『からくり魔人』

作 karma 様



第8話 沙耶とお鶴

「不覚。」
才馬は、自分の不注意を罵りながら、仰向け状態から起きあがろうとした。
そのとき、たちこめる土煙の中に人影が見えた。
人影はいきなり左腕を伸ばし、才馬の首を捕んで、持ち上げた。
才馬の正面に無表情なお鶴の顔が見えた。
「くそっ。」
反撃しようと思ったが、才馬は、自分の手に光斬刀がないことに気づいた。
才馬は、為すすべも無くそのまま放り投げられた。
「ぐあっ。」
地面に叩きつけられながら、光斬刀がお鶴の右手の中にあるのが見えた。
そして、それは才馬めがけて振り降ろされようとしていた。
「金剛結界!」
避けられないと思った才馬は結界を張った。光斬刀と結界がぶつかり、互いに火花を散らした。途端に剛力甲冑が火を吹いた。
「しまった!」
魔人の戦いからまだ回復していない甲冑は、光斬刀に耐え切れなかった。
「次を食らったら終わりだ。」
じりじり追いつめてくるお鶴に才馬は後ろに下がるしかなかった。
「小須茂殿!」
もうもうと立ち込める土煙の中から沙耶が駆け寄って来た。
「沙耶殿、人形娘に光斬刀を奪われた。近寄るな!」
才馬が沙耶に声を掛けている間に、お鶴は才馬に切りかかった。
「才馬殿、危ない!」
沙耶は、咄嗟に木刀を抜いて、光斬刀を受け止めた。
「だめだ。光斬刀を止める刀などない。」
才馬は甲冑の破壊を覚悟した。
だが、沙耶の木刀は光斬刀を受け止めていた。
「くうっ。すごい力だわ。小須茂殿。早く、逃げて下さい。」
「沙耶殿、一体どうやって?」
「いいから早く!支えているだけで身体に衝撃が走るわ。長くは支えられない。」
沙耶の声に慌てて才馬は抜け出した。
才馬が逃げてしまうと、お鶴は沙耶に向きを変え、光斬刀を振り上げ、斬りかかった。
沙耶は木刀で受け止めた。
ありったけの法力を木刀に込めて受け止めたが、それだけで全身に突き抜けるような衝撃を感じた。
「くっ、まともに受けたら身体が持たないわ。」
沙耶は右に左に受け流し衝撃を防いだ。
次に受けると見せかけて、そのまま木刀をすっと曳いた。
お鶴が前に態勢を崩して前のめりになると、お鶴の右手首を切り払った。
「才馬殿。刀を受け取って!」
光斬刀は、お鶴の手首ごと才馬のほうに飛んで行き、それを才馬は受け取めた。
「沙耶殿、かたじけない。」
だが、その行為はお鶴に沙耶の力を認識させた。
「警告。素体ハ正体不明ノ攻撃力ヲ有ス。」
光斬刀を奪われたお鶴は後ろへ飛び、手首のない右手を前に伸ばした。
肘から先が飛び出し、ものすごい勢いで沙耶を襲った。
お鶴の右手を木刀で切り落とすと、お鶴はすでに沙耶に対し充分な間合いをとって、今度は左手を伸ばしていた。
「逃がさないわ。」
沙耶はお鶴を追おうとした。
そのとき突然、才馬がお鶴の間に現れ、沙耶の行く手を阻んだ。
「沙耶殿、追うな。」
「才馬殿、邪魔しないで。私の手でお鶴ちゃんを倒したい。」
そのとき、お鶴の指先から雷撃がほとばしり、沙耶と才馬を襲った。
「きゃーっ。」
突然の攻撃に沙耶は悲鳴をあげた。
だが、雷撃は沙耶に届かなかった。
才馬の迴りにできた見えない壁に遮られていた。
「これは?」
「剛力甲冑の力、金剛結界です。」
沙耶は迴りを見渡した。
「なるほど。特別な力で壁を作っているのね。」
「沙耶殿。あなたは不思議な力をお持ちのようだ。ですが、人形娘はあなたの知らない力を持っています。」
だが沙耶はその言葉を聞いていなかった。
いつの間にか結界から外に出てお鶴に向かって走っていた。
「沙耶殿!外に出ては危険です。」
お鶴は雷撃を才馬から沙耶に向けた。
「いけない!」
才馬は沙耶の後を追おうとした。
その時、背後から風を切る音がした。
才馬が、思わず体を沈めると、頭の上を高速で腕が飛来して通過した。
腕の飛んできた方向をみると、片腕の娘が立っていた。
腕は才馬を飛び越えた後、家の柱をへし折って、途中で軌道を変え、再び才馬を襲ってきた。
「飛来腕か。まず、こいつをなんとかしなければ。」
才馬は光斬刀を抜いて、腕を切り落とそうしたが、腕は途中で向きを変え、沙耶のほうへ向かった。
「しまった。沙耶殿!そっちへ行った!」
沙耶に声をかけたとき、人形娘は、残ったもう一つの腕を才馬に向けて発射し、同時に疾走してきた。才馬が、腕を掴み取ったところへ蹴りが襲ってきた。身を沈めてかわし様に人形娘の胴を横に凪ぎ払った。人形娘の胴がずるりと落ちた。
一方沙耶は、才馬の声に気づいて、飛来した腕に木刀を構えた。
そこへお鶴から雷撃が襲ってきた。
「確か、こんな感じだったわ。」
沙耶が右の手のひらをつきだすと、雷撃は見えない壁に遮られた。
沙耶は、飛来した腕を左手の木刀で受け止め、そのままぐいっとお鶴の方へ木刀を振った。
腕は木刀に引きずられるようにお鶴の方に飛来の向きを変えた。
お鶴は、咄嗟に雷撃で飛来腕を破壊したが、その間に沙耶は間合いを詰め、お鶴の左腕を上腕のところで切り落とした。
