『星に歌えば』

作karma様




第2話 自動操縦船


葉留香が目覚めると、奇妙な感じがした。身体の感覚が全く無く、空中に浮遊しているようで落ち着かなかった。
景色が、霧がかかったようにぼんやり見えてきた。
焦点が合っていない、と思うと、視界にスケールのような白線が2本現れ、
それが1本に重なると白線は消え、はっきり見えるようになった。
「いまの線は何だったんだろう。」
不思議に思いながら、自分が今どうなっているのか、誰かに聞きたかった。
周囲を見るために首を回そうと思ったが、全く動かなかった。というより、そもそも首自体がないような感じだった。
見ている景色から、場所はさっきの宇宙船の操縦室とわかった。
ちょうどメインコンピュータ用の空洞あたりの位置から見ているようだった。
白衣の女性が忙しそうに何かの装置を調整していた。顔を見たいと思うと、視界はズームになった。
不思議に思いながら、女性の顔を確かめると、葉留香のよく知る人間だった。
「玲子。」
声を出すと、いつもの自分の声でなく、電子的な合成音のような甲高い声だった。
玲子は葉留香の呼びかけに気が付いて近づいてきた。なぜか、自分の視線と少しずれた方を向いて喋り始めた。
「気が付いた?葉留香。」
「一体、あたしはどうなったの?声が変だし、何だか宙を浮いてるようで、落ち着かないわ。」
「そうね。あなたは今脳だけになって、カプセルの中に浮かんでいるのよ。」
「はあ?」
「説明しても判らないから、直接見た方がいいわ。ちょっと待って。カメラの向きを変えるから。」
「カメラって何よ?」
葉留香の質問には答えず、玲子は葉留香の視線の方を向くと、両手を延ばしてきた。
視界がぐるりと回り、さっき玲子が見ていた視線の先と交差する箇所にあるものが見えた。
透明の容器に何かが浮遊していた。それは、脳の形をしていた。だが、その外見は脳と言えないものだった。
随所に電極が差し込まれ、表面は電子素子と回路網で覆われ、ところどころLEDがランダムに点滅していて、
まるで脳の形をしたコンピュータだった。
「こ、これは何なのよ?」
「あなたの脳よ。制御用インターフェースを装着したりとか、いろいろ改造したから、生身の脳から随分変わっちゃったけど。」
「な、何言ってるの?悪い冗談でしょ。」
「信じられないのも無理ないわ。脳を見るなんて誰も経験したことないものね。
そうだ、手術を撮影したビデオがあるから、ビデオ再生してその信号をあなたの視覚インターフェースに接続してあげる。」
「視覚インターフェース?」
再び、葉留香の質問を無視して、玲子が手元のスイッチを操作すると、一瞬、葉留香の視界は深夜のテレビのような砂嵐になり、
突然別の景色に変わった。
裸の女性が椅子型の手術台の上に寝ていた。女性の頭髪は剃毛されていた。視界の右下には日付と時間が見えた。
「これ、あたしだ。じゃあ、これがビデオ映像?でもスクリーンの枠が見えないわ。どうやって、あたしは見ているの?」
次のシーンを見ると、そんな疑問はどこかへ行ってしまった。
ロボットアームが上から降りてきて、レーザーメスで頭蓋を切り取り始めた。
「えっ?」
葉留香には信じられない光景だった。ロボットアームはてきぱきと、頭蓋を取り除き、脳髄を摘出し、電子素子を組み込み、ケーブルを接続した。
「こ、これは何?合成映像?」
やがて葉留香の脳は生体脳とも電子脳とも区別がつかないようなものに変わっていった。
それは、さっき玲子に見せられたカプセルの中に浮かぶ奇妙な脳にそっくりになってきた。葉留香の恐怖感が徐々に膨らんできた。
再び、視界が切り替わり、玲子の顔が見えた。
「玲子!いま、あたしが見た映像は何?」
「見たとおりの映像よ。」
「うそよ!合成映像か何かでしょ。」
「合成じゃないわ。あなたの頭から脳を取り出して、改造を加えたの。ハードウェア接続用インターフェースを組み込んだのよ。
今見ている映像は、視覚インターフェースに繋がっているカメラの映像だし、
喋ったり聞いたりしているのも、発声インターフェースと聴覚インターフェースにスピーカーとかマイクを接続してあるのよ。
声が電子音に聞こえるのもそのせいよ。」
玲子の話は、葉留香にはとても信じられないものだったが、今の自分の奇妙な状況は全て説明がついた。
「何のためにそんなことをする必要があるのよ。」
