『チャイナドール』

作 市田ゆたか様




「気がついたかね」
男の声に少女は辺りを見回した。
「うーん、ここはどこアル? えっワタシ今何って言ったアルカ?」
少女はあわてて両手で自分の口をふさごうとして、その両手にさらに驚いた。
なぜなら、その両手は人形のように白く磁器のようであったからである。
指の関節一つ一つは精密な球体になっており、手の動きに応じて内蔵されたサーボモーターからの情報が電子脳にフィードバックされてきた。
「こ、この腕は何アルヨ。それに、どうして、こんなしゃべり方になるアルヨ」
少女はあたりを見回した。
少女は円形の低い台座のようなものの上に立たされており、周囲には何に使うのか分からない機械が無数に取り囲んでいた。
少女は首を振って自分の身体を見るとどうやら赤いチャイナドレスを着せられていることが分かった。
少女は歩こうとして動けないことに気づき、うつむいて自分の足元に眼をやった。
赤い金属光沢を放つチャイナドレスのスリットから見える足は、腕と同じように白磁の輝きを放っていた。
足先には赤いハイヒールが履かされており、それは台の上に固定されているようであった。
少女は足を動かしてハイヒールを脱ごうとしたが、そのたびに電子脳に《ロック中》という考えが浮かび、脱ぐことはできなかった。
「この靴は何アル?まさか、この服もアルか?」
チャイナドレスを脱ごうとしたが、継ぎ目に触れるたびに同様に《ロック中》という情報が電子脳に浮かんだ。
「無駄だ。その服や靴はお前の身体のパーツの一部として設計されているから、脱ぐことはできんよ」
男の声に少女は言った。
「あんた誰…アルカ。ここは、どこアル?ワタシに何したアル?この格好は何アル?どうして、こんな変なしゃべり方しかできないアル?」
「そんなことはどうでもよい。これから機能試験を行う。まずはお前の名前を言ってみるがいい」
少女は男の声に従うまいとしたが、記憶から自動的に名前が呼び出され、それは音声になる前の情報の段階で上書きされた。
「冗談じゃないアル。なんで名前なんか…ワタシハ、ナリタ・ミサキって言うアルヨ」
「なるほど、自己認識情報はここにあるのか。ではまずここから書き換えるとしよう」
男の声がすると少女の頭に軽い頭痛がした。
「もう一度、お前の名前を言ってみろ」
「ワタシハ。カスタムメイドろぼっとF3579812-CNアルヨ。えっ、ワタシ何言ってるアル?ワタシの名前はF3579812-CNなんかじゃないアル」
「そうかな、ナリタさん」
「(そ、それが私の名前よ)どうして…名前を口にできないアル?」
「それはお前の自己認識を書き換えたからだ。その前に言語中枢を書き換えて中国人っぽくしゃべるようにしているんだがね。その姿もそうだが、これがクライアントからの注文でね」
「なんですって。よくもこんなことをしたアルね。許さないアルヨ」
「何を言っても無駄だ。とりあえず、その部屋の中では動けるようにするから、自分が何者なのかをよくプログラムに刻み込むがいい」
男がそう言うと、カチリと音がして台座からハイヒールが外れた。
少女はふらっと前のめりになった。
「そうそう、逃げようとは思わんことだ。一般人に会ったとしてもお前は自分の昔の名前を言うこともできんのだからな」
男の声が消えると、少女は自由に歩きまわれるようになった。
しかし、部屋の装置やドアにふれようとすると《禁止事項》という情報が頭に浮かんで動くことができなくなった。


部屋の壁面にはバレエの練習場にあるような大きな鏡が取り付けられていた。
人間の目よりはるかに性能の良い視覚センサーが、光線の反射率からその鏡はマジックミラーであるという情報を電子脳に伝えていたが、混乱している少女はその情報を処理することができなかった。

