『マテリアル・カンパニー』

作ナイトビダン様



<御夜咲瞳>

第五話 機械を産み出す聖母

激しい雨の降りしきる今夜、マテリアル・カンパニー本部ビルの地下で催されているのは組織にとって大切な収入源のひとつである一大イベント「マテリアル・オークション」である。
マテリアルとして売却される美少女たちはもはや明日の太陽を見ることはないであろう。
なぜならば彼女たちは今宵を最後に人間という存在ではなくなってしまうからである。

オークションで売却された宇佐美綾子はステージに上がる直前に服用した媚薬の効果がまだ残っているのか、
熱く火照った身体を持て余すようにステージ裏でうずくまっていた。
出品されたときまで着ていた純白のウェディングドレスはすでにズタズタに引き裂かれてしまい、周囲に見当たらない。
彼女が身に着けているのはドレスの下に着ていたマテリアルの証である黒いレオタードのみであった。
綾子のシルクのように清楚で美しかった黒髪も今はもう汗と汚れでその輝きを失い、ぼさぼさに乱れきっていた。
「ほら、何をぼさっと座っているんだ。さっさと着いて来い」
組織の黒服の男に腕を引かれて立ち上がった綾子はおぼつかない足取りで歩き出した。
――私はこれからどこへ何をしに行くのかしら…。
朦朧とした意識の中で綾子は自分自身に問いかけた。
もちろんその答えは綾子自身すでにわかっている。
答えはただひとつ、綾子はこれから組織の地下手術室で性処理専用サイボーグ――セクサボーグになる改造手術を受けさせられるのである。
このときの綾子にはオークションのステージに立ってからの記憶が残っていなかった。
そもそも自分がどのような相手に買われたのかもわからないのである。
果たして自分が支給された強力な媚薬によって買主となった人物に対してどのような痴態を晒してしまったのか。
このことを想像するだけで綾子の汗で濡れ光る肌はさらに赤みを増し、呼吸も自然と荒くなってしまうのだった。
「なんだ、これから機械人形に改造されるというのに興奮していやがるのか?」
後ろに付いてくる黒服の男が、綾子が熱い吐息をこぼしていることに気付き、下卑た言葉を投げかけた。
「ち…ちがい…ます…」
「何が違うというんだ。ほれ、おまえの太ももを見てみろ。そのだらだらと零れ落ちているのは何だ?」
「えっ、い、いやっ、こ、これは…!?」
綾子は慌てて自分の股間に視線を落とし、たまらず絶句してしまった。
下腹部の胎内に残っているどんよりとした不可解な熱さの正体を認識し、唇を噛み締めた綾子の両目からボロボロと涙が零れ落ちる。
このとき彼女はおぼろげながら記憶の空白部分で起きた出来事を理解したのである。
――わたしは媚薬に溺れて、誰とも知れない男たちにこの身体を自分から差し出してしまったんだわ。
わたしは、わたしは…なんて、なんて恥ずかしい女なの!?