「さっき言ったでしょ。あなたにこの船の操縦を任せるって。操縦だけじゃないわ。船全体の管理をあなたがするのよ。」
「そ、それじゃ、さっき言ってた画期的な方法って?」
「そう。人間の脳よ。小さくて柔軟性があって理想的な制御装置よ。
これまでは事故で死んだパイロットの脳を使ってたんだけど、今回はどうしても調達できなくて。
しかたないから、居なくなっても困らない訓練校の卒業生を使うことにしたの。あなたは、火星のテスト中に事故で死んだことになるのよ。」
葉留香は怒りがこみ上げてきた。
「ふざけないで。そんな勝手な理由で、あたしをサイボーグ宇宙船にしたの?」
そのとき、部屋の中に金田副司令官が入ってきたので、玲子が慌てた。
「副司令官。まだ入って来ないでください。」
「完成が待ち遠しくてな。」
金田は葉留香の方を向いた。
「このグロテスクなものは何だ。」
葉留香は、金田に助けを求めた。
「金田副司令官!桜井葉留香です。あたしを助けて。緑川玲子に改造されて脳だけにされたんです。」
金田副司令官は玲子の方をじろりと見た。
「桜井葉留香の脳というのは、これかね?」
悪びれる様子も無く、玲子は平然と答えた。
「そうです。」
「もっとコンピュータらしくできんのか。これじゃ見つかったら怪しまれるじゃないか。」
葉留香は愕然とした。金田も仲間だったのだ。
「大丈夫です。完成したら外部はテクタイト合金で覆ってしまいます。核攻撃を受けても、内部をみることはできません。」
「そうか。それなら安心だ。ところで、例のものはどうした?」
「いま、別の場所でお連れ様がテスト中ですわ。」
「ちょっと、見てみたい。」
「いいですわ。」
玲子は、マイクに向かって、指示した。
「香川君。ちょっとテストを中断して持ってきて頂戴!副司令官のご依頼よ。」
まもなく香川が台車の上に葉留香の肉体を持って運んできた。
ビデオでみたとおり、頭は剃髪されたままで、頭蓋には手術で切り取られた跡が残っていた。
「あ、あたしの身体!香川君、あなたも仲間だったの?」
「すみません、桜井さん。」
香川が申し訳なさそうに、ぼそりと言った。
しばらくすると、一人の女性が怒鳴り込んできた。それは柿谷だった。
「玲子さん。折角、あたしが楽しんでいるのに、どうして持っていってしまうの!」
「ごめんなさい、柿谷さん。金田副司令官がどうしても見たいとおっしゃるので。」
「ごめんね。容子ちゃん。」
金田に容子とよばれた柿谷はにっこりと返事した。
「徹ちゃん。ううん。いいのよ。」
「柿谷講師!どうして、あなたがここに?」
柿谷が電子音の呼びかけに回りを見渡すと、カプセルに浮かぶ奇妙な脳を見つけた。
「あら、葉留香さん。すっかりコンピュータらしくなったわね。」
「柿谷さん。あなたまで、この連中の仲間なの。容子とか徹ちゃんとか、何ですか。」
「徹ちゃんとあたしはもうすぐ結婚するのよ。
あたしがあなたにひどい目にあったことを徹ちゃんに話したら、玲子さんに話をつけてくれて、あとはトントン拍子だわ。
あなたなら立派な宇宙船のメインコンピュータになると思うわ。ねえ、玲子さん。」
「ええ。柿谷さんの予想通り、葉留香は優秀なコンピュータになりますわ。」
「ふざけないで。玲子、あたしの身体を返して!いますぐ元に戻して!」
「それは無理ね。あなたの身体はもう玩具にしてしまったから。」
「玩具?」
「廃棄材料の有効活用よ。内蔵も血液も人工物に入れ替えて、最低限の生命維持装置をつけたあとに、
性行為と簡単な会話機能ができる電子脳を移植したの。
つまり、あなたの肉体を使ってダッチワイフを作ったのよ。」
「あたしの身体を勝手に。ひどい。」
「もっとも、この装置じゃ一年くらいしか生命維持できないけどね。」
玲子と葉留香の口論の間、金田は葉留香の肉体を撫で回していた。
「これは、思ったとおり、いい身体だ。」
「止めて!あたしの身体に勝手に触らないで!」
すると、柿谷が金田の尻をつねった。
「痛い!」
「徹ちゃん。何、ニヤニヤしてるの?」
「ちょっと、確かめただけだよ。俺が愛しているのは、容子ちゃん、君だけだよ。どう?これで気が済んだかい?」
「ありがとう、徹ちゃん。ドルゴールの爺を誑かしていい気になってる小娘が脳味噌抜かれてダッチワイフになっちゃうなんて、いい気味だわ。」
「柿谷さん。あなたは、あのときの恨みだけであたしをこんな目に合わせたの?」
「ふん。おまえがどうなったか見せてやるわ。」
