『からくり魔人』

作 karma 様



第4話 楓人形

山賀城が魔物に襲われてから二ヶ月が過ぎ、季節は秋に変わった。まだ、魔物が残した傷跡は癒えていないながら、城主の山賀泰然が市中の警備を強化したこともあって、城下はようやく平静を取り戻しつつあった。
市中警備隊の隊長を勤めたのが指南役、秋月晋太郎であった。楓の父親であった。
そして、市中では秋恒例の人形芝居の前に人だかりが出来ていた。魔物騒ぎで、今年は中止になるのではと、噂されていたが、泰然は人々を元気付けるため、あえて華々しく芝居を開くことにした。
お妙も、人形芝居を楽しみにしていた一人だった。呉服屋の娘で、人形芝居が大好きだった。座長に頼んで芝居の前に人形を見せてもらうのが常だった。
楽屋で並んだ人形を見ていると、少し離れたところに、凛々しい若侍の姿をした人形が立っていた。近寄ってみると、唇の紅、胸の膨らみから、それは侍姿の娘人形だとわかった。
白磁のような艶やかな光沢を持つその人形は、他の人形と違った雰囲気があった。まるで本当の人間をそのまま人形にしたような精巧さがあった。
命を持っているのではないかと思うくらい、生き生きとしていた。お妙はその人形を見ていると、心が吸い込まれそうだった。
通りかかる一座の者に聞いてみた。
「こんな人形は知らないな。」
その男は、首を傾げるばかりだった。
舞台が始まる声がしたので、お妙は客席に着いた。さっきの人形も芝居で登場するだろうと、わくわくしながら待っていたが、結局、最後まで登場しなかった。
「明日の芝居に使うのかな。」
もう一度、見てみたいと思い楽屋へ行ってみたが、どこにもその人形は無くなっていた。
お妙は、座長に探してもらうよう頼んだ。
「人形が一人で居なくなるわけがない。」
そう言って、隈なく探したが、どこにも見つからなかった。というより、誰もその人形に心当たりが無かった。
探している間にすっかり夜が更けて、仕方なく、お妙は家に帰ることにした。
帰り道の間中も、あの人形が気になっていた。
もうすぐ家というところで、道の向こうから侍の集団がぞろぞろとお妙の方にやってくるのが見えた。お妙は、夜更けに一人で帰ってきたことを後悔した。
家まで一気に走ろうかと思ったところに、相手が声を掛けてきた。
「こんな夜更けにいかが為された?」
お妙は、提灯を翳して確かめると、集団は市中警備隊だった。質問したのは隊長、秋月晋太郎だった。
「警備隊の皆様、夜更けの市中見回り、ご苦労様です。私はお妙と申しまして、この先の呉服屋の娘です。人形芝居に夢中になって、帰りが遅くなりました。」
「そうか、お妙殿。夜更けの娘の一人歩きは危ない。私が送って進ぜよう。」
「私のために大事なお役目を勤められなくなっては申し訳ありません。どうぞ、お構いなく。」
「いや、私にも貴方ぐらいの娘がいたが、行方知れずになってしまった。万が一にも、貴方に同じことが起こらないようにしたい。是非、私に送らせてほしい。」
「ありがとうございます。正直に申しますと、一人の夜道で不安に思っているところでした。」
「では、左馬之介、宋右衛門、私と一緒に付いてきてくれ。この娘を送り届ける。他の者は引き続き、見回りを続けてくれ。」
警備隊に送られて家に向かうと、しばらくして、道ばたに誰か立っているのが見えた。
「誰かいるようだな。」
秋月が提灯を翳してその姿を照らすと、お妙は、はっと息を飲んだ。その役者のような派手な出で立ちに見覚えがあった。
さっき、人形芝居の一座で見た、侍姿の娘人形だった。
お妙は、思わず人形に駆け寄った。
「お妙殿、知り合いか?」
「これは人形です。この人形を探して見つからなくて、帰りが遅くなってしまいました。」
「人形?」
左馬之介、宋右衛門が近づいて、提灯で照らすと確かに、表面は磁器の様に光沢があり、首の付け根には継ぎ目があった。
二の腕や胸を触ってみたがどこも硬く、拳の裏でたたくと、こつこつと音がした。
「確かに人形だ。侍姿の娘人形だ。でも、よくできているな。まるで生きているみたいだ。」
「こんなところであえるなんて、きっと、一座の人が届けてくれたのね。」
「変だな。それだったら、家まで届けるんじゃないかな?」
お妙は、何故か、この人形が自分に会いにやってきたように思えてならなかった。
「それにしても、この人形の顔、誰かに似ているような・・・」
「娘の楓だ。」
それまで黙っていた秋月が、少し離れた場所でぼそりと言った。
「本当だ。この人形は楓殿にそっくりだ。」
「どうして、楓殿にそっくりなんだ?」
「きっと、この人形は楓様に似せて作られたのでしょう。楓様は、お美しい方なのですね」
そう言って、お妙は、人形の頬をそっと撫でた。
そのとき、秋月には人形の目が動いて、お妙の顔を見たように思えた。
「左馬之介、宋右衛門。その人形を確かめたい。済まぬが、少しどいてくれ。」
「はっ!」
左馬之介、宋右衛門は場所を空けた。
お妙はまだ人形に触わったまま、うっとりしていた。
秋月は人形の胸に耳をあてた。
脈は無かったが、カチカチと機械が動く音がした。
「この人形、中で何か動いている。」
「えっ?」
その言葉に驚いたお妙は手を引こうとしたが、突然、人形の手がカタカタと動いてその手を掴んだ。
「きゃーっ!」
「いかん!」
秋月は、お妙から人形の手を解き放とうとした。
「むむっ!」
人形の手は固くお妙の手を握り、びくともしなかった。
「固いぞ。手伝ってくれ。」
「はっ。」
二人が近づこうとすると、人形の手から発した雷光が、お妙と秋月の体を襲った。
「ぎゃーっ!」
「うおーっ!」
お妙と秋月は、その場に崩れ、左馬之介、宋右衛門は弾き飛ばされた。
人形は、しゃがみこみ、地面に横たわるお妙を抱きあげた。
お妙は、抗おうとしたが身体が痺れて動かなかった。
人形は、お妙に口づけをした。
「あっ。」
唇が触れた途端、痺れるような陶酔を感じ、あらがう気持ちが失せ、そのまま人形の口づけを受けた。
お妙は、夢をみているような気持ちだった。だが、その夢心地は、人形の口から何かが口の中へ入ってくるのを感じて、破られた。
「うぐっ。ぐえっ。」
虫のようなものが、次から次へとお妙の口の中に入ってきた。
吐き出そうとしたが、虫は構わず奥へ突き進んだ。
口の奥から自分の肉を食い破って、奥へ奥へと進んでいるように感じた。
お妙の身体はガタガタと振るえはじめた。

