『からくり魔人』

作 karma 様



第19話 沙耶復元

雲慶が目覚めるとあたりに人影がなかった。
倒した沙耶の人形もなくなっていた。
「どこへ行ったんだ?」
「雲慶殿、気が付かれましたか。」
石板に載せた握り飯と水筒を持って亜耶が上ってきた階段から声をかけた。
握り飯を見た途端、雲慶の腹が鳴った。
「おお、亜耶姫様。これはかたじけない。昨日から何も食べておらんかった。」
むさぼるように握り飯をほおばった。
「どういうわけか地下牢に米と水があったので、皆さんのお腹の足しにと思って、作りました。目分量で炊いたので自信がありませんが、お口に合いましたでしょうか?」
「ちょうど炊き加減じゃ。塩加減もいい。飯炊きに慣れておるようじゃの。」
「篭城が長かったので、炊事には慣れました。小須茂殿もおいしいとおっしゃってくれました。」
「そういえば才馬殿は、どこかな。沙耶の遺体もないが。」
「才馬殿は地下におられます。」
「地下?」
「はい。姉上の身体もそこに運びました。」
才馬の意図を訝しく思いながら、食事を終えた雲慶は亜耶に地下への案内を頼んだ。
地下に降りると、そこには得体の知れない機械が立ち並んでいた。
斬られた両手と首が本来あるべき位置に置かれ、沙耶の身体は部屋の中央にある石の台の上に寝かされていた。
雲慶は沙耶に手を合わせた。
「そうか。沙耶の身体を安置したのか。これで魔人から解放されて沙耶も喜んでおるじゃろう。」
亜耶も、手を合わせた。
「姉上。つらかったでしょう。安らかに眠ってください。」
才馬を探してあたりを見回すと、見たこともない巨大な機械の前で覗き込んでいた。
その機械は轟音をたてていた。
「才馬殿、そこに居たのか。」
二人は才馬に近づいた。
「ええ。この機械が気になって調べていたのです。」
「この機械は?」
「地力機です。火山から地力を吸い上げて雷力を得る機械です。」
「朱雀山が噴煙を上げ始めたのは、この機械のためだったんですね。」
「おそらくそうでしょう。人形娘や魔人城の機械の動力源に使われているようです。」
「気になるところというのは?」
「この機械は、人形娘や魔人城の機械で使う以上に大量の雷力を生み出しているのですが、それはどこかに消えているのです。もしかすると、それは魔人に送られているのではないかと。」
「ということは、こいつを破壊すれば魔人は力を失うということか。ならば、こいつを壊してしまおう。」
早速壊そうとする雲慶を才馬が制止した。
「和尚、待ってください。」
「なぜ、止める。」
「沙耶を復活させるために必要だからです。」
雲慶は一瞬、才馬のいうことに耳を疑った。
「な、何を馬鹿なことを。何のために沙耶を倒したのだ。」
「ようやく、魔人の呪から解放されて眠りについたのに・・・」
「もし沙耶が魔人に操られたままなら、このまま沙耶を眠りにつかせたほうがいいでしょう。しかし、沙耶を正気に戻せるなら、復活させたいと思いませんか?」
才馬は亜耶に問いかけた。
「正気に戻せるのですか?」
「雲慶和尚が以前人形娘を正気に戻したことがあります。」
亜耶は雲慶の顔を見た。
雲慶は難しい顔をしていた。
「確かに、儂は人形娘を正気に戻したことがある。命が尽きる前に弟に別れをさせたかったからだ。だが、沙耶を復活させることには反対だ。」
「何故です?」
「儂の力では正気には戻せても、生身には戻せん。復活すれば、人形の身体のまま一生過ごさねばならん。なまじ正気の心を持てば、それがどんなに辛いことか。沙耶にもう一度会いたい気持ちは解るが、儂は反対じゃ。」
「私は沙耶に会いたいだけで復活させる訳ではありません。雲慶殿、考えてみてください。沙耶を倒すのでさえ私と雲慶殿、亜耶姫様と三人掛かりでやっとです。そして、魔人は沙耶より強い。」
「うむむむ。」
雲慶は唸った。
「判った。打倒魔人は沙耶の悲願でもある。復活すれば協力してくれるだろう。だが、約束してくれ。魔人を倒しあと、沙耶の希望どおりにすると。
才馬はうなづいた。
「亜耶姫様もそれで異存ないか。」
「ありません。でも、本当に姉上を生き返らせることができるのですか?」
「ここには、人形娘の修理機があります。これを使えば直せます。」
沙耶の迴りには見たこともない異様な機械が並んでいた。
「この機械が修理機だと何故わかる?」
「この機械にかいてあります。」
見慣れない文字が機械のあちこちに書いてある。
「奇怪な文字だ。梵字に似ているが、それとも違うな。お主、どうして読める。」
「小須茂家代々に伝わる文字と同じです。初代が伝えた文字といわれています。」
「小須茂初代とからくり魔人が同じ文字を使うとは。なにやら因縁がありそうだな。」
「そう思いますが、今は謎解きより沙耶の復活です。」
「そうだな。ところで、お主。これを使えるのか。」
「ええ。大体判ります。えーと、これが開腹機だな。」
才馬は丸い突起を押した。すると、円盤が降りてきて、沙耶の腹部の上で停止した。
ぶーんという音とともに、沙耶の腹部の蓋が迫り上がり、中が見えるようになった。
才馬は修理機から金属の線を引き出し、沙耶の腹部の中に繋いだ。
それから二尺角ほどの硝子の窓の前に座った。硝子窓のまえには魔人の文字が書かれた突起がいくつも並んでいた。
突起を押すと、文字が硝子窓に浮かんだ。
「これは?」
「伝呪機です。人形娘には何十万という呪文がかけられていて、それらが複雑に絡み合って人形娘の行動を支配しています。これを使えば、外から呪文を送り込んだ身体の各部の動作を操作できます。」
才馬は伝呪機を操作し、沙耶の身体に呪文を送り込んだ。
沙耶の各関節が外れ、身体がばらばらになった。
「早速、取り掛かろう。儂等は何をすればいい?」
「それでは、沙耶の身体の修理に使いますから、他の人形娘の身体を集めてきてください。」
「わかった。」
雲慶と亜耶は階段を上っていった。

