『強奪』
作 舞方雅人 様
「ふうん、やったじゃない、沙由里。あの蔵石さんと一緒になれるなんて、良かったね」
洒落たレストランのテーブルで会話している二人の女性。その片方がもう一方に対してグラスを掲げる。
「やだ、そんなんじゃないわ。ただ、そろそろ結婚を考えないかって・・・」
グラスを掲げられた方の女性は戸惑いながらも頬を赤く染めた。
「何言ってんのよ、それってプロポーズじゃない。おめでとう。あーあ・・・沙由里に先を越されちゃったか」
沙由里の正面でもう一人の女性は、グラスを置き両手を頭の後ろに当てて宙を見上げる。
「そんなこと無いわよ、由美香にだって健太君が居るじゃない」
「だーめよ彼は。いつまでたってもてんで子供なんだもん。今だにガンプラ造ってるのよ」
由美香は最悪というふうに両手を肩の辺りで広げる。
「ふふふ・・・そう言いながらモビルスーツのこと詳しいくせに」
沙由里はくすくすと笑った。
彼女の名前は牧原沙由里。二十六歳のOLである。長い黒髪が美しく、背はそんなに高くないのだが、すらりとしたプロポーションが見た目に背が高い印象を与えている。小柄な瓜実顔は美の極致というわけではないが、充分に整っていて美しい顔立ちをしていた。
彼女の前に座っているのは高校時代からの親友の池上由美香で、別の会社でやはりOLをしていた。
二人は時たまこうやって食事を一緒にして、友情を暖めあっていたのだった。
「もう、仕方ないでしょ。ザクだドムだってうるさいんだもん」
「ふふ・・・健太君らしいよね」
「オタクなのよ、あいつは」
由美香があきらめたようにため息をついた。
「それでも好きなんでしょ?」
「うっ・・・ま、まあね」
「ならいいじゃない」
沙由里は微笑んだ。彼女と違い由美香と健太の付き合いは短大生の頃からである。長い付き合いなのだった。
「でもね、あいつったら鉄人のようにお前をコントロールしてみたいなんて言うのよ。バカにしてるったら」
「うふふ・・・それだけ好きだってことじゃないの?」
沙由里はにこやかにグラスを傾ける。
「そ、それよりも・・・端本のほうは大丈夫?」
端本の名前を出されて沙由里は少しいやな顔をする。
「ちょっと、どうしてそこで彼の名前が出てくるの?」
「だって彼って沙由里のことを狙っていたでしょ?」
由美香がいたずらっぽく笑みを浮かべる。
端本とは沙由里の会社の同僚であり、同じ課に属する男性社員だ。
沙由里にとっては何人も居る同僚の一人としての存在でしかないのだが、端本はどうやら沙由里に好意を抱いているらしく、時折食事に誘われたりするのだった。
他にも同僚が居る時は何人かで食事に行ったりもしたが、やがて端本は二人で仕事が終わった後に会おうと言い出したのである。
そういった気の無い沙由里は断ったものの、端本の誘いは止むことが無かった。
結局沙由里はそのことを付き合い始めていた蔵石和夫に相談したところ、蔵石は端本に誘われた時は俺とデートだと言えばいいと言ってくれ、沙由里はそれを口実に実際にデートすることが多くなったのだ。
そのこともあり沙由里と蔵石は急速に仲良くなって、先ごろ蔵石から結婚のことを持ちかけられたのである。
「うん、もうあきらめたみたい。最近は誘われないわ」
「よかった、何か嫌がらせでもされたらたまらないものね」
「まさか。いくらなんでもそこまでは・・・」
由美香の言葉に沙由里は驚いた。
「わからないわよ。最近の男って振られた腹いせにどんなことするか・・・」
「いやだぁ・・・やめてよ。美味しくなくなるじゃない」
顔をしかめる沙由里。
「あ、ごめんごめん。もうやめるね」
由美香は両手を前で振って話を打ち切った。端本のことを話しても食事が美味しいはずが無いのだ。
二人はそれぞれ適当な話題に切り替えて再び食事を楽しみ始めた。
「ふう・・・すっかり遅くなっちゃったわ」
ほろ酔い加減で沙由里は夜道を歩いていた。
由美香はちゃっかりと健太を呼び出して、車で送ってもらっている。
沙由里も一緒に送ろうといってくれたが、健太と由美香はこのあと二人で楽しむに違いないのだ。その邪魔はしたくなかった。
「甘えちゃいなさいよ。蔵石さんならすぐに来てくれるでしょ」
由美香はそう言っていたけど、沙由里はそこまで甘えるつもりは無かった。
たまに会社の帰りに送ってもらったりしたことはあったが、由美香の前で蔵石に甘えることは何となく照れくさくもあったのだ。
明るく人通りの多い通りを選んで帰ってきたものの、アパートのあたりはあまり人通りは多くない。
自然と足早になる沙由里。
やがて自分のアパートが見えてホッとした時、アパートのそばの電柱に人影があるのを沙由里は認めた。
反射的に沙由里の体は硬くなり、心臓がドキドキし始める。
もしかして変質者か何かだろうか?
