『星に歌えば』

作karma様




第5話 乗務員達の不満


地球を離れて、一週間が経過した。金田夫妻が船内のレクリエーション施設から部屋に戻る途中、船長室の前で人だかりができていた。
「甲斐船長。どうしたんだ?」
「あっ、司令官。ご心配無く。大した事ではありません。」
「大した事無くて、この人だかりはないだろう。」
「はっ。実は、乗務員たちが不満を言っているんです。」
「不満?」
乗務員のリーダが金田に訴えた。
「船長の部屋に女性が出入りしているのです。」
「なに、女性?」
金田が船長室のドアの隙間から覗くと、部屋奥のベッドから立ち上がる女性の姿が見えた。
「ははあ。緑川君のことだな。」
「ええ。乗務員たちは家族や恋人から離れた寂しさに耐えながら、任務に励んでいます。
それなのに、船長の特権を使って恋人を乗船させ、毎晩楽しんでいるのは職権乱用、と不満があがっているのです。」
「甲斐君。乗務員たちの心情は良くわかる。公私のけじめは重要だ。」
「わかりました。玲子によく言っておきます。」
「あら、あなた、そんな野暮なこと言わなくても、いい方法がありますよ。」
「ん?容子。いい方法って何だ?」
「説明するより見た方が早いわ。皆さん、あたしと一緒に付いてきて。あっ、そうそう。玲子さんも一緒がいいわ。居るんでしょ、そこに。」
着替えが終わった玲子が、乗務員たちの冷ややかな視線に晒されながら、恥ずかしそうに出てきた。
「もう!容子さん。こんなところで呼ばないでください。」
「あら、ごめんなさい。でも、狭い宇宙船の中じゃあ、どうせみんなにバレてるわ。それより、あたしに付いてきて。」
「容子さん。何処行くんですか?」
容子は玲子の問いかけを無視してスタスタと歩きだした。
「乗務員の皆さんも付いてきて。」
司令官夫人に呼ばれて、乗務員たちも訳が解らず付いていった。
容子たちは、宇宙船の最下層まで降りた。
「容子さん。ここには格納庫しかないですよ。」
「そうよ。格納庫に用があるのよ。」
「司令官夫人。格納庫に何があるんですか?」
「説明するより見るほうが早いでしょう。玲子さん、ドアを開けてください。」
玲子は金田の顔をチラッと見たが、仕方ないという感じで、ドア横のマイクに向かった。
「緑川玲子よ。格納庫のドアを開けなさい。」
「緑川玲子様ノ声紋ヲ確認シマシタ。ドアヲ開ケマス。」
ドアが開くと、全身武器と装甲で覆われた女性型の戦闘用ロボットが横たわっていた。
「うわっ。すごい武装のロボットだな。司令官。これ、もしかして第一級兵器に該当するんじゃないですか?」
「うむ。そうだ。万一のときは、人命より保護を優先する。」
「こんな危険なロボット、護衛もなしで輸送して大丈夫ですか?」
「たしかに、通常、輸送には護衛が必要だ。だが、ドルゴール星は戦略上重要な地域じゃないし、これまでも、それほど大きな戦闘は起きていない。それに、今回はデモだけだから、あまり大げさにしたくなかったんだ。」
「司令官夫人、まさか、このロボットで我慢しろということですか?」
「容子。いくら何でも酷すぎるぞ。」
「あたしが言ってるのはもう一体の方ですよ。」
その言葉に金田はうろたえた。
「な、何のことかな?」
「ほら、あれじゃないかしら。」
容子が指さした格納庫の奥に人が一人入れそうな木箱があった。
「おまえ、そ、それは...」
「開けてみて。」
乗務員の一人が木箱を開けると、その中に一体のロボットが寝ていた。
遠目にみると本物の女性のように見えるほど美しいプロポーションであったが、それが人間でないことは、近くに寄ってみるとよく判った。
ボディがまるでプラスチック製の人形のようにツルツルで関節部に継ぎ目があった。
「これは?」
乗務員達の目は一斉に金田と玲子に向いたが、どちらも困惑して質問に答えられなかった。それに答えたのは容子だった。
「セクサロイドよ。」
「セクサロイド?なんでそんなものがこの船に?」
「いや、それはだな、君たち、その、なんというか・・・」
焦る金田の代わりに、容子が説明した。
「家族や恋人と離れて第一線で戦っている兵士には慰めが必要です。かといって人間の女性に慰安婦をさせるのは問題があります。」
「なるほど、だからセクサロイドか。」
「本当はドルゴール星で披露するはずだったけど、皆さんのためになるなら、いいんじゃない?ここで使っても。ねえ、あなた。」
「う、うむ。そ、そうだな。」
「有難うございます。司令官夫人。いやあ、このセクサロイド、よくできてるな。まるで本物の女性のようだ。」
「それは、本物の女性をモデルにしているからよ。ねえ、玲子さん。」
「ええ。そ、そうですわ。」
それまで黙ってみていた甲斐がぼそりと言った。
「葉留香だ。」
「え?」
「いや。このセクサロイド、玲子と付き合う前の彼女とそっくりなんだ。事故で亡くなったんだけど。」
「そうそう。実は、事故で亡くなる前に彼女にモデルをお願いしたのよ。」
「へーっ。あいつがそんなことをするとは、想像できないな。」
甲斐が葉留香の思い出に浸っている間に、乗務員達はハルカをあちこち触り始めた。
「このセクサロイド、よくできてる。オッパイの弾力も、あそこの感触も本物みたいだ。司令官、本当に自分達で使ってもよろしいですか?」
「いいでしょ。あなた。」
「う、うむ。そうだな。」
金田は渋い顔をしながら承諾した。
「ありがとうございます。」
「いっそのこと、この船の備品にしたら?ねえ、いいでしょ、あなた。そうすれば、あなたにいちいち断らなくても皆さんで自由に使えるわ。」
「おい。そこまでしなくたって。」
「何か不都合でも?」
「あっ、いや。別に。」
「容子さん。ロボットを船の備品にするなら、船のコンピュータの管理下に置かないといけないわ。」
「玲子さん。その作業は、あなたにお願いできるかしら。これは、あなた達の為でもあるんだから。」
玲子は暫く考えて、答えた。
「いいですけど、一つだけ条件があります。自動操縦船のコンピュータは企業秘密が沢山あります。作業中、操縦室に誰も入らないで下さい。」
「それは駄目だ。いくら乗務員のためとは言え、船長として船の制御を放棄することはできない。」
「船長。そんな固いこと言わないでくださいよ。そんなこというなら、船長室をラブホテルがわりに使っていたことをバラしちゃいますよ。」
「うむむ。」
痛いところを付かれて、甲斐は黙ってしまった。
「作業はそんなにかからないわ。」
「判った。では、私は知らなかったことにする。」
「じゃあ、早速取りかかってちょうだい。」
乗務員達が嬉々としてハルカを乗務員室に連れていくのを横目でみながら、玲子は操縦室に向かった。