どんな淫らな表情を浮かべて自分は顧客たちのそそり立つ肉棒を咥え込んだのであろう。
そしてどんな卑猥な言葉を吐き出しながら自分を、セクサボーグに改造される素体として売り込んだのであろうか。
それを考えると綾子は震えが止まらなかった。
「ほら、さっさと歩け。手術室はすぐそこだ」
左右に身体をふらつかせながら綾子は暗い通路を再び歩き始める。
「うぐ…」
不意に綾子の足が止まる。
壁にもたれかかった綾子の額にびっしりと脂汗が滲み出し、その顔は激痛により真っ赤に染まっていた。
「う、うげぇ…」
綾子の左手がまるで妊婦のように大きく膨れ上がった下腹部を押さえる。
ボトッ、ボトボトッ。
「ひぃっ!?い、いやぁ…」
搾り出すような悲痛な呻きと共に彼女の股間からドロリとした塊が床に落ちた。
それは言うまでもなく、彼女の子宮の中へはちきれんばかりに注ぎ込まれていた白濁の残滓であった。
「ぐ、ぐるしぃ…うげぇ」
まるで排便するかのようにうずくまり嘔吐しながら、綾子は自分の股間に手を伸ばした。
股間を覆うレオタードを指で引っ掛けるようにして引っ張る。
その隙間から見えたのは白と赤の混じった粘液で汚れ、無残に開ききった花弁であった。
そしてその奥からはなおも鮮血混じりの白濁液が膣の奥から溢れ出てくるのである。
「おいおい、一体何人の客に自分を売り込んだんだ?その腹の膨らみ具合からして五人や十人じゃないだろう?ひひっ」
「いやっ、言わないでください!私にも、私にもわからないんです!!憶えていないんです!どうしてこんなことを私が…」
綾子は頭を激しく横に振って男の言葉を否定しようとするが、次から次に溢れ出てくる涙を抑えることができなかった。
「う、うぐっ、うぐっ…」
哀しげな嗚咽に混じって、苦悶の呻きが喉の奥から漏れ出てくる。
「おいおい、そんなに苦しいのか?ひひひ…そりゃあ、腹がそんなになるまで中出しされていたら、孕んじまうのも確実だろうよ」
下腹部を襲う激痛と、終わることなく込み上げてくる嘔吐感による苦しさで涙と鼻水、そして口から涎を流し続けながら、綾子は表情を硬直させた。
「は、孕む…って、どういうことですか?」
「はあ?学校の保健の授業で習っただろう?男の精子が女の子宮に入って何をするのかをよ」
綾子の顔が瞬時に蒼白になる。
そしてしばし呆然と男の顔を見つめていた綾子は突然、狂ったように両手で下腹部を押さえ始めた。
「出て、みんな出て行って!私の中から出てぇっ!!」
泣き叫びながらさらに自分の腹を拳で殴打する綾子を見て黒服の男は慌てて彼女の両腕を取って押さえ込んだ。
「やめろ!冗談じゃない、おまえはもう売却済みの商品なんだ。勝手に傷つけられてたまるか!!」
「いやあっ!離して!離してください!!妊娠するなんていやあっ!!」
ビシイッ!
半狂乱になった綾子の頬を強烈な平手打ちが襲った。
綾子の体が床に転がる。
一緒になって転倒した黒服の男は目の前に立つ長身の金髪美女を見て言葉を失った。
「こんなところで何をグズグズしているのかしら、この役立たず…」
そう言い放ったのは冷たく鋭いアイスブルーの瞳を持ち、黒革のボンデージ衣装を着たパンザー博士直属の女サイボーグ・ローズであった。
「も、申し訳ありません、ろ、ローズ様…じ、実は…」
男の言葉はそこで途切れた。
ローズの腕に内蔵されている鞭が空気を引き裂いた瞬間、男の首は紅い線を引いて宙に飛んでいたのである。
眼前に転がった男の首を直視して、綾子は声にならない悲鳴を漏らした。
しかし結果的にそれは綾子の興奮状態を鎮めることになったのだった。
うずくまったまま立ち上がることができない綾子を見て、ローズは不愉快そうに近寄る。
「よく聞きなさい。おまえは今回のオークションで最高値がついたマテリアルよ。だから徹底的に、カスタマイズ改造されることになるわ」
「そ、それはどういう意味ですか?」
「ふふふ。全身をクライアントの要望通りに造り替えられるのよ。髪も目も肌の色も、体格から全て何もかも…。
あなたに生体組織として残されるのは脳髄の一部だけ」
綾子は自分がどのような改造手術を施されるか初めて聞かされ、すぐには言葉を返すことができなかった。
脳の一部意外は全て機械や人工部品に取り替えられ、本当の機械人形になるのだという絶望感が改めて綾子の胸に重く圧し掛かってくる。
不気味な微笑を浮かべたローズは綾子の膨らんだお腹と白濁液をたれこぼす股間に視線を注いだ。
「おまえ…妊娠とかどうとか喚いていたようだが…。今言ったとおり、おまえの肉体は残らず全て機械部品に交換される。
もちろん生殖器…子宮も例外ではない。おまえは残された生体脳が活動を停止するまでこの先、
永遠に性処理のためだけに存在するセクサボーグとして生きてゆくことになる」
ローズは綾子の顎を摘まみ上げ、顔を近づけながら言った。
「…それに、だいたい子供を産むなんて機能はセクサボーグ…いや、私たちサイボーグになった女にはもう必要無い機能なのよ!
