『からくり魔人』

作 karma 様



第6話 お鶴人形

沙耶が才馬を見つけたころ、綱木村の地底の奥深く、暗い洞窟の中に四肢を切断された人形娘が大きな石の台の上に、大きく目を見開いたまま横たわっていた。
その人形には首と胸に深い刀傷があった。その石の台と地面の間にはどこにも継ぎ目がなく一体の岩から削り出したようだった。
どのような仕掛けかわからないが、壁のあちこちにある丸い明かりが点いて、洞窟内をかろうじて照らして、胴だけの人形娘を闇の中に浮かび上がらせていた。
光斬刀によって、内部機構までを破壊された楓だった。
漆黒の鎧を纏うからくり魔人が楓を見下ろしていた。
魔人は人形の胸にそっと手のひらを当てた。
楓からは、歯車の回る音はもう聞こえてこなかった。
「我、汝を失うに耐えるべからず。我が力の全てをもって汝を復元せん。」
からくり魔人は、掌を楓の上にかざすと楓に雷撃を放射した。
徐々に首の傷が消え、同様に胸の傷も元通りになった。
やがて、内部から歯車の回る音が聞こえはじめた。
楓の口から抑揚のない声が洩れた。
「楓、内部機構ノ復元ガ完了シマシタ。再起動シマス。」
楓は一度、目を閉じた後、再び目を開けた。
「楓、再起動ガ完了シマシタ。」
「汝、己の内部を確認して報告せよ。」
楓はしばらく宙を見つめていた。
「両腕、両足ガ接続サレテイマセン。胴内部ノ機構ハ正常ニ作動シテイマス。」
「可なり。されば汝に新たな力を与えん。」
「了解シマシタ。」
「腹部の蓋を開けよ。」
魔人がそう命じると、腹部の蓋が起きあがった。
「されば、開始せん。」
魔人は、内部が丸見えになった楓の胴の上に掌をかざした。掌から雷光が発生し楓の身体に吸い込まれていった。
「ガガガガガッ。」
楓の身体が震えだした。
ばちばちと火花を散らしながら、楓の内部機構はもぞもぞと動きだし、新しい機構に形を変えていった。

