮かんでいた。聡美と並んで、カプセルの中でピアスだけを付け裸のまま目を見開き直立する自分の姿・・・・・


<22日夕刻・五星物産応接室>

「これでよろしいですね」
「はい。では契約成立と言うことで」
 両社の社長が、一部ずつ契約書を取る。OARL化された秘書が、虚ろな目でその様子を見守っていた。
「納品の方は先ほど無事に終わりまして」
「専務から聞いております。そこの秘書もそうですが素晴らしい出来ですね」
「はい。しかしこれは量産品ですから・・・・社長の言われる、感情をシミュレートしたものも試作品はできております」
「ほう」五星の社長、星田が思わず身を乗り出す。
「黒江君」オフィステクノの社長、大野が稲村の向こう側に座る男に声を掛ける。さっき取り交わした名刺には「オフィテク技研、黒江慎一」とあった。
「はい。サヤ、ユキ」
 二人の、スーツ姿の女が入ってくる。その仕草はしなやかで、星田は久しぶりに普通の女を見たと思っていた。
「この二人は・・・・」
「我が社の個人顧客向け最高級パッケージ、エタナリアです」
「ほう、最高級・・・では彼女たちも」
「はい。完全にオーダーメイドで一体一体製作するようになっております。まだ発表してはいませんがね。どうです?社長も一ついかがですか」大野が得意そうに言う。
「私はロボットと寝る趣味はないよ」居合わせる男達が笑う。と同時にサヤとユキも顔に笑みを浮かべていた。それを目賢く見つける星田。
「ほう、このロボット、笑っているぞ」
「はい」今度は黒江が答えた。大崎が、説明するように促した。
「基本はプログラムですが、生体脳の機能をOARLよりも多く残して制御ユニットを頭部に内蔵してあります。モードを切り替えればまだ人間だったときの自我も残っています。もっとも、だいぶ状況に慣れたのかこのところまるでプログラムの方と同じように従順になりましたが・・・・」
 二体の「エタナリア」をまじまじとながめる星田。その二体が、戸惑いの表情を見せる。
「黒江さん、これ本当にロボットなのかい?」星田が首を傾げて聞く。
「もちろんです。制御システムに学習機能が組み込まれていますので・・・まあ、そのためにライブモード、つまりあえて処置前の自我を残したのです。そのおかげで微妙な仕草や表情まで再現できるようになりました」
「再現?」
「この二体は自律型ですのでサーバー等の必要がありません。制御装置が直接生体脳にアクセスして限りなく処置前に近い行動をシミュレートするのです。もちろん制御装置には絶対服従というわけですが」
「なるほど。これを例の、風俗嬢に応用するわけだな」
「さすが社長。お察しの通りです。これはこれで裏社会の方に需要がありますのでね。いくら値段を上げても買われる方は買われます。この間専務から伺ったプロジェクトにはこれの廉価版とでも言いましょうか、そういったものを開発するつもりです」
「わかりました。ところで、このエタナリアでしたか」
「はい。これは来週香港で開かれる、とある方のパーティーで製品としてお披露目になります」
「そうではなくて、結局普通の従順な若い女とどこが違うのだ?」
 黒江が笑った。
「何が可笑しい?」
「社長、生き物は老いますがエタナリアは老いません。つまり二十歳の娘をエタナリア化すれば、五十年間同じ若さでいられるのは保証します。こいつの学習機能は社長が自分好みに仕込むというような事にも十分対応できると自負しております。飽きたらまた新しいのをお買い求め下さい。決して嫉妬もしません。五十年間、いやメンテナンスさえ怠らなければ社長が死ぬまで社長のものですよ。ただ、素体だけはご指定もしくはお持ち下さい。私が腕によりをかけて製作させていただきます」
「エタナリアを作れるのは今黒江君しかおらんのです」大野が苦笑する。
「わかった。考えておこう。ではとりあえず今後国内ではウチが専売と言うことで」
「結構です」
 お互いに契約書に判を押す社長どうし。契約が成立した。


<22日夜・五星物産女性寮>

 二人の男の前で、無造作に服を脱ぎロッカーに整然としまい込む女。顔には表情が無く、ただ黙々とその作業を続ける。それは、朝まで浜本香織と呼ばれていた女の姿をしていた。今ではHamamotoKaoriというアルファベットの羅列で認識されている。もちろん社員が「浜本」と呼んでも反応するように、サーバーでは設定されていた。
 やがて、完全に裸になったHamamotoKaoriは、そのままカプセルの補給用チューブをかつて肛門であったところにあるソケットに接続すると、直立不動の姿勢をとった。手足が固定され蓋がしまる。HamamotoKaoriは目を開いたままスリープモードに入った。
 HamamotoKaoriだけではなく、31体の「OARL」が、次々とカプセルの中に入りスリープする。他のカプセルでもすでにたくさんの「OARL」がスリープしていた。
「これですべて完了です」オフィステクノの担当が言う。
「確認しました」
「では受け取りのサインをお願いします」
 専務が、受領書にサインする。これで、今回の納品は完了した。「女子寮」という名前の倉庫に、125体のOARLが収納された光景に、専務は息を呑んだ。すべてが同じうつろろな目でうつろな表情を浮かべる。そしてその耳に輝くピアス。
(おっと、このパッケージの商品名を考えなければならなかった・・・・そうだな、職場の花・・・OL・・・お局・・・そうだな、花と局、合わせてつぼみ、よし、これで行こう)
 専務は、明日の会議で「蕾シリーズ」という呼び名を提案しようと心に決めた。


<おわり>


※このお話はすべてフィクションであり、登場人物その他すべてのものは実在のものとは全く関係ありません。


<作者あとがき>
 勢いでまた書いてしまいました。「鬼畜企業」シリーズ(^^;。今回はKarmaさんや他のお話とも関わりを持たせてみました。
 とはいえ実はこの素体達の事後処理(関係者の圧殺等)の方についてはまったく考慮ていない(なんて無責任・・・)ので、まだまだこのネタで書けそうですねぇ。っていうか、このワールドが勝手に拡がって行くみたいで面白い・・・
 さて、今回は蕾シリーズなどとセンスのない名前を出してしまいましたがOARLシリーズで語呂のよいいい商品名思いついた方いらしたら教えて下さい。基本的には素体がない場合はアルバイトさん募集してOARL化後に納品というパターンもあるので、一般企業向けの(裏っぽくない)名前でオッケーです。お礼にエタナリアのエレガント仕様一体進呈(できないできない・・・・)。
 では。最後までのおつきあいありがとうございます。
 2002.12.7

※このお話に関する著作権は作者であるKEBOに属します。無断転用・転載はお断りします。
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(c)KEBO 2002.12. 7