『からくり魔人』

作 karma 様



第17話 再会

剛力甲冑を装着して道を駆け抜け、才馬が城下に着いたときには、すでに深夜になっていた。
辺りは真っ暗だったが、剛力甲冑を通して見ると、あたりの様子がはっきり見えた。
家屋はほとんど倒壊し、瓦礫の山となっていた。
惨憺たる情景に唖然としていると、突然地響きがした。驚いて見上げると、彼方にそびえ立つ山から不気味な噴煙が立ち上っていた。
「これが山賀の城下町?まるで廃墟だ。」
人気の無い町並みに、突然、女の悲鳴が響いた。
「ひーっ。助けてー。」
悲鳴の方角を求めて見回すと、娘が人形娘に追われていた。
「いかん!」
才馬は光斬刀を抜き、神速移動で駆け寄り、人形娘に立ちはだかった。
突然現れた奇怪な甲冑の人物に娘は声も出なかったが、甲冑男が人形娘をあっと言う間に真っ二つにするのを見て、安堵でその場に座り込んだ。
「大丈夫ですか?」
「うわああ!」
才馬が人形娘を倒して振り返ると、娘は喚きながらしがみついて来た。
「落ち着いて。もう大丈夫です。」
「うっ、うっ。ありがとうございます。」
娘を落ち着かせてから、才馬は甲冑を解き、討伐隊のことを尋ねた。
「私は、小須茂才馬という者です。沙耶姫様がからくり魔人を討伐すると聞いて、お力になりたいと思い、馳せ参じました。討伐隊のことは何か聞いていますか?」
才馬が問いかけると、娘はまた、わーっと泣き出した。
「落ち着いて。どうか泣かないで。話を聞かせてください。」
娘は泣きじゃくりながら、話し始めた。
「私は城で女中を勤めておりましたお梅と申します。姫様は、小須茂様のご到着を心から待ち侘びていました。しかし、家臣達の強い決意に押されて、不本意ながら鉄砲隊を引き連れて、午ごろに朱雀山へ向かいました。」
お梅は、噴煙の立ちのぼる山を指さした。
中腹には不気味な漆黒の城がそびえ立っていた。
「私達は地下牢に立てこもっていましたが、深夜になっても誰ひとり戻ってきません。どうしていいかわからず、数人で助けを呼ぼうと城を脱出しようとしたら、人形娘に襲われ、みんな散り散りになって・・・」
お梅は、再びわーっと泣き出した。
「大丈夫です。もう人形娘は倒しました。さあ、もう泣き止んで。」
そのとき、朱雀山が噴煙を上げ、ずーんという音とともに地響きがした。
「ここは危ない。付近に人形娘の居ないうちに早く離れたほうがいい。」
再び甲冑を装着してその場を去ろうとする才馬に、お梅がすがりついてきた。
「待ってください。お願いです。」
「放してください。私は沙耶姫様と討伐隊を救出に朱雀山へ向かわねばなりません。」
「お願いします。小須茂様が沙耶姫様を助けに来られたことはよく判っています。ですが城には、まだ女中たちが立てこもっています。どうかお助けください!」
「うむむむむ。」
沙耶が心配だが、目の前の女中たちを見捨てる訳にもいかなかった。
「判った。」
才馬は城へ向かった。
城に到着すると、不気味なほど静かだった。才馬を城の地下牢に案内する途中、お梅が驚きの声を上げた。
「どうした?敵か。」
「いえ。ここにあったはずの壊れた人形娘の山が無くなっているのです。」
「数はどれくらい?」
「さあ、二、三百はあったでしょうか。」
「二、三百か。修復したとすると厄介だな・・・。いや、今はとりあえず、女中達の救出が先決だな。」
地下牢に到着すると、牢の入り口の扉は開いており、中は真っ暗だった。硝煙の匂いがした。
慌てて中に入ろうとするお梅を才馬は止めた。
「待ちなさい。中で人形娘が待ち構えているかも知れない。私が先に入ります。」
才馬を先頭に階段を降りると中は真っ暗だった。
才馬が燭台を見つけ蝋燭に明かりを灯すと、地下牢の中は柱が折れ、壁はくずれ、床には累々と転がる女中たちが見えた。どの女中たちもひどく損傷していた。
「火薬が爆発したようだな。事故か、覚悟の自害か。」
お梅が一人に近づこうとした。
「お松ちゃん!」
「だめだ。触るな!」
駆け寄るお梅の手がお松の手に触れようとした瞬間、死体と思っていたお松が虚ろな顔のまま起き上がり、お梅の手を掴んだ。その手は、白磁のように滑らかで冷たかった。
「きゃーっ。」
才馬は、お松の腕を斬り、お梅の襟を掴んでぐいと引っ張った。
片腕を切り落とされても、無表情のまま、お松はぎくしゃくと起き上がった。そして、抑揚のない声で喋った。
「素体ヲ発見。直チニ捕獲シマス。」
その言葉が合図のように、他の娘たちが次々に起き上がってきた。
お梅を庇いながら、迫りくる人形娘たちを光斬刀で切り払い、徐々に後ろへ下がった。
「お梅殿、私から離れるな!」
爆風で体のあちこちが損傷しており、どの人形娘の動きもぎこちない操り人形のような動きだった。
落ち着いていれば、決して危険な状況ではなかった。
だが、かつての仲間たちが虚ろな表情でぎくしゃくと迫って来るのをみると、お梅は恐怖で正気を失い、思わず外へ飛び出した。
「いやああ!助けてーっ!」
「離れてはだめだ!」
才馬はお梅を追おうとした隙に人形娘が一斉に襲いかかって来た。迫りくる人形娘を斬りたおすのが手一杯だった。
「きえーい。」
漸く全部の人形娘を切り倒して地下牢の外へ出たが、既にお梅の姿は無かった。
「お梅殿ーっ!」
才馬はお梅を探して、城を駆け回った。
城門の手前で、お梅を担いで走り去る人形娘が見えた。
「神速移動!」
たちまち、人形娘に追いつき、切り倒した。
「しっかりしろ。」
呼びかけるとお梅はうっすらと目を開け、才馬を見るとにっこりと笑った。
「お梅殿、無事か。」
だが、お梅のうっすらと開いた口の中には何かがうごめいていた。
「それは・・・。」
「傀儡虫を入れられました。もうすぐ、私も人形になります。不思議ね。とても気持ち良いわ。」
「お梅殿。それは傀儡虫が見せる幻覚だ。」
「そうですわね。人形になるなんて恐ろしいことのはずなのに。ああ、このまま人形になってしまいたい。そして他の娘を襲って同じように人形にしたい。」
お梅はつぶやいた。
「済まない。沙耶か運慶殿が居れば助られたのに。」
「小須茂様、お願いがあります。私を斬ってください。」
「そんなことはできない。」
「どうせ人形娘になったら斬るのでしょう。どうせなら私が人であるうちに斬ってください。」
「・・・判った。」
才馬はお梅を地面に横たえると、光斬刀をお梅の腹部に押し当てた。
「小須茂様、刀が心の臓からずれています。」
「いや、これでいい。人形娘の急所は魔人の力を貯める蓄雷器のあるこの場所だ。」
光斬刀がゆっくりとお梅の腹に沈んでいった。
「ああ、小須茂様・・ガガッ、沙耶姫様を。警告。蓄雷器致命的破損。ギギッ、たすけ・・て・・・。全機能停止シマス。ピギュー。」
お梅は声にならない声をあげて、動かなくなった。
「私は斬ることでしか救えないのか。」
才馬は空しくお梅を見下ろしながら、つぶやいた。
「沙耶を助なくては。」
才馬は朱雀山に向かった。
だが、簡単には魔人城へはたどり着けなかった、
樹木の上から、岩陰から次々と人形娘が雷撃と飛来腕を放って襲って来た。
光斬刀で人形娘をなぎ払い、累々と人形娘の屍を作りながら、才馬が魔人城に到着したときは既に夜が明けかけていた。