雲慶と亜耶が集めて来た人形娘の身体を分解して、中から部品を取り出した。
「恨まないでくれよ。これも魔人を倒すためだ。」
集めた部品を沙耶の壊れた部品と取り替え、再び組立直した。
「身体は、元通りになった。いよいよ頭だ。」
才馬は、沙耶の頭に迴り、頭蓋を取り外した。
沙耶の脳が剥き出しになり、そこには巨大な傀儡虫が取り付いていた。
銀色の地の中央に目のような真紅の円形光が明滅していた。
そして無数の触手が脳の中にがっちりと食い込んでいた。
「うっ。この気味の悪いものは何?まだ生きているみたい。」
「これが、大傀儡虫です。これが、沙耶姫様の脳を支配しているのです。」
「では、これを取り除けば、姉上は正気にもどるのですね。」
「いいえ。大傀儡虫は人形娘の脳と一体化しています。取り除くことはおろか、破壊しても、脳は死んでしまいます。」
「それじゃあ、姉上は助からないではありませんか。何のために身体を修理したのですか。」
亜耶は、才馬に怒りをぶつけた。
「ですから雲慶和尚の法力が必要なのです。」
「わかった。だが、才馬殿、こいつはお鶴のときより手ごわそうだ。何か、得体の知れないものを感じる。」
「そういえば、初めて見る形だ。古文書にも書いてないな。」
才馬は、指を伸ばして大傀儡虫に触ろうとした。
その時、中央の真紅の円形光が、まるで眼球が才馬の指を確認しようとするかのように動いた。
才馬は思わず、伸ばしかけた指を止めた。
「いまのを見たか。気をつけろ。」
「ええ。注意します。」
恐る恐る指を伸ばすと、突然、中央の赤光から雷撃が才馬の指を襲った。
「うがっ。」
才馬は手を押さえて座り込んだ。
沙耶の目が突然見開き、言葉にならない声を発した。
「ががっ。ぴゅーん。ぴーっ。」
「いかん。」
雲慶は、沙耶の脳に向かって両手をかざした。
沙耶は静かになり、ゆっくり目を綴じた。
「こいつは厄介だぞ。仕掛けた者だけでなく、沙耶の脳までも傷付けようとする。脳を守りながら、こいつの邪気を取り除くのは、無理だ。」
「私がこいつの邪気を何とかしましょう。和尚。雷撃から沙耶姫様の脳を守れますか?」
「何とかなると思うが、その分雷撃は我々に向かうぞ。」
「大丈夫です。」
才馬は、剛力甲冑を装着した。
「なるほど。」
「では、行きます。」
「おう。」
才馬は、沙耶の脳にかざした雲慶の手と手の間から指を伸ばして、伝呪機から伸びる細い金属線を触手一本一本に結び付けた。その間、傀儡虫から雷撃が何回も才馬の指を襲った。
すべて結び終えると、才馬は伝呪機の前に腰掛けた。
「まずは、大傀儡虫に掛けられた魔人の呪文を解読する。」
解読呪文を硝子板に書いた。
その間にも傀儡虫は雷撃を発し、雲慶は沙耶の脳を保護し続けた。
「ビッ。ソノ呪文ハ告知不可デス。」
「やはり、保護呪文がかかっているな。しかも、調べようとするだけで、沙耶の脳を破壊しようとする。恐ろしい呪文だ。」
「だめなの?」
「大丈夫。雲慶殿が守ってくれる。まず、どんな呪文が掛かっているか、探査呪文で調べてみよう。」
才馬は、いくつかの呪文を硝子板に書いた。
すると硝子板に文字の列が浮かび上がった。