少女は鏡に映った自分の姿を見て立ちすくんだ。
「これが私…アルカ」
鏡に映るその顔は電子脳のメモリーにある自分の顔と寸分たがわぬものであったが、その色は手足と同じく磁器のような白さになっており、頭部を覆う黒髪は合成繊維のような光沢に変化していた。
黒髪は頭頂部の両側で団子状に結われており、チャイナドレスと同じく赤い金属光沢を放つ球状のカバーに覆われていた。
チャイナドレスの胸の部分には、中華風な模様で装飾された金色に光る菱形のペンダントのようなものが取り付けられていた。
少女は両手で頬に触れた。
カチャリという音がして、両手のセンサーに冷たい感触が伝わった。
………………
「みさき?みさきなの?」
呆然としている少女の後ろから突然声がかけられた。
「誰アルカ。ワタシは、F3579812-CNアルヨ」
振り向くとそこには紺色のワンピースに白いエプロンドレスという清楚なメイド服に身を包み、黒いエナメルの靴に白いハイソックスを履いた同じぐらいの背格好の少女が立っていた。
少女の両手首にはブレスレットというには目立ちすぎる金属製のリングがはめられていた。
両足首のソックスの上、そして襟元から覗く首筋にも同様のリングを見ることができたが、それを除けば普通の人間のように見えた。
「やっぱり、みさきも自己認識を変えられちゃったのね」
「もしかして、さ…さゆりアルカ」
「違うわ、今の私はF3579804-MDよ。私も自己認識を変えられちゃったの」
「そうだったアルカ」

少女たちはお互いを見詰め合った。
「ピッ。コード確認。…な、何アルカ?」
少女たちは同時に動きを止めた。その視線は互いの瞳に釘付けになり、目をそらすことができなくなった。
互いの左目が赤く点滅を始め、相手の右目に情報を送り込んだ。
「みさき」や「さゆり」であった情報が単なるコードの羅列に上書きされていった。
「対象をF3579804-MDと認識」
「対象をF3579812-CNと認識」

