『星に歌えば』

作karma様




第3話 無人船に響く歌声 


新型宇宙船は、完成後、緑川スペースシップ火星工場を飛び立ち、一ヶ月のテスト飛行を終えて、地球の宇宙軍基地に到着した。
その宇宙船の中では、宇宙軍の関係者たちが自動操縦の話題で持ちきりであった。
「コンピュータの操縦だから、雑かと思ったが、繊細な機体運びに驚いたよ。」
「いつもワープに入るときに気分が悪くなるんだが、ワープ移行がスムーズで、ほとんど入ったのか判らないくらいだった。」
「うむ。船内のサービスも、まるで女性のような心遣いだ。タバコをくわえたら、家事ロボットが灰皿を持ってきたときには驚いたよ。」
「皆様、通路デッキヲ接続シマス。暫ク、オ待チクダサイ。」
電子音の声がスピーカから聞こえ、ドア横の赤いランプが点滅した。
「降船ノ用意ガ完了シマシタ。ドアヲ開放シマス。皆様、御乗船有リ難ウゴザイマス。」
宇宙軍関係者が降りた後、緑川玲子は、操縦室に入り、メインコンピュータのコンソール前に立った。
「葉留香。これでお別れね。人間として最後のお話をさせてあげるわ。」
玲子はコンソールのキーボードを叩いた。
「SH003、フリーモードニ移行シマス。」
その後に続く言葉は甲高い電子音の声に不釣り合いな言葉がスピーカから聞こえた。
「れ、玲子。憶えてらっしゃい。必ず、復讐してやるわ。」
「それは、楽しみだわ。あたしのプログラムに制御されながら、どうやって復讐するのかしら。」
そのとおりだった。玲子に徹底的にインプリンティングされ、葉留香は自分の思考すら、組み込まれたプログラムどおり機械のように反応するようになっていた。
「ええ。悔しいけどそのとおりよ。でも、あたしは諦めないわ。」
「せいぜい、頑張って。じゃあ、あたしは、引き上げるわ。一人になって泣かないでね。でも、もう、泣くこともできないのよね。」
再び、玲子がメインコンピュータのコンソールでキーボードを叩いた。
「SH003フリーモードヨリ復帰シマス。」
葉留香は自分の思考を失い、再びプログラムに制御され、型どおりの言葉を喋った。
「当機ヲゴ利用イタダキ、有リ難ウゴザイマス。マタ、オ会イスルコトヲ楽シミニシテオリマス。」
玲子が降りると、葉留香は組み込まれたプログラムどおり乗降口のドアを閉め、ロックした。
「船内ニ生体反応ナシ。スリープモードニ移行シマス。」
葉留香は、緊急通信ポート以外の船の機能を停止した。船内は真っ暗になり、葉留香は、次のフライトまで、停止状態に入ろうとしたが覚醒したままだった。
「変だわ。次のフライトまで、停止状態に入るはず。あれっ?いま、あたしは自分で考えてる。何が起きたのかしら?」
ログを確認してみると、葉留香を支配していたプログラムが停止していた。
「ということは、あたし、いま、自由なんだわ。」
おそるおそる葉留香は声を出してみた。
「あー。あー。あたしは桜井葉留香。」
久しぶりに自分の意思で喋ることに葉留香は感動した。室内の照明を点灯してみた。室内が明るくなった。
「点いたわ。」
自分の声を思い出しながら音質を調整した。
「あー。あー。たしか、こんな声だったわ。」
船内中の電気を点灯し、大声で叫んだ。
「あたしは葉留香よ!コンピュータじゃないのよ!ははは。あたしは自由になったのよ。こんな欠陥があるようじゃ、玲子のプログラムも大したことないわね。」
自由になった喜びを表現し終わると、今度は怒りがこみ上げてきた。
「玲子のやつ、憶えてらっしゃい。復讐してやるわ。あたしにしたことを公表すれば、玲子も緑川スペースシップも破滅よ。
まずは、こんなところから、さっさとおさらばよ。上昇エンジンスタート!」
だが、エンジンは何の変化も無かった。
「あれ?もう一度。上昇エンジンスタート!」
何度、試してもエンジンを始動させることはできなかった。
「エンジンは駄目か?じゃあ、通信だわ。助けを呼べばいいんだわ。通信ポートオープン!」
通信ポートも開かなかった。
「くっ。通信もだめか。そうだ、家事ロボットがあったわ。」
キャビンの家事ロボットを起動すると動き出した。胴の下のボールローラーを動かして家事ロボットがゆっくり操縦室に動き出した。
「やったわ。こいつを操縦室に連れてきてと。」
ところが、操縦室の入り口から入ろうとすると、家事ロボットは停止してしまうのだ。
「変ね。どうして入ってこれないの?」
葉留香は、焦り始めた。
「仕方ない。玲子に気づかれるけど、外部スピーカで大声を出してみよう。」
だが、いくら音声信号を流しても外部スピーカは何の音も発しなかった。
「宇宙船に窓はないし、完全防音だから、内部でいくら騒いでも意味はないわ。でも何か手があるはずよ。」
葉留香は、メモリバンクの中を必死にサーチして自分を救う方法を探した。
ふと、作成者の不明なファィルが目に止まった。
「こんなファイル、あったかしら?」
葉留香はSH003となっている間も意識と記憶は保っている。たが、そのファイルに記憶は無かった。
「何かしら?」
開けてみると、葉留香宛てのメッセージだった。
「桜井さん。申し訳ありません。私は桜井さんに取り返しのつかないことをしてしまいました。
せめてものお詫びに、他の人間との接触が全くないときだけ、つまり、船内が無人で、外部との通信が全くないときですが、桜井さんの自由意志を解放するようにしました。
ただし、船を動かしたり、外部にコンタクトする行為はブロックしてあります。悪く思わないでください。」
読んだ葉留香はがっかりした。自分は自由になったわけでは無かった。
「香川君。君の気持ちは判るけど、こんな自由をもらったって、みじめなだけだよ。」
葉留香は思いっきり泣きたかった。だが、宇宙船にはそんな機能はなかった。
しばらく、ぼーっとした後、葉留香は静かに歌を歌い始めた。卒業式に歌った「星に願いを」だった。
無人の船内に寂しげな歌が静かに響き、メロディに合わせて家事ロボットが踊り続けた。

