『からくり魔人』

作 karma 様


第14話 山賀の反撃


時は溯り、その日の朝、山賀城で沙耶は亜耶の帰りを待っていた。
既に鉄砲隊は出陣の支度を終え、号令が掛かるのを今か今かと待っていた。
「沙耶姫様。鉄砲隊は苛立っています。亜耶姫様をお待ちとの事ですが、もう予定より一刻は過ぎています。」
「判っています。」
そう答えた沙耶の顔は曇っていた。
一方、鉄砲兵達は、鬱積した恨みを晴らせるという思いで血気が溢れていた。
「本当に、これでよかったのかしら。」
沙耶の心は不安で一杯だった。
だが、鉄砲隊を抑えるのは既に限界だった。
信之輔に促され、沙耶は胸中の不安を押し殺し号令を掛けた。
「皆、待たせました。これから出陣します。」
「おーっ!」
鉄砲隊の歓声とともに、沙耶たちは魔人城を目指して出発した。
時折沸き起こる地響きの中、多量の弾薬と銃を担いでの登坂は困難を極めたが、鉄砲兵たちは意気揚々と進んだ。
魔神城に手前で斥候を放つと、城の迴りには人形娘が徘徊しているとの報告があった。
発砲しようという兵士を留め、沙耶は背後から人形娘に近づき、木刀で斬り倒した。
さらに城門に近づき、これを破壊した。
「突入だ!」
「うおーっ!」
城門の破壊を確認すると、鉄砲兵たちは城への突入を開始した。
城門を守る人形娘が一斉に雷撃を放って来た。
雷撃はすべて沙耶の結界に遮られ、逆に人形娘たちは鉄砲の集中砲火を浴びて、次々と倒れていった。
快進撃を続け鉄砲兵達は狂喜したが、沙耶は奇妙な違和感を覚えていた。
「おかしい。人形娘が少なすぎる。」
魔人城の要所々々に人形娘が配備されているが、山賀城下の娘がほとんど人形娘になったにしては数が少なかった。
沙耶の不安を他所に、快進撃に酔う鉄砲兵達はひたすら奥へ奥へと進んで行った。
城の最深部にたどり着くと、大きな扉があった。
扉は、屈強の男たちが押しても引いても微動だにしなかった。
火薬で破壊しようという男たちを沙耶は制した。
「待ちなさい。これはただの扉ではありません。私がやります。」
沙耶は扉に手をあて、深呼吸をした。
扉に法力を込めて押すと、ゆっくり扉が動き、わずかな隙間ができた。
すると、迴りの空気が一変した。
重苦しい威圧感が内側から押し寄せてきた。
その感じは一年前のあの日、味わったことのあるものだった。
内部に沸き起こる恐怖心を抑え、沙耶は扉を全開した。
部屋の奥には魔人が玉座に座っていた。
沙耶の姿を見ると、立ち上がって近づいた。
「我、汝の来たるを待てり。」
「私もお前にあうことを望んでいたわ。」
沙耶は木刀を構えた。
だが、気づかないうちに、沙耶の脚と腕が震え始めた。
「ええい。ありったけの弾を打ち込め!」
信之輔の号令とともに、鉄砲隊が一斉射撃した。
だが、弾丸は見えない壁にすべて跳ね返され、魔人には届かなかった。
「撃つのを止めて!」
沙耶の号令に鉄砲隊は射撃を止めた。
「いくら撃っても結界で止められるだけ。」
沙耶は木刀を正眼に構え、法力を込めた。
「いえーい!」
気合とともに沙耶は木刀を魔人の結界に突き立てた。
木刀と結界が激しくぶつかり、まばゆい光と共に結界が一瞬破れた。
「今よ!」
「よし!撃てーっ!」
何十丁もの火縄銃が一斉に火を吹き、集中砲火を浴びた衝撃で魔人は後退りした。
「ぐはっ!」
「やったぞ。」
「いえ。まだよ。」
さらに追い打ちをかけて沙耶は、魔人に切りかかった。
魔人は沙耶の木刀を右手で受け止めたが、流れ込む沙耶の法力に魔人は呻いた。
「ぐおーっ。」
魔人は、木刀を離した。
「汝の力、我が予想を遥かに越えるなり。」
魔人は外套をひるがえすと、忽然と消えうせた。
「待てーっ。魔人。姿を現せ。」
沙耶の呼びかけに魔人の声だけが玉座の間に響いた。
「汝、まず我がしもべと戦うべし。」
沙耶の背後で鉄砲隊の悲鳴が聞こえた。
「うわーっ。」
「化け物だ。助けて!」
振り返ると、そこには巨大な蜘蛛のような化け物が鉄砲兵たちを襲っていた。
胴体は、女の裸体で、それを支える四肢は長さ六尺幅五寸ほどの漆黒の巨大な刀だった。
その刀を振り回して、鉄砲兵たちを切り裂いていた。
「うろたえるな。撃てーっ。」
鉄砲隊は鉄砲を撃つが、漆黒の刀を顔の前に交差して銃弾を跳ね返した。
銃声が止むと、蜘蛛娘はふたたび、殺戮を開始した。
「うわーっ!」
「逃げろーっ!」
鉄砲隊は総崩れとなり、ただ逃げ惑うだけだった。