だが、恐る恐る近付いてみると、その人はただ電柱の街灯の下でタバコを吸っているだけであることがわかる。
背が高くすらりとしたその男は夜だというのにサングラスを掛け、黒いスーツに身を包んでいた。
何か異様な雰囲気に沙由里は緊張しながらも男の脇を通り抜け、駆け出すようにしてアパートの階段を登っていく。
鍵を開けるのももどかしく、扉を開いて部屋に入り込んだ沙由里はしっかり鍵を掛けると部屋の明かりをつけ、ようやく少し落ち着くことができた。
「ふう・・・」
崩れるようにソファに座り込んだ沙由里は冷や汗をかいていることに気が付いた。酔いもすっかりさめている。
「だ、誰なの? あの男の人・・・」
沙由里は震えている体を支え、窓から外を覗いてみた。
「居ない?」
電柱のところに男は居なかった。
まるでさっきのことが夢でも見たかのようにそこにはただ街灯の明かりが地面を照らしているだけだった。
沙由里はホッとしてカーテンを閉める。
私ったら・・・何をびくびくしちゃっているのかしら・・・
あの男の人はたまたまあそこに立っていただけなのかも・・・
沙由里はそう思い、上着を脱いでTVのスイッチを入れる。
週末の娯楽番組が静かな部屋を明るくさせた。
呼び鈴が鳴ったのはそのときだった。
ピンポーンという電子音が部屋に響く。
沙由里は反射的に体を硬くした。
時間はすでに十時を過ぎている。こんな時間にいったい誰が・・・
再び呼び鈴が鳴らされ、沙由里はやむを得ずに玄関へ向かう。
「はい・・・どなたでしょう?」
玄関の扉越しに沙由里は声を掛けた。
「夜分遅く申し訳ありません。宅配便のものですが、蔵石さんという方からお届けものなんです。開けていただけませんでしょうか?」
「あ・・・あの・・・明日ではいけませんか?」
沙由里は悪いと思いつつも開けることにためらいを感じた。
「夜分遅くに伺いましたことは申し訳ありません。ですが今までおられませんでしたので・・・お渡しするだけなんですが・・・」
宅配便業者の声は何となく哀れさを感じる。今までずっと待っていたのかもしれない。
扉の覗き窓から覗くと、大き目の箱を持った帽子をかぶった男性が立っている。
「わ、わかりました」
沙由里は仕方なく扉の鍵を開けチェーンを外す。
蔵石さんからって・・・いったい何かしら・・・
沙由里の思いはそこで途切れた。
扉を開けた途端に沙由里はスプレーのようなものを浴びせられたのだ。
「あ・・・」
沙由里は意識が遠くなる中で端本の笑い声を聞いたような気がした・・・
だんだんと意識が戻ってくる。
背中にひんやりとした感触を感じられる。
沙由里はゆっくりと目を開いた。
「あっ・・・まぶし・・・」
天井には手術用の無影灯が彼女を照らしていた。
思わず手をかざしてさえぎろうとした沙由里だったが、手が動かせないことに気が付いた。
「えっ?」
沙由里は体を起こそうとしたが、躰はどうやら固定されているようで頭しか動かせない。
「ふふふ・・・目が覚めたのかな・・・沙由里ちゃん」
足元のほうからいやらしい感じの声がした。
沙由里はその声に聞き覚えがあった。
ぞっとするその声はあの端本の声だったのだ。
「は、端本さん・・・あなたなの?」
両手両脚を固定されているようで躰はわずかしか動かせない。
それでも沙由里は頭を持ち上げて周囲をうかがった。
どうやら何人かの人間がいるらしいが周囲は薄暗く、沙由里のところだけ無影灯に照らされているため良くわからない。
「そうだよ。沙由里ちゃん」
沙由里は背筋に寒気が走った。
私・・・端本さんに捕まってしまったんだ・・・
いったいこれからどうなるのか・・・そう考えるだけで沙由里の心は暗く沈んでいく。
助けて・・・誰か・・・蔵石さん・・・
「わ、私をどうするつもり?」
「あれぇ・・・わからないのかな? これから君はボクのお人形になるんだよ」