「これで雷撃はできないわね。いま、元に戻してあげる。おとなしくしていてね。」
沙耶は木刀を腰に納め、両腕のないお鶴に向かって歩き出した。
沙耶は気づいていなかった。人形娘にまだ攻撃力があることを。
お鶴は無表情に沙耶が近づくのを見ていたが、突然声を発した。
「残存攻撃力使用。」
お鶴の両乳首から雷撃が発生し、沙耶を襲った。
「きゃーっ。」
慌てて法力で結界を張るが、間に合わず、衝撃が沙耶を襲った。
だが、それは瞬時に終わった。
見ると、お鶴の身体は上下に分断され、地面に転がっていた。
そしてお鶴の後ろに、光斬刀を持つ才馬の姿が見えた。
沙耶は立ち上がり、力なくお鶴に近づいた。
「お鶴を斬ったのですね。」
「はい。でも、こうしなければ・・・」
「判っています。私の力不足です。」
沙耶の目から涙が落ちた。
「沙耶殿、もう人形娘は居ないようです。」
才馬は、魔人の珠を出すと、もう光っていなかった。
光斬刀を鞘に収めると、剛力甲冑も消えた。
沙耶はじっとお鶴を見ていた。
才馬が沙耶に声をかけようとしたところに、遠くから声が聞こえた。
「沙耶姉!」
振り向くとかん太を肩車した雲慶がいた。
「雲慶師匠!」
「おお、沙耶、無事か。かん太から聞いて慌てて駆けつけたが、もう片がついたようだな。」
「突然、この人形娘たちが村をおそってきました。こちらの小須茂殿が一緒に戦ってくれたので、どうにか倒せました。」
「いや、私のほうこそ、沙耶殿に助けられました。沙耶殿は実に不思議な力を持っておられる。」
「私など、まだ師匠には及びません。師匠のほうが私より数倍の力があります。」
そのとき、かん太は上半身だけのお鶴を見つけて駆け寄ろうとした。
「姉ちゃん!」
お鶴人形は、かん太の声を聞くと立ち上がろうとした。
「姉ちゃんはまだ生きてる。」
走り寄ろうとするかん太を才馬は後ろから抑えた。
「かん太。近寄ってはあぶない。」
「放せ。姉ちゃんを返せ!お前が姉ちゃんを斬ったんだ!」
「済まぬ。確かにお前の姉を斬った。だが、人をすうくうためだ。判ってくれ。」
かん太と才馬がもみ合っている間に、雲慶は地面に倒れたお鶴人形をのぞき込んだ。
「和尚。近づいては危険です。」
「小須茂殿、雲慶師匠は私以上の力を持っています。大丈夫です。」
起き上がろうとするお鶴の額に雲慶が手のひらをかざすと大人しくなった。
「ふむ。こいつは驚いた。恐ろしい程の呪いを感じる。この呪いがお鶴を人形に作り変え、心を支配しておる。」
「それは古文書のとおりです。どうして判るのですか?」
「これが、雲慶師匠の法力よ。」
「ねえ。和尚さんの力で、姉ちゃんを助けて。」
かん太は、涙ながらに訴えた。
「師匠。私の力ではお鶴を救うことはできませんでした。師匠の力なら元に戻すことはできませんか?」
「いや、この呪いは恐ろしく強い。儂の力でも元には戻せん。だが、呪いを止めて、正気に戻すことはできそうだ。」
そう言って、雲慶は手を静かに目を閉じ、お鶴の頭にかざし、掌に気合いをこめた。
「むん。」
それまで虚ろだったお鶴が二、三度瞬きすると表情が人間らしくなった。
「かん太。」
弱々しい声でかん太を呼んだ。
「姉ちゃん!正気に戻ったんだね。」
才馬は驚いた。
「まさか。古文書には、人形娘が正気に戻ることは無いと書いてあったのに。」
お鶴は、悲しそうに言った。
「ごめんね。かん太。姉ちゃんは父ちゃんを殺しちゃったよ。」
「姉ちゃんは悪くないよ。姉ちゃんは操られていたんだ。」
「おりがとう、かん太。そう言ってくれると、姉ちゃんは安心してお別れできるよ。」
「何言っているんだ。姉ちゃんはおいらと、ずっと暮らすんだ。」
「かん太。ごめんよ。もう、姉ちゃんは直らないんだよ。頭の中でそう教えてくれるんだ。それに、一緒にいたら、いつまた操られてお前を殺してしまうかもしれない。このまま、壊れてしまったほうがいいんだよ。」
「やだ。おいらは姉ちゃんと一緒にいるんだ。」
お鶴はかん太には答えず、軋み音をたてながら才馬に首を向けた。
「あなた様は、昨日のお武家様ですね。ありがとうございます。」
「礼を言わないでくれ。私の力が及ばぬばかりに、お前を救えなかった。許してくれ。」
「いいえ。言わせてください。私が沙耶様やかん太に手を掛けるのを止めていただいたのですから。」
それから、雲慶の方を向いて言った。
「雲慶様。最後に正気に戻していただいて、有難うございます。お陰でかん太に別れを言えました。かん太をお願いします。」
雲慶はこくりとうなづいた。
お鶴は二の腕までしかない腕をかん太のほうに伸ばそうとした。
そのとき断面でばちばちと火花が散り、お鶴は動かなくなった。
「姉ちゃん!起きてよ!」
「かん太。お姉ちゃんをそっとしておやり。やっと自由になれたんだから。」
沙耶がかん太の肩に手をかけた。
かん太は沙耶に抱きつき、いつまでも泣いていた。


第8話 終



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