『マシンチューニング』
作karma様
第2話 マシンの感触
修司は、女性型ロボットの胴体に引き寄せられるように近づいた。
じっと見つめていると、勝手に触ってはいけないと思いながら、美しい乳房に触りたいという衝動を押さえきれなかった。
修司はロボットの乳房におそるおそる手を伸ばした。乳房の感触は本物のようだった。
その瞬間、コンピュータからビープ音がした。あわてて手を離し、ディスプレイを見た。いくつかの特定の箇所に数値が表示されていた。
再度、乳房を握り締めると、またビープ音がしてディスプレイに数値が表示された。握る力を強くすると、数値も大きくなった。
「乳房のセンサーが君の力を検出してディスプレイがその値を表示しているのだよ。」
突然、声を掛けられて、修司は飛び上がる程、驚いた。
「ひゃーっ。ど、どなたですか?」
振り返ると、白衣を着た白髭白髪の男が居た。
「儂は、この研究所の所有者で緋川源十郎というものだ。そんな情けない声で驚くとは、おまえ、どこの企業のスパイだ。」
「済みません。勝手に入ってしまったから、そう言われてもしかたないですね。でも、私はスパイじゃありません。」
「スパイが自分からスパイということはないからな。」
「私は、町の小さなロボット工場を経営しているものです。とても緋川コーポレーションに太刀打ちできる会社じゃありません。」
「さては、儂の研究を盗んで、一気にメジャーになろうとでも思ったのか。」
「それは、無理ですよ。例えば、この乳房の感触は、粘性の液体を含浸させた特殊な弾力材料のようですね。
皮膚の感触は、本物の人間の皮膚を培養して特殊なコーティングしたものでしょ。」
修司は、ロボット体の乗った台座をゆっくりと回し、皮膚の継ぎ目を確かめた。
「それなのに、こんな複雑な女性の体に合わせて継ぎ目なしで作っている。とても、町工場で真似できるレベルじゃないですよ。」
「ほう。よく、わかったな。さすがはスパイだ。」
「だから、私はスパイじゃありません。」
「スパイじゃないなら、なぜ、こんな辺鄙な所へわざわざ来るんだ。」
「実は、姉を探しに来たんです。ここに居ると聞いたもので。」
「姉だと?」
「ええ、藍沢響子と言います。」
「待て。今、町工場と言ったな。すると、君は巨額の借金を抱えて自分の会社を潰しかけた響子くんの弟か。おっと。この話は余計か。」
「いいですよ。本当のことですから。申し送れましたが、こういうものです。」
修司は名刺を出して緋川に手渡した。
「藍沢修司というのか。よく、ここが判ったな。会社でもそれほど知っている人間はおらん。」
「人事の方に無理言って探してもらいました。」
「それで何しに来た?また、金を借りに来たのか?」
「とんでもない。僅かですが利益が出たので、少しでも返済しようと、姉の居場所を探したんです。」
「いい心がけだな。だが、残念ながら藍沢響子君は今海外に長期出張中だ。」
「ええ!そんな。やっと探し当てたのに。せめて連絡先を教えていただけませんか。」
「だめだな。極秘の出張だ。」
修司はがっくりと肩を落とした。
「はあ、そうですか。では、姉によろしく伝えて下さい。」
「うむ。判った。」
修司は帰りがけに緋川に言った。
「そうだ。そのロボットの内部機器の配置は、変えた方がいいですよ。少し右に重心が偏ってるみたいですよ。」
「なに?ちょっと、待て。」
緋川はキーボードを叩いて、ロボットの内部構造図を表示した。
「これで重心を計算すると、おお、確かに少し右に偏っている。どうして判った?」
「さっき、回したときです。じゃあ、失礼します。」
「待ってくれ。」
「まだ何か?」
「お前、秘密を守れるか?」
「はあ?何の話ですか?」
「頼みたい仕事がある。受けてくれるか?」
「内容に依りますが。」
「このロボットボディの動作確認とチューニングを頼みたい。」
「いいですが、どうして、私に頼むんですか?」
「お前、この胴体だけのロボットを見てどう思った?」
「ええ、とても美しいボディだと思いました。」
「うむ。儂もこのロボットのプロポーションを美しいと思っておる。最高傑作と言ってもいいだろう。それに、このロボットは美しいだけではない。」
そういうと、緋川は、乳房を握りしめ、そのまま、指先で乳首を絞りあげた。すると、ディスプレイに数字が表示され、めまぐるしく変化した。
同時にロボットボディは身体をくねらせながら震え始めた。首も四肢もない身体で精一杯、快感を表現するかのようだった。
「己の身体から湧き起こる快感に震えておるわ。」
海老ぞりに震えるロボットの乳首を緋川が執拗にいじり続けると、股間の下にじわりと液溜まりができた。
ロボットの反応に修司は驚いた。
「なぜだ?頭脳が無いのに、どうして、このロボットは反応するんだ?」
「儂の開発したエミュレータが、このロボットの受けた刺激を感知して反応するように制御しておる。」
緋川は机上のコンピュータを指さした。
「実は、こいつの頭脳の開発が大幅に遅れておる。
だから儂が頭脳なしでもボディの動作確認とチューニングができるように、このエミュレータを開発したのだ。」
緋川がキーボードを叩くと、ロボットボディは、左右に腰を捻ったり、前にかがんだり、後ろに反ったりした。
「だが、頭脳の開発に全員手いっぱいで、チューニングに割ける人手がなくて困っておったのだ。」
「ちょっと、待ってください。そうすると、頭脳なしでこのロボットをチューニングしろと。」
「そうだ。」
「そりゃ、無茶ですよ。」
「無茶ではない。いま、このエミュレータを見ただろう。」
「動作確認程度なら、このエミュレータでも充分でしょう。だけど、チューニングまでやるんなら、荷が重いですよ。
このロボットのインターフェース仕様書と内部の設計書を見せて下さい。あと、エミュレータの設計書とソースも。」
修司は帰り支度を忘れて、設計図書を読み始めた。
「ざっと目を通しただけでも、これは、300THzのCPUメモリ300TBのコンピュータが必要だな。エミュレータプログラムも手直しが必要だ。」
「じゃあ、お前の工場にそのコンピュータとエミュレータプログラムとロボットボディを一緒に明日発送することにしよう。
コンピュータの詳細な仕様を今日中に連絡してくれ。」
「まだ、引き受けるとは・・・。」
「儂は、このロボットをどうしても動かしたい。」
緋川の迫力に、修司は、思わず言葉を飲んだ。
緋川は、ロボットの胴体をいとおしそうに撫でた。
「いくらなら引き受けてくれるんだ?」
とっさに聞かれて、修司はたじろいだ。修司は、断るつもりでふっかけた。
「そうですね。1億。コンピュータの支給料金は別です。あとエミュレータの譲渡は必須です。」
「1億だな。付帯条件も了解した。」
緋川はあっさりと了承した。
第2話 終
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