薄暗がりの中から姿を現す端本。
小太りでメガネをかけたその姿はお世辞にもいい男とはいえない。
「放して。放しなさいよ。課長に訴えるわよ」
精いっぱいの強がりを沙由里は言う。そうじゃなければ泣き出してしまいそうだった。
「大丈夫だよ。君はそんなことする気もなくなるんだ。なんせ君は僕のお人形さんになるんだからね」
『お人形さん』という言葉が何を意味するのかわからなかったが、沙由里はぞっとしたものを感じていた。
こんな男に人形として扱われるなど耐えられない。
「ここはね、人間をお人形って言うかロボットに改造してくれる会社なんだよ。ヒューマンドール社って言うんだ」
「ヒューマンドール社?」
そんな会社は聞いたことが無い。
「いけませんなぁ、端本さん。あまりわれわれのことを公にしていただきたくはありませんのでねぇ」
白衣を着た小柄な初老の男性が姿を現した。
「す、すみません教授。でも沙由里ちゃんはお人形になっちゃうから大丈夫なんじゃ・・・」
「確かにそうですが、不用意に社名を出されては困りますのでねぇ」
ニヤニヤと笑いを浮かべたやせこけた白衣の男はまるで骸骨が笑っているような感じだった。
「私を人形にするって?」
「そうですよ、お嬢さん。わが社はさまざまな人間を処置を施すことによってロボットにしてきました。反抗的な人間や意のままにしたい人間をロボットにするわが社の技術は世界中から信頼を受けておりますよ」
「そ・・・そんな・・・」
沙由里は愕然とした。今の日本でそんなことが実際に・・・
「あなたも見たことや聞いたことはありませんかな? ワンマン社長に唯々諾々と従う社員や反抗的だった息子や娘が突然良い子になったりするのを」
「そ、そんなこと・・・」
「沙由里ちゃんもすぐに僕の言うことは何でも聞く可愛いお人形になるんだよ」
メガネの奥の目がいやらしく笑っている。
「じょ、冗談じゃありません! 帰して! 家へ帰してください!」
「帰してあげるよ。お人形になったらすぐにでも」
「ど、どうして私なの? どうして?」
「君が可愛いからだよ。ボクの好みにぴったりなんだ」
ああ・・・
沙由里はあまりの事に涙が出てきた。
こんなところでこんな男に人形にされてしまうんだと思うと涙が止まらない。
「ああ・・・泣くことはないだろ?・・・大丈夫だよ、ボクがちゃんと可愛がってあげるからね」
「助けて・・・お願いよぉ・・・助けてぇ」
沙由里は頭を振っていやいやをするが手足を固定されている躰は自由にならない。
「なに、心配は要らんよ。君はすぐにロボットになるんだ。そんな感情とは無縁になる」
「いや、いやよ・・・助けて・・・」
沙由里は何とか逃れようと身をよじるが、もとよりその程度ではびくともしない。
「教授。早く沙由里ちゃんをボクのものにしてよ」
「うむ、準備も整ったようだ。早速手術を開始しよう」
「い、いやぁっ! いやよぅっ!」
沙由里の願いもむなしく手術の開始が告げられる。
今まで彼女の躰を覆っていた布が取り払われると、沙由里の生まれたままの姿が白日の下に晒された。
「きゃぁっ!」
服を着ていないことはわかっていたが、布を取り去られたことで沙由里は羞恥に身悶える。
「うわあ・・・素敵だよ沙由里ちゃん・・・写真に取っておこうね」
「いやぁっ! やめてやめてぇっ!」
沙由里は身もだえして躰を隠そうとするが無駄な抵抗だった。
「うるさいぞ。さっさと麻酔を嗅がせておとなしくさせろ」
白衣の老人が部下に指示をする。
首を振っていやいやする沙由里に男たちは容赦なく麻酔を嗅がせて意識を失わせた。
その間も端本は写真をとるのをやめはしない。
「これから先は社外秘の部分でしてな。どうかお引取りを。」
「あ、ああ。わかったよ。ボクの沙由里ちゃんをよろしくね」
教授に言われた端本はすごすごと引き下がるしかなかった。