「F3579804-MD。えっ、どうしたアル。アナタのことも昔の名前で呼べなくなっちゃったアルカ」
「そうみたいね、F3579812-CN」
「仕方ないアルネ。嫌でもF3579804-MDって呼ばなきゃ駄目アルカ」
チャイナ服の少女はため息をつこうとしたが、そのような機能は搭載されていなかった。
「ここはどこアルカ。どうして私たちはこんなになっちゃったアルカ?」
「何処かはわからないけど、ここは《ファクトリー》って言うらしいわ」
「《ファクトリー》…アルカ」
「ええ。人間をロボットにする工場よ」
「そうだったアルカ。でも、F3579804-MDはワタシみたいにロボットっぽくないアル。しゃべり方も普通アルネ」
「それは御主人様の趣味の違いだと思うわ。私はF3579812-CNとは違って、ご主人様に敬語を使うように話し方をちょっといじられただけみたい。
でも、この服や靴は脱げないし、髪飾りも取れないのよ。しかも、ほらここを見て」
メイド服の少女は自嘲的に言うと胸のエプロンにつけられたいくつかの飾りボタンを指差した。
「一番右のこれを押してみて。あたし自身では押せないから」
「ボタン、アルか?」
チャイナ服の少女は白磁の指先で、そのボタンに触れた。
その瞬間メイド少女は表情を失い、左手の手のひらを上に向けて自分の胸の前に差し出した。
「ピッ。ティーサービスモード。キャビネットオープン」
淡々とそう言うとメイド服のエプロンの胸の部分が観音開きにひらいた。
服の内側には肉体はなく、大きな空洞の中に銀色の盆に乗ったポットとティーカップが収められていた。
「ピッ。トレイセット」
少女はせり出してきた盆を左手でつかむと、直線的な動きでそれを取り出した。
「キャビネットクローズ」
開いた胸が閉じ、普通にエプロンをつけた姿に戻ると、ポットの蓋をはずして盆の上に置いて単調に言った。
「ピッ。リーフを選択してください」
「えっ、リーフって何アルカ?」
メイド少女はその問いには答えることなく再び繰り返した。
「ピッ。リーフを選択してください」
戸惑っていると、しばらくして
「ピッ。リーフが選択されませんでした。デフォルトのダージリンを淹れます。
ストッカーオープン」
腹部がフリルをつけたエプロンをつけたまま引き出しのように前面にせり出した。
内部は細かく仕切られており、様々な種類の茶葉がストックされていた。
右手の人差し指と中指の間から銀色のスプーンが出現し、茶葉を的確にすくってポットに入れた。
「ピッ。ストッカークローズ、抽出開始」
腹部の引き出しが閉じ、再び普通のエプロンのように戻った。
スプーンが格納され、メイド少女はその手をティーポットの上にかざした。
手のひらの中央に丸い穴が開き、銀色の注ぎ口が現れた。
「ピッ。熱湯が出ます。ご注意下さい」
注ぎ口から出た熱湯がティーポットを満たした。
注ぎ口が縮んで手のひらの穴がふさがると、メイド少女はその手でポットの蓋を閉めた。
蓋を閉め終わると、少女の顔に表情が戻ってきた。
「突然自動的に動いたんで驚いたでしょ?ご主人様は紅茶にこだわるお方だから、常に暖かい紅茶をお出しできるようになっているの。
この自動システムは《ファクトリー》に技術提供している紅茶好きの研究者が設計したんだって」
メイド服の少女は左手でトレイを持ったまま歩いたりしゃがんだりと色々な動きをしたが、トレイは水平を保ちその上のポットは微動だにせず、紅茶の水面にはさざ波が立っただけであった。
「このモードのときは、お茶をこぼさないことが最優先になっちゃうのよ。さっきの隣のボタンを押してくれる?」
チャイナ服の少女がボタンを押すと、メイド少女は再び無表情になり、ポットを顔に近づけると大きく口を開け、ポットの中の紅茶を流し込んだ。そして胸を開けて盆を収納した。
「ね。私も間違いなくロボットでしょ…ピッ、リサイクル浄水システム作動。再沸騰開始」
「そう、アルネ。でも、どうしてこんなことになったアルカ」
「どうも私たちの通っていた女子校は、ロボットに改造する候補者を育成しているらしいわ。
バレないように年間に数人ずつ、選ばれた子だけがこうなるみたいよ。記録では私は交通事故で死んだことになってるみたい」
「そういえば、アナタがいなくなったのは、一週間ぐらい前だったアルネ」
「ええ、校長室に呼ばれて面接をされたのが人間としての最後の記憶で、気がついたらこの姿になっていたのよ」
「思い出したアル。ワタシも校長センセに呼ばれたアルヨ」
「やっぱりね」
「何とか逃げ出せないアルカ?」
「無理よ。F3579812-CNも逃亡を禁止するように…ピッ、沸騰完了、保温開始」
メイド少女の首筋の金属環から蒸気が噴出した。
「…禁止するようにプログラムされてることぐらいわかるでしょ。仮に逃げられたところで、私たちはロボットなのよ。人間として扱ってもらえるわけがないじゃない」
「そんな…ワタシは、にんげ…カスタムメイドろぼっとF3579812-CNアルヨ。違う、違うアル。ワタシは…ワタシは…」
「無理しちゃ駄目よ。そんなことをしてもプログラムに負担がかかるだけだから。それに私たちの稼働時間はとても短いのよ。
私の場合はフル充電で4時間しか動けないし、胸のキャビネットに補助バッテリーを装着しても12時間しか動けないわ」
メイド少女の言葉を聞いた瞬間に電子脳が残り時間を認識した。
「本当アル。ワタシの稼働時間は最大6時間。あと4時間27分アル。補助バッテリーはないアルヨ」
「ね、わかったでしょ。稼動時間内に充電台に戻らないとどうなるか」
「うう…なんとかならないアルカ?」
「無理よ。私も色々な方法を試したけど、結局命令に従うしかないのよ。
私も一週間かけてやっとご主人様に従うことが一番楽なんだって認識できたけど、無理やりインストールされたりしてつらかったのよ。
だから、F3579812-CNにはそんな苦しみを味わう前に自分から命令に従ってほしいのよ。
一回命令に従うってことを認めれば、それがプログラムとして固定されるから、あとは楽よ」
「でも、自分のことやF3579804-MDのことが記号でしか認識できないなんていやアルヨ」
「大丈夫よ。私たちの今の名前はご主人様が新しい名前をつけて下さるまでの仮のものなんだって」
「そういう問題じゃないアル!F3579804-MDは、こんな身体にされて自分の名前まで勝手に変えられて、それが許せるアルカ?」
「ええ、仕方ないわ。私はそのようにプログラミングされたから」
「冗談じゃないアル。ワタシはプログラムになんか…」
チャイナ少女は叫んだ。

