『からくり魔人』

作 karma 様



第5話 魔人を追う者

沙耶が雲慶のもとで修行を始めて、もうすぐ一年が経過しようとしていた。
玄武山の麓にある綱木村では、お鶴が病弱な父親に代わって、日が暮れるまで仕事を続けていた。
作業を終えたときには、西の空に陽が沈みかけていた。
「ふーっ。今日も遅くなっちゃったわ。明日は弟を連れて来よう。手伝ってもらわなくっちゃ、終わらないわ。」
お鶴は、農具を入れた籠を担いで帰り道を急いだが、村への道半ば頃には陽が暮れてしまった。
手提げの提灯を灯し、月明かりだけの暗い道を村に急ごうとすると、道端に人影が見えた。
月明かりだけでは良く見えないが、腰の刀から察すると、若い侍のようだった。
「どうしてこんなところにお侍さんがいるのかしら?」
侍は、お鶴が近づく間、じっと立ったままで微動だにしなかった。
月明かりの中に、人が道端でじっと立っている光景は気味が悪かった。
最近、近隣の村で若い娘が神隠しにあっていると聞いた。
お鶴は侍と目を合わせないようにしながらも、いつでも走り出せるように注意深く様子を伺っていた。
侍はきらびやかな衣装を着ていた。
役者かなと思ったが、それにしても、なぜ、こんなところにいるのか不思議だった。
それまで動かなかった侍が、お鶴が二間ほどの距離に近づくと、おもむろに歩きだした。
一直線に道を横切って道の真ん中でぴたりと止まり、その場で向きを変え、お鶴の方を向いた。
お鶴は提灯を持ち上げて、侍の顔を照らした。
まだ、少し距離があるのでよく見えないが、それまで男とばかり思っていた侍は、唇に紅をさしていて、侍姿の娘と判った。白磁のように白い肌で、美人だった。
「何かご用でしょうか?」
問いかけても、その娘は表情も変えず黙ってお鶴を見つめていた。
「用が無いのでしたら、急ぎますので。」
気味が悪いと思ったお鶴は関わりにならないよう、小走りに避けて過ぎようとした。
ちょうど真横に来たとき、腕が延びてお鶴の手首を掴んだ。
「何をするんですか?放してください。」
お鶴は、娘の指の感触はまるで陶器のように冷たく堅いことに気づいた。
指を外そうと掴むと、表面がつるつるで関節部に継ぎ目があるのが判った。
提灯を娘の顔に翳すと、お面のように艶があり、全く変化しなかった。
そして首には継ぎ目があった。
「こ、これは人形?」
ギリッギリッと音がして娘の顔がお鶴の方を向いた。
「きゃーっ!」
お鶴は思わず提灯を落とした。提灯はたちまち燃え上がった。
「娘。オ前ハ美シイ。我ガ主ノ創作物トナルノニ、フサワシイ。」
「人形が喋った!?」
自ら動き、喋る人形に、恐怖を感じ、お鶴は腕を振り解こうとしたが、びくとも動かなかった。
侍姿の娘人形はお鶴をぐいぐいと引っ張って歩きだした。
必死の抵抗も虚しく、お鶴はただ、ずるずると引きずられるだけだった。
「助けてーっ!誰かーっ!」
この時刻にこの道を通る者はほとんどいなかったが、お鶴は、はかない望みにかけて、大声で助けを求めた。
「待て!その娘を置いていけ。」
突然、後ろから呼び止める声がした。そこには旅姿の若い侍がいた。
お鶴は侍に助けを求めた。
「お、お侍様。お願いします。助けてください。」
呼び止められた人形娘は、ギリッギリッと首から上だけを後ろに回して侍のほうを見た。
「ひぃーっ!」
人にあらざる挙動を見て、お鶴は再び悲鳴を上げた。
「オ前ハ、何者ダ?素体確保ヲ邪魔スル者ハ排除スル。」
「私は、小須茂才馬。お前の主、からくり魔人を追うものだ。お前、からくり魔人の人形娘だな?」
「私ハ楓。魔人様ノ僕。我ガ主ノ名ヲ知ル者ハ抹殺スル。」
人形娘の指先から雷光が走り、お鶴に襲いかかった。
「ぎゃーっ!」
お鶴は意識を失い、その場に崩れた。
それから、楓は、顔を侍にむけたまま、首から下だけをカチカチと向きを変え、刀を抜いて上段に構えた。
一方、侍は腰の刀に手を掛け、人形娘の攻撃に備えた。
楓は、刀を構えた姿勢のまま、何の前動作もなく突然、一気に侍に近づき、刀を振り降ろした。
才馬は刀を抜き、右足を踏み出して、楓の刀を受けた。
「光斬刀!」
才馬の刀は黄金光を帯び、楓の刀をまるで竹光の様に真二つに切った。
刀はそのままの勢いで、楓の首に向かった。
楓は後方に跳躍した。
かろうじて刀をかわしたが、僅かに、切っ先が首をかすめた。
「どうだ、光斬刀の切れ味は?」
楓は、刀を捨て、両手を前に突き出した。
その指先から才馬に向かって雷撃が襲いかかった。