「これは!かなり複雑だな。だが、一つ一つは、それほど解除は難しくないようです。丹念に解きほぐしましょう。」
才馬は、沙耶の様子を見ながら一つ一つ解除呪文を硝子板に書いた。
その間、傀儡虫は雲慶を警戒するかのように睨み続け時折、威嚇のように微細な雷撃を発した。
「これで解除呪文は最後のはずだ。」
「保護呪文ヲ解除シマシタ。」
「やった。これで呪文の書き換えができる。」
「これで、姉上はもとにもどるのですか。」
「いえ。まだです。傀儡虫の呪文は、数万の呪文が複雑に絡み合っています。これから、一つ一つ調べて書き換えます。」
そういうと、才馬は呪文の一覧を硝子板に表示した。
「これが、この傀儡虫の掛けられている呪文です。」
一つ一つ見ながら、数万の呪文を書き換えるという気の遠くなるような作業を続けた。
その間にも傀儡虫は雷撃を発し、雲慶は沙耶の脳を保護し続けた。
「よし。すべて新しい呪文ができた。」
才馬は、硝子板に映った呪文を一つ一つ何度も確認した。
「間違いない。この呪文で沙耶の呪文を書き換えれば大丈夫だ。」
才馬は、書換呪文を送り込んだ。
「不正ナ呪文書換ガ発生シマシタ。秘密保持ノタメ生体脳ヲ破壊シマス。」
「何だって?」
傀儡虫の光が赤く激しく明滅し、触手を通じて雷撃を送り込んだ。沙耶は身体を痙攣させ、言葉にならない声を発した。
「ガギューン。ガビュ。ビビ。ギビュッ。」
「しまった。別の保護呪文があったのか。」
「いかん。」
雲慶は、沙耶の脳に向かって両手をかざした。
「むむ。くくっ。」
「ガギュ。ビッ。」
沙耶の痙攣は弱くなったが、以前、傀儡虫からの雷撃は続いていた。
「おい、こいつを早く何とかしてくれ!」
「わかってる。」
才馬は伝呪機にしがみつき、解除呪文を打ち込んだが、一向に傀儡虫の雷撃は治まらなかった。
「くそ。だめだ。解呪の糸口が見つからない!」
「儂がやって見る。ぬおおお!」
雲慶の気合とともに、みるみる呪文の内容が書き換っていった。
「す、すごい。よし、糸口が見つかった!」
才馬はものすごい勢いで打鍵した。
傀儡虫の赤光は次第に暗くなり、それとともに沙耶の痙攣は弱くなった。
「ふーっ。」
雲慶はへたり込んだ。
「姉は、姉は大丈夫ですか?」
「わかりません。さっきの雷撃の影響が無ければいいのですが。」
沙耶の頭蓋を被せ、地力機から金属の弦を腹部の開口にある蓄雷器に繋いだ。
「雷力、充填開始!」
才馬が取っ手を回すと、蓄雷器に火花が走り、沙耶は目を閉じたまま、身体が細かく振動した。
亜耶は不安そうに見ていたが、振動が徐々に静まるのをみて安心した。
「さあ、起動させるぞ。」
伝呪機の金属線を腹部の開口に差込み、起動呪文を送った。
沙耶がゆっくり目を開けた。
「沙耶姫様。私が判りますか。」
「貴方様ハ、小須茂才馬様デス。」
「あなたは誰のものですか?」
「私ハ誰ノモノデモアリマセン。」
