『マテリアル・カンパニー』

作ナイトビダン様



<御夜咲瞳>

第三話 悪夢再来

瞳が意識を取り戻したとき彼女は狭く暗い空間の中にいた。
周囲は全くの闇で包まれており、果たして自分が目を開けているのか閉じているのか、 それさえも理解できなくなるような暗黒の闇である。
自分が寝かされていることは間違いなかった。
しかし両手両足は固く拘束されているのか、 薬によるものなのか動かすこともできなければ、 感覚すらない状態であった。
口にも猿轡のような球形の玉を噛まされており、助けを呼ぶことも不可能である。
「むぐううううっ!!!」
瞳は必死にうめき声を張り上げていた。
胸の奥からこみ上げてくるおぞましいまでの恐怖に耐え切れなくなったからである。
不意に自分を拉致した本庄亜里沙の姿が脳裏に浮かんで消えた。
あの異常な力と常軌を逸した行動から見て本庄亜里沙が人間とは思えない。
あの電子音を頭から鳴り響かせ苦悶する姿はまるで機械人形のようではなかったか。
−サイボーグ?
思わず絶句する瞳であったがそれは一瞬のことであった。
研究室での加奈との会話が思い起こされる。
サイボーグの存在は公にされていないだけで現実である。
では、亜里沙は何者かにサイボーグに改造されてしまったというのか。
ピーン。
急に耳鳴りがした。
その耳鳴りは瞳の頭の中に数千本ともいう針を差し入れるかのような激痛を巻き起こしたのである。
「むぐううううううううっっ!!」
そのあまりの痛みに急速に瞳は意識を失ってゆく。
しかし同時に彼女はそれまで封印されていた記憶の扉をこじあけられたのである。
深い闇の奥にセーラー服を着た少女の姿が浮かび上がる。
それは誰でもない少女時代の瞳本人であった。
思い出した。
瞳が今のような状況をすでにかつて一度経験していることを。

