『からくり魔人』

作 karma 様



第3話 沙耶の修行

山賀の国が魔物に襲われてから、一週間が過ぎた。
隣国の岩登の国にある霊山として名高い玄武山で、その中腹にある大悟寺では、雲慶和尚が毎朝の勤めとして、誰も訪れることの無い境内を掃き清めていた。
「さて、今日も始めるか。」
雲慶は掃除を終えると、境内の真ん中で拳法の型を始めた。一見すると普通の型だが、それが普通でないことは、舞のように掌を押し出すたび一間ほど先にある巨大な岩が少しづつ動いていた。
半刻ほど型を続けて巨岩が三尺ほど動いたころ、誰か参道の階段を上がって来るのが見えた。雲慶は型を止めた。
「和尚さん!」
やってきたのは、玄武山の麓にある綱木村に住む、お鶴だった。
「おお。お鶴ちゃんか。」
「家の畑で取れた野菜、持ってきたわ。」
「いつも、済まんな。」
「とんでもない。和尚さんのお陰で、お医者様も見放した病のお父が起きあがれるようになって。」
「儂は親父さんの病魔を止めただけだ。」
「ううん。和尚さんはすごいわ。だから、いつも、和尚さんを訪ねてお客さんがくるんだわ。
今も村で大悟寺の道を聞かれたから、ここへ案内して来たの。途中まで一緒だったけど、山道の階段には慣れてないみたい。」
「ここへ来るのは、儂と勝負して名を挙げようという輩ばかりだ。」
「ううん。その人は違うみたい。」
しばらくすると、手に木刀を持った若侍が息を切らしながら階段を上がってきた。
「あっ。あの人よ。」
「ほう。めずらしいな。侍のなりをしているが、娘だな。」
「すごい。和尚さん。見ただけで判るんですか。」
「うむ。みごとな胸の膨らみだ。」
「和尚さん。どこみてるんですか?」
侍姿の娘は汗を拭きながら階段を上りきると、お鶴に問いかけてきた。
「お鶴殿。大悟寺はここですか。」
お鶴に尋ねた声は、紛れもなく女の声だった。
「ええ、ここが大悟寺です。」
娘は雲慶を見つけると、前まで進み、頭を下げた。
「雲慶殿とお見受けします。」
「いかにも、拙僧は雲慶だが。何のご用かな。」
「私は沙耶と申します。雲慶殿の噂を耳にしました。是非、私を弟子にしてください。」
沙耶は地面に両手を付いた。雲慶は、沙耶の前まで進み、ひざまずいた。
「沙耶殿。表を上げなさい。見れば、武家の娘のようだが、弟子入り先を間違えておらぬか。儂は剣術は教えておらんぞ。」
「雲慶殿は、法力を会得されたと伺いました。私は法力を身につけたいのです。」
「法力を会得するには苦しい修行に耐えねばならん。だが、使い道はほとんど無い。何故に法力を身につける?」
「人外の魔物を倒すためです。」
「魔物?はっ、はっ。儂は、このかた40年生きておるが、いまだ魔物など見たことがない。」
沙耶は雲慶の目を見据えて答えた。
「私は見ました。」
「お主は魔物を見たというのか。」
「はい。幼馴染の娘が、魔物にさらわれました。わたしはその娘を助けたい。
でも、魔物の妖力の前には、刀も弓も役に立ちません。私は魔物と戦う力が欲しいのです。」
「信じられん話だ。」
そこへお鶴が口を挟んだ。
「和尚さん。あたし、噂で聞いたけど隣の山賀の国で魔物が現れて、若い娘をさらったって。」
雲慶は、腕を組んで暫く考えていた。
「ふむ、判った。そういう目的ならば、法力を伝授してもよい。」
「それでは、弟子にしていただけますか。ありがとうございます。」
「待て。弟子にするには条件がある。」
そう言うと、雲慶は沙耶から少し離れ、足元の小枝を拾って、地面に小さな円を描き、その中に立った。
「儂はこの円から出ぬゆえ、その木刀で打ち込んできなさい。儂はこの両腕両脚でお主の木刀を防ぐ。
もし、お主が儂の面か胴に打ち込むか、儂を円の外に出すことができたら、お主を弟子にしよう。」
「はっ。判りました。では、参ります」
沙耶はさっと立ち上がり、木刀を青眼に構え、円の中の雲慶と対持した。雲慶は拳を堅くにぎり、半身に構えていた。沙耶はじりじりと間合いを詰めていた。
