『からくり魔人』
作 karma 様
第9話 別れ
人形娘の騒ぎの一ヶ月後、大悟寺で二人の男女が打ち込み試合をしていた。
片や、黄金に輝く刀、片や胴着に木刀という奇妙な組み合わせであった。
一人がかわせば後の大木が切れ、他方がかわせば岩が切れた。
沙耶と才馬だった。
人形娘の事件以来、才馬は大悟寺の世話になっていた。
雲慶の勧めもあって、ここで破損した剛力甲冑の回復を待つことにしたのだ。
その間、こうして沙耶と打ち込み試合をしているのだった。
「沙耶殿、少し一休みしましょう。」
才馬は甲冑を解いて、普通の衣装に戻った。
「ええ。そうしましょう。」
二人は、近くの岩に腰掛け、手ぬぐいで汗を拭いた。
「沙耶殿、何故、木刀を使っているのですか。沙耶殿の力は刀を問わないのでしょう。鋼の刀の方が強力ではないですか?」
「ええ、私もそう思って試したのですが、この木刀が一番しっくりするのです。雲慶師匠が私のために300才の霊木から作ったためかもしれません。」
沙耶は、木刀を傍らに置くと、照れたように才馬に話しかけた。
「と、ところで、才馬殿、お腹はすきませんか?」
「そういえば、ちょっと。」
「よ、良かったら、私の作ったおむすびを食べませんか?」
才馬の前に、沙耶は竹皮の包みをおずおずと開けた。
竹皮には形の不ぞろいなおむすびが並んでいた。
「これは、うまそうだ。沙耶殿が作ったのですか。」
「ええ。」
才馬は、沙耶の作ったおむすびをほおばった。
その途端、むせった。
「大丈夫ですか?私のおむすび、何か変でしたか?」
沙耶が心配そうに水筒を差し出した。
「いや。腹が減って、急いで食べたせいです。」
「そうですか。」
沙耶が、おにぎりを一口食べると、自分の失敗に気づいた。
「才馬殿、済みません。私のお握り、失敗したみたいです。」
「そんなことありません。こんな美味しいお握りは初めてです。」
才馬はむしゃむしゃとおむすびを食べ始めた。
「才馬殿、無理しなくても。」
「いや、これはとてもおいしいです。」
二人の背中から咳払いが聞こえた。
「うおっほん。二人とも楽しそうだな。」
雲慶であった。
「これは、雲慶和尚。かん太の里親は見つかりましたか。」
「うむ。ようやく見つかった。娘を人形娘にされた親がいて、かん太の話をしたら、快く引き受けてくれた。才馬殿、留守の間、沙耶の相手をさせて済まんな。本来ならば儂が沙耶の相手をせねばならんのだが。」
「いえ。私にとっても、よい修行になります。今まで光斬刀と渡り合える相手は居なかったのですから、これほど真剣に打ち込んで修行できませんでした。」
「私にとっても、自分の力を計る事ができます。最初は光斬刀に押され気味でしたが、いまでは何とか渡り合えるようになりました。」
「うむ。正直いって儂には法力を使って戦った経験がない。沙耶はお主と出会って、法力を戦に使う術を身につけたようだ。」
「しかし、まだ渡り合えるだけです。才馬殿の話を聞けば、光斬刀以上の力がないと、魔人は倒せないと思います。」
「それについては、小須茂殿によい案があるようだが。」
雲慶に勧められて、いままでなかなか切り出せなかったことを話した。
「沙耶殿。その、もし、沙耶殿がよければ、私と力を合わせて魔人を倒しませんか。確かに光斬刀だけでは、魔人を倒せませんが、沙耶殿と組んで戦えば、きっと倒せます。」
沙耶は少しうつむいて、困ったような顔をして返事をした。
「少し考えさせてください。」
「いや、無理にというわけではありません。ははは。」
沙耶はそのまま本堂のほうへ立ち去った。