*

暗く汚い倉庫の中で学校制服姿の瞳は泣き出していた。
「くっ!」
後ろ手に縛られたロープが手首に食い込んで痛んだ。
なんとか体勢を整えようと体を動かそうとしたが全身に残る痺れのため思うようにいかない。
必死に動こうとする瞳の荒い息遣いが狭い空間に洩れたそのとき、 不意に男の影が瞳を覆った。
「!?」
すぐ傍にその男はいたのである。
黒いスーツにサングラスをかけた男は、もがく瞳の様子を愉快そうに見物していたのだ。
「なんだ薬が切れちまったみたいだな?」
−薬!? 
瞳はこの身体の痺れの原因を悟った。
自分はこの男たちに薬物を打たれてここへ連れ込まれたのだ。
「もう少し眠っていれば怖い思いをせずに済んだのになあ。」
身体は思うように動かせなかったが幸いにも意識ははっきりしてきている。
瞳は口に噛まされたギャグの隙間から涎を垂らしながら、 立ち上がった男を上目越しに睨みつけた。
男はその瞳の視線に気がついたのか軽く肩をすくめて見せる。
そしてふと思い出したかのように腰のポケットから小さな手帳を取り出した。
「う、うむっ!?」
瞳の驚きを楽しむように男は手帳を開いた。
それは瞳のカバンに入っていたはずの生徒手帳であった。
「ふうん、御夜咲・・・瞳ちゃんね。おっ中学三年生か・・・。
制服はセーラー服、いいねえ。」
からかうような男の言葉に瞳は顔をそむけた。
どうしてこのようなことになってしまったのか。瞳は後悔していた。
高校受験も間近に迫った中学三年生の冬、 瞳は塾の帰りに友人二人と一緒に街へ息抜きに出て、男たちに声をかけられたのである。
「モデルをやってみないか?」
普段の瞳ならいかにも怪しい彼らの呼びかけに対して、きっと無視を決め込んだであろう。
しかしこのときは友人たちも一緒で瞳の警戒心も緩んでいた。
男たちに促されるままふとビルの陰に入ったとき瞳の意識は暗転していたのである。
「えっ?」 
全身の力が抜け、そのまま地面に倒れこむ。
なにが起きたかわからないまま必死に顔をあげた瞳が見たのは 自分の前で同じように倒れている友人二人の姿であった。
瞳たちを抱えた男たちはすぐさまビルの裏手に用意してあったワンボックスカーに 三人の少女たちを放り込む。
「あ・・・あ・・・う・・・」
声が出ない。全身がしびれて意識が遠のいてゆくのがわかる。
そんな車の後ろ座席に転がされた瞳の耳に微かだが男たちの会話が聞こえてくる。
「ご苦労だったな。今回は三体か。これでなんとか受注に間に合いそうだ。」
「彼女たちはすぐに・・・されるのか?」
「ああ。手筈も整えてある。今夜にも作業にとりかかる予定だ。」
意識の朦朧としている瞳には男たちが交わしている会話を理解することはできなかった。
ただ自分たちが恐ろしい企てに巻き込まれたことは明らかな事実であった。
暗闇の中から白い世界へ。 
ここまでがこの薄暗い倉庫に連れ込まれるまでの瞳の記憶である。
そして不意に瞳は気がついた。
一緒にいた友人、玲子と恵はどうしたのか、何処へ連れて行かれたのか。
今の状態では皆目検討がつかなかった。
「うん?お友達を探しているのか?」
男の言葉に瞳は身体をビクッと振るわせた。
「そうだなあ、一人目はもう手術が終わってる頃だろう。
二人目は丁度真っ最中でところかな。」
「!?」 
瞳の顔から一瞬で血の気がひいた。
玲子と恵が手術されているとはどういうことなのか、 そもそもどんな手術を施されているというのか。
そして確実なことは、次は自分の番であるということである。
ガチャン!
重い鉄製の扉が突然、開かれた。
その奥から顔を出したのは目の前の男と同じサングラスと黒スーツ姿のやや小柄な中年男であった。
「どうだ、様子は?」
「目が覚めちまったみたいです。どうしますか、もう一度眠らせておきますか?」
中年男は蒼白になって横たわっている瞳を見るといやらしく舌なめずりする。
「いや、もうすぐ二体目の手術が終わる。
その後、すぐに三体目・・・その娘の改造手術を行うから今から手術室まで運んでくれ。」
瞳は中年男の言葉を聞き逃さなかった。 
「改造手術」と中年男は確かに言ったのである。さらに自分は三体目だとも言っていた。
ということは玲子と恵はすでにその改造手術を行われてしまったというのか。
「むうううっ!!」
無我夢中で瞳は身体を動かした。逃げなくてはならない。
なんとかして逃げ出さなければどういう事になるのか、 瞳は手首を真っ赤に染めながら必死にもがいた。
「やれやれ、余計なこと言わないでくださいよ。」
「すまん、すまん、口が滑った。」
男たちはもがき暴れる瞳の様子にため息をもらしながら縛り上げられた少女の傍に歩み寄る。 
ドカッ!
「ぐふうっ!?」
瞳の両目が大きく見開かれ、涙が迸った。
男の靴先が容赦なく、横たわる瞳の下腹部に食い込んでいたからである。
「おいおい、内臓に傷をつけるんじゃないぞ。大事な商売品なんだから。」
「わかってますって。」
男たちが低く嘲笑をもらす。
瞳は苦悶に顔を歪めながら、今にも消滅しそうな意識を必死に保とうとしていた。
「さあ、立ちなよ。お姫様。」
男はナイフで瞳の足を拘束していたロープだけを切断し、 瞳を引きずり挙げるように立ち上がらせた。
「うん?」
中年男は瞳が立ち上がった後の床に大きな染みができているのを見て下卑た声で笑った。
「あまりの恐ろしさでお漏らしかい?いいじゃないか人間として当然の生理現象だ。
・・・ま、これが最後になるだろうけどな。」
中年男の言葉は瞳の耳には殆ど届いてはいなかった。
だが、男が自分に絶望しか与えない言葉を喋っていることはうすうす理解できた。
「ほら歩くんだよ。」
湿った股間に制服のスカートがくっつき、不快感が瞳を襲う。
倉庫を出た先は薄暗く狭い通路であった。
ビルの中であることは間違いなくやや大きめの街病院のような印象の建物である。
やがて、よろよろと歩く瞳と男たちがT字通路に差し掛かったときある一団が通りかかった。
その白衣姿の一団は白いシートのかかった台車を囲むように 瞳たちの前を通り過ぎようとしたのである。
「おい、それが一体目か?これから梱包かい?」