…そう…愛する人の子供が欲しいなんて…そんなこと…。そんなことは考えることもなくなるわ!!」
そう吐き捨てたローズの顔にこのとき浮かんだ表情はいつにも増して険しく怒気を漂わせていた。
しかしそれももはや綾子には無関係であった。
――私がサイボーグにならなけりゃ、お父さんお母さんは借金を返せないばかりか生きていくことすらできない…。
そうよ…私たち姉妹はこうなることを覚悟の上でマテリアルに…サイボーグの素体として自分を売ったんじゃない…。
綾子の唇が自分自身を嘲るような笑みを浮かべたとき、彼女にとって最後の涙が頬を流れ落ちた。
「…わかりました…私…おとなしく…改造手術を…受けます…申し訳ありませんでした」
顔を伏せたまま綾子はローズにそう答えていた。

マテリアル・カンパニーにはVIP専用の貴賓室が用意されている。
本庄亜里沙はこの日のオークションでセクサボーグを購入した一人のVIPの接待を命じられていた。
そのVIPの名前は「ヘルシャフト」。
組織の米国支部長と密接な繋がりを持つこの謎の資産家はいまだ三十代前半の若さであり、金髪碧眼の美青年でもあった。
噂ではドイツ系移民の血を引いているというがそれも真偽のほどは定かではない。
「あふっ、あふっ、ひいっ」
豪奢なソファの上で亜里沙の白い肌と黒髪が激しく上下している。
深くソファに腰を埋めたヘルシャフトに跨るようにして亜里沙は一心不乱に腰を振り続けていた。
彼女の両目がセクサボーグの奉仕モードに入っていることを示す赤い点滅を繰り返している。
亜里沙は人工性器が今呑み込んでいる肉棒のデータを確認しながら、全身を使ってヘルシャフトの身体への愛撫を続けた。
「あはっ、あはああん…」
亜里沙は美しい人工の黒髪を振り乱しながら、白磁のような肢体でヘルシャフトの身体を快楽の井戸に引きずり込んでいく。
脳内に流れ込んでくる快感パルスに亜里沙自身もまた酔いしれていた。
ほんの数週間前まで男を知らなかった本庄亜里沙も組織によってセクサボーグに改造され、
さらに度重なる再改造と会長自らによる調教を施された結果、今ではセクサボーグの完成体となりつつあった。
「ああっ!ヘルシャフト様…私の胎内に…たっぷりと、そ…注いでください…お願いしますぅ…うくぅっ!」
亜里沙は媚薬交じりの唾液をヘルシャフトの口に流し込みながら、首に両腕を回して耳元に甘くねだるように囁く。
そのとき彼女の下腹部から小さな起動音が響いた。
「お、おおおっ!?」
ヘルシャフトを咥え込んだ亜里沙の機械仕掛けの秘唇が唸りを上げ始めたのである。
「こ、これは、す、すごいっ!うがあああっ!!」
「ヘルシャフト様、あうっ、私もとても、うっ、気持ちがいいです!
