『香織』
作 人形者 (イラストoldman 様)
「もお〜知らない!!あたしと仕事とどっちが大切なのよ!!」
栗毛色の髪をしたセンスの良い制服を着た女性が声を上げる。
「悪かったと思っているよ、だけど香織だって中々俺に都合を合わせてくれないじゃないか。」
昼休みのオフィス街、なんとか時間を合わせて久しぶりに逢った長沢香織と後藤健二は、
食事にロクに箸を付けないウチにケンカを始めてしまった。
「だって、あたしだってやっと念願の秘書の仕事に付けたんだもん、そんなに簡単に時間は作れないわよ…」
少しバツの悪そうな顔をする香織。
「だったら俺の都合も分かってくれよ、俺だって上に行く為に頑張っているんだぜ。」
「…でもだからって一週間に一度も会えないなんて、おかしいわよ…」
「だから、もう少し、お前が俺に合わせてくれれば…」
「あたしだって忙しいんだから…もおいいっ!」
プイっと顔をそむけ席を立ってしまう。
「健二があたしに都合を合わせてくれないのは、仕事が大切だからでしょ?
だったらいいわ、あたしだって仕事が大切だもん!!」とまくしたてる彼女。
「おいおい…」
「いいわ、暫く会わない事にしましょう!」と言うとツカツカとヒールの音をさせながら立ち去ってしまう。
「まいったな〜、アイツのこうゆうトコロが可愛いんだけど…今度ばっかりは少し時間を置いた方が良いか…」
ひとり残されしょうがないと言う顔をする健二。
その日の午後秘書室に戻った香織に社長が声をかける。
「長沢君、今日のこれからの予定は?」
「今日は3時から新規参入のロボット部品製作会社の社長、蜷川様とご会食の予定です。」
「ふむ、あの会社の製品は精度が高く業界でも有力な成長株だ、くれぐれも失礼の無いようにな。」
「ハイ、社長。」笑顔で応える香織。
その後、香織のきめ細やかな対応で会食は問題無く終わり、会社にも良い条件で契約が取れた。
「良くやったね、長沢君。今回の成功は君の功績によるところが大きい、これからも宜しく頼むよ。」
「はい、頑張ります社長。」誉められて、満面の笑顔で応える香織。
しかしビルから出る高級車の中で蜷川源三と部下の間で
「うむ、良いなあの娘気に入った。」
「はは、では早速手配いたします。」
と言う会話がなされていたのを彼女は知る由も無かった…
その日の深夜、全ての雑務を終えた香織はひとり暗い夜道を家路に急いでいた。
「あ〜あ、今日も午前様。でも社長に誉められちゃった、明日も頑張らなくっちゃ。」
と胸元でガッツポーズを作る。
その香織の後ろから音も無く近づく影がフッと香織の口元にガーゼを押し付ける。
「むうっ!!…」
暫く抵抗したものの、麻酔で次第に意識が遠のき数人の男達によって自動車に押し込まれてしまう。
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数日後蜷川邸に大きな荷物が届いた。
使用人に自室まで運ばせると人払いをして、梱包を解く蜷川。
すると中から虚ろに目を開いたまま、マネキン人形のようになった香織が現れた。
ハイヒールを履かされ、会社で着ていた秘書の制服を身につけている。
身じろぎ一つしない香織のうなじに、起動キーを差し込みリモコンを向ける。
「ピッ」と言う起動音と共に機械的な動作で立ち上がると、抑揚の無い言葉を発した。
「コンニチワ・ご主人様・ワタシは・秘書ロボット・KAOLI・デス」
蜷川に顔を向けて、機械的に笑顔を作るKAOLI。
「ドウゾ・末永く・ワタシを・ご利用・下サイ」と1度の狂いも無く45°に頭を下げる。
そんなKAOLIの様子を見てニヤリと笑う蜷川。
そして数日間は蜷川邸専用の秘書ロボットとして、問題無く作動していたが…
その日のKAOLIは午後からの予定を整理していた。
椅子に座ったまま、身じろぎもせず事務的な口調でデーターを出力する。
「秘書ロボットKAOLI・は・現在・データー整理作業を・実行中・デス・・・」
「PM02:30から・MS物産の川崎健司様と・新商品について・打ち合わせ