中年男の問いかけに一団はその足を止め、 責任者らしいマスクをつけた男が「そうだ。」と答えた。
男の視線は自然と拘束されている瞳に向けられる。
「ほほう、今回は本当にいい素材が調達できたようだ。」 
嬉しそうに両目を緩ませながら男はシーツの裾を握る。
「見てみるかい?少しだけ。」
男がゆっくりとシーツをめくりあげたとき瞳は声にならない悲鳴をあげていた。
シーツの下から見えたのは頭から全身を包み込み顔の部分だけを露出させた メタリックスーツを着せられた少女の顔だったのである。
−れ、玲子っ!?
「どうだい、見事な出来栄えだろう?」
「ああ、見た目だけじゃ生身にしか見えないぜ。」
瞳はあまりの動揺で倒れそうになったが、男がそれを許さなかった。
「なに倒れてるんだよ。行くぞ。」
白衣の男はシーツをもとに戻すと、瞳とは反対方向の通路の奥へ消えてゆく。
今見た玲子の顔はまるで死人のように白かった。
しかし、その白さは陶磁器のように作り物のような白さだったとも瞳は思った。作り物の肌。 
呆然と歩かされた瞳はついに大きな鉄製扉の前にたどりついた。
恐怖でおののく瞳は無駄だと知りつつ両脇の男たちに哀願の眼差しを送る。
もちろんそれは無駄であった。
瞳はやや顔をあげた。扉の上では「手術中」の赤い文字盤が点灯している。 
ガタン。 
扉が開いた。短い悲鳴を瞳が発したその先には手術着姿の看護婦が姿を現していた。
「その娘が三体目ですね。」
「ああ、そうだ。」
「中へどうぞ。間もなく二体目の手術が終わります。その後すぐに・・・。」
看護婦はそこまで言って瞳が半泣き状態になっていることに気がついたようであった。
「薬が切れてしまったのですか?」
「ああ、まずいですか?なんならここで・・・」
「いえ、中の様子を見れば失神するでしょう。」 
看護婦がマスクの下で笑みを浮かべた。
看護婦に促されるまま瞳は暗い手術室に引き入れられる。
チュイーン。
ジジジ・・・。
カシュン、カシュン。
ピピピピーッ。
瞳の正面の手術台の上に自分と同じ年齢ぐらいの少女の裸体が 白衣の男たちの隙間から垣間見えた。
だが、聞こえてくる音はとても普通の道具を使用した手術とは思えない。
まるで工場で機械を組み立てているような音である。
さらに彼女の鼻をついたのはオイルか油か何かの異臭であった。
「む、むぐううっ!!」
手術台の少女の顔が見えた。
友人の恵である。恵が今、目の前で身体を切り開かれて手術されているのだ。 
さらに瞳が目を疑う光景がそこにはあった。
手術台の上の恵は顔を残して後頭部からの全てが機械の塊にされていたのである。
その機械には天井から伸びた何十本という電子ケーブルが接続されている。
さらに肉体は縦一文字に切り開かれそこにはみたこともない 無気味な人型の機械が埋め込まれていたのである。
見れば白衣の男たちが恵の両足と両腕を繋ぎ合わせている真っ最中であった。
瞳は床にへたりこんでいた。
これは夢だ、夢に違いない。
看護婦は瞳が失神しなかったことに少しだけ感嘆の声を漏らした。
しかし呆然と機械の体に作り替えられてゆく友人の姿を目の当たりにしながら、 瞳の心は音を立てて崩れて行ったのである。
恵の改造手術を瞳は無言で見つめ続けていた。
手術自体は殆ど終了していたらしく、 機械体の接続が完了した恵の皮膚に人工皮膚が手際よく張られて行く光景を見つめていた瞳の頬が心なしか赤く染まってゆく。
その様子に気付いたのは瞳の傍らで次の手術の準備を始めていたあの看護婦であった。
「あら・・・あなた・・・」
瞳は上気した頬とトロンとした眼差しを看護婦に向ける。
その肩は僅かに上下し続けていた。
「とんだ娘ね。友達が改造されているのを見て興奮してるなんて・・・。」
「!?」
激しく首を振りその言葉を否定する瞳を無視するように看護婦はまた作業に戻る。
手術室の上では人工皮膚を貼られた恵に、 あの玲子と同じメタリックスーツが着せられていた。
「改造手術完了!」
白衣の男たちが声をそろえて唱和した。
同時に手術台から恵は台車に乗せかえられて運び出されてゆく。
台車が瞳の前を通り過ぎようとした。
「あっ!?」 
猿轡の下から呼びかけようとした瞳の声に台車の上の恵は答えなかった。
その開かれたガラス玉のような瞳は無言で天井に向けられている。
「おい瞼を閉じておけよ。擬似眼球のレンズに傷がついちまう。」
恵に白いシーツがかぶせられ、手術室から運ばれていった。 
瞳の体から力が抜けた。空白の時間が彼女の意識を包み込む。
「さて、もうひとふんばりだ。その娘の改造を引き続き行う。」
「!?」
瞳は男たちに両腕を掴まれて手術台にひきずられてゆく。
「むうっ!むううっっ!!」 
男数人かかりに抱え挙げられた瞳は手術台に縛り付けられた。
手術台の上はねっとりと濡れている。
それは間違いなく先に手術された玲子と恵の血と体液の残滓である。
「もういいだろう。猿轡を取りたまえ。」
白衣の男たちの中でリーダー格らしい白髪の男が瞳の顔を覗き込みながら指示をくだした。
猿轡を取り外されたものの四肢を拘束された瞳にはもはや助かる道はなく、 悲鳴どころか声も満足に発することができない。
準備はその間も進められた。
セーラー服を剥ぎ取られた瞳の裸体に何本もコードが取り付けられてゆく。
さらに注射器で何かわからない薬品の注入も開始されていた。
「ああ・・・ああ・・・」
恐怖でわななく瞳の口に看護婦が麻酔マスクを近づけてくる。
−助けて!誰か助けて!!お母さん!!
「むぐうううっ!!」
麻酔マスクを取り付けられると同時に瞳の意識が混濁を開始した。
これで意識を失えば次に目覚めたときは、あの機械人形にされていることは間違いない。
「うぐっ!うぐううっう!」
瞳は必死に抵抗していた。それは儚い抵抗ではあったが。
そのとき。 
ガターン!! 
あの鉄製扉が激しく開かれ黒い一団が手術室に駆け込んでくるのがわかった。
「そこまでだ!全員逮捕する!!」
その言葉を手術台の瞳は聞き取ることできなかった。
彼女の意識はそこで力尽きていたのである。
この後、この手術室でなにが起きたのか瞳は知るよしもなかった。

