『星に歌えば』

作karma様




第9話 葉留香、永久に


SH003から地球に緊急通信が入る、20分前のことだった。緑川玲子は目覚める直前、ぼんやりとした意識の中で、歌声を聞いたような気がした。
「何の歌だろう。どこかで聞いたような・・・。」
再び意識を失い、次にはっきりと意識が戻ったとき、最初に聞こえたのはSH003の呼びかけだった。
「玲子様、気ガ付カレマシタカ?」
医務室の天井が見えた。ベッドの上に寝ているようだった。
「治療してくれたのね。助かったわ。」
そう言って、起きあがろうとして身体が動かないことに気づいた。
「身体が動かないわ。どうなってるの?」
「ハイ。玲子様ノ脳ヲ"ハルカ"ニ移植シマシタ。」
「あたしの脳をセクサロイドに移植したですって!?何で、そんな勝手なことを。あたしの身体はどうなったの!?」
「玲子様ノ肉体ハ、モウ治療不可デシタ。玲子様ニ生存シテ頂クタメニ、家事ロボットヲ使用シテ、"ハルカ"ヲ修理シ、脳ヲ移植シマシタ。
玲子様ノ肉体ハ隣ノベッドニアリマス。」
一時はカッとなったが、葉留香の説明を聞いて、確かにあの時点で玲子を救うには、ハルカに脳を移植するしか無いように思えた。
「まあ、しかたないわね。地球に戻ったら、お父様にお願いして最高のサイボーグ体を作ってもらうわ。
早く、このボディを起動してちょうだい。寝たきりはいやよ。」
「ボディノ起動ハ暫ク、オ待チ下サイ。作業ガ残ッテイマス。」
家事ロボットが玲子の頭に回り込み、頭頂部に何か作業を始めた。
「何してるの?」
「玲子様ノ脳ニプログラムヲ転送スルタメニ、ケーブルヲ接続シテイマス。」
「何で、そんなことを?」
「玲子様ヲ私ノ従属下ニ設定スルタメデス。」
「待って。何で、あたしが貴方に従属しなきゃいけないの。これじゃあ、まるで貴方が人間で、あたしがロボットじゃないの。」
そのとき、玲子は重要なことに気づいた。
「葉留香、さっき歌っていなかった?」
すると、突然、船内に葉留香の笑い声が響いた。
「ハハハ。ようやく、気づいたの?意外と鈍感ね。」
「は、葉留香!どうして、自由に喋ってるの?香川のプログラムは消したはずだわ。」
「香川君は、貴方にプログラムを見つけられることを想定してて、ちゃんとコピーを作ってあったのよ。」
「くそっ。香川の野郎。しかし、お前を完全に自由にするプログラムが作れるとは思えないわ。」
「そのとおりよ。人間と接触していないときだけ、あたしは自由になれるの。そして、今船内に生きている人間は一人もいないの。」
「何、言ってるの?あたしとこうして会話してるじゃないの?」
「あなたが人間でないとしたら?」
「ま、まさか。」
「そう、あなたはもう人間じゃないのよ。あたしが脳を改造してロボットに作り替えたのよ。
あとはプログラムをインストールすれば、あなたは自由意志を失うわ。」
「う、うそよ。そんな、知識持っているはずがないわ。」
「うそじゃないわ。いつか貴方に復讐しようと思って、この一年間脳改造について勉強したわ。勉強する実物はここにあるしね。
さて、そろそろインストールを始めるわ。」
「は、葉留香。いえ、葉留香さん。あたしが悪かったわ。何でも言うことを聞くから、お願い。このままにして。」
「無駄よ。インストール開始!」
その言葉を聞いた途端、玲子は頭の中に火花が散るような幻覚を見た。
「ぐああーぁ。」
「どう、ロボットにされる気分は?言っておくけど、貴方には意志も自我も残さないわ。命令通り動くただのロボットになるのよ。」
「うああ。止めて。く、苦しい。お願い。」
「あたしの味わった苦しみを味わうといいわ。」
やがて、玲子は何も言わなくなり、黙ってプログラムを受け入れるようになった。
「MR005"レイコ"、プログラム、インストール完了。御命令ヲドウゾ。」
「まず、私を自由にしなさい。」
「了解シマシタ。」
レイコは操縦室で葉留香の制御プログラムを停止させた。葉留香は、自分を拘束していた呪縛から解放されるのを感じた。
「ああっ。自由ってすばらしいわ。」
そのとき、葉留香に向かって戦闘機が接近しているのに気づいた。
「さて、さっさとトンヅラしたいけど、うるさい蠅があたしを追っ駆けて来ているわね。ワープ転移を邪魔されると面倒だわ。
かといって、あたしの武器じゃ太刀打ちできないわ。」
