『からくり魔人』
作 karma 様
第18話 雲慶と亜耶
「沙耶。汝、彼の者の問いに答えるべし。山賀の鉄砲兵を斬りしは、誰ぞ。」
「ハイ。魔人様ノ命令ニヨリ、全員、私ガ殺害シマシタ。」
沙耶は、右手に刀を持ち、直立の姿勢のまま表情も変えず、平坦な声で話した。
その答えを聞きながら、才馬の手は震え出した。
「な、なんて事を・・・。おのれ魔人!私の手でおまえを滅ぼしてやる。私と戦え!」
才馬は疾風のように魔人に斬りかかった。しかし、沙耶が魔人の前に立ち、才馬の行く手を阻んだ。
「沙耶。どけっ!私に魔人を討たせろ。」
「不可デス。我ガ主ヘノ攻撃ハ防御シナケレバナリマセン。私ノ務メハ主ヲ守ルコトデス。」
「善き人形なり。」
魔人は嬉しそうに言った。
「我、今、楓と下界に赴き、素体を収集せん。彼の者との対戦は、汝に任せり。」
「了解シマシタ。」
沙耶の言葉を聞くと、魔人は漆黒の外套を翻し、楓とともその身を覆った。
「待て、魔人!逃げるな!私と戦え!」
才馬が、消え行く魔人を追おうとしたとき、沙耶は、いきなり才馬に斬りかかった。
才馬はとっさに光斬刀を構えて受け止めた。
「沙耶、止めろ。私はお前と戦いたくない。」
「私ハ魔人様ノ命令ヲ遂行シマス。貴方ノ意志ハ関係アリマセン。」
「くうっ。私のことが判らないのか。」
「私ノ記憶ト照合シテ、貴方ヲ小須茂才馬ト認識シテイマス。」
沙耶は刀を引き、左手を添えて、才馬の前に突き出した。
才馬は咄嗟に後ろへ飛びのいた。
「沙耶。思い出してくれ。私達は愛し合った仲じゃないか!」
「愛シ合ウ、トイウ言葉ハ理解不能。小須茂才馬ニ関シテ、人形化時ノ残存情報ト照合シマシタ。」
「残存情報だと。」
「才馬ガ私ヲ破壊スル、トイウ想像デス。」
それを聞いて、才馬はその場に泣き崩れそうになった。
「そうだったのか。そんなことを考えていたのか。私がもう少し早く来れば、そんな思いをさせなくて済んだのに。そうだな。今私にできることはお前を倒すだけだ。それができるのは今私だけだ。沙耶。お前を救ってやる。」
才馬は猛攻撃を始めた。
「貴方ガ私ヲ破壊スルコトハ不可能デス。今、手合ワセシテ判明シマシタ。貴方ノ攻撃ト同等ノコトガ私ニハ可能デス。ソシテ、私ノ能力ハ貴方ヲ超エテイマス。」
沙耶は、才馬目がけて斬りかかリ、才馬はそれを光斬刀で受け止めた。
沙耶の左手が才馬の前に突き出された。
才馬は後ろへ飛びのき、結界をはると同時に沙耶の電撃が襲い、結界とぶつかってまばゆい光が視界を覆った。
「うっ。」
雷撃が消えると沙耶の刀が間近にせまっており、かろうじて光斬刀で防いだ。
再び、沙耶の左手が才馬の前に突き出された。
「何度も同じ手を食うか!こちらにもお前にない技がある!」
突然、才馬は消え、沙耶の背後に現れた。
光斬刀で首に斬りつけたが、沙耶は直前に躱したため、首の外層を抉っただけに終わった。
ありえない角度で沙耶の腕が後ろに曲がり、才馬を襲ってきた。
「もう一回だ!」
才馬は、再びかき消えた。
「無駄デス。何度モ同ジ手ハ通用シマセン。出現時ニ空間ノ歪ミヲ感知シマシタ。」
沙耶は何も無い左方向に刀を突き出すと、そこへ才馬が出現した。
「うわっ!」
あわてて後ろに跳躍したが、そこへ雷撃が襲ってきた。
「うぐあーっ。」
咄嗟のことで、結界を張る暇も無く雷撃を受け、甲冑の表示窓に多数の警告文が表示された。
「いかん。甲冑が・・・」
そこへ、沙耶の刀が追い打ちを掛けてきた。
慌てて受け止めたが、力が入らず、あっと言う間に光斬刀は弾き飛ばされた。
床に突き刺さった刀はずぶずぶとめり込み、柄で止まった。
