『からくり魔人』

作 karma 様



第2話 人形創作

楓が目覚めると、薄暗い場所で仰向けに寝ていた。壁のあちこちに弱々しく光る玉のようなものがあり、かろうじて周りが岩だらけの洞窟であるとわかった。
背中の感触で、自分が裸で冷たい大きな石の台に載せられていることが判った。両手、両足は拘束されていた。
左右を見渡すと、台の端にある半円状に盛り上がった石の輪の中に、手首が堅く固定されていた。
通したのなら、抜くことができるはずと、一所懸命引き抜こうとしたが、輪の大きさは手首ぎりぎりで、どうやっても抜けなかった。
目を凝らして見ても、石の輪と台の間に継ぎ目はなく、石の輪を台に固定している器具も無かった。
継ぎ目を消してしまったのか、輪の大きさを縮めたのか、いずれにせよ、想像もつかない力の持つものによるものであった。
「汝、目覚めしか?」
楓の耳に地に響くような声が答えた。声の方を見ると、楓をさらった漆黒の巨人だった。
「お前は何者?」
「我が名は、からくり魔人。崇高にして偉大な芸術家なり。」
「ここはどこ?私をどうするつもり?」
「ここは、地底に作りし我が創作の場なり。」
魔人は指先で楓の身体を胸から下腹部へそっと撫でた。楓は逃れようと身をよじった。
「汝は美し。しかれども、生身の美は、たちどころに消え去るべし。我が手によりて我が創作物となし、汝の美を永遠とせん。」
「創作物?」
魔人は、指で摘んだ何かを楓の顔の前に突きだした。一寸ほどの黒い胴に何本もの金属の足が出たゲジゲジ虫のようなものが蠢いていた。
「そ、それは?」
「これ、傀儡虫なり。」
「そんな虫が何だっていうの?」
「傀儡虫は汝の肉を食らい、汝の内にて自らからくりの一部となる。遂には汝を生き人形と為すなり。」
「何を馬鹿なことを。」
そう言った途端に、股間の秘所に何かがもぞもぞと入って来るのが判った。
「ひっ。何かがあそこから入ってくる。ひっ。また入ってくる。ひーっ。」
楓は、手足の枷から逃れようと必死にもがいた。
どこから現れたのか、楓の股間には、びっしりと黒い虫が、もぞもぞと蠢いていた。
虫たちは我先に、楓の秘孔めがけて進み始めた。一匹、また一匹と虫たちが秘孔の中に潜り込むと、その度に楓は目を見開いたまま、身体がぴくっぴくっと震えた。
「うぐっ。ぐはっ。ぐぐぐ。」
楓はおぞましさに耐えきれず、首を左右に振って、うめき声をあげた。だが、そのうめきは苦痛の為だけではなかった。
「はあっ。あうっ。いやっ。」
楓の顔は紅潮し、股の付け根はピクピクと震えていた。
虫たちが潜り込んでから暫くすると、楓の身体に変化が現れた。下腹部を中心に柔らかい肉体が、次第に艶のある白い硬い材質に変わっていった。
やがて、腹部のへその迴りに楕円形の切れ目ができた。魔人が、腹部の上に右手をかざすと、それは、ひとりでに起きあがった。
開ききると、腹部の中の様子が見えた。楓の体内に侵入した傀儡虫は、内臓を蝕むと同時に、互いに結びつきあい、複雑な装置となってどくどくと脈打っていた。
魔人は楓の腹部をのぞき込み、満足したようにうなづいた。
「むん。」
声とともに魔人の手のひらから、おびただしい程の傀儡虫がぼとぼとと落ち、楓の腹部の空洞へ流れ込んだ。
「ぐああっ。身体の中を何かが這い回っている!」
傀儡虫は腹部の内臓を食らいつくし、胸部へと進んでいった。
それとともに、皮膚の変化も腹部から胸部へ、さらに四肢に広がった。関節部に継ぎ目が現れ、独りでに外れた。
魔人は、さらに傀儡虫をばら撒いた。傀儡虫は外れた継ぎ目から手足の中へ入りこんだ。
「あう。あう。」
楓は自分の身体の変化になすすべもなく、恐怖と驚愕で目を見開き、うめきながら、ただ宙を見つめていた。
身体の変化はついに頭部に至り、顔がこわばってくるのを感じた。目を閉じることができなくなった。魔人は、楓の頭部にまわり、頭髪部を掴んでぐいっと引くと、簡単に外れた。
「ひーっ。頭が外れた。何をするの?」
むき出しになった楓の脳を見ながら、魔人は、懐から一寸角ほどの大きな傀儡虫を取り出した。
「この傀儡虫を汝の脳に置かば、汝の恐怖は消失せん。また、喜怒哀楽も無となる。ただ、ひたすらに我が意のままに動くことのみなり。」
「いや。やめて。」
魔人は傀儡虫を楓の脳の中央部においた。もぞもぞ動く金属の足が脳に触れるや、しっかりと食い込み、周囲へ触手を伸ばしはじめた。
「ああっ。何かが頭の中に入ってくる。ああっ。私が消える。私は誰?私は魔人様のもの?わからない。ああっ。私はどうなるの?」
「汝、抗うべからず。唯、受け入れるのみ。」
「私は、魔人様のもの。魔人様は私の主。・・・」
楓の顔から恐怖と驚愕が消え、虚ろな無表情となった。その表情は、まるで面のようだった。魔人は頭髪部を元に戻すと、カチリと填った。それから、右手を楓にかざした。
「汝に我が力を与えん。むん。」
右手の指先から、何条もの雷光が楓に向かって走った。既に全身磁器のような光沢となった楓の身体を、まるでなめ回すように這い回った。
電撃を受けると、その間ずっと楓は虚ろな表情のまま、びくびくと震え続けた。電気を帯びて扇状に広がった髪や、指先から放電をはじめると、楓の内部機構が、カタカタと動き始め、外れた四肢がカチッ、カチッとひとりでに元の位置にはまった。
不思議なことに、石の輪から難なく手足をするリと抜いて、楓は台から降りて立ち上がった。
「楓。我が声を聞くや?」
楓は、ちいさくカチカチという音をたてて、無表情な顔を魔人の方に向けた。
「ハイ、魔人様。何ナリト御命令ヲ。」
「可なり。汝、この地の我が最初の創作なり。汝、我がしもべとなりて、我のために大いに素体を集めるべし。」
「カシコマリマシタ。」


第2話 終



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