『からくり巫女』

作市田ゆたか 様



「ずーっと綺麗でいられますように」
初詣でにぎわう境内で、賽銭を入れて拝殿に手を合わせた娘の脳裏に不思議な声が響いた。「我に仕えるがよい、さすればその願い叶えよう」
「誰?」
「我はかつてこの社に封じられしもの。わが声を受け取りし娘よ。こちらに来るがよい」「まさか、神様?」
「そのように呼ばれたこともある」

シャリン…。
喧騒の中に鈴の音が響き渡ると、娘は薄暗い廊下にひとり立っていた。
「ここは、どこ?」
「ここは我が神殿のなかだ。さあ、進むがよい」

シャリン…。
ふたたび鈴の音が響いた。
鈴の音に誘われるように一歩足を進めると、身に着けていた服が体をすり抜け、はらりと床に落ちた。
「きゃっ」
驚いて、足を止めて服を拾おうとするが、その手は幽霊のように服をすり抜けてしまう。「心配することはない。そなたの肉体は我に仕えるために、ひとときのあいだ現世をはなれているだけだ。さあ、歩みを進めるがよい」
「は、はい」

シャリン…。
一糸まとわぬ姿となった娘はさらに一歩踏み出した。
温かみを持っていた肌の色が、白磁のようになった。

シャリン…。
手足、肩、腰のさまざまな関節部分にくびれが現れた。
「な、何これ。あたしの体はどうなっちゃったの」
手足を動かすと、ギギッときしむ音が聞こえた。
「そのたの肉体は我に仕えるために作りかえられているところだ。そなたの望みどおり、永遠の美しさを与えよう」

シャリン…。
神殿の奥に向かってさらに廊下を進むと、体が少し動かしやすくなった。
体のくびれはさらにハッキリとして、球状の関節となっていた。
「そのたの肉体は我に仕えるからくり人形として作りかえられている」
体内からはカチカチという機械音が聞こえ、心臓の鼓動は消え去っていた。
「いや、いやよ…。元に戻して」
振り返って廊下を戻ろうとしたが、その足は彼女の意思に反してまったく動こうとしなかった。

シャリン…。
顔が無表情になり、ぎしぎしと音を立てて、人形と化した娘は歩みを進めた。

シャリン……。シャリン………。シャリン………………。
娘の体を包むように巫女装束が現れ、鈴の音に引かれるように娘は神殿の奥へと消えて行った。


「この神社って、からくり巫女がおみくじを売ってくれるのよね」
「そうそう、本当によくできた人形だったけど、去年壊れてしまったんだって」
「えーっ、残念。あれ、でもあそこでほら、売ってるよ」
「イラッシャイマセ、オミクジハ、イカガデスカ」
からくり巫女は娘たちに声をかけた。
「あ、ほんとだ。新しくなったんだ。でも、このからくり巫女って、ゆうこに似てない?」
「あーそういえば、似てるわね。一緒に初詣に行こうって言ったのに何やってるのかしら。あ、おみくじひとつ頂戴」
「ハイ、オミクジヒトツ、デスネ。コチラカラ、オ取リ、クダサイ」
「ありがと。あ、大吉だわ。ラッキーな年になりそう」
「あたしは中吉か。まあこんなものかもね」
「誰か一人忘れているような…」
「そうだっけ、ここんとこ毎年ずっと二人だけで初詣にきてるじゃない」
「そうだったわね。あたしってば何を勘違いしてたんだろ」
二人の娘は境内を後にした。


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