『からくり魔人』

作 karma 様



第10話 沙耶の帰還

話は遡る。
沙耶と彦左衛門が大悟寺を出て4日目の早朝、二人は山賀城下に到着し、その変わりように驚いた。
優雅な姿を誇っていた山賀城は、原型を止めぬほど破壊され、見るも無残な姿を晒していた。
城下の民家から煙が立ちのぼっていた。
城の背後にそびえる霊山と名高い朱雀山は、山腹の緑を失い、あちこちから噴煙を立上げ、生命を感じない禍々しい魔の山のようだった。
時々強い噴煙があがると、地響きがした。
「一体、何が?」
「彦左、急ぎますよ!」
二人は不安な気持ちを抱いて、城下に入ると、民家はことごとく崩壊していた。
「これは、大地震でもあったのか?」
まわりにはあちこち遺体があったが、どれも男ばかりで、不思議なことに女たちの姿はどこにも無かった。
「誰かーっ、おらぬかーっ!」
二人は声の限り呼びかけたが、答えるものは無かった。
突然、瓦礫が盛り上がり、中から人影が現れた。
虚ろな顔で二人の方を向き、抑揚のない声でしゃべり出した。
「素体ヲ発見。直チニ捕獲スル。」
「うひゃーあ。」
彦左衛門はその場で腰を抜かした。
「どうしてここに人形娘が?」
沙耶は、背中にかけた袋の紐を解き、木刀を取り出した。
その間に、数体の人形娘が瓦礫の山の中から現れ、二人を取り囲んだ。
「きえーい!」
沙耶は、たちまち人形娘達を切り裂いた。
「彦左。父上と亜耶が心配です。城へ急ぎます。」
「あわわ。姫様。置いて行かないでくだされ。」
途中、出会う人形娘を倒しながら城へ着くと、門は破壊され、石垣のあちこちが崩れていた。
刀を持ったまま、無念の表情をした警護の侍達の屍が、惨状を表していた。
近くには全く人の気配がなかった。
門から城へ続く坂道を上りながら、声をかけた。
「誰かーっ、おらぬかーっ!」
「返事をしてくれーっ!」
二人の必死の呼びかけにも、何の反応もなかった。
道半ばに差しかかるころ、石垣の石の下敷きになった人形娘を見つけた。様子を伺いながら近づくと、なぜか全身に小指の太さほどの穴が無数あいていた。
「この穴は一体?」
人形娘の穴を不思議そうにのぞき込む彦左衛門を沙耶は急に突き飛ばした。
「ひ、姫様。何を。」
その途端、石垣の上から二人の侍が刀を振り下ろしながら、襲いかかってきた。
「あわわ。」
彦左衛門は、あわてて這いながらあとずさった。
沙耶は、一人目の小手を木刀で打ち据え、すれ違い様に胴に打ち込んだ。二人目の刀を木刀で払い、喉元へ切先を突き付けた。
「これ以上、続けるなら私も本気を出します。」
そこへ、彦左衛門が戻ってきて、男たちを問い詰めた。
「お前達、矢島に堀田ではないか。」
沙耶を襲った二人の侍は、城の警備を任されていた矢島信之輔、堀田宗十郎であった。
「何故に姫様を襲ったのじゃ。」
「その身のこなし。まさしくあなた様は沙耶姫様。無礼の数々、お許しください。」
侍たちは、その場で地に伏せた。
「何を言っている。姫様のお顔を忘れたか!」
叱責しようと前に進み出た彦左衛門を沙耶は止め、侍達に問いただした。
「このようなことをするには何か訳があるのでしょう。申してみなさい。」
「はっ。」
侍達は顔を上げ、沙耶に悲痛な顔をみせた。