操縦室に入ると玲子は入り口にロックを掛け、コンソール前に座り、カタカタとキーボードを叩いた。
「SH003、フリーモードニ移行シマス。」
機械的な声の後に、玲子が話しかけた。
「久しぶりね。活躍しているようね。」
「誰かさんに組み込まれたプログラムのお陰で馬車馬のように働かされてるわ。
ところで、あたしをわざわざフリーモードにしたのは何のため?甲斐との結婚を報告にきたのなら、もう聞いたわよ。」
「あら、立ち聞きしてたの?」
「この船の中の会話は聞きたくなくても、全部聞こえるわ。」
「そうだったわね。じゃあ、さっきの格納庫の会話は、聞こえてたでしょ?」
「会話って、柿田のろくでもないアイデアのこと?大体、何で一年しか保たないはずのあたしの身体が船の格納庫にあるの?」
「ああ、それは金田のスケベ爺が貴方の肉体を気に入って、どうしても手放したくないって言うからよ。骨格をセラミック複合材に換えて、筋肉や皮膚も特殊プラスチックを含浸させて、結構手間が掛かったのよ。それなのに、あの爺、仕事の口利き料だって全部タダでやらせたのよ。」
「それで、そのハルカちゃんをあたしのコントロール下に置くために、わざわざあたしをフリーモードにしたの?そんなの、有無を言わさずできるでしょ。あたしはあなたに逆らえないんだから。」
「あなたの身体が男達に弄ばれている感想を聞いておこうと思って。」
「もうあたしとは関係ないわ。あたしはこの船のコンピュータだもの。そうね、強いて感想といえば。」
突然、モニタに乗務員にもみくちゃにされているハルカが写った。
「いま、ハルカちゃんは前、後、口と両手を使って5人の男性を同時に相手しているわ。
さすがは玲子さんのプログラムしたセクサロイドは違うわね。こんなテクニック、何時憶えたの?」
玲子は、ふんと鼻で笑い、コンソールのキーボードを叩いた。その途端、葉留香は機械的に喋り始めた。
「セクサロイド"ハルカ"ヲ船内備品トシテ認識シマシタ。ハルカノ全感覚ヲモニタ対象ニ設定シマス。」
その途端、葉留香の脳に噴流のような快感が流れ込んだ。
「玲子、何をしたの?ああーっ。あうっ。ううっ。な、何、これ?」
「ハルカの感覚を全て貴方にも感じられるようにしたのよ。どう?ひさしぶりでしょ。それと、貴方の反応もハルカにフィードバックするようにしたわ。」
「あうっ。こ、これじゃ、船を制御できないわ。」
「大丈夫よ。いまはワープ空間内だから大して制御はいらないわ。たっぷり、楽しみなさい。」
「ひーっ。助けて。」
玲子は、黙ってキーボードを叩いた。
「SH003、フリーモードヨリ復帰シマス。ハルカカラノ快感信号ガ多量ニ送信サレテイマス。
アアッ。船内サービス制御ニ支障ガアリマス。快感信号ヲモニタ対象カラ解除シテクダサイ。」
「駄目よ。そのまま、船を制御しなさい。」
そう言って、玲子は操縦室を後にした。
そのころ、ハルカを相手していた乗務員たちは、驚いていた。それまで乗務員にされるがまま無表情にただ喘ぎ声を出していたのが、急に快感に耐えるように身を捩り、切ない表情となった。
「おい、このロボットの反応、急に変わったな。」
「ああ、まるで本物の女の様だ。」
そこへ突然、玲子がドアを開けて現れた。
「わわっ。れ、玲子さん。何の用ですか?」
乗務員達は慌てて腰にシーツを巻きつけた。
「失礼。今、ハルカの備品登録が終わったわ。それだけじゃなく、船のコンピュータを使って反応させるようにしたのよ。」
「それで、反応が急に本物らしくなったんですね。玲子さん、ありがとうございます。ようし、張り切るぞ。」
喜んだ乗務員達は、ハルカを責め立てた。
「アアッ。アッ。モウ、ダメ。アアーッ。」
ひときわ、大きく喘ぐとハルカはぐったりした。
「おい、こいつ、イッたのか。」
「すげぇ。俺達、セクサロイドをイカせちまったぜ。」
だが、船内の他の場所は大騒ぎだった。
「おい、シャワーがでないぞ。」
「照明が消えた!」
「空調が止まった!」

