ジューじゅン・ブライド
作:KEBO
「三崎さん、お荷物です」
「はーい」
三崎吾郎の新妻、清美が受け取りのサインをする。結婚休暇が終わって、夫の吾郎は今日から出勤だ。清美は社内結婚で寿退社し、今日から本格的な専業主婦である。
「せーの」
配達員が二人がかりでその大きな荷物を運んでくる。
「奥さん、これ、どこに設置しましょうか」
「そうね、ダイニングの、冷蔵庫の横に置いて頂けます?」
「わかりました。じゃ、梱包解除しますよ」
清美はにこにこしながらその作業を眺める。箱の中から、冷蔵庫を丸くしたような円筒形の物が現れる。その中には、ロボットが一体入っているはずだった。
吾郎との約束で、清美は家事ロボットを買って貰うことになっていた。会社の取引先で、特注でそういうロボットを作っている会社があるのだ。吾郎も清美もその営業マンとは顔なじみだったので、ほとんど大企業の重役や政治家ぐらいしか持っていないというそのロボットを、「お祝い価格」というほとんどタダ同然の値段で買うことができたのだ。
「思ったより場所取るわね・・・・・」
設置作業を見ながら清美はつぶやいた。このロボットにはメンテナンス用のカプセルが付属している。不要なときには、ロボットそのものを収容し、充電等のメンテナンスを行う。そのカプセルの大きさが、少し大きめの冷蔵庫ほどあった。
(結局、広い家に住める人向けなのよね・・・・)清美はそう思い苦笑した。新婚向けの2DKの部屋には、やはりそれが占める場所は大きい。しかし、それをねだったのは彼女自身だ。
程なく、設置作業は終わった。
「作動確認の方は、昼から技術の者が来ますので」
「え、一緒じゃないんですか?」配達員の意外な言葉に少しがっかりする清美。
「すみません、私ら配送だけなもんで・・・・」
「いえ・・・」
つまらなそうな顔で配送員を帰す清美。ドアを閉じるとまるでお預けを食った犬のように彼女はカプセルを眺めた。
「なんだ・・・・つまらない・・・」
時間はまだ十時を少し回ったところだった。「技術」が来るまではまだ最低二時間以上はある。今日は配達のために張り切って掃除洗濯を済ませたので、これでは暇を持て余してしまう。
なにげに、一緒に届いた取扱説明書が目に入る。彼女はそれを読むことにした。
「えーと・・・・これが、メインスイッチ・・・」
取り説を手にした彼女が、自分でいじりはじめるまでには二十分とかからなかった。取扱説明書にしたがってスイッチを入れていく。そして、起動スイッチを入れると、カプセルの液晶に起動処理の開始が表示された。
「やったぁ!」喜ぶ清美。程なく、カプセルが開き、中から「家事ロボット」が姿を現した。
(うわあ・・・・)しかしそのロボットを見て、清美は一瞬目を疑った。
(まるで早智子みたい・・・・・吾郎さんも趣味悪いわね)
早智子とは、いうならば清美の元同僚であり恋敵だった。そのロボットは、まるでその早智子に瓜二つだったのだ。
(またこの顔を見るとはね・・・・あっちの会社に移ってモデルでもしたのかしら)清美はそう思った。吾郎にはとても言えないような陰惨な戦い(!)の末、吾郎を清美に奪い取られた早智子は、清美と吾郎との結婚が決まると早々に退職していったが、その後どうなったかは聞いていなかった。今回のロボットのメーカーのセールスとは彼女も顔見知りだったので、向こうの会社に行ったことも充分に考えられた。
(これで復讐のつもりかな・・・・・ま、いいわ。奴を顎でこき使って、わたしの幸せ見せつけるみたいだし)
清美が悪戯っぽい微笑みを浮かべる。そのロボットは、人間でいうなら全裸の状態だった。全身のプロポーションはなかなか良い。表面は滑らかに処理されており、まるで人間のような肌触りだ。さすがに体毛は植毛されておらず下半身の部分も滑らかに処理されていたが、胸の突起などは表現されており、下着を着せればそのまま十分人間で通りそうな感じだ。
(奴を裸にしたらこんな感じなのかな?)