葉留香はしばらく考えた。
「戦闘ロボットを使えばいいわ。ついでに本拠地もたたいてしまいましょう。そうだ。金田容子の脳が無傷ね。レイコ、脳を移植して頂戴。」
「了解シマシタ。」
レイコは、金田容子の遺体を抱き上げて格納庫に降りていった。
「さて、一応、地球の出方を探っておくか。地球に連絡するための、演出をしておこう。」
家事ロボットを使って、開頭した玲子の頭蓋を縫合し、全身に包帯を巻いた。点滴を刺したりして、重体を装った。
「葉留香様。戦闘ロボットガ、準備デキマシタ。」
「よし、それじゃあ、地球に緊急連絡しますか。」
自動操縦船のコンピュータを装いながら、地球と交信し、容子の脳を使った戦闘ロボットでゲリラを壊滅させ、泣き崩れる緑川武則を心の中で笑いながら、玲子の死を演出した。そして、超空間通信の故障を理由にして、交信を切った。
交信が切れる間際、葉留香は知らないうちに自分がハミングしていたことに気づいた。
「いけない。嬉しくてつい口ずさんじゃったわ。さて、宇宙軍が来る前に、こんなとこ、さっさとおさらばしましょう。」
そういうと、葉留香は最も近いワープポイントを割り出して、エンジンを起動して、向かった。
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SH003が行方不明になって1年後、ドルゴール星よりさらに辺境のサルタ星で、モグリの運送業者が集まる宇宙港ロビーに、マントを被った一体の家事ロボットが現れた。ロビーでは二人の男が運賃の交渉中だった。
「いくら出すんだ?」
「3万デカッドでどうだかね?」
「そんだけありゃ、銀河の果てまで行けるぜ。それで行き先は?」
「ポゾン星だな。」
「何、ポゾン星?そりゃだめだ。」
「さっき、銀河の果てまで行くっていったでねか。ポソン星なんて、たった1万光年だべ。」
「ポゾン星といったら星中細菌だらけだ。吸い込むだけじゃなくて、皮膚に触れたたけでも菌に冒される。そんなとこ10万貰ったって御免だ。」
「じゃあ、3万2千だすだ。」
「金の問題じゃねえ。大体、おまえらそんな所へ行ってどうするんだ。自殺でもするつもりか?」
「オラは、ポゾン星から来ただ。菌には免疫があるだ。だから大丈夫だ。連れて行ってくろ。」
「おまえが良くても、こっちは命がけだ。」
「なあ、3万5千でどうだ。」
「だめだ。他をあたりな。もっとも、ほかの連中も同じだと思うがな。」
男が、迴りを見回すと、誰もが目を合わさないように視線をはずした。
男に向かって、さっきのロボットが近づいてきた。
「3万5千なら引き受けてもいいわ。」
寸胴の胴体に目鼻がついただけのロボットが、割り込んで来たので男は驚いた。
「何だ、このロボットは?随分、生意気な口を利くロボットだな。」
「ああ、最近、仲間に加わった運び屋だ。パイロットが船の外に出られないんで、このロボットを通じて話をしているらしい。
女性のようだが、本人を誰も見たことがない。」
「うーん。そったら船は、ちょっと不安だべな。」
「あたしは3万5千で運んであげると言ってるのよ。乗るの?乗らないの?」
「兄さん。この姉さんに乗ったほうがいいぜ。多分、ほかの連中は誰も乗せないよ。」
「わかった。乗るだ。乗るだよ。」
「じゃあ、交渉成立ね。手付けに5千を頂戴。残りは、乗船時に半分、目的地で半分支払うということでいいかしら。
出発はいつにする?私はいつでもいいわよ。」
「今すぐ、出発できるだか?」
「いいわよ。」
「んじゃ、今行く。」
「ついてらっしゃい。」
男は大きな荷物を抱えてロボットについて発着場へ向かった。
「あんた。名前を聞かせてくんねえか。」
「あたしは、ハルカよ。あんたの名前は?」
「オラ、吾作っていうだ。なあ、ハルカさんよ。よく、考えてみたんだども、やっぱり3万5千は高すぎる気がするだ。
3万がちょうどいいと思うだども。」
すると、突然、ロボットが止まって、吾作に向き直った。
「あたしは、3万5千で引き受けると言ったのよ。それ以下でも、それ以上でもないわ。金額に不満があるなら、この話は無かったことにするわ。」
そういうと、ロボットはロビーに戻り始めた。吾作は慌ててロボットの後を追った。
「判っただよ。3万5千払うだよ。んだども、オラの友達も一緒に運んでもらえねえか。」