端本が出て行ったのを確かめると教授は手術を開始する。
綺麗な体表面を傷つけないように慎重にメスが入れられ、下腹部が切り開かれる。
人工心肺装置が沙由里の脳を死なせないように体液を循環させている間に手術を終わらせてしまわなければならない。
手馴れたスタッフたちは黙々と沙由里の躰に処置を施していく。
内臓を取り出してしまい、代わりに水素タンクや燃料電池のシステムなどが埋め込まれる。
子宮も取り払われて人口の膣が設置される。
肺は空気中から酸素を取り入れるポンプとフィルターに置き換えられる。
肛門はアナルセックス用に形を整えられ、形良い胸には予備のバッテリーが内蔵される。
顔も表皮を剥がされ眼球を高性能カメラに、鼻をにおいを感じるセンサーに、耳には音響を感じるセンサーが、口は形を整えてオーラルセックス用に作り変えられる。
筋肉は人工の駆動機関に置き換えられ、一時的なら通常男性の数倍のパワーが発揮できるようになる。
表皮は特殊なプラスチックを注入され、体毛などはまったく無いすべすべしたコーティングを施される。
10時間にも及ぶ手術の後、沙由里の躰は芸術品として完成した。
沙由里は徐々に意識が戻ってくるのを感じていた。
だが、躰の感覚はまったく無い。
暗闇の中に捕らわれたような感じだった。
ここは・・・どこ?
私はいったい?
誰か・・・誰か助けて・・・
『よし、補助システムが起動したぞ。基本プログラムのインストール準備だ』
どこからか声が聞こえてくる。
誰?・・・誰なの?
思い出そうとするが頭が上手く働かない。
それどころか躰がまるで無くなってしまったかのよう。
私はどうなっているの?
怖い・・・怖いよう・・・
『首から上を起動しろ。覚醒させるんだ』
びくんと首の辺りに電気が走り、沙由里は目を開けることができることに気が付いた。
沙由里はゆっくりと目を開けようとした。
途端にさまざまな文字や数字の羅列が頭の中に流れ込み、それを自分では無い何かが勝手に処理していく。
やがて沙由里の目は映像を伝えてきたが、それは普段彼女が見慣れている映像ではなかった。
さまざまなデータが映像にかぶさって表示され、それが沙由里を混乱させる。
「きゃぁっ!」
思わず沙由里は悲鳴を上げる。
「覚醒したようだな。私がわかるかな?」
視界に入って来た人物はあの初老の白衣を着た人物だった。
さまざまなデータが映し出されるが、何を意味するのかわからないうえに、なぜそんなものが見えるのか自体理解できなかった。
「わ、私に何をしたの?」
恐怖が沙由里を包んでいた。
自分に起こっているのは全て夢だと思いたかった。
「君はヒューマンドールになったのだよ。あとは基本プログラムをインストールすれば完成だ」
「プログラムをインストール?」
沙由里はぞっとした。
私はコンピュータになってしまったというの?
「いや・・・いやぁっ! 戻してぇ! 私の躰を元に戻してぇ!」
躰をよじって暴れだしたかったが、首から下はまったく感じることができない。
「なに、そんなに怖がることは無い。プログラムをインストールすれば、君はすぐにヒューマンドールとして何の疑問も抱かなくなるのだよ」
「そんなのいやぁっ!」
沙由里は泣き出したかったが、上手く涙すら出すことができなかった。
「大丈夫。では始めるとしようか」
教授は沙由里に接続されたコードを愛しそうになでると、スタッフに対してうなずいた。
途端に沙由里の脳にさまざまな文字や数字が流れ込み始める。
「いやぁっ!」
沙由里は半狂乱になってわめくが、流入は止まりはしない。
やがて沙由里はあることに気が付いた。
自分が数字や文字の羅列を理解し始めているのである。
「プログラムインストール中・・・基本人格を上書きしています・・・」
沙由里はそうつぶやいて驚いた。
人格を上書き?
私が私でなくなるというの?