ああっ、出して、出してください、私の、私の中へ…たっぷりと、注入してくださいっ!!」
のけぞるように天を仰ぐ亜里沙は狂ったように頭を振って哀願する。
その唇から涎を撒き散らす表情はもはや快楽に浸りきった妖婦のごとく愉悦にまみれていた。
「ひっ!ひいっ!!いっ、いくぅぅぅっ!!!」
亜里沙の脳内に火花が迸った。全回路が一瞬、焼き切れた様に稼動を停止する。
これがセクサボーグにとって最高の快楽と呼ばれる「絶頂パルス」であった。
このとき彼女の義眼に組み込まれた人工網膜にはヘルシャフトが胎内に吐き出した精液のデータが詳細に映し出されていた。
「ああ、こんなにたくさん…私のような機械人形の胎内に注いでいただき…嬉しいです。
ヘルシャフト様ので…もう人工子宮のタンクも一杯ですわ…」
亜里沙は陶酔感に全身を任せながらうわ言のように御礼の言葉を告げた。
絶頂による負荷で四肢に力が入らなくなっている。
「ああん、もうだめぇ…」
亜利沙はそのまま力尽き、床にずり落ちた。
「Mrヘルシャフト、楽しんでいただけましたか?」
そのとき荒い呼吸を整えながらテーブルの上のブランデーを手に取ったヘルシャフトに語りかける男がいた。
誰あろうマテリアル・カンパニー会長その人である。
「いやあ、素晴らしい。やはり日本製のセクサボーグの出来は世界一だ。
仕事柄、世界各地のサクサロイドやサイボーグの接待を受けることも多いがやはり日本製が一番だ。特にここ「マテリアル・カンパニー」の製品はね」
「満足いただけたようで光栄です。それこそ私の個人所有のセクサボーグをお試しいただいた甲斐があるというものです」
「会長専用のセクサボーグ?…するとコレが?」
ヘルシャフトは、今度は犬のように自分の足の指を舐めしゃぶって奉仕を再開している亜里沙の顔をまじまじと眺めた。
亜里沙の妖しい微笑が視線に応える。
「ふふふ…これは処女のままセクサボーグに改造した試作品なのです。それゆえに手の加え甲斐がありますよ」
「なるほど、これは並の人形ではないと思っていましたが…、会長ご自身の手が加えられているセクサボーグだったのですね。
そのような人形で遊ばせていただきこのヘルシャフト、心からお礼申し上げます」
激しい情事の後遺症か、満足に立ち上がることもできず頭を下げるヘルシャフトを眺めつつ会長も彼の正面のソファに腰を下ろした。
「亜里沙、もういいぞ。下がれ」
「…はい、ご主人様…失礼致します」
亜里沙は優雅に立ち上がり一礼して退室してゆく。
そのとき彼女が歩いた後の絨毯に彼女の股間からこぼれた液体が染みを作っていることに気付いてヘルシャフトは恥ずかしそうに笑った。
「し、失礼、あまりの心地よさにがんばりすぎました」
「アレの人工性器は我が組織の最新型です。そういえば今宵のオークションでセクサボーグをまた一体お買い上げいただいたそうで」
「はい。前回のオークションで購入したセクサボーグがなかなかの逸品でしたので、今夜はもう一体購入させていただきました。
そろそろ素体の娘の改造手術が行われている頃かと」
会長はサングラスの下の瞳を緩めたように見えた。
「若いのにMrヘルシャフトも因果な楽しみを憶えてしまいましたね」
「フフフ。会長こそ、まだお若いではないですか。それにセクサボーグの楽しみを教えてくださったのはあなたたちですよ?」
葉巻の煙をくゆらせながら会長は肩を少し揺すって笑った。
「お買い上げのセクサボーグには先ほどの亜里沙と同じ人工性器を取り付けるように手配してあります。
もちろんサービスです、今後ともどうぞよろしく」
「こちらこそ、米国支部の支援は全てこのヘルシャフトにお任せください。また欧州進出の折も手を貸しますよ」
二人は互いに笑い合うと両手で握手を交わした。

ローズに連れられて綾子が足を踏み入れた暗い手術室には所狭しと手術機材が設置されており、
その機材に囲まれるように金属製の手術台が巨大ライトに照らし出されていた。