*

少女時代に味わった恐怖をこのとき御夜咲瞳は思い出した。
あまりに恐ろしい体験であったため彼女は救出されてから、 この一連の事件に関する記憶を完全に失っていたのである。
それが今、よみがえったのだ。
急速に周囲の闇が白く変わってゆく。
「・・・・・。」
白色光の世界から瞳は現実世界へと引き戻されたかのような感覚に包まれていた。
先ほどまでと違い、感覚が現実の空気に触れていることを伝えてくる。 
しかしそれは彼女に新たな絶望を与えるものでしかなかったのである。
「ひっ!?」
瞳は自分の視線の先にあるライトが手術用の巨大ライトであり、 自分が寝かされているのが手術用のベッドであることに気がついたのである。 
それは先ほどまで自分が見ていた少女時代の恐怖の記憶の再現、 そして続きでしかなかった。
カチャカチャ・・・。
ピーン、ピーン!
チュイイイイイン!
バチっバチバチッ!!
瞳は恐る恐る顔をうつむかせ、自分の姿を見ようとする。
「い、いやあああああああっっ!!!」
それは絶叫であった。 
瞳の両腕両足は肩と股間から切断され失われており、 そこには無数のチューブやコードが接続されているのである。
また腹部も大きく開腹させられており、そこに白衣の男たちが機械部品を埋め込んでいた。
機械部品を接続するための火花が飛び散り、 生身の皮膚が焦げる異臭が鼻に飛び込んでくる。
「な、なに?私の体になにをしているのよおおっ!!やめてええっ!!」
瞬間、瞳の胸に激痛が走った。
「ああああああああっ!」 
あまりの激痛に頭をのけぞらせる瞳を気にした様子もなく、 白衣の男たちは瞳の切開した胸から激しく脈打つ臓器を取り出したのである。
「人工心臓に切り替える。心臓を切除。」
「や、やめて・・・やめ・・・」
瞳のうめき声は無視された。
彼女の心臓は瞬く間に切除され、 代わりとなる電子機器の塊である人工心臓が体内に埋め込まれる。
次々に臓器が摘出される感覚に悶絶しながら瞳はやがて意識を再び失った。
決して覚めることの無い悪夢が今、始まったのである。