洞窟内の少し離れた場所では、お鶴が目を覚ましていた。お鶴は、背中の冷たく硬い感触から、大きな石の台のようなものに載せられていることが判った。
なぜ自分がここにいるのか、とっさに理解できなかった。
「そういえば、妙な人形に捕まって・・・。」
お鶴は帰り道で起きた信じられない出来事を思い出した。
「早く逃げなくちゃ。」
身体を起こそうとしたが、手足が石の台にしっかり固定されていた。
「いやあーっ!」
半狂乱になったお鶴は石の台の上でもがいた。
石の拘束具が手首、足首に食い込んだ。
「ソノヨウナ行為ハ無駄デス。自分ヲ傷付ケルダケデス。我ガ主ハ素体ガ傷付クコトヲ好ミマセン。」
頭の上から抑揚のない声が聞こえた。
わずかな明かりしかないのでよく見えなかいが、頚をそらして声の方を見ると、裸体の娘が微動だにせず、見守るように立っていた。
「お願い。助けて。家で病気のお父が待ってるの。」
お鶴の悲痛な叫びにも、娘たちは無表情なまま、全く反応がなかった。
よく見ると、娘の皮膚は白磁のように艶があり、関節部には継ぎ目があった。
石の台を囲んで数体の裸体の娘が立っていた。
「オ前ハ、カラクリ魔人様ニ人形ノ素体トシテ選バレマシタ。コレカラ私達ノ仲間ニナルノデス。」
「仲間って、それじゃあ、あなた達はもとは人間?」
「私ハ、山賀ノ城下ノ絹問屋ノ娘デシタ。」
「ひーっ。いやーっ。あたしは、人形なんかになりたくない。」
お鶴の恐怖は、最高潮となった。手足がちぎれんばかりに、もがき、手首、足首の皮が剥けて、血が滲んだ。
「オ妙様。コノママデハ、人形トナッタ時ニ、損傷ガ残リマス。」
お妙と呼ばれた人形娘が、他の人形に命令した。
「楓様ガ修復シテカラノ予定デシタガ、止ムヲ得マセン。作業ヲ開始シマス。」
その言葉を合図に数体の人形がお鶴に近づいた。
お妙は、お鶴に顔を近づけ、唇を重ねてきた。二体の人形が左右から両乳首、一体が股間に顔を近づけてきた。
「な、何するの?」
初めは、顔を背け、体を捩って、座れるのを避けていたが、股間に人形の唇が触れた途端、体を快感が走り抜けた。
「ああっ。あうっ。」
お鶴の体は、大きく反り返った。その隙に両乳首を吸われると、甘い陶酔に襲われた。
「はあーっ。ああっ。」
お鶴の目は潤み、体の力が抜け、何も考えられなくなった。お妙の顔が近づいて唇を奪われた。
その口から虫のような物が入り込んでも、舌で押し返すこともせず、ただ、受け入れるだけだった。
虫が口蓋を食い破り、触手を延ばしているのが感じられたが、何も感じなかった。
お鶴が大人しくなると、お妙たちはお鶴から離れ、しばらくして大きな硝子の容器を持ってきた。二体の人形娘が足元に立ち、左右に一体ずつ、頭部にお妙が立った。
硝子の容器の中にはびっしりと黒いものが詰まっており、もぞもぞと蠢いていた。
「開始シナサイ。」
お妙の号令とともに、お鶴の足元に立った一体の人形娘が蓋を外して、お鶴の股間に容器の口を向けた。
中からぞろぞろと出てきたのは、傀儡虫だった。虫たちは一斉にお鶴の秘孔めがけて進み始めた。
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小須茂才馬が目覚めたとき、自分が布団の中に寝ていることに気づいた。
迴りを見渡すと、じっと才馬を睨み付けているかん太と目があった。
「坊主。お前が助けてくれたのか?」
「ねえちゃんは何処?」
「えっ?」
「これ、かん太。突然、そんなこと聞いても、お侍様も答えられんじゃろう。」
かん太をたしなめる声の方を向くと、病弱そうな男がいた。
権蔵だった。権蔵を見ると、才馬は起き上がり、正座して頭を下げた。
「これはご主人。助けて頂き、かたじけない。」
「いや。お侍様を助けたのはおらじゃねえですだ。沙耶様ですだ。」
「沙耶様?」
「へえ、玄武山の中腹にある大悟寺に修行に来ていなさる娘さんだ。お武家様の娘らしいですが、修行熱心な娘さんですだ。いまも、庭で素振りをしていますだ。」
耳をすますと、庭のほうからかけ声がきこえてきた。
「えい!えい!」
「かん太。沙耶様を呼んでおいで。」
かん太は才馬をじっと見ていたが、ぷいっと庭の方へ走り出した。
かん太が障子を開けると、そこには木刀を持って素振りをする娘がいた。
かん太が沙耶を呼んだ。
「沙耶姉、お侍が目を醒ましたよ。」
「そう?今行くわ。」
沙耶は木刀を左手に持ち、縁側から上がってきた。
白い胴着を着た髪の短い美しい娘を見て、才馬は寝巻の乱れを慌てて直した。
「気が付かれましたか?」
「はい、お陰様で。貴方が私を助けて頂いたとお聞きしました。私、小須茂才馬、ご恩は一生忘れません。」
才馬は深々と頭を下げた。
「小須茂殿、どうぞ、頭を上げてください。目が覚めたばかりで、申し訳ありませんが、お聞きしたいことがあります。」
「はい、私の知っていることであれば、何なりと。」
「実はこの家の娘、お鶴が昨夜から帰らないのです。貴方が倒れていた道はお鶴の帰り道です。何かご存知ではありませんか?」
才馬は腕を組んでしばらく考え込んだ。それから、おもむろに口を開いた。
「信じてもらえないかもしれませんが、昨夜、娘さんは魔物に拐かされました。」
「魔物?」
「はい。私は、その魔物を追っていたのですが、昨夜、娘を拐かすところに遭遇しました。
おそらく、その娘さんがお鶴さんではないかと思います。私は娘さんを助けようと、魔物と戦ったのですが、敗れました。」
「うそだ!そんな魔物なんているもんか。お前がねえちゃんをさらったんだ。姉ちゃ鳬んを返せ!」
かん太は才馬に殴りかかった。
「済まぬ。私に力がないばかりに。」