「はっ。」
才馬は後ろに跳んで、雷撃を避けた。
楓の雷撃は才馬の居ない地面に穴を開けた。
「これでは近づけない。甲冑を使おう。」
刀を天に突きだし、叫んだ。
「剛力甲冑!」
すると、才馬の身体が光に包まれ、西洋の甲冑のような姿となった。
「神速移動!」
再び才馬が叫ぶと、甲冑姿は一瞬、ふっと欠き消え、次の瞬間、楓の正面に現れた。
才馬は楓めがけて刀を凪ぎ払った。
瞬時に楓は、後ろに跳躍した。
だが、着地した楓は二の腕から先を失っていた。
更に、服ははだけ、露わになった胸には乳房の間に斜めに裂け目ができていた。
「これでもう攻撃できまい。」
雷撃を放つ腕を失えば雷撃はないと思い、才馬は一気に楓に迫った。
そのとき、楓の両乳首から雷撃が放たれた。
「しまった。避けられん。金剛結界!」
雷撃は、才馬の周りの見えない壁に阻まれた。
「神速移動!」
再び才馬は欠き消え、今度は楓の背後に現れ、斬りつけた。
楓はとっさに跳躍して避けたが、才馬の刀は楓の両腿を切った。
両脚を失った楓は、胴だけが着地し、地面を転がり、仰向けになった。
両腕両脚を失いながら、楓は身体を起こそうと試みた。
しかし、斜めに切り落とされた二の腕では、上体を完全に起こすことは出来なかった。
才馬はゆっくり楓に近づき、つま先で裏返しにした。
そしてとどめを刺そうと刀を突き立てた。
そのとき、侍の背後から、地底の底から湧いたような大地を揺るがす声が響いた。
「我が愛しき人形娘を壊す者は誰ぞ?」
才馬が振り向くと、そこには全身漆黒の甲冑を纏い、身の丈十尺はあろう巨人が立っていた。
背中には、闇のような黒い外套をひるがえっていた。
巨人は才馬の黄金に輝く刀を見た。
「我が人形娘を切るとは、並の刀にあらず。」
「代々伝わる光斬刀だ。」
「光斬刀?されば、汝、コスモなりや?」
「いかにも。私は小須茂才馬だ。」
「これは、奇なり。此の地にコスモありとは。」
「貴様が、からくり魔人だな。」
「然り。我は、からくり魔人。崇高にして偉大な芸術家なり。」
「小須茂家は、お前を倒すため代々この光斬刀を伝えてきた。」
「小須茂家?代々?されば、我を追いしコスモ、時を違えしか。」
「そして、私がお前を倒す!」
甲冑が、ぐいーんと唸り音をあげ、才馬は人間技とは思えぬ跳躍をして光斬刀を魔人に振り降ろした。
だが、光斬刀は魔人に届く前に見えない壁にぶつかった。
刀と壁がぶつかったところから稲妻が走り、才馬ははじき跳ばされた。
「うぐぁ。」
才馬は刀を構え直して驚いた。
「あっ!光斬刀が!?」
刀の光は消えて、普通の刀に戻っていた。
「我が結界も消失せり。されど、光斬刀が光を失いては、我を倒すこと不可なり。されば我が攻撃を受けよ。」
魔人は右手を伸ばすと、指先から才馬めがけて電撃を発した。
「神速移動!」
才馬の姿は欠き消え、三間ほど遠ざかった場所に現れた。
だが、たちまち雷撃に襲われた。
「うおーっ。」
「汝の小技、我には効果なし。」
「金剛結界!」
剛力甲冑が再びうなりをあげると、魔人の電撃は見えない壁に防がれた。
「汝、結界が使うや。されど、何時まで耐えうるか?」
魔人は左手も突きだし、両手の指から電撃を発した。
剛力甲冑のうなりが一層大きくなった。
「くっ。負荷が大きすぎる。このままでは、耐えきれん。」
甲冑のあちこちで火花が散った。
「いかん!金剛力が限界だ。」
ついに結界が消失し、電撃が才馬を襲った。
「ぐああっ。」
電撃を受けた甲冑は消失し、才馬は倒れた。
「ま、まだまだ。」
才馬は光を失った光斬刀を構え直したが、肩で息をし、立つのも、やっとという状態だった。
「我と戦うために、剣と鎧を代々伝えしが、それも今日で終わりなり。」
魔人が才馬に手を伸ばそうとすると、がさっと物音がした。
見ると、お鶴が目を醒まして、逃げようとしていた。
「これは迂闊なり。戦いに没頭するも、素体を逃がさば全てを失うに等し。」
魔人はちらりと才馬を見た。
「汝の相手をするより、今は我が創作の方が肝要なり。」
そういうと、魔人は才馬に背を向けた。
「ま、待て!」
才馬は魔人を追おうとしたが、両脚はすでに身体を支えられず前のめりに倒れた。
魔人は、動かなくなった楓の前で立ち止まった。
「汝、我が最初の人形なり。捨て去るべからず。我が棲家にて修復せん。」
魔人が外套を翻して覆うと、楓も手足も消えた。
それから魔人は、お鶴の後を追い始めた。
「く、くそっ!」
悔しさがこみ上げるなか、才馬は気を失った。