そんな・・・そんなのはいやよ・・・
「意識改変、ならびに人格改変作業中。進行度25パーセント」
つぶやきを止めることができない。
それどころかプログラムの流入に恐怖を感じることがなくなってきていることに気が付いた。
私・・・変わってしまうんだ・・・
私は・・・ヒューマンドールになってしまうんだわ・・・
だが、沙由里はそれが別に不思議では無いような気がした。
ヒューマンドールになるのではない。
私は最初からヒューマンドールだったはずではなかっただろうか。
「意識改変、ならびに人格改変作業中。進行度50パーセント。基本動作プログラムインストール開始」
沙由里の躰に変化が生じた。
今までどうしても感じることができなかった首から下が、まるで神経が繋がったように感じられるのだ。
手足からのデータが流れ込み始める。
問題点は・・・何も無い。
内部の動力源は・・・水素タンクが空なので、外部よりの動力供給を受けているんだわ。
躰の各部とも異常なし。
順調に制御できることがわかって沙由里はなんだか嬉しくなる。
な、何を考えているの私は・・・
躰の制御って・・・まるで・・・
まるで・・・何なの?
躰の各部が制御できるのは当然・・・よね。
「意識改変、ならびに人格改変作業中。進行度75パーセント。基本プログラムインストール完了。オプションプログラムを選択してください」
沙由里ははっきりとそう口にする。
プログラムが自分を書き換えていく。その喜びに沙由里は快感すら感じていた。
気持ちいい・・・プログラムが浸透していくわ・・・
嬉しい・・・私はもうすぐ完成するんだわ・・・早く完成して誰かにお仕えしたいわ・・・
「よし、オプションはどれとどれだ?」
「A及びDとEが選択されています。後はおいおいということだそうで」
「金も無さそうだからな、まあ最低限ということか」
教授はそう言うとオプションプログラムを取り出すとセットする。
やがて沙由里の脳にプログラムが送られてきた。
「オプションプログラムインストールします。オプションプログラムA・D・Eを認識しました。インストールを続行いたしますか?」
「続行しろ」
「了解いたしました」
沙由里は自ら脳を解放し、プログラムのインストールを開始する。
さまざまなプログラムが流れ込み、沙由里はとても気持ちよく感じていた。
「意識改変、ならびに人格改変作業終了。進行度100パーセント。オプションプログラムA・D・Eインストール終了」
沙由里の声は誇らしかった。
いや、沙由里ではない。今の彼女はヒューマンドールHD-0163だった。
「よし、確認するぞ。お前は何ものだ?」
「はい、私はヒューマンドール社製のヒューマンドールHD-0163です」
HD-0163となった沙由里は何のためらいもなくそう答えた。
「ふふふ・・・それでいい。では動力をやろう」
教授はにやりと笑みを浮かべると、HD-0163の脇腹のハッチを開き水素タンクをセットする。
ヒューマンドール社のヒューマンドールは燃料電池で動くようにできている。
セットされた水素タンクから水素を取り出し、空気中から酸素を取り出して水の電気分解の逆を行い電気を取り出すのだ。
そのため見た目は呼吸を行なっているように見えるので人間らしいと評判だった。
電気を取り出す副産物の水はこれまた排尿のように外に出すことができるため、トイレに行くこともできるのだ。
水素タンクから水素を取り出して燃料電池が起動し始めたことでHD-0163は動力を得て躰の各部が起動し始める。
それはとても心地よく、躰の各部を制御するプログラムを処理することはまさに快楽といっても過言ではなかった。
「今拘束を解いてやろう。起き上がるがよい」
「はい。かしこまりました」
HD-0163は拘束を外されるとゆっくりと立ち上がる。
美しい裸体を惜しげもなく晒して彼女は微笑んでいた。
「端本さん。終了しましたよ」
十数時間も待たされた端本はいい加減痺れを切らしていたが、憧れの沙由里を手に入れるためと思い我慢し続けてきたのだった。
それが今報われるのだ。
端本は小太りの体をいそいそと持ち上げるとヒューマンドール社の職員の後について手術室へ向かった。