「さあ早くこのマテリアルの手術を始めてちょうだい。お客様がお待ちかねよ」
ローズの容赦ない言葉に呼応して機材の奥からマスクと白衣を着た四人の男たちが姿を現した。
男たちは綾子を頭からつま先まで舐めるように観察するとその手を掴もうと腕を伸ばす。
その手には得体の知れない薬品の入った注射器が握られていた。
「さわらないでください…」
「何だと?」
「自分で行きます…」
綾子はそのまま前へ進み出るとレオタードを脱ぎ捨て、手術台の上に横たわった。
「変わった娘だ。大概のマテリアルは恐怖で大暴れするのがお決まりなのだが?この鎮静剤は無用ということか」
技術者たちの呆れ気味の言葉を無視したまま綾子は静かに目を閉じる。
すると金属製のベルトが自動的に綾子の四肢を拘束した。
――これで何もかも終わり、私はこのまま眠って目が覚めたときはもう…。
「あ…綾子ちゃん!?」
明らかな動揺を含んだその声の主が手術台に駆け寄ってくる。
黒革のロングブーツとワンピースを着せられたその女性は綾子がよく知る人物――誰あろう、御夜咲瞳であった。
「ど、どういうこと?まさか私に手術させようというのは…」
「み、御夜咲先生…どうしてあなたが?」
困惑に両手で頭を抱える御夜咲瞳を見てローズは苦笑いを浮かべた。
「聞くまでもないでしょう?これからこのマテリアルをあなたの手でセクサボーグに改造するのよ」
「なっ、なんですって!?」
瞳はあまりの衝撃で思わず壁際まで後退っていた。
力なく首を左右に振って拒絶の意思を示すだけが精一杯である。
「あら?拒絶するのかしら。私は別に構わないわよ」
それは意外な回答であった。
しかし一瞬たりとも安堵の思いを抱いたのが間違いであることを瞳はすぐに知ることになる。
ローズが続けてもたらした言葉はまさに悪魔の宣告であった。
「水沢加奈…って言ったかしらあの女子大生…ふふ、あなたにとっては特別な存在の娘なのよね。その娘がどうなってもいいのかしら?」
「か、加奈ちゃんに、加奈ちゃんに何をしようと言うのっ!?」
「何もしない。ふふ…そう、今は何もしないわ。あなたが組織のサイボーグとして素直に命令を遂行すれば、その娘の安全は保障されるのよ。
私の言っている意味、おわかり?」
瞳はもはや自分に選択の余地が残されていないことを悟らざるをえなかった。
「う、うぐっ」
突然、綾子が呻いた。
見れば手足を拘束された綾子が苦しそうに身体をよじっている。
ぶびゅ。ぶびゅる。
異様な噴出音が綾子の股間から聞こえる。
「あ、綾子ちゃん!?あ、あなた…」
瞳は思わず口を押さえた。
綾子の股間から白い白濁液が再びこぼれ出していたのである。
綾子の大きく膨らんだ下腹部と併せて瞳は彼女がどのような行為を受けさせられたのかを一瞬で察した。
「そ、そんな顔しないでください…御夜咲先生…。私はマテリアルなんです。早く…手術を始めてください。サイボーグに…改造してください」
「いいの?綾子ちゃん、それで本当にいいの!?もう人間には戻れなくなるのよ!?」
必死に抗う瞳を見て、綾子は哀しげな微笑を浮かべた。
「お願いします、早く改造してください。こんな汚れきってしまった身体…私はもう…いりません。うぐっ、また出ちゃう…うぎいっ」
そのとき綾子は両目を見開き、歯を食い縛りながら細い身体を弓なりに反り上げた。
ぶしゅうっ。
綾子の小さな悲鳴と共に彼女の秘唇から噴き出した白濁の粘液が放物線を描いて床を汚す。
瞳は呆然とその様子を見届けるしかなかった。
――私が綾子ちゃんをサイボーグに…機械に改造する?いけない、私は人間よ!人間としてこんな手術、絶対に許されることじゃないわ!!
苦しそうに股間から精液を垂れ流し続ける綾子の肉体を前にして御夜咲瞳の分裂した心の片割れが声を上げていた。
――もう諦めるのよ瞳。仕方が無いのよ、綾子を手術しなければ加奈ちゃんまで組織の毒牙にかかってしまうわ。そう…これは仕方が無いことなのよ!
