『マシンチューニング』
作karma様
第1話 マシンとの出会い
藍沢修司は、森に囲まれた古い洋館の前に立っていた。表札には緋川の文字があった。
「教えてもらった住所は、ここに間違いないようだ。研究所と聞いたけど、イメージが全然違うな。」
修司は再度自分の決意を確認した。
「ようやく、探し出したんだ。今日こそ、姉ちゃんに会うぞ。」
修司は、3ヶ月前に姿を消した姉の響子を捜してここまで来たのだった。
24年間一緒に暮らしてきた姉が姿を消すとは、ただ事ではないが、修司はそれだけのことを姉にしてしまったのだ。
「姉ちゃんに会って、ちゃんと、あやまるんだ。」
修司は、大きな鉄格子門の横にあるチャイムを押しながら、姉を失踪させた自分の過ちを思い出していた。
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修司の家は、町の小さなロボット工場だった。修司の父は職人気質で、儲けは少なかったが、丁寧な仕事が好評で、そこそこ事業を維持していた。
大学に行けなかった父親の希望で、響子と修司は工科大学に進学した。卒業後、響子はロボットメーカー大手の緋川コーポレーションに入社した。
修司も大企業に勤めたかったが、父親が首を立てに振らず、父の工場に勤めることになった。
しかし、修司が工場に勤め始めて間もなく、父親は仕事の無理がたたり、他界してしまった。突然、修司は工場を継ぐことになってしまった。
最初のうちは、順調だったが、修司は調子に乗って、仕事を放り出して遊び歩いた。
職人達は嫌気がさして、一人二人と辞め、製品の品質は落ち、注文は減った。折からの不況が追い打ちをかけ、気が付いたときは、借金の山だった。
修司は金策に奔走したが、銀行にも見放され、思いあまった修司は闇金融に手を出した。法外な金利によって、修司の借金は雪だるまのように増えていった。
家の前には、一目でその筋と判る風体の男達がうろついていた。
そんな状態で注文がくるはずもなく、工場の経営は悪化の一途だった。
修司は借金取りが怖くて家を出たまま、戻れないでいた。
だが、手持ちの資金が尽き、夜中に金を取りに戻ったところを借金取りの男達に見つかり、そのまま、どこかの倉庫に連れ去られた。
そこには、眼光のするどい男が待っていた。
「藍沢さん。お待ちしてましたよ。私、鬼丸金融の鬼丸と申します。ようやく、じっくりとお話できますね。」
「す、すまない。返済はもう少し待ってくれ。」
「もう、随分待ちましたよ。それに、貴方の工場の経営状態じゃ、いくら待っても返済は無理でしょう。」
「わ、わかった。工場を明け渡すから。」
「藍沢さん。お宅の工場を売ったって二束三文にしかなりませんよ。このままじゃ、埒があかないですね。
しかたない。あなたからの返済は諦めることにしましょう。」
あっさりと、引き下がる鬼丸に修司は逆に恐怖を感じた。
「その代わり、あなたにはこの世から居なくなってもらいます。」
「ひーっ。た、助けてくれ!」
「この鬼丸金融から借金を踏み倒したら、どうなるか、世間に示しというものを貴方の身をもって、伝えていただきたい。」
「そ、そんなことしたら、け、警察沙汰に、な、なるぞ。」
「大丈夫です。証拠を残すようなヘマはしません。」
そのとき、修司の携帯電話が鳴った。
「いきなり切っては怪しまれますね。しょうがない。最後の話をさせてあげましょう。
しかし、いいですか。妙な話をしたら、相手の方にも迷惑がかかりますよ。」
「わ、判った。」
修司が携帯に表示された番号を見ると、姉の響子からだった。
「姉ちゃん。何か用?」
「修司。いま工場の職人に聞いたけど、ヤバいところからすごい借金をしているんだって。」
「ああ、姉ちゃんに心配かけたけど、その話はもう大丈夫だよ。」
「そんなこと言ったって、注文もほとんどないって聞いたわ。返済できるはずがないじゃないの。」
「だから、大丈夫だって。姉ちゃんに迷惑かけないよ。」
しばらくして響子がぼそっと言った。
「修司。いま危ないの?」
響子は、昔から勘がいい。
「そ、そんなことないよ。」
しばらく沈黙の後、また、低い声で言った。
「命に関わるの?」
「な、何をいってるんだ。考えすぎだよ。」
「返事はイエス、ノーでいいわ。1億で足りる?」
「1億!?」
鬼丸が立ち上がって、修司から携帯電話を取り上げた。
「約束したはずですよ。妙なことを言ったら、相手の方もただですまないって。」
「ちょっと、待ってくれ。姉ちゃんが1億用意できるって。」
鬼丸は携帯電話に向かって話し始めた。
「鬼丸金融の鬼丸と言うものです。弟さんに代わって返済していただけるんですか?」
「1億なら用意できます。それで弟を返してもらえないかしら。」
「そうですか。実は少し足りないのです。」
「1億以上は無理よ。これでだめなら、諦めるしかないわ。でも、弟の命を奪ったって、一円も得にならないわ。
