『マシンチューニング』

作karma様




第5話 マシンと共に


久しぶりに大学の友人に呼び出された長谷川由里は、最寄の停留所でバスを降りた後、彼女の家に向かっていた。
初夏の強い日差しでうっすらとかいた汗をハンカチで拭きながら歩いていると、
白い長袖シャツにジーンズの女性が門に立って、由里に手を振っているのが見えた。
彼女の横には、藍沢ロボット製作所と書いた看板が立っていた。
由里は、ニコリと笑って友人の名前を呼んだ。
「響子。久しぶり。」
「由里。元気してた?」
「うん。元気、元気。どうしたの?急に呼び出したりして。」
「久しぶりに実家にもどったら、昔の友達に会いたくなったのよ。」
「あたしも響子に会えて嬉しいわ。でも、聞いた?斉藤加奈子って、
小柄だけどスタイルのいい子、覚えてるでしょ。1週間前から行方不明なんだって。」
「ええ。あたしも聞いたわ。だから、こうして由里を心配して、ずっと外で待ってたのよ。」
「ありがとう。このあたりも、物騒になったわね。」
吹き出す汗を拭きながら、由里は響子が全く汗をかいていないことに気付いた。
「響子。今日こんなに暑いのに汗かいてないのね。」
「バレた?ずっと待ってたというのは、うそよ。本当は、さっきまで工場の中で涼んでいたの。」
「なあんだ。お礼を言って損したわ。だから、そんな長袖のシャツ着てても平気なんだ。
おまけにチョーカーまでつけて。」
「紫外線保護よ。由里は、ノースリーブにミニスカートで涼しそうね。」
「大丈夫よ。ちゃんとUVケアしてるから。腕とか脚とか思いっきり出したスタイルって夏しかできないでしょ。」
「由里らしいわ。じゃあ、家に案内するわ。工場の中を通っていきましょ。そのほうが涼しいから。」
工場の入り口を開けて入ると、ひんやりとしていた。
「ひゃあ。涼しいわ。」
工場の中は、製造途中のロボットがあちこちに見えた。
「うわぁ、いろんなロボットがあるのね。」
「これが、土木工事用のパワーロボット、こっちが建設工事用高所溶接ロボット。」
「ゴツいロボットばっかりね。あれ、あそこにフリルの洋服を着た女の子がいるわ。かわいい!」
「あれは、特注のメイドロボよ。」
「重役とかお金持ちの注文なのね。」
「違うわ。秋葉原店舗の販促用ロボよ。」
「あら、そうなの。」