「やはり説得は無理か」
部屋のドアが開いて先ほどスピーカーから聞こえていた声の男が入ってきた。
「やっぱり校長センセだったアルカ?」
その男は彼女たちの学校の校長であった。
男はチャイナ服の少女の問いにはまったく答えずに、メイド少女に言った。
「F3579804-MD。もうよい、時間切れだ。今からお前をクライアントに引き会わせるからこちらへ来い」
「はい、わかりました」
男の声を聞いたとたん、メイド少女は今までとはがらりと変わって無表情に答えると歩き出した。
「ま、待つアル」
チャイナ少女は追いかけようとしたが、数歩歩いたところで見えない壁に突き当たったように身体の動きが止った。
男に連れられてメイド少女が出て行き、ドアが閉まると少女の身体に自由が戻った。

「ううっ、F3579804-MDは完全にロボットになってしまったアルネ。ワタシもああなるのは嫌アルヨ」
少女は床に座り込んだ。足元をよく見ると、ハイヒールを履いているのではなく、足そのものが赤いハイヒール型のパーツになっていることが分りなおさら落ち込んだ。

「今からクライアントの要望により、動作パターンを登録する」
しばらくして部屋の中に男の声が響いた。
それとともに少女は立ち上がり、頭の二つの団子状のカバーから銀色に光るアンテナのようなものが伸びた。
「ピピピッ。基本動作パターンを受信…ワタシ、何を言っているアルカ?」
そして少女の意思とは無関係に身体が動き出し、カンフーの型を演じ始めた。
「ピッ。パターン1、登録したアルヨ」
しばらくすると、少女は再び動き始め、別の型を演じた。
「ピッ。パターン2、登録したアルヨ」
少女は動作を何度も繰り返した。
「ピッ。パターン48、登録したアルヨ」
「よし、これで全ての動作パターンが登録できたわけだ。順に演じてみるがいい」
「い、いやアル…。アチョー、アイヤーッ」
少女の言葉とは裏腹に身体はカンフーの型を演じ続けた。
「よし、終了だ。これでお前の調整は第二段階まで終了した。今のステータスを報告しろ」
男の言葉を聴くと、電子脳にさまざまなデータが浮かび上がった。
「ピッ、今のステータスは…いや、嫌アル。命令になんか従わないアル」
少女は必死に抵抗した。
「ほう、まだ反抗するロジックが残っているか。まあよい、だが今のカンフーでかなり電源を消耗したはずだな」
「な、なにを言っているアルカ?……ピッ、稼働時間が10分を切ったアル。充電モードに入るアルヨ」
少女はそう言って、みずから台座に上った。
ハイヒールが台座に固定され少女は直立姿勢をとった。
「どうなっているアルカ?……充電開始…スタンバイモードに入るアル…」
電子脳のスイッチが切り替えられ、少女の意識は闇に閉ざされた。
………………
「あー、よく充電したアル」
少女は両手を上に挙げて伸びをして、台座からぴょこんと飛び降りた。
充電が終わると、さきほどまで身体に感じていた違和感はほとんどなくなっており、足のロックのはずし方や充電モードからの抜け方は当たり前のように分かっていた。
「どうかね気分は」
「アイヤー困ったアルネ、ワタシもうこんなにロボットに馴染んじゃってるアルヨ」
「それはよかった。まだ人間に戻りたいと思うかね」
「当然アルヨ。校長センセも酷い人アルネ」
「そうかそうか。お前は学校でも一番の反抗的な奴だったからな」
「反抗的で悪かったアルネ」
「とんでもない、それがクライアントの希望なのだからな。早速第三段階、今から我々のクライアント、お前のマスターになる人物との対面に入るとしよう」