「よかった。」
それを聞いて亜耶はほっとしたが、才馬はそのとき沙耶の声が平坦であることが気になった。
「私ノ御主人様ガ未登録デス。貴方様ヲ御主人様トシテ登録シマスカ?」
「そんな。まさか。」
才馬はがっくりと膝をついた。
「いやーっ。」
亜耶の悲鳴が地下室中に響いた。
「くそっ。失敗だ。私の責任だ。もう一つの保護呪文を見落とすなんて。」
才馬は床を拳でたたいた。
「姉は正気には戻らないのですか。」
「もう一度、最初からやりなおしてみよう。」
そういう才馬を雲慶が止めた。
「才馬殿、そんな時間は無い。いつ魔人が戻るか解らないのだぞ。」
「雲慶殿、放してください。このままでは沙耶は、沙耶姫様は人形のままです。」
「お主、沙耶を復活させる目的を忘れておるのではないか。見たところ沙耶は魔人の束縛から解放されておる。それだけでも目的は達せられるのではないか。」
才馬は、はっとした。
「魔人と戦うためなら、儂等の誰かが沙耶の主になればいい。」
「しかし、沙耶姫様を操るなんて、魔人と同じではないですか。」
「ちがう。魔人は沙耶のような人形娘を増やすために沙耶を操っておる。儂等は沙耶のような犠牲者を出さないために、沙耶の力を使うのだ。」
「ううっ。それはそうですが・・・」
才馬は押し黙った。
それからゆっくりと亜耶の方をみた。
「亜耶姫様はどう思われますか?」
「私は、・・・」
亜耶は才馬の目を真っすぐに捉えた。
「姉上に戻ってきてほしい。しかし、それは魔人を倒したあとでもできます。今この貴重な時間は、魔人を倒す策を立てるのに使うべきです。」
「解りました。確かにお二人の言う通り、魔人を倒すことが先決です。あとのことは魔人を倒してから考えましょう。差し当たって、沙耶姫様の主人を決めましょう。ここは、血のつながった亜耶姫様が主になったほうがいいでしょう。」
亜耶は目を伏せて答えた。
「私は、小須茂殿が主になった方がいいと思います。」
「しかし・・・」
「亜耶殿の気持ちを察しろ。実の姉を操るのは辛いじゃろう。」
「いえ。そういうことではなく、姉は、貴方と一緒に魔人を討ちたいと言っていたからです。貴方が主なら姉も本望でしょう。才馬様。私が姉の立場なら、私に操られるより、貴方に操られたいと思います。」
「小須茂殿。ここで誰が主人となるか揉めていても時間が惜しい。さっさと決めてしまえ。」
「では、とりあえず私が沙耶姫様の主人になります。」
才馬は唇を噛み、沙耶に向いた。
「沙耶姫様。小須茂才馬をお前の主として登録するぞ。」
「ハイ。小須茂才馬様ヲ御主人様トシテ登録シマシタ。私ハ小須茂ノ人形デス。沙耶トオ呼ビクダサイ。」
無表情な人形娘の顔が心なしか喜んだように見えた。


第19話 終



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