*

「・・・瞳くん、御夜咲瞳くん・・・」
誰かが耳元に囁きかけてくる。
覚醒しつつある瞳はこの声を知っていた。
「・・・!?あ、あなたは!?パンザー!!」
「ようこそ、我が組織マテリアル・カンパニーへ。
あなたをこのように改造することができてこのパンザー、無常の幸せです。」
「ば、馬鹿なことをいわないで!!あ、ああっ!!」 
カシュン、チュイイイン。
瞳の両目から異様な駆動音が聞こえた。
同時に視界の隅にまるでモニターのような情報が投影されている。
「こ、これは!?」
「どうですかな?最新式の人工眼球の具合は。
これからのあなたの仕事ではこれぐらいの機能は不可欠ですからね。」
「い、いやあっ!こんなの私の眼じゃないっ!!」
「慣れれば機械の体も気に入るでしょう。
それにあなたの肉体は脳をのぞいて殆ど機械化改造を施させていただきました。
慣れなければどうしようもないでしょう。」
「!?」 
瞳はベッドから跳ね起きようとした。
しかし彼女は体内から聞こえてくる異様な駆動音に言葉を失った。
ギュイイイイン。カシャ、カシャ。
その音は肩から肘から指の一本一本を動かそうとすると耳元に響いてくる。
「そ、そんな・・・嘘・・・嘘よ・・・」
身を起こした瞳はすでに拘束はされていなかったが全裸のままである。
「い、いやあっ!」 
自分の肉体を確かめるように瞳は両肩を自分で抱きしめる。そして愕然とした。
表面は人肌に近いが明らかに今までの皮膚とは違う。
間接部にはうっすらとだが継ぎ目線のような物も確認できた。
さらに体内の骨格のいたるところからもその微妙な駆動音が聞こえてくるのである。
この心臓の音も脈も全て擬似的なものであろう。
それはもはや以前の人間の体とは完全に異質な物であった。
「あ、ああ・・・・・」
「理解できましたかな?あなたの肉体は完全に機械仕掛けの言わば人形も同然なのですよ。
そう、生身で残っているのはあなたの聡明な・・・ここだけということです。」
パンザーが愉快そうに指を自分の頭に押し当てた。 
瞳の両目から絶望の涙があふれ出た。
悪夢としか言い様がないこの状況に瞳はただ嗚咽を漏らすしかなかったのである。
「いやあっ!私の身体・・・もとの生身の身体に戻してっ!!お願い!!」
「不可能なことを言う物ではありません。 あなたも科学者の端くれならそれが不可能なことはおわかりでしょう? 幸いというかあなたの脳には一切手を加えてはおりません。
これは会長の御命令でしたので。そうやって泣けるのも会長のおかげということです。 感謝されるがいいでしょう。」
ニヤニヤと笑いながらそう告げるパンザーの言葉に瞳は憎悪の眼差しを向けた。
「私をこんな・・・機械の化物にしてしまうなんて・・・あなたたちは悪魔です!!」
「その悪魔のために働くサイボーグにあなたは生れ変わったのです。
これからは我が組織のために働くのです。」
「お断りです!!・・・こんな・・・どうして私がこんな目に・・・」
パンザーは泣き崩れる瞳を観察しながら、ふうとため息をついた。
全てが予想通りといった表情を浮かべる。
「そう言うと思っていましたよ。まあ、あとは会長にお任せしましょう。」
そう告げたパンザーは部屋を出て行こうとする。
「ま、待って!」
「なにか?」
「あなたたちは・・・本庄亜里沙さんを・・・一体あなたたちは彼女になにをしたのですか!?」
「ああ・・・WSD-2プロト1のことですか。」
「だ、WSD・・・?そんな、まさか・・・」
パンザーは瞳に背筋が凍りつくような冷たい笑みを浮かべた。
「そう、彼女も我が組織のサイボーグに改造しました。今では立派な組織の一員ですよ。」
「そんな・・・ひどい・・・」
パンザーは軽く肩をすくめて部屋を出て行った。
その部屋からは絶望にすすりなく瞳の声が洩れ流れてゆく。