もう一人の心の声がさらに囁きかけてくる。
――それに瞳…あなたはもう人間ではないのよ。だからつまらない倫理観なんて捨てて気持ちよくなってしまいなさいよ…。
チュイーン。
瞳の頭の中で小さな電子音が鳴り響いた。
それはまるで何かの枷が外れるような音でもあった。
そしてこのとき瞳の両目が銀色に変化した。
「手術を開始…します」
この言葉を合図として白衣の助手たちが手にした電子ケーブルを瞳の首筋から背骨にかけて埋め込まれている端子に次々に接続してゆく。
「あ、ああっ、あああ!?」
すると瞳とリンクした周囲の機材が呼吸を始めるかのように起動を開始する。
チュイン、チュイン、チュイン。
瞳の頭部から絶え間なく電子音が鳴り始めた。
「な、何これ!?わ、私の頭の中に…は、入ってくる!?あ、ああっ」
それは改造手術に必要な膨大な量のデータであった。
「私は…私は…ピピピ…ピッ!私は…私は“マテリアル改造オペレーションサイボーグ形式番号MOS−03”です。
これよりセクサボーグ改造プログラムを起動します――」
御夜咲瞳の銀色に変化した両目からは人間としての感情の光が消え、新たな機械の輝きが宿ったかのようであった。
「ピピピ…マテリアル確認。素体名・宇佐美綾子。臓器を保護処理の後、ただちに摘出をします。準備を開始しなさい」
全身にケーブルを接続された瞳が感情の無い口調で四人の助手たちに命令を下す。
その助手たちによって綾子は口に麻酔マスクを装着させられた。
「う…」
マスクを通して麻酔ガスが綾子に吸入されてゆく。
ところが、なぜか綾子の意識は完全に失われることはなかった。
手足を自分の意思で動かすことは確かにできなくなっていたが、意識と触覚だけは依然として残ったままであった。
「…こ、これは…?」
改造マシンに変貌してから、無表情のままであった瞳がこのとき初めて笑みを浮かべた。
そして困惑を隠せない綾子の顔を真上から覗き込む。
「どうして意識がなくならないか教えてあげましょうか?」
綾子の顔に明らかな恐怖の色が浮かび上がったのを見て、瞳は銀色の目を愉快そうにスッと細めた。
「私は自分が手術されている光景を見せられながら改造されたの。そのとき私は言葉にできない快楽を感じたわ。
自分の身体が改造されている…わかるかしらこの不思議な気持ち。誰かが改造されている光景を見るよりももっともっと気持ちよかった…。
だから私は決めたの、私がこれから改造する女の子たちにもその快楽を教えてあげようって」
「そ…そ、んな…。あなたは本当に御夜咲先生なんですか?」
綾子は瞳の急激な変貌振りを受けて必死に首を振ろうとするが、思うように動かなかった。
「大丈夫よ、意識はあっても麻酔は効いているから手術の痛みはないはず。
でも麻酔濃度を調整してあるから改造される感覚はたっぷりと味わえるわ」
綾子は冷たくも優しい狂気に満ちたその言葉を受けて絶句していた。
眠りの中に落ち、次に目覚めた時にはコンピューターによって制御される機械人間になっている。
それで全てが終わると考えていた綾子にとって、瞳が自分に施そうとしている手術はまさに拷問以外の何物でもなかった。
「いや…、そんな手術は…いやですっ…」
「早く手術して欲しいと言ったのはあなたじゃない。ご希望通り最短プロセスで改造してあげるわ。麻酔で寝ている暇なんてないわよ」
必死の形相を浮かべている綾子にそう語りかけながら、瞳は助手から二本の透明チューブを受け取った。
「さあお食事の時間よ、綾子ちゃん」
瞳は手にしたチューブを綾子の小さな鼻の中に強引にねじ込んだ。
「がっ、ごぶっ!」
チューブが鼻から食道を通して胃の奥まで押し込まれると同時に助手たちも綾子の下半身の前後の穴へチューブを挿入し始めた。
「いっ、いぎぃっ!!い、いやぁっ」
悲鳴を上げる綾子に注射器を介してさらに両腕両足、全身各所にチューブが繋げられる。
手術台の綾子の姿はさながらチューブで絡め取られた蝶のようであった。