ドアが開き、校長に続いて肉付きのいい中年男性が入ってきた。
「ふむ、できたかね」
「はい、ほぼご要望どおりに。なるべく反抗心の強い娘を選んで、言葉遣いの変更と最低限の服従機能以外はそのままにしてあります」
「そうか、そうか」
少女は抵抗しようと暴れたが男二人の手にかかってあっさりととりおさえられた。

「ご要望どおり服従機能はリモコンではなく鍵で制御するようにしてあります」
そう言って校長は少女に近づくと鍵を取り出してチャイナ服の胸の真ん中のペンダントのような部分に近づけた。
金色の飾りが割れて、そこに鍵穴が現れた。
中年の男はにやにやしながら胸の鍵穴に鍵を差し込んだ。
「あっ、ああんんっ」
少女は胸元から電子脳に走る快感に身体をふるわせた。

「まずは鍵を右に一杯に回してマスター登録をしてください」
「よしよし」
鍵が回されると、少女の電子脳は何も考えられなくなり、すべての命令を受け入れるのが正しいように思えてきた。
「鍵を回した人間をマスターとして認識するようにしています」
「うむ。そうか、そうか。私がマスターの伏見だ」
「マスターってなにアルカ……はいアル、伏見様をマスターとして登録するアルヨ」
「お前の名前は鈴々(リンリン)だ」
「いや、私はそんな名前じゃ……私の名前はリンリンアルネ。しばらく待つアル」
少女は目を閉じて静かになった。電子脳の自己認識が順次書き換えられていき、少女は自分の名前をリンリンと認識した。
「伏見様、始めましてアル。ワタシは、中華風カスタムメイドロボット、リンリンアルヨ…」
「これでいいんだな」
「はい、鍵を元の位置に戻してください」

「ところで、この服は脱げんのかね」
伏見はリンリンの金属製のチャイナ服をコンコンと叩きながら言った。
「はい、見ての通り身体の一部が服の形をしているわけですから。つまりこれで裸と同じわけです」
「えっ、ワタシ裸だったアルカ?」
リンリンは叫んだ。
「ふむふむ」
伏見はそう言ってチャイナの上に手を滑らせた。
ボディ表面にある無数のセンサーからの信号がリンリンの電子脳に快感を送り込んだ。
「ああっ、感じちゃうアル。や、やめ…。あっ、あつ、あぅんっ!」
「おおっいい感じだ。だがこのような服に覆われていては肝心のことができんのではないかね」
「ご心配なく。今はドレスモードになっていますが、鍵を左に回していただければヌードモードになります」
「そうか、そうか」
伏見が鍵を回すと、さらなる快感が走ってリンリンは大きく身体をのけぞらせた。
「駄目アルヨ。あっ、あっ。ああーーんっ、もう絶えられないアルヨー」
ガチャリと音がして、チャイナドレスの前面が両側に大きく開き、中の機械がむき出しになった。
ドレスの裏側は手足と同じような白磁になっており、それは複数のパーツに分かれてぱたぱたと裏返った。
袖口とスカートの布状の部分は腕と足に現れたすきまにするすると巻き込まれた。
ハイヒールのかかとが縮んで足首に収納され、赤いパーツが裏返って白い足になった。
のけぞった背中の部分のパーツも順次裏返り、開いた前面がパタリと閉じると、リンリンの姿は鍵穴の周りの金属のパーツを残して球状の関節がくっきりと目立つ白磁の人形のようになった。

「いやっ、何がどうなったアル?」
電子脳の快感が去り、正気に戻ったリンリンはあらためて自分の姿を見て、チャイナ姿を始めて見たとき以上におどろき、股間を両手で押さえた。
裸とはいっても、その股間はつるつるで、何の穴も見当たらなかった。
「もう一段階回していただくと本人の性器を元に改造した人工性器が現れますが、ここから先はご自宅でお楽しみ下さい」