響子は由里に製造中のロボットを説明しながら歩いていくと、二人は工場の裏手に着いた。
「工場の中に誰も見かけないね。」
「今日は、土曜だから休みなの。」
「えっ?じゃあ、どうして冷房が入ってるの?」
「弟が仕事をしてるの。この部屋よ。」
工場の裏手の角にある整備室の看板が掛かった部屋を指差した。その部屋の前に首なしの女性の裸体が立っていた。
「きゃーっ。首なし死体だわ。」
「由里、大きな声を出さないで。ロボットの胴体よ。」
「あっ、そうか。あまりにもリアルだったから。」
整備室から作業服を着た男が飛び出してきた。
「どうしたんだ。姉ちゃん。急に大声だして。」
「驚かせてごめんね。由里がそれを見て驚いたのよ。」
「そうか。初めて見る人にはショックだよね。」
「由里、紹介するわ。弟の修司よ。修司、あたしの友達の由里よ。」
「はじめまして。由里です。」
「由里さん。いらっしゃい。」
「修司君、すごいロボットを作ってるのね。すごくリアルだから、首なし死体かと思っちゃった。」
「緋川コーポレーションの会長から依頼された特注のロボットなんだ。
人間そっくりという注文だから、製作も大変だし、滑らかに動くようにバランスのチューニングも難しいんだ。」
「じゃあ、これから、このロボットを動かすのね。頭はどこにあるの?」
「ロボット頭脳は完成に時間が掛かるから、先にボディだけをテストしてチューニングするんだ。」
「へーっ。そんなことできるんだ。」
「うん。そのためにロボット頭脳のエミュレータを開発したんだ。ちょっと、待ってて。」
修司が、整備室に入ってケーブルの束を持って出てきた。ケーブルを、一本一本首の部分に接続した。
それからリモコンを操作すると、ロボットが歩き出した。
「すごいわ。これって、そのエミュレータで動いてるの?」
「そう。よくできてるって緋川会長も褒めてくれたんだ。」
ロボットは歩き続け、工場の壁にぶつかり、そこで歩行の動作だけを続けた。
「おっと、いけない。」
修司は、ロボットの歩行を停止し、ターンさせてから、歩行を再開した。
今度は、ロボットは修司たちに向かって歩いて近寄ってきた。
「このロボット、小柄だけど、プロポーションがいいわね。こんなボディ、どこかで見たような・・・。」
「由里、そろそろ家に行きましょ。修司、あたしは由里を連れて家に行くわ。」
「ああ、一段落したら俺も後で顔をだすよ。」
由里と響子が、工場を抜けて住居に着くと、あちこち工事用のビニールシートで覆われていた。
家の中に入ると、由里はテーブルと椅子だけの狭い部屋に通された。
しばらくして、冷たいジュースをトレイに載せて、響子が部屋に入ってきた。
「ジュースでいい?」
「ありがとう。飲みたいと思っていたところよ。」
汗をかいた由里はジュースを一気に飲み干した。
「ごめんね。狭い部屋で。」
「うん、いいけど。家、どうしたの?」
「弟が家に作業場を作っているの。」
「作業場?工場があるのに、どうして自宅に作るの?」
「さっき修司が言ってたけど、緋川コーポレーションの会長から請け負った仕事は、トップシークレットの技術もいくつかあるのよ。
工場だと、業者の出入りがあってセキュリティに問題あるからなの。」
「修司君、そんな、重要な仕事をたのまれてるの?すごいじゃない。緋川会長に認められるなんて。」
「ええ。修司が仕事で忙しくなるから手伝おうと思って、あたし、会社を辞めて実家に戻ったのよ。」
「弟思いだねぇ。ねぇ、思い切って結婚して落ち着いちゃったら?」
「相手がいないわよ。」
「ほら、大学の同じクラスの東山くんはどう?」
「どうって、別になんでもないわ。」
「しらばっくれても、だめよ。あたし、見たのよ。学生時代に響子と東山くんがホテルにはいるとこ。
正直に言いなさいよ。付き合っていたんでしょ。」
突然、響子は立ち上がり、顔が宙を向き、空ろな表情になった。
「ピーッ。エラー。一致スル会話パターンガアリマセン。」
「響子?!ど、どうしたの?」
突然の響子の異常な言動に由里は驚くばかりだった。
響子の異常な言動に由里が驚いていると、修司が部屋に入ってきた。
「修司君、きょ、響子がおかしくなっちゃった。」
響子の異変にどうしていいか判らず、由里は修司に助けを求めた。
響子は相変わらず、妙な言葉を吐き続けていた。
「ピーッ。エラー。会話ヲ継続デキマセン。」
「由里さん。姉と何の話をしてたんです?」
「大学時代の彼氏の話よ。」
「そうか。念入りにプログラムして、日常会話は大丈夫と思っていたけど、俺、姉ちゃんの恋愛関係はわからないからな。」
「な、何の話をしているの?」
由里の言葉を無視して、修司は響子の横に立つと、服を脱がせ始めた。
「ちょっと、いくらお姉さんでも、いきなり裸にするなんて。」
「AK001、腹部ハッチオープン!」
響子の腹部がせりあがり、内部の機械を覗かせた。
「えっ?これってロボットだったの?」
よく見ると間接の部分の皮膚には、うっすらと継ぎ目が見えた。
おかしくなったのがロボットだと判って、由里は安心した。修司に担がれたと判断した。
「修司君。あたしを実験に使ったの?たしかに、よくできてるわ。すっかり、騙されたもの。でも、ちょっと人が悪いわよ。」
「由里さんには悪かったけど、姉ちゃんが人間に見えるか、実験したんだ。」
「修司君。その言い方おかしいわよ。まるで響子がロボットになったみたいに聞こえるわ。」
「姉ちゃんは俺のせいでロボットになっちゃったんだ。もう、人間には戻れないけど、人間らしく行動できるようにしたいんだ。」
修司はハッチの内側のボタンをいくつか操作すると、頭髪の部分が後ろに倒れ、内部がむき出しになった。
そこには電子部品に混ざって人間の脳が見えた。
「ま、まさか。その脳は人間の脳?」
「姉ちゃんの脳さ。」
「きゃーーーっ。」
あまりの恐怖に由里は身体の力が抜け、ヘナヘナとその場に座り込んだ。
修司は作業着の内ポケットから端末機を取り出し、響子の脳に埋め込まれた端子に接続した。
「ふーん。なるほど。姉ちゃんは学生時代に東山という男と付き合っていたのか。肉体関係まであったんだ。
姉ちゃんもやるな。学生時代の恋愛に関する会話パターンは後でプログラムするとして、とりあえず復旧しよう。」
修司が、響子の腹部のボタンを操作すると、すべての開放部がもとに戻った。
「AK001起動シマス。生体脳正常デス。生体脳維持装置正常デス。ボディ駆動装置正常デス。・・・」
由里は、恐ろしい光景にガタガタ震えながら四つん這いでその場から逃げ出そうとした。
だが、腕や脚に力が入らず、遅々として進まなかった。
「は、早く、に、逃げなきゃ。」
「由里さん、逃げようとしても無駄だよ。さっき飲んだジュースには薬が入っていたんだ。」
「ど、どうして。あ、あたしに薬を?」
「すぐに判るよ。」


第5話 終



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