「三日前のことです。沙耶姫様のご帰還を祝って朱雀山で城下をあげて花火祭りの準備をしておりました。そのとき地を割って朱雀山に奇怪な城が現れたのです。」
そのとき、朱雀山がどーんと噴煙を上げ、地響きが起きた。
彦左衛門はよろけて地面に這った。
「うわっ、地響きだ。」
沙耶は、朱雀山の中腹を見上げると、いくつも尖塔がそびえる黒い巨大な建造物が見えた。
「そこから大量の人形娘が現れたのです。人形娘は、城下を襲い、女たちをさらい、男たちを殺して行きました。人形娘共と戦った男たちは、すべて討ち死に、さらわれた女達はからくり魔人の手によって人形娘と変えられ、また城下を襲うという、まるで地獄のようでした。」
「幸い、殿が用意された火縄銃三百丁のお陰で、何とかこの城だけは守ることができました。」
「なるほど。先程の人形娘の骸にあいた無数の穴は、鉄砲によるものですね。」
沙耶は坂道の先の石垣の陰を向いた。
「それで、向こうの石垣の陰に鉄砲隊が隠れているのですか。そう、二十人は居ますね。」
信之輔と宗十郎はびっくりして沙耶の顔を見上げた。
「どうして、おわかりになったのですか。」
「なんと、お前達は姫様を鉄砲で狙っていたのか!」
「大方、この二人が私が本物かを確かめ、もし人形娘なら鉄砲で蜂の巣にする段取りだったのでしょう。」
「ははっ。ご推察のとおりでございます。」
「ええい。姫様に鉄砲を向けるとは言語道断。お前達、ただで済むとは思っておるまい。」
「はい、姫様が本物と判った以上、どのようなお咎めも受ける所存でございます。」
「よく言った。では、腹を切れ。」
怒りに任せた彦左衛門の言葉を沙耶は止めた。
「馬鹿を言ってはいけません。今は一人でも戦力がほしいときです。それに、城を守るものとしては、不信な侵入者を確かめるのはあたりまえのこと。そう思いませんか、彦左。」
「ううっ。姫様がそうおっしゃるなら。」
渋々、従う彦左衛門を、苦笑いしながら横目で見て、沙耶は信之輔に言った。
「それより、早く鉄砲隊に知らせた方がよいのではありませんか?」
「おお、そうでした。」
信之輔は立ち上がり、鉄砲隊に手を振って叫んだ。
「おおい。大丈夫だーっ!本物の姫様だーっ!」
「うわーっ!」
鉄砲隊から歓声が響いた。
「さあ、姫様。こちらへ。亜耶姫様も心配しておられました。」
「私も父上と亜耶に早く会いたい。」
「それが、申し上げにくいのですが、殿は・・・。」
信之輔の言葉の淀みがただ事でないことを物語っていた。
「どうしました。何かあったのですか?」
俯いたまま黙る信之輔と宗十郎を彦左衛門は問いただした。
「お前達、なぜ黙っている?」
「はっ。殿は、命を懸けて人形娘から城を守られました。」
「ま、まさか、殿がそのような。」
彦左衛門はその場に泣き崩れた。
「城のこの有り様を見たときから、覚悟はしていましたが。」
沙耶は彦左衛門の背中を押した。
「彦左、立ちなさい!今はまだ死者を嘆く時ではありません。残された者の為に歯を食いしばる時です。」
「そうでした。一番悲しい姫様が覚悟を決めておられるのに、拙者が泣いておるわけにはいきませぬな。」
鉄砲隊が歓声で迎える中、沙耶は雑兵達に声を掛けながら奥へ進んで行った。
「それで、父上の亡骸は?」
「はい、こちらでございます。」
「本来ならば。きちんと荼毘に伏さなければいけないのですが。」
「うっ、これは。」
信之輔に案内されると、そこに並ぶおびただしい遺体に沙耶は息を詰まらせた。どの遺体も目鼻も判らぬほど黒焦げになっていた。
「もはや、どれが殿の遺体か、判別できなくなり申した。」
「皆、人形娘の雷撃に合って、このような姿にされました。」
「一体、どんな戦いがあったのですか?」
「殿は自ら先陣にたち、人形娘どもと戦われました。」
「お前達は何をしておった?殿を先陣に立たせるなどあってはならぬことだ。」
「我らもお止めしたのですが、三百丁の鉄砲隊の編成に手間取る我らを見て、時間を稼ぐとおっしゃって、五十丁の鉄砲隊を連れて、向かわれました。」
「なんとか、鉄砲隊を組織して援軍を差し向けたときには既に殿は・・・。」
「姫様、申し訳ござらぬ。われらの力が及ばぬばかりに。」
「父上はいつも臣下を守るのが城主の役目と言っておられた。父上らしい最後だと思います。それに、父上だけでなく供に先陣に立った者にも感謝せねばなりません。」
沙耶は、遺体の列に手を合わせた。彦左衛門、信之輔、宗十郎がその後に続いた。
顔をあげた沙耶は、隣にある人型の山に気づいた。人型はどれも白磁の肌に無数の穴があいた娘ばかりだった。
「これは?」
「人形娘でございます。」
「外に放置しておきますと、人形娘が持ち帰り、修理してしまいますので、こうやって回収しております。」
「あっ。あれは、お千代。」
沙耶は、人形娘の山に知った顔が覗いているのを見かけて近付いた。奥女中のお千代だった。
「姫様。危険です。まだ、動いている人形娘もおります!」
沙耶が近付くと、お千代は穴だらけの顔を上げた。目は硝子のように生気がなかった。
「ソ、素体、ハ、発見。タ、直チニ、ホ、捕獲スル。」
唯一自由になる右腕を上げて沙耶の方に伸ばしたが、肘から先がぼろりと落ちた。
「お千代。」
沙耶が、お千代の額に右手を当てると、お千代の目に生気が戻った。沙耶の顔をじっと見つめた後、がくりと頭を垂れた。
そのとき、お千代がありがとうございますと、つぶやいたことに、沙耶を連れ戻しに来た信之輔も宗十郎も気づかなかった。


第10話 終




戻る