魔人城入口は重厚な扉で塞がっていた。
光斬刀で切かかったが、閃光とともにはじき返された。
「魔人の結界か。だがそれほど強力ではない。」
才馬は光斬刀を握り締め、ゆっくりと扉に突き立て、力を込めて押し込んだ。
まばゆい光とともに、光斬刀が徐々にめり込んだ。
「なんとかなりそうだ。」
根元まで押し込んでから、徐々に横にずらすと、光斬刀はゆっくりと扉に切れ目をつくった。半刻かけてようやく三尺ほどの穴を切り取った。
中に侵入すると、城の中は誰も居なかった。
人形娘の迎撃を予想していた才馬は拍子抜けした。
「おかしい。どうして人形娘がいないんだ?」
才馬は様子を見ながらゆっくり奥へと進んだ。
一番奥の間の扉を開けると、そこは地獄絵図のようだった。
おびただしい鉄砲兵の死体が広間の床を埋め尽くして居た。そしてその奥に魔人が玉座に座っているのが見えた。
魔人の横には武者姿の人形娘が立っていた。
人型に戻った楓だった。
「ついに見つけたぞ、からくり魔人。」
才馬は光斬刀を構えた。
「これは驚きなり。汝の到着は、我が予期せしより早きなり。」
「山賀の軍勢にこんな酷いことをしたのは貴様か?沙耶姫は何処だ。」
「我、汝の問いに答えん。山賀の軍勢を斬殺せしは我にあらず。沙耶なり。」
「そ、そんな馬鹿なことが。」
魔人の言葉を聞いて、才馬は言い知れぬ不安に襲われた。
魔人はゆっくり立ち上がった。
「汝、疑うならば、沙耶を此処に呼びださん。」
魔人は、外套を翻すと一体の裸体の人形娘が立っていた。
「沙耶・・・。なんてことだ。うおおおおーっ!」
才馬は、がっくり膝をつき、絞り出すような嘆きの声を上げた。


第17話 終



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