「鋼を切り裂く刀は自在に扱えても、女心は自在にならんか。」
雲慶は才馬の肩を叩いた。
「な、何を言っているんですか。私は、別に...。」
雲慶は才馬の言い訳を聞かず、ニヤニヤと笑って本堂へ立ち去った。
「はあっ。こんな事ならやはり言わなければよかった。」
一人残った才馬は、ため息をついて、後悔していた。
その夜、才馬は布団の上で横になり、昼間のことを後悔していた。
「変なことを言ってしまった。沙耶殿は、私のことを軽蔑しているだろうな。」
ため息をついて、寝返りを打つと、障子戸を叩く音がした。
「才馬殿、入ってもいいですか?」
沙耶の声だった。
突然の沙耶の訪問に才馬は慌てた。
「沙耶殿?ちょっと待ってください。」
沙耶の声に、慌てて起きあがり布団を畳み、衣服を正して、正座した。
「どうぞ。」
沙耶を招きいれた才馬は、沙耶の姿にはっとした。
昼間の胴着姿とは変わって、着物を着て髪を結い、唇には紅を注していた。
女らしい沙耶に見とれそうになるのを抑えて、才馬は尋ねた。
「どうしたのですか?こんな夜更けに。」
「このような夜分に殿方の部屋を訪ねて、申し訳ありません。昼間のお話の返事をさせてください。」
「そのことならば、明日の朝で伺うほうがいいと思いますが。」
「いえ。今でなければなりません。」
「どういうことですか?」
「はい。実は...。」
沙耶は言いにくそうに少し口ごもった。
「実は、この寺に修行に来るとき、父に一年で戻ると約束してきました。それが明日なのです。明日、国から迎えがきます。」
「えっ、明日?どうして、そんな大事なことを黙っていたのですか?」
「それは、・・・、お別れするのがつらかったからです。」
恥ずかしそうにうつむいて、沙耶は修行のときとはまるで別人のようだった。
「沙耶殿。」
意外な沙耶の言葉に、才馬は何も言えなかった。
「昼間のお話、とても嬉しく思います。できることなら、いっしょに旅したい。でも、父との約束は破れません。私は明日、国へ帰らなければならないのです。」
俯いた沙耶の目から一粒の涙が落ちた。
才馬は沙耶に近づいて、そっと肩を抱き寄せた。
沙耶は才馬に寄り掛かり、潤んだ瞳で才馬を見上げた。
「沙耶殿。あなたと別れたくない。」
「私も同じ気持ち。今夜、このまま、才馬殿と一緒に居たい。」
二人は見つめ合い、熱い口づけを交わしながら、互いの体を抱きしめた。
翌朝、才馬が目を覚ますと沙耶は既に居なくなっていた。
「どこへ行ったのかな。」
才馬の手の中には、まだ沙耶を抱いたぬくもりが残っているようだった。
着替え始めると、外から人の声が聞こえるので、慌てて外へ出た。
沙耶は、使いの者と思われる初老の侍と伴にいて、雲慶に別れの挨拶をしていた。
「沙耶!黙って去ってしまうなんて、ひどいじゃないか。」
才馬は沙耶に駆け寄ろうとすると、初老の侍が立ちはだかった。
「無礼者!姫様を呼び捨てにするとは何事か!」
「姫様?」
「この方は、山賀の城主、山賀泰然様の姫君、沙耶姫様なるぞ。」
才馬は、あっけにとられて、雲慶を見た。
「いや、儂も今聞いた。武家の娘とは思っていたが。」
雲慶は頭を掻いた。
「本来であれば、対等に話すことさえ許されぬのに、姫様の修行で世話になったとのことであるから、大目に見ておる。それを呼び捨てにするとは言語道断。」
侍は刀の柄に手を掛けたところへ、沙耶が止めに入った。
「彦左。構わぬ。この者達にはこれまで私の身分を明かしておらぬ。」
「ですが、姫様。」