「うそだ、うそだ。姉ちゃんを返せ!」
「かん太。もう、止めろ。」
権蔵が見かねて、止めに入った。
「うわぁーん。」
かん太は、大きな声を上げて外へ出ていった。
権蔵はかん太を追う前に、才馬の方を振り向いた。
「お侍様。すまねえが、オラもその話信じられねえだ。」
権蔵はそう言うと、じろっと才馬を睨んでから、かん太の後を追って外へ出ていった。
気まずい雰囲気を感じながら、才馬は状況を改善しようと、残った沙耶に話しかけた。
「あなたも魔物なんて信じられないでしょう?」
「いいえ、そんなことは。」
「いや。気休めはいいです。この私だって、実際にこの目で見るまでは、古文書に半信半疑だったのですから。」
「古文書?」
「小須茂家に代々伝わる古文書です。幼いころから、何度も読まされました。」
才馬は行李の中から古ぼけた書物を出してきた。
「いつかこの地に恐ろしい魔物が現れると書かれています。そして、その魔物を倒すのが小須茂家の役目だと。」
「どんな魔物なんですか?」
「おもしろい方ですね、沙耶殿は。」
「どうしてです?」
「普通の人は、こういう話をすると奇人を見るような顔をするのですが、あなたは魔物について聞こうとする。」
才馬は、古文書をパラパラとめくった。
「えーと、此処だ。『七色に輝く異界の門より現れ、漆黒の鎧を纏い、雷の力を操る。』とあります。」
沙耶はそれを聞いて、はっとした顔になった。
「その魔物はからくり魔人というのではありませんか!?」
沙耶の言葉を聞いて、才馬も驚いた。
「どうしてそれを?」
「私、そのからくり魔人を見たことがあります。」
「えっ?」
才馬は沙耶ににじり寄って肩を掴んだ。
「何時、何処で?」
「手を放して下さい。」
「あっ。これは申し訳ない。」
才馬は済まなさそうに後ろに下がった。
「去年の夏です。私は、魔人が出現するところに居たのです。
虹色の輪が突然空中に現れて、全身を黒い甲冑を纏った大男が出現しました。その大男が自分のことを『からくり魔人』と名乗ったのです。」
沙耶は顔を伏せた。
「そして、私の幼なじみの娘を捕らえて連れ去りました。助けようとした人たちは皆、魔人の雷に倒れました。」
「そんなことがあったから、魔物と聞いても驚かなかったんですね。」
沙耶はこくりと頷いた。
「小須茂殿。教えて下さい。からくり魔人に捕まった娘はどうなるんですか?からくり魔人とは何者なんですか?」
「古文書には、こう書かれています。『からくり魔人は、娘を拐かし、之を人形と為す。人形となりし娘、からくりの力にて自ら動くべし。魔人を主と崇め、之が為に新たな娘を拐かす。一度人形と為りし娘は、再び人に復すること能わず。』とあります。」
「なんですって。それじゃあ、楓は生き人形にされてしまったの!」
「楓!?その娘の名は楓というのですか?昨夜、私は侍姿の人形娘と戦ったとき、その娘が楓と名乗っていました。」
才馬の言葉を聞いて、沙耶は愕然とした。
「楓が人形にされてしまった。私は何のために修行をしてきたの?」
沙耶はうつむいて肩を震わせていた。
「貴方は楓を倒したのですか。」
か細い声で才馬にたずねた。
「はい、倒しました。・・・しかし、止むを得なかったのです。判って下さい。」
才馬は沙耶に頭を下げた。
「小須茂殿。ありがとうございます。」
声を振るわせながら、沙耶は答えた。
「えっ?」
てっきり、沙耶が怒ると思っていた才馬は意外な言葉に驚いた。
「お鶴を助けるためでしょう。それに、楓も生き人形となってこのまま魔人に仕えるより、あなたに倒されたほうが救われると思います。」
「沙耶殿、ありがとうございます。」
人形にされたといえ、楓を倒した自分に、つらさに耐えて礼をいう沙耶に才馬は感激した。
「申し訳ない。魔人が現れなければ、お鶴殿を助け、沙耶殿に楓殿の身体を持ち帰れたのですが。」
「そうだわ。早くお鶴ちゃんを助けないと。小須茂殿。教えてください。魔人は何処にいるんですか。」
「わかりません。ただ、小須茂家には魔人と戦うための法具が代々伝わっていて、その中に魔人の珠というのがあります。」
そういうと才馬は懐中から、珠を取り出した。
「この珠は魔人の力に反応して光ります。」
袋から珠はぼうっ光っていた。
「一年前のことですが、それまで一度も光ったことなど無かった珠が、突然うっすらと光りだしました。
その時から私はこの玉を持って魔人を捜す旅に出ました。ついに、この土地にきて光が強くなり、人形娘に会い、魔人と出会うとさらに強く光りました。」
「それでは、この珠が光るところを捜せば魔人が見つかるわけですね。」
才馬がうなずくと、ぼうっと光っていた玉が突然はっきりと光りはじめた。
「むっ、これは?近くに何かいる!」
そのとき、表が騒がしくなった。あちらこちらから娘の悲鳴、男の叫びが聞こえた。
慌てて表に出ようとすると権蔵の悲鳴が聞こえた。
「ぐえーっ。止めるんだ。」
才馬と沙耶が外に出ると、首を持ち上げられた権蔵の背中が見えた。傍にはかん太が大声で泣いていた。
首を掴む指が緩み、権蔵の身体が地面に崩れた。権蔵の向こうに、裸の娘が立っていた。娘の身体は関節に継ぎ目があり、白磁のように艶やかで、そして権蔵の吐血で真っ赤に染まっていた。
人形娘は沙耶をみると抑揚のない声で言葉を口にした。
「素体ノ発見。捕獲ヲ邪魔スルモノハ排除スル。」
沙耶はその人形娘をみて驚いた。
「お鶴ちゃん!」
無表情に沙耶を眺める人形娘の顔はお鶴の顔だった。


第6話 終



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