「準備はいいわね…臓器コーティング剤の注入を開始しなさい」
助手たちが瞳の指示を受けて薬剤タンクのバルブを開放した。
青い半透明の薬品がチューブを通して彼女の体内に流し込まれてゆく。
「うっ、うあああっ!!」
「あら、苦しい?でも我慢してね、すぐに楽になるから」
体内に薬品が注入されるに従い、全身に刺すような冷気が襲い掛かってくる。
そして呼吸が荒くなり胸と腹部が意思に関係なく痙攣を始めた。
「ああっ、ああっ、ああっ、身体が、私の身体が…壊れちゃうぅぅっ!!きゃああっ!!」
やがて綾子の体中の血管という血管が皮膚の表面に浮き上がって激しく脈動を開始した。
「ごぼっごぼぼっ!いやぁぁぁっ!!もうやめてぇぇっ!!」
なおも体内をコーティング剤が満たしてゆく。やがて注入しきれない薬品がそれぞれの穴から溢れ出すほどであった。
浮き上がった血管によって綾子の全身は青い網目模様に覆われてゆく。
「注入率確認80パーセント、…85、90パーセント…」
「やだ、やだやだやだっ、ぐ、ぐぎぃぃぃぃっ、死ぬッ、死んじゃうぅぅぅっ!ひいぃっ!!」
一際大きな呻き声を発した瞬間、綾子の眼球が反り返った。
呼吸が停止し、それまで全身を襲っていた激しい痙攣もなくなる。
「…綾子ちゃん?」
白目を剥いたまま動かなくなった綾子の頬を軽く叩きながら瞳が呼びかける。
しかしもちろん彼女からの返答は無かった。
「ピピッ…心臓及び呼吸の停止を確認。…まあ?」
脳内に流れ込んでくる状況報告を確認しながら、瞳は舌なめずりした。
「だめよ、綾子ちゃん。あなたはまだ死んではだめなの。お楽しみはこれからよ」
瞳はそのまま綾子の心臓の位置に口づけする。
バチチィッ!!
瞳の唇から高圧電気ショックが綾子の身体に撃ち込まれた。
「げ、げふっ、げふっ!」
「お帰りなさい…綾子ちゃん。うふふ」
「げふっ、い、いやぁ…もう、いやぁ…殺して…殺してください…おねがいです…」
綾子が蘇生したのを確認した瞳は両手の指を彼女に見えるように差し出した。
「駄目です…マテリアル宇佐美綾子。あなたはセクサボーグに生まれ変わるのです。あなたもそう望んだではありませんか?」
そのとき瞳の口調が機械的に変化すると同時に、十本の指が淡い光を放つレーザーメスへと変化していた。
「ひ、ひいっ!?」
「手術モード起動します、レーザーメス準備完了…」
全裸の綾子の皮膚は彼女が着せられていた特殊な素材のレオタードの作用によって、まるでプラスチックのように硬質化していた。
これは皮膚細胞組織を硬質化させることで無用な出血を抑制し、臓器摘出並びに人工臓器などの埋め込みに要する時間の短縮を図ることを目的とした処理であった。
組織はこの特殊レオタードをマテリアルの少女たちに着用させることで、一度のオークションで大量のセクサボーグ素体を改造販売することを可能としたのである。
サシュッ!
レーザーメスが綾子の胸部から下腹部にかけて一気に切り開いていた。
これに合わせて助手たちが綾子の体内に両手をもぐりこませる。
「や、いやっ、私の中に手を入れないでぇっ!」
しかし綾子の懇願が聞き入れられるはずもなく、切開口は無造作に割り開かれて固定された。
「まあ、綺麗な臓器ね。きっと高額で取引されるわよ、よかったわね、綾子ちゃん」
綾子のコーティングされた臓器はそれを取り巻く血管も含め、まるでプラスチックのような硬い光沢を持つように硬化していた。
それはもはや生命活動を行っていると呼べる臓器ではない。
「い、いやあっ、こんなのいやぁっ…げ、げぼぉっ!」
必死に声を絞り出す綾子の口からコーティング液が噴き出した。
麻酔により痛みは麻痺させられてはいるが、徐々に生命活動が停止してゆく苦しみを味わうことになった綾子にとっては果たしてどちらが幸せであったであろうか。
助手たちは綾子の臓器を体内から次々に引きずり出し始めていた。
「はぐっ、はぐっ、はぐっ、うげえっ」
綾子の瞳は体内を掻き混ぜられるようなおぞましい感覚の前に既に焦点が合わなくなり、口は酸素を求めて何度も開閉を続ける。