柿谷がリモコンのスイッチを操作すると、葉留香の肉体は目を開けて起きあがった。
「アタシハ、ハルカ。楽シク遊ンデネ。」
「いい子ね。遊んであげるから、こっちに来なさい。」
ハルカが立ち上がり、柿谷の前まで進むと、柿谷はハルカの両乳首を摘み、思い切り捻った。
「アアッ。ハルカ、感ジチャウ。」
「やめて、こんな軽薄なしゃべり。あたしじゃない!」
ハルカは柿谷の指の愛撫を股間に受けて、嬌声を上げていた。
「アアッ。ハルカ、モウダメ。早クシテ。」
「こんなに濡らして。随分、淫乱になっちゃったわね。それとも、もともとこの身体が淫乱だったのかしら。」
玲子は柿谷の方を見た。
「金田さん。そろそろ、作業したいんですけど、もうよろしいですか?」
「どう?容子ちゃん。もういいかい?」
「まだよ。玲子さん、お部屋を一つ借りるけどいいかしら。」
「ええ。どの部屋でもご自由にお使いください。」
「じゃあ、ハルカちゃん、いらっしゃい。お姉さんがたっぷり可愛がってあげるわ。」
「ハルカ、ウレシイ。」
「おーい。容子ちゃん。置いてかないでくれ。」
柿谷はハルカと操縦室を出て行き、金田がその後を追った。
「さて、邪魔者は消えたから、葉留香、あなたの脳にプログラムをインストールしましょうか。」
「プログラム?」
「制御装置として脳を使う最大の問題は、自由意志を持っていることよ。だから、あなたの脳にプログラムを組み込むの。
あたし達が望んだとおりに、あなたの脳活動を完全にコントロールするためにね。
あなたの宇宙船の操縦技術と知識を最大限に活用するために、意識と記憶は残すけど、コンピュータとして命令通りに動いてもらうわ。」
「れ、玲子。お願い。止めて。」
葉留香の言葉など全く無視して、玲子はケースを取り出して開けると、銀色のディスクの束が出てきた。
一枚取り出して、葉留香の脳が入ったカプセルの下にあるコンソールのスロットに入れた。
「ぎゃーっ。ぐあああっ。」
葉留香は突然苦悶の声を上げた。まるで頭の中に手をいれてかき回しているような苦痛だった。
玲子は、一枚一枚とディスクを交換していった。その度に、葉留香は悲鳴を上げた。
「香川。ちょっと疲れたから、残りのディスクを全部インストールして。」
「判りました。」
「ひーっ。助けて。香川君。」
「香川。妙なことをしたら、次はあんたの奥さんを使うからね。」
「判っています。桜井さん、悪く思わないでください。」
一時間かけて、全てのディスクをインストールし終わると、葉留香の意識はもうろうとしてまともに考えられなくなった。
同時に頭の中に言葉が浮かんだ。
「私ハ、・・・SH003。完全自動操縦船ノメインコンピュータ。ち、ちがう。ぎゃーーっ。」
否定した途端、強烈な苦痛が襲った。
「葉留香。プログラムの制御を拒否すれば、苦痛を味わうだけよ。」
「私ハ、SH003。完全自動操縦船ノメインコンピュータ。」
言い終わると、重圧から開放され不思議な爽快感があった。その後も玲子のプログラムによって、
反抗すれば苦痛、服従すれば解放という飴と鞭で徹底したインプリンティングが続いた。
葉留香は既に抵抗する気力を失い、玲子のプログラムを受け入れるようになった。
「どうやら、順調のようね。じゃあ、あたし休憩するから、香川、この調子で徹底的にインプリンティングして。」
玲子が、操縦室を後にすると、香川は急いで一枚のディスクをポケットから取り出した。
「桜井さん。これが私のできる精一杯です。」
そういうと、ディスクをスロットに入れた。
「もう止めて。もうコンピュータになるから、これ以上苦しめないで。」
しかし、香川の入れたディスクは、苦しいものではなかった。ズタズタになった葉留香の意識、人格、記憶を纏め上げ、そっと包み込んだ。
だか、すぐに玲子のプログラムは復活し、まもなく葉留香の自由意志をがんじがらめにして、命令への服従と人間への奉仕を植え付け、
宇宙船操縦用コンピュータに作り変えた。
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桜井葉留香が火星でテスト飛行中に事故死したという悲報の一ヶ月後、
緑川スペースシップ火星工場で昼夜をあけて突貫工事の末、宇宙軍に納入する新型宇宙船が完成した。


第2話 終



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