「そ、そうだな。わしとしたことが失礼した」
伏見はそう言って、鍵を右に回した。
リンリンは再び身体をのけぞらせ、さきほどのプロセスを逆転してチャイナ姿になった。
「鍵はどの位置で抜いていただいてもかまいませんが、その瞬間から最低限の服従機能を除いてマスターの命令には従わなくなりますので、ご注意下さい」
「うむ」
「それから、ハイヒールのかかとが充電端子になっているためヌードモードでは充電することができませんので、事が終わったら必ずドレスモードにしてください。マスター登録をしたときの位置でキーを抜くと、電源が切れます」
「ふむ、わかった」
「あとは、細かいプログラミングはこの端末機から無線で頭のアンテナにコマンドを送って行いますが、高度な技術が必要ですので、トラブルがないように通常はアンテナは収納して置いてください」
「もちろん、わかっておる。で、いつ引き渡してもらえるのかね」
「はい、最終調整を終えて来週には出荷させていただきます。
「楽しみにしているぞ」
そう言って伏見は去っていった。

「マスターとの対面はどうだったかね」
校長はドレスモードの位置で鍵を抜いて言った。
「アイヤー、いろんな事があって頭の中がいっぱいアルヨ」
「大丈夫だ。次の充電中にまたプログラムが再構成されてすっきりするはずだ」
「それって、もっともっとロボットになるってことアルカ?」
「わかってきたじゃないか。さっきも言ったとおり、お前はクライアントの意向もあって他のモデルより自由度が高く設計されているが、最終的な意思決定権はマスターにあることを忘れるんじゃないぞ」
「わかってるアルヨ」

「それでは出荷までは自由にしていいぞ。F3579804-MDもまだ待機中だ。最後の別れをするがいい」
リンリンは、《ファクトリー》の中を一部の場所をのぞいて自由に動けるようになったことが分かった。
そしてその理由がもう本質的に逆らうことができなくなったためであるということもはっきりとプログラムに刻み込まれた。

リンリンはF3579804-MDの待機している部屋へと向かった。メイド少女は金属製の椅子のようなものに腰をかけて目を閉じていたが、リンリンが近づくと「スタンバイモード解除」と言って目を開けた。
以前と同じように瞳を通じてお互いの情報が交換されたが、以前とは違いそのことが全くあたりまえのように感じられた。

「対象を形式番号F3579804-MD、固有名称サユリと認識」
「対象を形式番号F3579812-CN、固有名称リンリンと認識」
「気がついたアルカ」
「ええ、充電途中でスタンバイモードに入っていましたわ。新しい名前はリンリンっておっしゃいますのね」
「そうアル。中華風ロボットだからって安直アルヨ。サユリって人間のときと同じ名前アルカ?」
「ご主人様はお優しい方なので、そのように名づけていただきましたの」
「いいアルなぁ」
「ええ、このようなご主人様にご奉仕できて嬉しく思いますわ」
「ところで、サユリのしゃべり方、少し変わったアルネ」
「ご主人様のお考えで、どのような方にも敬語を使うように再調整していただきましたの。
リンリンも……ピッ…言語中枢微調整……リンリン様も……ピッ…言語中枢微調整……リンリンさんもご主人様とお会いになって、きちんと調整していただいたようですわね」
「そうアルヨ。もうどこから見ても中華ろぼアルヨ。マスターは変なオヤジで最低アルヨ」
「リンリンさんはご自分のご主人様のことをそのようにおっしゃることができるんですね」
「言うだけアルよ」
そのとき、ヴーンと音を立てて何本ものマニピュレータを持ったフォークリフトのような車が近づいてきた。

「どうやら、出荷の時間が来たようですわ。それでは、お元気で。またどこかでお会いできると良…ピッ、強制シャットダウン開始」
そう言ってサユリは動かなくなった。
マニピュレータがゆっくりと近づき、サユリの胴体から腕と足、そして頭を取り外して緩衝材の入った木箱に詰め込んだ。
そしてさらに残った胴体と充電用の椅子も分解されて箱詰めされ、リフトに詰まれて運び出されていった。

「さよならアル…」
リンリンはすこし悲しくなったが、彼女には涙を流す機能はなかった。
「ピッ、稼働時間が10分を切ったアル。充電モードに入るアルヨ」
リンリンは充電用台座のある部屋に向かって元気よく駆け出して行った。






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