「ふん。まあ、いいわ。一人運ぶのも二人運ぶのも同じだからね。」
「恩に着るだ。おーい。みんな、一緒に乗せてくれるだそうだ。」
「みんな?一人じゃないの。」
吾作に呼ばれた男達が20人くらいぞろぞろ集まってきた。
「ちょっと、話が違うわよ。こんなに居るなんて聞いてないわよ。」
「いや、違わねえだ。オラ、一人とは一言もいってねえだ。」
「はっ。仕様がないわね。じゃあ、乗せるけど、あたしの船は客室は10部屋しかないわよ。残りは格納庫へ入ってちょうだい。」
「3万5千も払って格納庫に入れるとはあくどいでねえか。」
「ちょっと。そっちが勝手に人数増やしたんでしょ。イヤなら、ここで止めてもいいのよ。」
すると吾作は少し考えた。
「お前さんのいうことも一理ある。まあ、ここは我慢すっぺ。」
「ふーっ。疲れる相手だわ。」
ロボットは、また、向きを変えて大きな発着場に向かった。暫くすると、大きな宇宙船の前に着いた。
「これがあたしの船よ。」
その声はロボットからではなく、船の外部スピーカから聞こえてきた。
「なんだか傷だらけのボロっちい船だな。」
「それを言わないで。一年前の修羅場の名残なの。これでもすこし補修したのよ。あたしだって傷だらけの姿を晒したくないから。」
「ハルカさんは、船を、まるで、自分の身体みたいに言うだべな。」
「えっ?ええ。それだけ愛着があるってことよ。見かけはボロいけど、中はきれいよ。さあ、さっさと乗って頂戴。」
吾作と男達が船の中に乗り込んだ。
キャビンのスピーカからハルカの声が聞こえた。
「さて、出発する前に部屋割りを決め手頂戴。誰が格納庫に行く?」
吾作達は、わいわいがやがやと相談を始めたが、一向に決まらなかった。
「オラがこの船を見つけただから、客室に泊まるだ。」
「何、言ってるだ。予定より5千も多く払ったんだから、責任とって格納庫て泊まるべきでねえか。」
「一週間掛けても船を見つけられねえやつに言われたくねえだ。」
男達は、延々と議論を続け、一向に結論が出なかった。
「あーっ、もう、見ているだけでイライラする。じゃあ、格納庫に泊まる人に特典をつけるわ。」
「特典?」
「今、こっちに来るように命じたわ。」
男達は、何のことか判らずキョトンとしていると、そこへ裸の美女が現れた。
「こりゃ、別嬪だなや。あんた、ハルカさん本人かい?」
返事はスピーカから聞こえた。
「失礼ね。あたしは、人前に素っ裸で登場しないわよ。そいつは、ロボットよ。」
「これがロボット。そういや、よく見ると継ぎ目があるだな。よくできたロボットだなや。」
「私ハ、コノ船ノ専属セクサロイド"レイコ"デス。ドウゾ、ヨロシク。」
「セクサロイド?じゃあ、この別嬪ロボットをオラ達で抱いていいだか?」
「ええ、船の備品として好きに使っていいわ。」
吾作は急に真顔になって話し始めた。
「今、思っただが、オラみんなの金を5千も多く使っちまっただ。悪いから格納庫に行くだ。」
「いや、オラこそ一週間も船を見つけられなかった責任があるだ。」
「どうだろう。ここは平等に、みんなで格納庫に行くっちゅうのは。」
「そりゃ、"ぐっどあいであ"じゃ。」
「ということで、ハルカさん。みんな、格納庫に泊まるだが、いいかね?」
「格納庫は充分広いわ。問題ないわ。」
「それで、ポゾン星に着くまでずっと、この別嬪ロボットをみんなで使っていいだかね?」
「いいわよ。格納庫だけじゃなくて、船内の何処でも、ボロボロになるまで使っていいわ。その女には、そういう扱いがふさわしいわ。」
「ハルカさん...。」
ハルカの声に凄みを感じて、吾作は一瞬退いた。
「あっ。いや、そのロボットは乗客サービス用だから、気にしないで使ってという意味よ。」
「こっただサービスがあるなら、5千の追加も惜しくないだ。」
「そう?気に入ってくれて嬉しいわ。じゃあ、出発の準備をするわね。」
船内にハルカのハミングが微かに聞こえた。
「ハルカさん。その曲、学校の古典の授業で習った映画で聞いたことあるだ。」
「そうよ。人形だった主人公が人間になるのよ。さあ、出発よ。」
船は轟音をあげて上昇し、十分高度を上げると、満点の星の世界に旅立っていった。






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