翌朝、沙耶がお鶴の家に来た。
雲慶に頼まれて、お鶴の父親の見舞いに来たのだった。
「権蔵さん。調子はどう?」
いつも静かなお鶴の家が、今日は大騒ぎだった。お鶴の弟が権蔵に掴まれて泣いていたからだった。
「どうしたの、かん太?」
「沙耶姉。うわーん。」
かん太は沙耶に助けを求めた。
「どうしたの?お父さんにしかられたの?」
「姉ちゃんを探しに行くって、聞かないもんで。」
権蔵がかん太に代わって沙耶に答えた。
「えっ、お鶴ちゃんがどこかに行っちゃったの?」
「昨日、畑仕事に行ったきり、帰ってこねえんで。こんなことなら、お鶴一人に畑仕事に行かせるんじゃなかった。おらの体が悪くなければ、一緒に行けたものを。」
「お父、おら、ねえちゃんを捜してくる。」
「だめだ。最近、あちこちで神隠しが起きているっていうのに。お前まで、居なくなったら、どうするだ。」
「神隠し?」
沙耶は、神隠しという言葉にいやな予感がした。
「いやだ。おら、探しに行く。」
そういって、かん太は飛び出した。
「あっ、こら。かん太、待て!」
権蔵はかん太の後を追おうとしたが、患った体では、子供の足に追いつかなかった。
「権蔵さん。あたしがかん太に付いていくから、心配しないで。」
「えっ。沙耶様が?それは、申し訳ねえだ。」
「いいのよ。あたしも、お鶴ちゃんが心配だから。」

かん太と沙耶は、畑に向かう途中々々でお鶴の名を呼んだ。
「お鶴ちゃーん。」
「姉ちゃーん。」
畑まで道半ばまで来ると、農具や籠が投げ出されていた。
「これ、姉ちゃんの籠だ。」
「本当?」
「うん。ここ、おいらが壊しちゃったんだけど、お父が直したんだ。」
確かにかん太の言うとおり、籠には修理した跡があった。
籠の近くの地面は、あちこち抉れていた。
「何があったんだろう。」
沙耶は胸騒ぎがした。
あたりを見回すと、草むらに人が倒れているのが見えた。
近くに寄ってみると、若い侍が刀を持ったままうつ伏せになっていた。
「どうして、こんな所に侍が?」
侍の顔色には生気が無かった。
「沙耶姉、その人、生きてるの?」
侍の手から刀をはずし、仰向けにして、胸に耳をあてると、弱々しく心音が聞こえた。
「まだ、息はあるけど、危ないわ。」
沙耶は侍の胸に右手を置き、祈るように目を閉じた。
「はっ!」
右手に力を込めると、次第に侍の顔が生気を取り戻した。
「これで大丈夫。」
それを見て、かん太が驚いた。
「沙耶姉、すごい。」
「雲慶和尚に比べれば、まだまだよ。」
侍の腰から鞘をはずして、侍の刀を納めようとして、ふと手がとまった。
「どうしたの、沙耶姉。」
「この刀、不思議な力を感じるわ。こんな刀をもっているなんて、ただ者ではないわね。」
沙耶は、侍の刀をゆっくり鞘に納めた。
「さてと、この人、村へ連れて行かなくちゃ。」
「姉ちゃんを捜すの、止めちゃうの?」
「うん。このままにしておけないわ。それに、この人、お鶴ちゃんのこと、何か知ってるかもしれないわ。」
「そうか。そうだね。」
刀をかん太に預け、侍を背負って、沙耶は村へ戻る道を歩きだした。


第5話 終



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