PM05:10からLK商会の山田健児様と・御会食・・・・・
川崎・健司・様・・・山田・健児・様・・・・・ケンジ・・さま・・・
ピピッ・人名検索ニ・ヒット・・・後藤健二・・・・23才・男性・・・・・・」
午前の予定が無い蜷川が少し遅く目覚めると、いつもならそばに控えているKAOLIの姿が無い。
変だと思い寝室から出るとKAOLIが外出しようとしている所を見付けた。
「KAOLI何処に行くつもりだ?」
「オハヨウ御座います・ご主人様」クルッと機械的に顔だけ向けると、又外へ向かって歩き出す。
「だから、何処へ行こうとしているか聞いているんだ。」
「蜷川邸敷地内から外出・駅に向かいマス」
「何の為にそんな事をするんだ?」
「ワタシハ・後藤健二様に・謝罪・の必要がありマス」
「何を言っているんだ?お前は。後藤って誰の事だ」
「ピッ・後藤健二・23才・男性・血液型O型・・」事務的に彼のデーターを読み上げる。
「そんな事を聞いているんじゃ無い。なんでお前が後藤って男に謝らなきゃいけないのだ?」
「ワタシの過去の記憶から・後藤健二様に対する・ワタシの行動及び言動は社会的常識に照らし合わせたトコロ・
ワタシに非があると・推測されました・従って・ワタシは・後藤健二様に・謝罪の必要があると・判断致しマシタ」
「それで昔の男に謝りに行く為に、ワシにことわりも無く外出しようとしていたのか…」
「ハイ・ご主人様」と言うと外へ向かってクルッと向きを変える。
「……」無言でその後ろ姿に向かってリモコンを向ける蜷川。
「ピッ」と短く発音すると歩いた途中のポーズで停止してしまうKAOLI。
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「ピッ・現在・ワタシの機体温度は・42℃デス・各機能異常ナシ」
数日後、メーカーに返品されたKAOLIは再改造を施され耐久テストを受けていた。
「もう少しはいけそうだな…しかし逃げ出すのが嫌なら記憶を削除したら良いんじゃないのか?」
検査装置を操作しながら、相棒に話し掛ける整備士。
「『お話し人形』として使いたいから記憶はそのまま残したいそうだ。」
「だったら、行動制限をプログラムで上書きするなり、『外へ行くな』と命令すれば良いんじゃないか?
なにしろ命令には絶対服従のロボットなんだし。」
「出て行きたがるのを手元において、僅かに残った自我らしき物を楽しみたいんだとさ。」
「さすがに、”通”の楽しみ方は違うな。まあ普段は適当に仕事をインプットしておけば、何も言い出さないわけだし。」
「そうだな、時間が開いて記憶メモリの整理をした時にちょっとダダをこねるくらいだろ。」
「それで、手足を取って寝床を暖める『抱き枕』に改造か、えらく贅沢な枕だな。」
そう言って見上げる整備士の目の前には。
手足を根元から外されダルマのような姿にされたKAOLIが、まるで木の実のようにアームからぶら下がっていた…
そのKAOLIの身体が微かに震え出す。
「ピッ・現在・ワタシの機体温度は・53℃デス・許容温度を3℃オーバーしました・冷却機能オンにします」
そう無表情に言ったKAOLIの額に汗が浮かぶ。
「そろそろ限界か、よしテスト終了だ。洗浄して梱包するぞ。」
電源を落とされ、KAOLIの身体が急速に冷えて行く。
停止の間際、ある男性の顔が脳内擬似ディスプレーに投影される。
「・・・・・後藤健二・・・・様・・・・・ワタシ・・・は・・・謝罪・・シナケレバ・・・」
虚ろな瞳を開いたまま、完全停止する人形…
プルルルッ・・・カチャッ・・・
『あちゃ〜、また留守電かぁ…おい香織、ホントはそこにいるんだろ?
いい加減に機嫌を直してくれよ、もうすぐ一ヶ月だぜ。
そうだ今度お前の好きなイタリアンをご馳走してやるから、な?
それで仲直りって事にしようよ。じゃまた電話するから、今度は出てくれよ。』
カチャッ、ツー……
END
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