左馬之介、宋右衛門はようやく起きあがってきたが、雷撃を直接受けた秋月はまだ体が痺れて起きあがれなかった。
「は、早く。む、娘を助けるんだ。」
苦しそうに声を出すのが精一杯だった。
「おのれ、妖怪人形。娘を放せ。」
二人の侍が刀を抜くと、人形はお妙を放し、カタカタと刀を抜いた。
「素体ノ確保ヲ邪魔スルモノハ排除スル。」
「黙れ。我々が成敗してくれる。」
二人は人形に斬りかかったが、人形とは思えぬ鮮やかな太刀さばきで、あっと言う間に、二人の侍を倒した。
「おおお。左馬之介!宋右衛門!」
秋月は二人が地面に伏すのをただ見ているしかなかった。
「今の太刀筋は、確かに楓のもの。」
返り血を浴びて凄惨な楓人形は秋月の方を向いた。ようやく痺れが取れた秋月は起き上がって対峙した。
「もしや、お前は楓か?私の娘か?」
「人間ノ時ハソウダッタガ、今ハ魔人様ノ僕。」
「魔物に捕らわれて、浅ましい姿にされてしまったか。儂が救ってやる。」
秋月は刀を抜いて楓人形に斬りかかった。楓人形はそれを受け止め軽く押し返した。
それだけで秋月は弾き飛ばされ、したたかに背中を土塀に打ち付けた。
「ぐぐーっ!力も人間業ではない。」
そこへ楓が刀を振りおろしてきた。
秋月の手に刀は無かった。土塀に打ったとき手放してしまっていた。
とっさに避けると、楓の刀は土塀に刺さってめりこんだ。
「今だ!」
秋月は楓の小刀を抜き、体重を掛けて心臓めがけて刀を付いた。
だが、ガキッと音がして、刀はそれ以上奥へ入らなかった。
まるで石像を付いたような堅さだった。
一方、自分の腹部が熱くなるのを感じた。見ると、自分の小刀が刺さっていた。楓もまた同じように、秋月の小刀を腹部に刺していた。
「ぐふっ。む、無念。」
そう言い残して、秋月は地面に崩れた。
その様子を無表情に見ていた楓は、秋月が地面に伏すと、土塀から刀を抜き、秋月から小刀を取り戻し、鞘に納めた。
それから向きを変え、お妙の方に向かった。
お妙は目を見開いたまま、身動きせず仰向けになっていた。
楓は抑揚のない声で問いかけた。
「オ前ノ名ハ、何カ?」
お妙は目を見開いたまま、同様に抑揚のない声で答えた。
「私ノ名前ハ、オ妙デス。」
「オ妙。起キナサイ。」
「ハイ。」
お妙は、両手を脇に付けたまま上半身を起こし、膝を立てて一気に起きあがった。
「オ妙。オ前ハ魔人様ノ素体トシテ選バレタ。私ノ後ニ付イテ参レ。」
「カシコマリマシタ。」
楓が歩き始めるとその後をお妙は追い、二人は闇の中に消えていった。

翌朝、三人の遺体が発見され、大騒ぎになった。送り届けるはずの呉服屋の娘も行方不明になっていた。
遺体には刀傷しかないので、魔物の仕業ではないだろうと、下手人探しがはじまった。
遺体を運んでいるところへ、旅姿の若い侍がやってきた。
「何かあったんですか?」
「娘の拐かしだ。下手人と争って、殺されたようだ。」
「そうですか。」
遺体が運ばれた後、若侍はあちこち見て回り、深くえぐれた土塀の穴を見つけた。
「これは、人の業ではない。魔人でもない。人形か。」
そう言うと、侍は懐から珠を取り出した。珠は薄く光っていた。
珠をつきだし、ゆっくり一周して、珠の光の最も強い方向を定めた。
それは、昨夜、楓とお妙が去った方角だった。
その方向に向かって侍は歩き始めた。


第4話 終



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