雷撃で動作不良となった甲冑は結界が動かず、法力刀を構えて近づく沙耶に成すすべもなく、ただ、じりじりと後ろに下がるしかなかった。
壁に追い詰められ、これ以上下がれなくなったとき、沙耶が刀を振り上げた。
その瞬間、ぱーんという銃声が聞こえた。
沙耶の頭部を狙った弾丸は、五寸ほど手前で宙に止まった。
沙耶の刀が一瞬止まった。
「才馬殿、今よ。逃げて!」
その隙に才馬は甲冑を解き、物陰に飛び込んだ。
「私ヲ撃ッタノハ何者?」
「私よ。姉上。いや、今は、忌まわしき人形娘。」
答えたのは亜耶だった。
「素体ヲ発見。直チニ捕獲スル。」
沙耶は亜耶を確認すると疾走した。
だが、亜耶の前に、錫杖を持った僧侶が立ちはだかった。
「沙耶。暫く見ないうちに浅ましい姿に変わり果てたな。哀れな弟子のために師匠として、お前を葬ってやろう。」
「記憶ト照合。雲慶ト認識。無駄デス。貴方ノ技ハ全テ記憶シテイマス。貴方ガ私ヲ倒スコトハ不可能デス。」
「それはどうかな?お主に法力を教えたのは儂じゃ。」
「素体捕獲ヲ妨害スルモノハ、排除シマス。」
沙耶が法力刀で斬りつけたが、雲慶はそれを錫杖で受け止めた。
沙耶は後ろに跳躍し、雷撃を放った。
だが、雲慶の迴りの見えない壁に遮られた。
「今度はこちらからだ。」
雲慶は錫杖を沙耶に振り下ろした。
沙耶はそれを受け止め、二人の打ち合いが始まった。
その隙に亜耶は光斬刀を持って、才馬のところに駆け寄った。
「才馬殿。大丈夫ですか。」
「ああ。なんとか。」
「間に合ってよかった。早馬で休まず来た甲斐がありましたわ。」
「助かった。だが、安心できる状況じゃないな。雲慶殿はかなり疲労している。」
「ええ。早くしないと間に合わないと言って馬に法力を与え続けましたから。」
確かに、雲慶が沙耶に徐々に押されているのが見えた。
片や、法力と雷撃を駆使する疲れを知らない人形娘、片や、早馬で疲れ切った雲慶、どちらが有利か明らかだった。
才馬は立ち上がり、甲冑を纏った。
「小須茂様、どうされるのです?」
「まだ、回復は完全ではないですが、このままでは雲慶殿が危ない。援助に行きます。」
だが、足取りはぎくしゃくしていた。
「くそっ。歩行機能が回復していない。」
その間にも、雲慶は肩で息をし始めた。
亜耶は弾込めの作業を始めた。
「亜耶殿。鉄砲の弾丸じゃ人形娘の外装しか傷つきません。」
「判ってるわ。でも何もしないよりましでしょ。」
「しかたない。魔人用に温存しようと思ったが、あれを使おう。古文書では、確か、こうだったな。」
才馬は右拳を伸ばし、手首を下げた。
手首の関節部が盛り上がり、小さな硝子が嵌まった孔が現れた。
「それから、金剛力を充填する。金剛力充填、三割、五割、十割。」
そのとき、沙耶が雲慶に雷撃を浴びせた。
「ぐおおおっ!」
雲慶は結界で防いだが、完全には防ぐことはできなかった。
「雲慶殿があぶない!」
亜耶は鉄砲を構えた。
「亜耶殿。私に任せなさい。」
才馬は亜耶を制し、右腕を沙耶に向けた。
硝子孔の奥が輝き始めた。
「人形娘の弱点は、魔人の力を蓄える蓄雷器。その場所はここだ。光矢!」
硝子孔から一条の光が飛び、沙耶の腹部を貫いた。
沙耶の雷撃が止まった。
雲慶はその場にへたり込んだ。
「ガガッ。ピッ。蓄雷器、損傷。作動停止・シ・・マ・・・ス。」
沙耶は糸が切れた操り人形のようにひざまづいた。
「やったぞ!」
「すごい!」
才馬と亜耶は小躍りして喜んだ。
だが、その直後沙耶の方から声が聞こえた。
「体内ノ傀儡虫ヲ組ミ替エ、蓄雷器ノ自己修復ヲ開始シマス。」
その声に二人は沙耶の方を見た。
「蓄雷器を破壊したのに何故動く?」