「この者は、からくり魔人と闘うために、ともにこの寺で修行した仲間じゃ。修行の間は、身分も男女もかかわり無く修行しようと、互いに名前で呼び合うことにしたのじゃ。」
「姫様がそこまでいうのであれば。」
彦左衛門は刀から手を離した。
「じゃが、姫様は既に修行を終えた身じゃ。今後は礼儀をもって姫様に接するよう心得よ。」
「ははあ。」
才馬と雲慶は地面にすわり、頭を下げた。
「二人とも、お立ち下され。」
「いえ。知らぬこととはいえ、これまでの無礼の数々、何卒、お許しくだされ。」
才馬は更に頭を下げた。
「才馬殿、お立ちくだされ。そなたのしたことで無礼と思っていることは何一つありません。むしろ、感謝しているくらいです。」
「もったいないお言葉です。」
「才馬殿、お別れするのにそのように地に這った姿で送られたくありません。どうかお立ちくだされ。」
「姫様のお言葉じゃ。立ちなされ。」
才馬が立ち上がると、彦左衛門は沙耶を急がせた。
「さあ、姫様。もう、法力修行は終わりです。魔人と闘うなどとおっしゃらずに、これからは花嫁修行に励んでくだされ。殿は城でお帰りを待っておられます。急ぎましょう。」
「彦左衛門。待ちなさい。才馬殿に言うことがあります。」
そういうと、才馬の前に進んだ。
「修行中、世話になりました。私は国に帰れば、たやすく外には出られません。ですが、そなたと伴に魔人と闘う約束は、忘れません。もし、魔人を見つけたら、知らせてください。必ず参ります。」
「ははっ。姫様の言葉、よく判りました。有り難く頂戴します。」
沙耶は彦左衛門に向き直った。
「彦左衛門。待たせました。」
二人が去っていくのを、才馬は黙ってみていた。
二人が去った後、しばらく呆然としていたが、自分の部屋に戻った。
しばらくすると旅支度をして戻ってきた。
「お主も、去るか。」
「居心地がよくて、つい長居をしてしまいましたが、私の本懐は魔人を倒すことと気が付きました。」
「そうか。この寺もまた、寂しくなるな。小須茂殿。もし、儂の力が必要なときは、知らせなされ。微力ながら、儂も力になろう。」
「有り難うございます。雲慶殿が加われば百人力です。では、これで。長い間お世話になりました。」
「気を付けてな。」
雲慶と別れ玄武山を降りた才馬は、懐から魔人の珠を取り出し、光の強くなる方向を見定め、歩きだした。
大悟寺を去って一週間、才馬は魔人の行方がわからないまま、当てのない旅を続けていた。
旅籠に泊まった翌朝、身支度をしていると魔人の珠が光るのに気が付いた。
「これは!」
光斬刀を持って慌てて外へ飛び出し、あたりを見ても人形娘はいなかった。
「人形娘では無いのか。」
珠をもって光の強くなる方向を見定めた。
「この方角だ。人形娘なしでこの強さは魔人本体が近いか。」
珠の光る先を見つめていると、旅籠の女中が呼び止めた。
「あら。お武家様も山賀の花火祭りに行かれるんですか?」
「山賀の花火祭り?」
「あれ、知らなかったのですか?例年この時期に山賀では花火祭りがあるんですよ。去年は、何だかお城で魔物騒ぎがあったみたいで、中止したみたいですけど。」
「この道を真っ直ぐ行くと山賀の国にでるのか?」
「ええ、そうですよ。」
「ということは、魔人は山賀にいる。急がねば沙耶の身があぶない。」
部屋に戻って身支度を整え、旅籠を出ようとした。
「女中、頼みがある。」
「はい?」
「この文を大悟寺の雲慶和尚に届けてほしい。」
「あ、はい。」
きょとんとする女中に手紙を渡し、才馬は道を急いだ。
第9話 終
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