『アブラメリンの小箱』

作 市田ゆたか様



第一話後編

「そ、そうか。それじゃあこの部屋を片付けてくれ。親父の送ってきたガラクタで大変なんだ」
裕介が言った。
「はい、御主人様」
ハルファスはそう言って、白いレースの手袋に包まれた両手を頭上で交差させた。
「それでは、はじめさせていただきます」
ハルファスは両手をまっすぐに伸ばしたまま上から左右に腕を開き始めた。
「術士アブラメリンの名の下に地獄の公爵ハルファスが命じる。この部屋を構成する万物の精霊よ。混沌より秩序へとあるべき姿に戻りたまえ」
ハルファスの両手から光の粒子が部屋いっぱいに広がった。
「うわ、まぶしい」
やがて部屋中が真っ白な光に覆われ、裕介と美里は目をふさいだ。
「御主人様、もうよろしいです」
裕介が恐る恐る目を開けると、乱雑に散らかっていた部屋はきっちりと整頓されていた。「それじゃああたしの部屋もお願い」
「ご主人様のご命令をいただかなければ、わたくしは魔法を使うことを許されておりません」
「わかったわ。裕介、命令してちょうだい」
「よし、それじゃあこっちの美里の部屋も同じように整理してくれ」
裕介はそういうと部屋を出て美里の部屋に向い、美里も後を追った。
ハルファスは二人を追って歩き出したが部屋の出口で足を止めた。
「どうしたんだ」
「はい、ご主人さま。先ほど申し上げたように、私は箱の見えない場所に移動することは許されておりません。ご主人様の許可を頂けますでしょうか」
「ああ、そうだったっけ。許可するよ」
「ありがとうございます」
そういってハルファスは二人に続いて美里の部屋に入った。
美里の部屋は裕介の部屋ほどは乱れていなかったが、ハルファスが呪文を唱えると塵一つなく整頓された部屋へと変化した。
「すごいわね。ほかにどんなことができるの」
「ご主人様が望むことで、アブラメリン様との契約に反しないことであればどのようなことでも可能ですが、大きな魔法には反作用がありますのでご注意ください」
「反作用?」
「はい、魔法で何かを変化させた場合には、因果関係が再構成されます。部屋の掃除程度では問題になることはありませんが、たとえば大金を出したりする場合にはそれが存在するために最も矛盾がないように現実が変化しますので、近くの金庫から現金が消えて、そこにご主人様の指紋が残っていることになるかも知れません」
「そうなんだ。けっこう不便ね。でも料理なんかだったら問題ないのよね」
「はい。その料理を作るのに必要な材料を用意していれば問題ありませんが、材料が不足していた場合には何らかの代償があるものとお考えください」
「わかったわ。今日はビーフシチューを作るつもりだったけど、まだ材料を買ってないから一緒に買いに行きましょ」
「ご主人様の許可がいただけるならば、お供させていただきます」
「わかった。許可するよ」



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