「さ、沙由里ちゃんはボクの物になったんだよね?」
「ええ、もはやあの娘は牧原沙由里という人間ではありません。わが社自慢のヒューマンドール、HD-0163ですよ」
「HD-0163・・・」
端本は単なるナンバーになってしまった沙由里の名前をつぶやいた。
「ご安心を。もちろんマスター登録が済めば、あなたの自由に名前を入力できますよ」
「そ、そうですよね。あ、あはは・・・ど、どんな名前がいいかな」
まるで初めて見合いの相手と会うように端本は緊張しているようだった。
「ここですよ」
職員に連れてこられたのは手術室に繋がる控え室のようだった。
「ここは?」
「ここは、まあ、引渡しの間とでもいいますか。ドールをマスターにお渡しするところです」
「そ、そうですか・・・いやぁ・・・ドキドキしますよ」
頬を紅潮させ、端本は落ち着くように胸に手を当てている。
それを見て職員は苦笑しながら扉を開く。
そこはごく普通の殺風景な待合室といった感じだったが、中央に立っている人影を見た瞬間に端本の心臓は跳ね上がってしまった。
そこには長い黒髪を後ろで束ね、小柄な瓜実顔に微笑みを浮かべて立っている沙由里、いやHD-0163がいたからだ。
真っ白な肌はつやつやとして輝き、黒いレオタードを着ていてもしっかりとわかる躰のラインは滑らかで美しかった。
「こ・・・これが・・・沙由里ちゃん・・・」
思わず端本が息を呑む。
「どうですかな? 見事なものでしょう。実際傑作ですよ、この娘は」
教授がニヤニヤしながらHD-0163の肩に手を置いた。
「さあ、こちらへ来てください。マスター登録をしませんとな」
「は、はい・・・」
ギクシャクと緊張した動きで端本はHD-0163の前に立つ。
HD-0163はまったく表情を変えずに端本を見つめていた。
「さあ、ご挨拶をするんだ」
「はい。メモリー確認。端本雄司様と認識いたしました。私はヒューマンドール社のヒューマンドール、HD-0163です。よろしくお願いいたします」
彼女はにこやかに頭を下げる
「あ、そ、そうか・・・HD-0163だっけ。ボ、ボクは端本雄司だ。よ、よろしく」
おどおどとHD-0163の前に立ち尽くしている端本。
「HD-0163、マスター登録をするんだ。これから彼がお前の所有者となるのだから」
「かしこまりました。端本様、両手を私の目の前で開いてくださいませんでしょうか」
「えっ! こ、こうかい?」
両手を彼女の前で開く端本。
HD-0163はしばらくその手のひらを見つめていたが、やがてうなずいた。
「指紋、声紋、体型、データの登録を完了いたしました。これよりHD-0163は端本雄司様の所有物となりました」
端本は飛び上がりたいほどだった。ついに念願がかなったのである。
「う、嬉しいよ・・・さ、沙由里ちゃぁん」
端本はそう言ったが、HD-0163は少し困った表情を見せた。
「申し訳ありません。私はまだネーム登録されておりません。沙由里というのは私のネーム登録なのでしょうか? 素体時点ではそのようなネームだったとメモリーされておりますが」
「う・・・そ、そうだなぁ・・・君はもうボクのものなんだからサユリと名づけよう。今日から君はHD-0163サユリだ。いいね」
「はい。ネーム登録いたしました。私はHD-0163サユリです」
「ふ、ふふふふ・・・ははははは・・・」
サユリの返事に端本は思わず笑いを発してしまった。
「それはけっこう。これでHD-0163はあなたの物です。では再度契約を確認しましょうか」
職員が契約書を端本に見せる。
「素体の臓器は全て弊社のほうで引き取り売買させていただいてけっこうですね?」
「はい、けっこうです」
端本がうなずく。
「もう一体のほうの納入はいつごろになりますか?」
「早ければ一週間ぐらいで・・・」
「そちらのほうの臓器は健康面で問題無いでしょうね?」
「え〜とぉ・・・多分大丈夫だと思いますよ。しっかり調べましたから」
職員がにこやかにうなずいた。
「はい、そちらの面は我々でも調べさせていただきました。問題無いという結論がでております」
「な、何だぁ。調べてたんですか」
「もちろんです。高価なものですので支払いはきちんとしていただきませんとね」