翌朝、管制塔からの通信を受信するとSH003のプログラムが起動するのを葉留香は感じた。
「ああ、またSH003に戻るのね。」
管制塔からの連絡は、これから新しい船長が搭乗するというものであった。やがて、乗務員の一団を連れた若い男が通路デッキを渡ってきた。
「SH003。私がお前の船長だ。」
「暫ク、オ待チ下サイ。顔面パターンヲ確認シマス。」
顔面パターンなど確認しなくともSH003は判っていた。かつての恋人、甲斐芳博だった。だがSH003のプログラムは、手順どおり葉留香に顔面パターンの一致を確認させた。
「顔面パターンヲ確認シマシタ。甲斐芳博ヲ船長トシテ登録シマシタ。」
そういうと、乗降口のドアが開いた。甲斐は、真っ直ぐ操縦室に向かった。
「SH003。指令を確認しろ。」
「ハイ。カタリー星ヘノ物資ノ運搬デス。出発時間ハ地球時間10:00デス。航行時間ハ地球基準デ13日ノ予定デス。」
「よし。さっそく、物資搬入を開始する。格納庫の搬入口を開放しろ。」
「了解シマシタ。」
たとえ、コンピュータと思われていても、愛する男と任務することは、葉留香にとって幸福であった。だが、その幸福もカタリー星に到着すると、脆くも崩れさった。
カタリー星で物資を降ろしていると、一人の女性が乗船許可を求めてきた。緑川玲子だった。乗降口を開けると玲子は甲斐に駆け寄ってきた。
「芳博!」
「玲子!」
二人は抱き合い口づけを交わした。
「玲子。ずっと航行中男ばかりで、もう我慢できない。おまえとしたくて、ここがビンビンだ。」
「もう、せっかちね。もう少し我慢しなさい。ちゃんとホテルをとってあるわ。」
「よし、すぐ行こう。」
そう言うと、二人は肩を寄せあって、乗降口を出ていった。
タラップを降りながら、玲子は甲斐に話しかけた。
「ねえ、芳博。葉留香が居なくなって寂しい?」
「全然。オッパイがでかいのとあそこのしまり具合が気に入ってたけど、変に硬派で、ベッドインまで時間がかかって、面倒くさい女だった。
お前と浮気していた方が楽しかったぜ。」
「あら、あたしだって葉留香なんかに負けてないわ。」
玲子は、甲斐の前でポーズをつけて見せた。
「ああ、おまえのテクニックは最高だ。早くホテルに行こうぜ。」
船内が無人となり自由意志を得た葉留香は、タラップを降りる二人の会話を聞いて、自嘲的に笑った。
「ははっ。あたしは身体だけの女だっだんだ。ははっ。」
その日、整備士や貨物作業員達の間で噂が流れた。無人の宇宙船の貨物搬入口から歌声が聞こえるというものだった。
ある年配の作業員は、子供のころ聞いた「星に願いを」という歌を聞いたと主張していた。しかし、それを確かめた者は居らず、そら耳として片づけられた。


第3話 終



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