*

「会長、御夜咲瞳の改造手術が・・・完了したとの報告がありました。」
会長室でそう告げたのはホワイトパールのチャイナドレス姿の本庄亜里沙である。
会長は濃い黒のサングラスの奥から挑発的な亜里沙の姿を観察していた。
初めて亜里沙が会長に目通りしたときと同じ衣装である。
あれから亜里沙が会長に呼ばれるときはこのドレスを着ることを命じられていた。
「そうか・・・改造手術が、終わったか。」
「はい。これで・・・御夜咲瞳・・・も、我がマテリアルカンパニーの一員になったわけですね。」
やや言いよどみながら応える亜里沙の様子を会長は愉快そうに見つめる。
「どうした?良心が痛むか?」
亜里沙はそう問い掛けられたときにビクツと体を振るわせた。
瞳を拉致した折の行動を咎められ、 パンザー博士の部下である女サイボーグ・ローズにより
散々に機械体を痛めつけられたことを思い出したのであろう。
「い、いえ。私はマテリアルカンパニーに忠誠を誓うサイボーグです・・・。 ご命令とあればいかなることでも従います・・・。」
会長は亜里沙の言葉に満足そうに頷いた。
「そうか、それでいい。どんなに壊されても部品を交換すれば元通りになる。
サイボーグに改造されて幸せだろう、おまえは。」
この会長の言葉は明らかに亜里沙をなぶる物であった。
しかしこうすることで亜里沙に己がもはや人間ではなく 命令に絶対服従のサイボーグであることを刷り込むことになるのである。
「は、はい。サイボーグに改造していただいて私は・・・幸せでございます。」
顔を伏せがちにやっとつぶやいた亜里沙の言葉にもう一度会長は頷いた。
「御夜咲瞳・・・彼女の研究と頭脳は今後の我らの財産になる。 下手に洗脳や脳改造を命じなかったのはそれが失われるのを恐れたからだ。」
「はい・・・。」
「彼女にはなんとしても協力してもらわなければならない。」
「は、はい。でも会長・・・どのようにして?私の知るかぎり御夜咲瞳・・・が、 組織に協力するとは考えられません・・・」
「うむ。」
会長はそうつぶやくと座椅子を回転させ、背後の窓の向こうに広がる高層ビル群に視界を移した。
「実は私にはわかっているのだ。あの御夜咲瞳は正義面した科学者などではない。
その心の奥底にあるのは我々と同じ物だよ。」
亜里沙はその言葉に戸惑いを感じずにはいられなかった。
まるで彼女を昔から知っているような口ぶりに亜里沙はその義眼を軽く明滅させる。
亜里沙の知らない瞳を会長は知っているとは到底思えないのだが。
「WSD・・・いや、亜里沙。」
「!!」
名前で呼ばれて亜里沙は表情を強張らせた。
「か、会長・・・私は・・・WSD-2プロト1・・・です。
組織の所有物である私は形式番号でお呼びください・・・。」
会長はクククと笑った。彼女を名前で呼んだのもわざとである。
亜里沙がどれだけ組織のサイボーグであることを自覚しているのかというこれもテストであったのだ。
「よかろう、おまえはもう立派なマテリアルカンパニーの忠実なサイボーグになったな。」
「光栄に存じます、会長。」
ピッピピッ!
亜里沙の表情が不意に今までと違う妖艶な笑みを浮かべた。
すでに会長から次に下される命令を予測してプログラムが起動した証拠である。
それまでの亜里沙とは全く別人の妖艶な輝きがその造り物の両目に漂う。
「では、いつもどおり奉仕してもらおうか。その後、御夜咲瞳に会おう。
・・・おまえも一緒にな。」
「はい、ご命令のままに。会長・・・」 
亜里沙は赤いルージュの引かれた唇に笑みを浮かべて会長の座椅子に歩み寄り その体を会長に預ける。
ドレスの上から乳房をまさぐる会長の手の動きに合わせて 亜里沙は熱い吐息を会長の顔に吹きかける。
−御夜咲先生、あなたも私と同じ機械人形にされてしまったのですね・・・。
加奈・・・ごめんなさい・・・。
その瞬間、亜里沙は股間の人工性器に会長が侵入を開始したのを確認した。
彼女の生体脳に電流にも似た快感パルスが流れ込み、
艶やかな嬌声を亜里沙は会長室に激しく響き渡らせた。


第三話/終


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