「あ、はい・・・」
確かにその通りだ。ヒューマンドールは高価なのだ。
これからサユリを維持していくのにも金がかかる。
サユリの動力源である水素はヒューマンドール社に頼るしかないのだ。
端本は気を引き締めた。
牧原沙由里が会社へ来なくなって数日が経っていた。
彼女の友人である池上由美香が言うには、仕事を休むようになる前日にお酒を飲んだらしいが、そのときは特に何も言っていなかったらしい。
心配した蔵石は電話を掛けてみたが、何度掛けても沙由里が出ることは無かった。
「沙由里・・・どうしてしまったんだ・・・」
蔵石は何度か沙由里のアパートに行ってみたが、玄関には鍵が掛かっていて誰もいないようだった。
「沙由里・・・」
警察にも捜索願は出していたが、身代金が請求されるわけでもないため、真剣に捜査をしてくれるわけではない。
同じ課の同僚も沙由里のことはわからなかった。
蔵石は途方に暮れる状態だった。
今日も気分が乗らない状態で蔵石は仕事を続ける。
外回りの仕事をしていても沙由里のことが案じられる。
「うん?」
ポケットの中で振動がする。
「ああ、メールか」
蔵石は携帯を取り出し、メールを確認した。
そこには驚いたことに沙由里からのメールが受信されていたのだ。
「さ、沙由里」
すぐさまメールを開いて内容を確認する。
『こんにちは蔵石さん。実はちょっとした用事で家を空けておりました。それですみませんが相談したいことがありますので今晩8時に私の家へ来ていただけないでしょうか? 詳しいお話はその時にいたします』
沙由里からのメールにはそう記されていた。
「8時か、わかった」
蔵石はそう一人うなずくとホッとした表情を浮かべて仕事に戻っていった。
夜8時。
蔵石は沙由里のアパートにやってきていた。
沙由里の部屋に明かりがついているのを確かめると、蔵石は階段を上がって沙由里の部屋のベルを鳴らす。
「はい、どなたですか?」
扉の中からは久し振りの沙由里の声がする。
「蔵石です。開けてください沙由里さん」
「はい、お待ち下さい」
その声で鍵の開く音がする。
すぐに扉が開き沙由里が顔を出した。
だが、そこにいたのは蔵石の知っている沙由里ではなかった。
沙由里は髪を後ろで纏め、黒いレオタード姿で立っていた。
しかも部屋の中だというのに黒革のブーツを履き、長手袋まで嵌めているのである。
「さ、沙由里さん?」
「メモリー照合。蔵石和夫と確認。捕獲いたします」
蔵石は突然すさまじい力で家の中へ引きずり込まれた。
「うわぁっ!」
何もできないうちに蔵石は沙由里によってねじ伏せられてしまう。
「ふふふ・・・サユリ、そいつを縛り上げるんだ。身動きできないようにな」
部屋の奥から声が聞こえる。
「はい。雄司様」
沙由里はものすごい力だった。
蔵石は抵抗したくても動くことができない。
やがて蔵石は椅子に縛り付けられてしまった。
「雄司様。ご指示通りにいたしました」
汗一つかかずに居る沙由里を蔵石は何がなんだかわからずに見上げる。
その白い肌がつやつやと多少不自然な輝きをしていることに彼は気が付いた。
「沙由里さん、いったいどうしたんだ。これはいったい何の真似だ」
だが、沙由里はまったく表情も変えずに蔵石を見つめていた。
「沙由里さん!」
「ふふふふ・・・無駄だよ。彼女はもうボクの物なんだ。お前なんかに返事したりはしないんだよ」
「な、」
蔵石が目をやると、そこには彼女と同じ課の端本が立っていた。
「は、端本! 貴様、彼女に何をした?」
「彼女はもうボクのヒューマンドールなんだもんね。ボクだけの物なのさ。そうだろ? サユリ」
いやらしげな笑いを浮かべている端本に沙由里はうなずいていた。
「はい。私は雄司様のものです」
「さ、沙由里さん・・・」
「ほら、こいつに自分の事をちゃんと教えてやらなけりゃだめじゃないか」
端本は少し怒ったようにサユリに命じた。
「はい、申し訳ありません雄司様。蔵石和夫に申し上げます。私は端本雄司様に所有されるヒューマンドール社のヒューマンドール、HD-0163サユリです。ご了解いただけましたでしょうか?」
無表情でそう言う沙由里に蔵石は愕然とした。