沙耶は全速力で駆け寄り、裂帛の気合とともに遠当ての術で蜘蛛娘を吹き飛ばした。
「きえーっ。」
蜘蛛娘は回転して四肢を壁に向け、衝撃を吸収し、そのまま床に降り立った。
そして沙耶と眼が会った。沙耶はその娘の名を口にした。
「楓・・・。」
無表情に鉄砲兵を殺戮した蜘蛛娘は楓だった。
楓は、沙耶をじっと見続けた。
沙耶は即座の反撃を予想していたが、楓のその行動の意味が判らなかった。
「楓。私よ。判る?」
沙耶は楓に呼びかけた。
楓の面のような表情からは何も読み取れなかった。
「魔人様ノ最優先捕獲対象ヲ認識シマシタ。生死ニ関ワラズ、直チニ捕獲シマス。」
その言葉に沙耶は愕然とした。
楓は沙耶を捕獲対象として認識しただけだった。
「やむを得ないわ。楓。私があなたを倒す。」
沙耶は跳躍して正面から楓に斬りかかった。
「とりゃーっ!」
楓は両腕の刀を交差して防御の態勢をとった。
「刀ごと斬るわ!」
沙耶はありったけの法力を木刀に込めた。
だが、難無く切れると思った楓の刀は、沙耶の木刀を受け止めた。
ぶつかり合う刀から青白い雷光が四方に走った。
「何、これは?光斬刀とも違う。」
そのとき、広間に魔人の声が響いた。
「我が甲冑を用い我が魔力をもって鍛えし雷魔刀なり。小須茂と対戦せんがために造りしなり。汝の刀とも能く戦うなり。」
「こんな刀、私の法力でへし折ってやる。」
沙耶は、渾身の力で打ちすえるが、楓の刀は難無く防いだ。
一方、楓は両腕の刀の攻撃だけでなく、後ろ足の回し蹴り攻撃を混ぜてきた。
沙耶は変則攻撃に防戦一方となった。
周囲の鉄砲兵は、二人のすざましい戦いとともに発生する雷光を避けて、逃げ惑うしかなかった。
突如、楓が四肢をたわませ、飛び上がった。
四肢の刀を束ね、雷撃を発しながら沙耶を襲ってきた。
沙耶は雷撃を結界で防ぐと同時に、横へ転がり楓の雷魔刀を避けた。
雷魔刀が床岩を砕き、周囲に石つぶてを撒き散らした。
楓は転がる沙耶を追い、大刀で襲いかかった。
沙耶は木刀で楓の攻撃を躱しつつ、遠当ての術で楓を吹き飛ばした。
楓と沙耶は再び対峙した。
だが、息つく暇もない戦いに、沙耶は肩で息をし始めていた。
「相手は疲れを知らない人形娘。長引いてはこちらが不利だわ。」
楓は沙耶に向かって走りだした。
楓の四肢の刀が岩とぶつかる音が響いた。
沙耶は木刀を下段に構えた。
楓の刀が襲いかかる瞬間、沙耶は、木刀を足元の岩に向け、思い切り突き出した。
木刀は床の岩を砕き、楓に石つぶてが飛び散った。
楓は一瞬目を閉じた。
目を開けた時には沙耶はいなかった。
突然、楓の下方から疾風が沸き起こり、楓の四肢を断ち斬った。
沙耶は自ら開けた床の穴に潜み、楓の死角を狙ったのだった。
「楓。はあ、はあ。いま、貴方を元に戻すわ。」
沙耶は、床に転がる楓によろよろと近づいた。
そこに突然魔人が出現した。
「汝の力、既に弱まれり。捕らえること易きなり。」
「むざむざと捕まりはせん。」
沙耶は魔人の手に木刀を打ち込んだ。
沙耶の木刀は魔人の素手で受け止められると、砕け散り、柄だけが沙耶の手に残った。
「ああ、私の霊樹刀が・・・」
魔人の指先から雷撃がほとばしり、沙耶を襲った。
沙耶は咄嗟に結界を張ったが、弱まった法力では防ぎ切れず、悲鳴を上げた。
「あぎゃーっ。ひぎーっ。」
沙耶の膝が崩れ、ぐったりと前のめりに倒れた。
その沙耶を魔人は大事そうに抱き抱えた。
魔人の腕から逃れようともがいたが、もはや身体に力が入らなかった。
沙耶は力を振り絞って手元に残った木刀の柄を魔人の腕に突き立てようとした。
「あれを見よ。」
魔人が向きを変えると、鉄砲隊の迴りに大量の人形娘が取り囲み、彼らを捕まえていた。
「汝の臣下、我が手中にあり。汝、我に従わば、我は彼らに危害を与えず。」
「そ、そんなこと信用できるものですか。」
「我は人間の如き偽る者にあらず。我が言は常に真なり。」
「本当に彼らに危害を与えないのね。」
「我、汝に確約せん。我とこれら人形娘は汝の臣下に危害を与えざることを。」
「水と食料も。」
「諾なり。人形娘たち、虜囚に水と食料を用意せよ。これで可なりや?」
「好きにするがいい。」
沙耶は涙をこらえながら、答えた。
魔人に運ばれる間、沙耶は心の中で才馬の名を呼んでいた。


第14話 終




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