1億手に入れたほうがビジネスになるんじゃないかしら。」
「はっはっはっ。いいでしょう。お姉さんの弟思いの気持ちに免じて1億で手を打ちましょう。1億持ってきて頂ければ、弟さんはお返しします。
ただし現金です。お姉さん一人で来てください。場所は○○埠頭の3番倉庫です。」
「わかったわ。3時に行くわ。」
「お待ちしております。」
やがて、時計の針が3時をさすと、シャッターを叩く音がした。鬼丸が手下に命じて、シャッターを開けさせると、そこに響子がいた。
鬼丸は10mほど向こうに、一台の車と二人の男を見つけた。男たちは響子をじっと見ていた。
「一人でと言ったはずですが。」
「あいつらは、あそこで待っているだけよ。途中までボーイフレンドに送ってもらっちゃいけない、とは言わなかったでしょ。」
「随分、頼もしいボーイフレンドですね。」
「ボディガードよ。女が夜道を一人で歩くのはあぶないでしょ。彼らは、あたしに危害が及ばなければ、何もしないわ。」
「わかりました。では、1億、確認させて下さい。」
響子はジュラルミンの箱を鬼丸にわたした。鬼丸は部下に命じて札束を確認した。
「たしかに、受け取りました。弟さんに、もう、用はありません。」
修司は倉庫の外へ放り出された。
「姉ちゃん。ごめんよ。」
修司は、涙をボロボロこぼしながら、響子に駆け寄った。だが、響子は修司に背を向け、ボディガードの男達の居る車の方にスタスタと歩きだした。
修司は響子の後を追おうとした。
「付いてこないで!」
「姉ちゃん?」
「修司。あんたを助けるのはこれが最後よ。あんたみたいな、出来の悪い弟の面倒は見切れないわ。
お金は返さなくていい。手切れ金だと思ってちょうだい。二度と私の前に姿を見せないで!」
そう、言い放つと響子は車に乗って立ち去って行った。
「姉ちゃん!」
一人残された修司は、深夜の道を一人で歩いて工場に戻った。
翌日から修司は人が変わったように、熱心に働き始めた。
一度失った信用はなかなか取り戻せるものではなく、最初のうちは周りの人間もしばらく様子を見ていた。
やがて、本気と言うことがわかって、すこしずつ注文が取れるようになった。
1ヶ月後、ようやく100万の利益を出すことができた。修司はそれを持って緋川コーポレーションに向かった。
借りた金にほど遠いことは判っていたが、自分の気持ちを響子に伝えたかった。しかし、響子の所属していた開発部には居なかった。
「えーと。藍沢響子さんは1ヶ月前に異動になっています。」
「どこへ異動になったんですか?」
「さあ?ちょっと判りません。」
開発部では、全く埒があかなかった。修司は、人事部に行って調べた。
「響子さんは何処の部署にも属していないですね。」
「退職したんですか?」
「いや、在籍はしているみたいです。」
「どういうことなんですか?」
「ちょっと、お待ちください。調べてみます。」
しばらくすると一枚のプリントアウトを持って戻ってきた。
「響子さんは会長の専属スタッフになっていますね。」
「それで、いまどこに?」
「会長の私設研究所です。」
「どういうところなんですか。」
「会長と数人のスタッフだけで、極秘のロボットを開発してるんですよ。」
「場所を教えて頂けますか。」
「会長は気難しいし、極秘の研究所だから、行っても中に入れないと思いますよ。」
「それでも、かまいません。教えてください。」
修司は教わった場所に車を走らせた。
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門のチャイムを何度鳴らしても、何の返事もなかった。
「やっぱり、だめか。」
無駄とは思いながら、重い門扉を押してみた。すると、門扉は奥へ移動していった。
「あれ?開いている。」
修司はおそるおそる中へ入った。
「どなたか居ませんか?」
屋敷の正面入り口の扉を開けて、ホールをのぞいて見ても誰も居なかった。
ふと、右に顔を向けると、ドアが少し開いていて、部屋の奥にディスプレイが何かを表示しているのが見えた。
「誰かいるのかな?」
修司は、開いているドアを押して、これまでに何十回と繰り返した言葉を言った。
「どなたか居ませんか?」
やはり、返事は無かった。
次の瞬間、修司は、目に入ったものに釘付けになった。そこには、首も腕脚も無い胴体だけの女性の裸体が、まるで美術作品の様に台座に置かれていた。
生身の女性の肉体と見間違えるほどリアルであったが、首につながる無数のケーブルと、腹腔から覗く内部の機械が、ロボットの胴体であることを示していた。
「美しい。なんて美しいプロポーションなんだ。」
修司は、まるで吸い寄せられるように、ロボットボディに近づいて行った。
第1話 終
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