「人形? 人形だというのか? これが」
「そうだよ。沙由里ちゃんをボクのものにするためにお人形になってもらったんだよ」
「な、なんてことを・・・」
両手を後ろ手に縛られた蔵石は歯噛みするしかできない。
「さて、ヒューマンドール社の人が引き取りに来る前に、ぼくはサユリで楽しませてもらうとしよう」
「き、きさまぁ・・・何をするつもりだ!」
「おいで、サユリ」
「はい、雄司様」
サユリは蔵石には目もくれずに端本に従い奥の部屋へ行く。
そしてわざわざドアを開け放したまま端本はベッドの上に寝転んだ。
「さ、沙由里さん!」
蔵石は悔しさに唇を噛んでいた。
「さあ、サユリ。ボクにご奉仕してくれるかい? いつものように舐め舐めしてくれよ」
「かしこまりました雄司様。オプションプログラムDを作動いたします。フェラチオモード作動」
サユリはそう言うとベッドの上で寝そべっている端本の股間に顔を近づけていく。
「雄司様のペニス・・・初期状態を確認。開始いたします」
サユリは優しく端本のペニスを手に取り、そっと舌を這わせ始めた。
「おおう・・・いい」
端本が思わず声を上げる。
「勃起開始を確認。続行」
ぺろぺろと音を立て、唾液をまぶしながら裏筋から先端へ、そしてまた根元のほうへとサユリは舌を動かしていく。
「おう、おう・・・むふぅ・・・」
ぴちゃ・・・ぺちゃ・・・ぺろ・・・ねちゃ・・・
サユリの舌の動きは芸術的とも言え、蔵石は見ているだけでたぎってくるのを感じていた。
やがてサユリは先端から包み込むように咥え始め、のどの奥まで咥えこんでいく。
あまりの快感に端本は早くも腰を浮かし始め、サユリに合わせるようにのぼりつめていく。
「くうっ、で、でるよっ! でるぅっ!」
そう言うと端本はサユリの口の中に白濁液を放出した。
「ん・・・んぐ・・・ごくん」
サユリは表情を変えずにそれを飲み干すとにこやかに微笑んだ。
「雄司様の精液の放出を確認。味、量ともに誤差の範囲内。おいしいです、雄司様」
「ああ・・・ボクも気持ちよかったよ。サユリはフェラチオが上手だね」
「ありがとうございます雄司様。雄司様のご指導のおかげです」
「やめろ・・・やめてくれ・・・」
蔵石はがっくりとうなだれていた。
目の前で結婚を約束した女性が別の男の精液を飲むなんて耐えられるものではない。
「ふふふ・・・わかったかい蔵石さん。もうサユリはボクのものなんだって」
「貴様・・・許さんぞ・・・」
「ふふふ・・・それはどうかなぁ・・・サユリ、今何時だい?」
「はい。20時34分15秒です。雄司様」
サユリは時計を見ることもなく答えた。
「そろそろ来ているはずだな・・・サユリ、連絡を取ってくれ」
「かしこまりました、雄司様」
サユリは電話に手を伸ばすとダイヤルする。
やがてサユリは電話口の向こうになにやら告げると戻ってくる。
「すぐに伺うとのことです、雄司様」
「そうか。これで支払いの大半が終わるな。」
端本が笑みを浮かべた。
「支払いだと?」
「ああ、そういえば自棄酒なんか飲んでいないよね? 肝臓を壊されたら大変だからね」
「まさか・・・貴様・・・」
そこへ玄関の呼び鈴が鳴る。
すぐにサユリが応対し、部屋の中に宅配便の業者のような格好をした男が二人入ってきた。
「ちわーっす。こちらですね?」
「はい、引取りをお願いいたします」
サユリが蔵石のところへ案内する。
「や、やめろー! だ、誰か〜!」
「騒がないで下さいね」
男の一人がスプレーのようなものを吹きかけると、途端に蔵石は意識を失ってしまう。
「それじゃ、引き取りますね。あと、これは水素のボトルです。置いていきますので」
男はボトルを二本置くとぐったりした蔵石を拘束から解き放ち、担いで部屋を出て行った。
「ふふふ・・・これでいいよね。あとはあいつの持ち物を処分して・・・」
端本はサユリをそっと抱き寄せる。
「さあ、ここにはもう用は無いよ。ボクの家へ帰ろうね」
「はい、雄司様」
端本に抱かれるままに躰をサユリは預けていた。
その表情には幸せそうな笑みが浮かんでいた。
終
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