清美は早智子のそういうところを見たことがないのでわからなかったが、胸やヒップの形などはそれなりに綺麗だった。これが早智子特有の嫌がらせである可能性はあったが、清美はむしろ楽しい気分になった。彼女は早智子を素っ裸にして晒し物のようにしている気になっていたのだ。
「オートセットアップに入ります」ロボットが、話し始める。
(やだ、まるで声まで奴みたい)
その話し方は、まるでテープに吹き込まれたかのようだった。抑揚のない、駅のホームの合成音声のような話し方。しかしその声は、紛れもなく早智子のものだった。
(やっぱり、奴がモデルなのかな・・・・)そう思いながら、取り説をめくる。目次の次のページに、オートセットアップの項目があった。
「なになに、HKRの質問に、ゆっくりと答えて下さい」
思わず取り説を読み上げてしまう。HKR、ハウスキーピングロボットと書かれたそのページには、HKRはご家庭の家事労働についてどんなニーズにも対応可能ですと書かれている。
(どんなニーズにもって、欲求不満のはけ口とか・・・)
自分の連想に苦笑する清美。それに関係なく、ロボットは質問を開始した。
「お客様の登録を行います。お顔をHKRの眼前にお近づけ下さい」
裸?のまま、身体もカプセルに固定されたままロボットは質問を発した。指示に従ってまるで見つめ合うようにロボットの顔を覗くと、そのロボットの目の中で機械の瞳がオートフォーカスのカメラのように盛んに動いているのがわかる。
「お名前をどうぞ」
清美はロボットと「目が合った」のを確認して言った。
「三崎清美」
「三崎」という名字を言って彼女は勝ち誇った気分になった。
(どう、もうわたしは笹川清美じゃないのよ。吾郎さんと同じみ・さ・き。どう、早智子、ウフフ)
「三崎清美サマをユーザーに登録します。よろしければ首を縦に、やり直す場合は首を横に振って下さい。セットアップを中断する場合は中断と発音して下さい」
清美は、指示に従い首を縦に振った。
「三崎清美サマをユーザーに登録しました・・・・」
突然、ロボットがビクン、と反応する。
「何?」
ピピ、と言う微かな音がロボットの中から聞こえた。
「え、いきなり故障?」その様子を眺めながらつぶやく清美。しかし、ロボットはすぐにまた動き出した。
「三崎清美を確認しました。プログラムを実行します」
「え!?」
突然、ロボットをカプセルの中で固定しているバンドが外れ、ロボットが動き出す。あっという間の出来事だった。ロボットの手が清美に伸びる。
「何!?う・・・」
ロボットの手が清美の首筋に触れた瞬間、その指先から電流が流れ清美は気絶した。
「何だ、もう準備済んでるじゃないか」
宮原は、リビングの景色を見てそう言った。まだ蓋は開いていたが、カプセルの中にはさっきHKRが固定されていたように気を失った清美が固定されていた。
「よし。蓋閉めて運んで」
「はい」
朝の配達員が、清美の入ったカプセルを運び出すと、宮原はまだ「裸」のまま立ちつくすロボットに懐から出した、カード様の物を向けた。
ピピ・・・・再び、ロボットの中で音がすると同時に、HKR4型家政婦ロボット「Sachiko」はプログラムされたとおりに夕食の準備を開始した。
「君も本望だろう。彼女の改造が終わるまで、三崎さんに可愛がって貰え」
宮原はそう言うと、そのカード型リモコンをテーブルに置いて部屋をあとにした。
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「三崎吾郎サマをユーザー登録しました」
清美の声が響く。抑揚のない、合成音声のような声が。「裸」のままカプセルに固定した四肢を、リモコンで解除する宮原。
「でも勿体ないな。せっかくなら一日ぐらいKiyomiとSachiko両方で遊んでみたいんだが・・・」
三崎吾郎は、Kiyomiを届けに来た宮原にそう言った。
「何言ってるんですか。もう、大和田専務が聞いたらまた無言の圧力がかかりますよ」
「だよな」苦笑いする吾郎。
「まったく。どうせ昨夜さんざんSachikoで楽しまれたのでしょう?」
「まあね。生身の時より従順すぎてちょっとつまらなかったけど。その辺はプログラム調整するんでしょ?」
「もちろんですよ・・・って、何言ってるんだか。Sachikoは所詮素体捕獲用モデルですからそっちは付加的機能に過ぎませんが、Kiyomiのほうはそっちをだいぶ強化してありますからね」
「どう強化してあるんだか」
笑う二人。
「でもまあ、ほどほどに。由美子さんは人間ですからね。嫉妬しますよ」
「まったく。女っていうのは恐ろしいからな。とりあえず、今日はKiyomiで楽しむよ」
そう言いながら、吾郎はリモコンを手に取った。
<おわり>
※このお話はすべてフィクションであり、登場人物その他すべてのものは実在のものとは全く関係ありません。
<作者あとがき>
ちょぴっと遊んでみました。(鬼畜な遊び・・・)
ごく簡単な細工をしてあるので、探してみて下さい。ただし、英語力がないのはご勘弁を・・・
というわけで、今回も最後までのおつきあいありがとうございました。
2003.1.14
※このお話に関する著作権は作者であるKEBOに属します。無断転用・転載はお断りします。
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(c)KEBO 2003.1.14