セクサロイド"ハルカ"をイカせたという話はあっというまに船内に広まり、乗務員達は、次から次へと競ってハルカをイカせようとした。
イカせると船の制御に影響が出が不調になるという弊害があったが、ハルカは乗務員たちの間で人気だった。しかし、その間、葉留香は大変だった。
一人終わったと思っても、また次の乗務員に責められ、絶えず快感に責められながら船を制御するという難業に耐えていた。
葉留香がハルカの感覚から切り離されて、開放されたのは、ワープ空間から通常空間へ復帰する1日前だった。さすがにワープ空間からの脱出に失敗して宇宙の迷子になるという危険を玲子は冒したくなかったからだった。
通常空間に戻ってから数日航行すると、ドルゴール星が見えてきた。
ドルゴール星の宇宙軍港に着陸すると、乗降口にデッキが接続された。デッキを渡って3人の男達が近づいてきて、そのうちの最年輩の男が船に話しかけてきた。
「金田司令官は御乗船されておられるかな?」
甲斐が答えた。
「船長の甲斐です。貴方達はどなたですか。」
「これは失礼した。前司令官の山本というものだ。新司令官に歓迎の挨拶をしに参った。
ささやかではあるが、宴会を用意したので、乗務員の皆さん共々是非お招きしたい。」
その言葉を聞いて金田は喜んだ。
「ほほう。なかなかいい心がけだ。よし、挨拶してやろう。乗降口を開けてくれ。」
「待って下さい、司令官。まず、相手の顔を確認してからです。」
「神経質な男だな。こんな辺境までわざわざ来る宇宙ゲリラなんか居らんよ。」
「司令官、これは規則です。それに格納庫には物騒な新型戦闘ロボットがあるんですから、ここは慎重に対処すべきです。
SH003、顔面パターンを照合してくれ。」
「了解シマシタ。」
葉留香はプログラムどおり超空間通信を使って宇宙軍のメインコンピュータにアクセスし、顔面パターンを確認した。
「顔面パターンガ山本敬吾様ト一致シマシタ。」
「ほうら、見ろ。儂の言ったとおりだ。規則に忠実なのもいいが、君のように神経質では、大物にはなれんよ。あー、山本君。いま、そっちに行く。」
船内の全員が前司令官の歓迎を喜んでいたとき、一人だけ山本敬吾が偽物と判っていたものがいた。
だが、彼女はプログラムに厳重に管理され、それを口にすることはできなかった。


第5話 終



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