徒手空拳の雲慶に対し、木刀を持つ沙耶は有利なはずだが、打ち込む隙はなかった。拳を構えた雲慶の闘気はすざましく、周りの空気すら闘気で揺らいで見えた。
「凄い闘気。打ち込む隙がないわ。でも、しょせんは生身の身体。いくら鍛えていても、攻撃し続ければ、勝機はあるはず。」
自分の間合いまで距離を詰めると、沙耶は八双に構え、袈裟掛けに渾身の力で振りおろした。予想通り、雲慶は左腕で受け止めた。
「いつつっ。」
うめき声を上げたのは、打たれた雲慶ではなく、打ち込んだ沙耶の方だった。まるで、岩を木刀で叩いたような衝撃を手に感じた。
「どうした?ただの徒手空拳と思ったか。誰を相手にしているつもりだ?」
「何の。まだまだ。てやーっ!」
力では叶わないと見た沙耶は、速さの攻撃に切り替えた。ぐっと木刀を引いて溜めると、目にも止まらぬ速さで突きを繰り出した。
だが、その全てを雲慶は拳で捌いた。沙耶の連続突きを捌きながら、雲慶は思った。
「剣術の腕はなかなかだが、それだけでは法力は会得できぬ。天賦の資質が必要だ。だが、この娘の太刀には感ずるものが無い。」
連続攻撃が一段落すると、次の攻撃のために沙耶は間合いを取った。
「ならば、早く諦めさせてやるのが、情けというもの。」
雲慶は沙耶に向かって右手の掌をつきだした。その途端、沙耶は見えない力で吹き飛ばされた。地面に尻餅をつき、何が起こったか判らず、沙耶はきょとんとした。
「間合いを取れば、攻撃を受けないと思っていたか。」
「これが、法力。すごい。」
「どうだ。諦めるか。」
その言葉に、沙耶は唇を噛みしめ、木刀を握る手に力がこもった。
「はっ!」
気合いとともに沙耶は起きあがると、雲慶に向かって走り出した。再び、雲慶が沙耶に掌を突き出すと、沙耶はさっと右に避けた。
「むっ!」
右に左にと雲慶の攻撃を避け、間合いを詰めると沙耶は雲慶の視界から消えた。
「上か。」
とっさに雲慶は思った。腕を頭上で組むと、そこに沙耶の木刀が振りおろされた。
「きえーぃ。」
沙耶は自分の体重を乗せて、渾身の力で振りおろした。しかし、木刀が雲慶の腕に触れた途端、粉々に砕け散った。
沙耶には散っていく破片が、風に舞う花びらのように見えた。驚きとともに着地すると、そこには雲慶の左手の掌があった。
「うぐっ。」
たちまち、見えない力を胴にうけて、吹き飛ばされ、したたかに地面に背中を打った。
しかし、沙耶には背中の痛みより、柄だけになった木刀の方が衝撃だった。
「木刀がなくては、勝負は続けられんな。」
沙耶の敗北を告げる言葉だった。沙耶はがっくりとうなだれ、下唇を噛んで涙をこらえていた。よろよろ立ち上がると荷物を纏めはじめた。
お鶴は声を掛けようとして、ためらった。そして、雲慶をにらんだ。
大人気ないことをしたと、雲慶は少し心が痛んだが、天賦の才能がなければ、修行しても法力は会得できない。諦めさせるのがこの娘のためと思い、心を鬼にした。
そのとき、雲慶は右手がうずくことに気づいた。ふと右手を持ち上げて見てみると、雲慶の眉がぴくりと動いた。
手首に木刀を受けた痣がうっすらとついていた。
「ほう。儂の手に痣をつけるとは。」
沙耶を見ると、お鶴から手渡された行李を背負い、力無く立ち去ろうとしていた。雲慶は沙耶に向かって声をかけた。
「一年だ!」
急に雲慶に呼び止められ、きょとんとしている沙耶にさらに言葉を続けた。
「一年だけ修行をつけてやる。それで、ものになってもならなくても帰れ。」
その言葉に沙耶は、満面の笑顔を見せた。
「有り難うこざいます!」
お鶴が、うれしそうに沙耶の手を握った。
「沙耶さん。良かったですね。」
「お鶴殿のおかげです。」
喜んでいる沙耶に雲慶の厳しい声がかかった。
「沙耶。さっさと寺に入って、支度をしなさい。すぐに修行を始める!」
「はい!」
沙耶は、大きな声で返事をすると、お鶴に礼を言って、小走りで寺に入った。


第3話 終



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