『からくり魔人』

作 karma 様


第13話 亜耶と才馬


夕日の中、才馬は汗を拭き拭き、古い書物を読みながら、山賀に向かっていた。
「魔人と戦うにはもっと強力な武器が必要だ。何か、ないのかな。古文書をもっと真面目に読んでおけばよかったな。」
ふと、ある一枚が才馬の目に止まった。
「光矢。これは使えそうだ。どうすれば使えるのかな。」
才馬は立ち止まり、古文書を読み始めた。
そのとき、馬の駆ける響きが聞こえた。
蹄の音のする方を見ると、一本向こうのあぜ道を若侍と年配の侍が馬を走らせていた。
二人は何度も後を気にして振り返っていた。
二人の後を追っていたのは人形娘だった。
「剛力甲冑!」
才馬は甲冑姿となり、駆け出した。

亜耶は、馬上から追っ手の方を振り向いた。
つい数日前は一緒に城で暮らし、昨日までは旅を共にした桔梗という腰元だった。
今は、馬の足をものともせず、二人をじわじわと迫いつめる無表情な殺戮者だった。
「姫様。このままでは追いつかれます。私が足止めしますから、姫様は一刻も早く大悟寺へ。」
予定よりも半日以上も遅れてしまっていた。これ以上遅れる訳にはいかなかった。
「彦左。済まぬ。」
彦左と呼ばれた侍は、速度を緩め、人形娘の行く手を妨害しようとした。
「素体確保ヲ妨害スルモノハ、排除スル。」
人形娘は馬の後ろ足を掴み、横に放り投げた。
「うわーっ!」
彦左衛門は馬ごと田圃の中へ投げ込まれた。
「彦左ーっ!」
「姫ーっ!構わず、早く行って下されーっ!」
彦左衛門の叫びを後に聞きながら、娘は後を振り返る時も惜しんで馬に鞭を入れた。
「彦左、済まぬ。」
だが、背後の足音がじわじわと近づいてくるのが判った。
懐から短筒を出し、人形娘にねらいをつけた。
ドーンと言う音とともに、人形娘は後ろに倒れた。
次の弾を撃とうと揺れる馬上で弾込めにてまどっていると、いきなり馬体ががくんと揺れ、身体が宙に浮いた。
気が付くと田圃の中に身体が埋まっていた。
田圃の泥のお陰で、怪我はなかったが、手ごたえがないため身動きが取れなかった。
ようやく泥の中で身を起こすと、背後からずぶっずぶっとゆっくり泥の中を進む足音が聞こえた。
亜耶は手の中の短筒を見たが、火縄が泥をかぶり消えていた。
「桔梗。お前が身代わりなったこの命、むざむざと失くしたりはせぬ。」
振り向き様に、腰の刀を抜き、力いっぱい切りつけた。
だが、岩にぶつかったような硬い感触がした。
「くっ。」
そこには無表情な人形娘が見下ろしていた。
人形娘は刀を素手で握り、横に捻ると簡単に折れた。
逃げようとする亜耶の手首を左手で掴み、持ち上げた。
その指先から発した雷光が亜耶を襲った。
「ぎゃーっ!」
衝撃で体中の力が抜けて亜耶はぐったりした。
人形娘は亜耶の胸元へ右手を入れ、乳房をぐっと掴んだ。
「ああっ。」
妖しい快感が亜耶を襲った。
力の入らない身体をもがいて逃れようとしたが、次第に人形娘の顔が近づいてきた。
この光景を亜耶は見たことがあった。
この人形娘も昨日捕まりそうになった自分の身代わりに別の人形娘に捕まり、同じ目に合っていた。そして、その後、自らも人形娘に変わり果てた。
二体になった人形に追われ、逃げ惑いながら彦次郎は一体を道連れに断崖に転落した。
彼らの犠牲を無駄にはできなかった。
「いけない。逃げなくては。」
頭では判っていても、人形娘に抱き寄せられると陶酔した気分となり、自然に人形娘の唇を迎えてしまう。
「ああ、もうだめ。私も人形娘にされてしまう。」
諦めかけたその時、突然支えを失って泥の中に落ちた。
力の入らない身体で泥の中をもがいて見上げると、人形娘の上半身がなくなっており、その向こうに刀を持った甲冑男が立っていた。
亜耶は男を見ると、身体を震わせ、胸がはだけているのも構わず訴えるような目をして何かを言おうとした。
「ごふっ。」
だが、口に詰まった泥を吐いただけだった。
「まずは上にあがりましょう。」
男は亜耶の服装の乱れを直し、抱き上げた。
道に戻ると男の甲冑は消え、侍姿となった。
亜耶は侍から水筒をもらい口を濯ぎ、顔の泥を手ぬぐいでふき取った。
泥の下から現れた顔を見て男は驚いた。
「沙耶...あっ、いや、沙耶姫様?」
「私の顔を見て姉の名を。やはりあなたは、小須茂殿。」
「あなたは一体・・・?」
「私は、山賀城主の娘、亜耶。沙耶の双子の妹です。」
突然、亜耶は才馬にしがみ付いた。
「亜耶姫様、どうしたんですか?」
「小須茂殿。あなたを探しに大悟寺に向かうところでした。ここでお会いできるなんて。どうか。どうか、姉を助けて下さい。」
「落ち着いてください。どうしたのですか。」
亜耶はこれまでの話を才馬に聞かせた。
才馬は思わず、うめいた。
「無謀だ!魔人の力は人形娘の比ではない。鉄砲など魔人には蚊に刺された程の効果しかない。」
「お願いします。姉を助けてください。」
「判りました。それで攻込むのは何時なのですか?」
「それが、今日の朝です。」
「もう、そんなに経っているのですか。」
才馬の顔は険しくなった。
「せっかく、馬をお貸ししようと思っていたのに・・・」
馬は、足の骨が折れたらしく、田圃の泥の中で起き上がれずにもがいていた。
「ここから、城までどれくらいですか?」
「二十里ほどでしょうか。」
「それなら、馬よりこちらの方が速い。」
そういうと、才馬は右腕を天に伸ばし叫んだ。
「剛力甲冑!」
まばゆい光とともに、才馬は再び銀色の甲冑を身に纏った。
「すごい。」
「この道をまっすぐですね?」
「はい。私もすぐに追いかけます。」
「いえ、亜耶姫様はこのまま大悟寺に行ってください。」
「どうしてですか。」
「そこに、雲慶という和尚がいます。沙耶姫様の師匠です。訳を話せば力になってくれるはずです。今は一人でも多く、魔人と戦える人がほしいのです。」
「判りました。」
「では。」
そういうと、才馬は韋駄天のごとく走り出した。
そのとき、才馬は知らなかった。すでに手遅れであることを。


第13話 終




戻る