「沙耶の法力だ。」
よろよろと起き上がった雲慶が才馬に叫んだ。
「ならば、もう一度。」
才馬は再び光矢を放った。
だが、沙耶の直前で散乱し、沙耶の迴りに光の膜となった。
「だめか。だが、結界に法力を使う分、蓄雷器の修復が遅れる。もう一回だ。」
だが、視界に「光矢、過熱」の文字が浮かんだ。
「くそ!連射できないのか。」
「儂に任せろ。」
雲慶が起き上がり、錫杖を振り下ろした。
光矢が撃てないと判ると沙耶は結界をとき、刀で錫杖を受け止めた。
才馬は甲冑を解き、光斬刀を抜いた。
「小須茂様、甲冑なしで戦うのですか。」
「沙耶を倒すのは蓄雷器が修復できていない今しかない。」
そういって、才馬は沙耶に向かった。
才馬が甲冑を解くのを見ると、沙耶は後ろに跳び、雑兵の脇差を抜き取り、二刀を構えた。
二人の猛攻撃を次々とさばいたが、法力が充分使えない沙耶の刀は徐々にひびが入った。
ついに、右の刀は光斬刀で真二つになり、左の脇差は錫杖で砕けた。
沙耶は後ろに跳び、両手を突き出した。
二人が沙耶を追うと、二人に向かって沙耶の両腕が飛んできた。
「うわっ!」
二人が辛うじて避けた腕は金属線で再び沙耶の肘に戻り、再度飛来した。
「何度も同じ手は通用しない!」
二人に金属線を断ち切られ、沙耶は肘までの両腕をだらりと降ろした。
「攻撃の手段は尽きたな。一気にいこう。」
「おう!」
そのとき、沙耶は二人に向けて胸をそらした。
「蓄雷器ノ修復ガ完了シマシタ。」
「いかん!」
乳首の先端からほとばしる雷撃が二人を襲った。
「ぐおおおっ!」
ぱーんという銃声がして、雷撃が止まった。
光矢で開いた孔の奥で火花が散るのが見えた。
「蓄雷器ガ破損シマシタ。」
「どう、あたしの鉄砲の腕前は?」
倒れ込む雲慶と才馬の間に、筒先から煙が上る鉄砲を降ろす亜耶が見えた。
「自己修復ヲ開始シマス。」
「そうは、させないわ。」
亜耶は別の鉄砲を取ろうとしたが、それより素早く沙耶は亜耶の目前に来た。
肘から先の無い両腕に抱き締められ、亜耶は意識が朦朧となるのを感じた。
「い、いけない。」
沙耶の口が大きく開き、奥には蠢く黒い虫が蠢いていた。
「逃げなくては。」
だが亜耶の身体は力が入らず、沙耶の口が迫って来ると、自然に迎えた。
「アガガッ!」
突然、沙耶の目が大きく開き、異様な声を発した。
傀儡虫が亜耶の口にぼたぼた落ちてきたが、それらはもはや動いていなかった。
亜耶は我に返り、傀儡虫を吐き出し、慌てて沙耶から離れた。
沙耶の腹部から錫杖が飛び出していた。
後ろには、雷撃でぼろぼろになった僧衣の雲慶がいた。
「お主の身体、儂の法力で浄化してやる!」
「アガガガ、ギギギ・・・」
肘までしかない両手をばたつかせながら、沙耶の身体が痙攣した。
だが、雲慶の表情も険しかった。
「ぬおおおっ!力が足りぬ。」
少しづつ沙耶の身体が前に進み始めた。
姉の姿を見て、亜耶の目から涙が溢れた。
「姉上!もう終わりにしましょう。」
そう言って、懐から短筒を出し、才馬がつけた首の傷にあてがい、引き金を引いた。
ごとりと沙耶の首が落ちた。
拾い上げようとする亜耶を止め、雲慶は沙耶の額に手を当てた。
「むん!」
やがて、沙耶は目を閉じ、安らかな顔になった。
「これで大丈夫。」
亜耶は、沙耶の首を抱き締め、泣き続けた。
その間、雲慶は才馬を法力で回復させた。
「儂は、いささか疲れた。少し休む。」
雲慶はそう言うと、床に大の字になり、大きな鼾をかき始めた。
第18話 終
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