「心臓がコーティング液で硬化停止するまであと二分…人間としての最後の時間をたっぷりと堪能してちょうだいね、うふふ。…あら?」
そのときメスをふるう瞳の手が不意に止まった。
「これね…さっきから汚い物を噴き出していたのは?なあに、この精液でパンパンに膨らみきった子宮…これじゃあ卵子の採集もできないし、売り物にもならないじゃない」
綾子は鼻先に切除された自分の子宮を突きつけられ呻き声を漏らす。
「セクサボーグに生殖器は不要よ。捨てちゃいましょうね」
瞳は残酷な微笑を浮かべながらそうつぶやくと手にした綾子の子宮を床に投げ捨て、ブーツの踵でそれを踏みちぎった。
――あ、ああ…私の、子宮が…もう赤ちゃん…産めないよぅ…。
綾子の混濁した意識が消えようとしていた。
「…ゆ…きえ…、あなたが改造されたときも…こんなに苦しんだの?…ごめん、ごめんね…ゆき…え……」
その呟きを最後に綾子は力尽きた。
人体標本の如くぽっかりと空洞の空いた体内をさらすだけの「物」となった宇佐美綾子は人間としての生命活動を終えたのである。
そしてここから宇佐美綾子「であった」素体を利用した機械人形――サイボーグとしての改造手術が始まる。
生体脳維持のため人工心肺が接続され、骨格の金属骨格への交換、脊髄などの神経集積部の電子回路への移行作業が驚異的なスピードで行われてゆく。
新しく造型され組み上げられてゆく肢体には人工臓器が次々に埋め込まれていった。
これら一連の作業を確認し、臓器接続作業を助手たちに委ねた瞳は綾子の生体脳の摘出作業に取り掛かるのだった。
「脳波活動レベルが15パーセントまで低下。脳死到達まで一分…」
両目を激しく明滅させ情報を分析する瞳は開頭され剥きだしになった綾子の生体脳に電極を撃ち込む。
そこから送り込まれる高周波パルスによって綾子の脳波が再び活性化するのを確認すると、瞳はまるでボールでも扱うかのように生体脳を取り出していた。
「綾子ちゃん、しばらく待っていてね。うふふ…」
瞳は綾子自身とも言える彼女の脳髄に軽く口付けすると、それを培養液で満たされたカプセルに沈めた。
このとき瞳は綾子の残骸に残った眼球が空しく自分を映し出していることに気付いた。
既に生命のない綾子の視線を受けながら、瞳は手の甲を口に当てて笑い続けるのだった。

セクサボーグ形式番号WSD−85。素体名「宇佐美綾子」。
新たに誕生したセクサボーグは、雪のように白い人工皮膚が貼られて造型された新しい顔にメイクを施され、漆黒のドレスを着た姿で専用カプセルに収納された。
「出荷品最終チェックを命じられたWSD−2プロト1です。WSD−85のカプセルを開けなさい」
本庄亜里沙は改造手術を終えて出荷されてゆくセクサボーグの少女たちを一人一人確認して送り出す任務を命じられていた。
「さようなら綾子さん…。どうか優しい御主人さまにお仕えできることを祈っています。妹さんも待っていますよ、きっと…」
カプセルの中で起動停止という眠りの中にある「宇佐美綾子」という名前であったセクサボーグの頬を優しく撫でながら亜里沙は彼女に別れを告げた。
亜里沙が目配せすると再びカプセルは封印され、黒服の男たちによって運び出されて行く。彼女はそれを無言で見送った。
また明日から新しいマテリアルの素体たちが日本各地から集められてくることであろう。
それを思うと亜里沙の痛むはずの無い胸がひどく痛んだ。
大きく豊胸改造された乳房を両腕で抱きしめながら亜里沙は自分の機械の身体から伝わる感触を確かめる。
そのとき彼女は自分が今、出荷されて行った綾子に語りかけた言葉を思い出して自嘲気味に呟いた。
「…祈る?私が何に祈るというの…機械で動き、機械で生命を維持するしかない私が一体、何を信じて、何に祈ると言うの?…私はもう人間じゃないのよ!」
この日の夜も亜里沙は会長に呼ばれ夜伽を命令された。
プログラムにより発情し、火照った裸体のまま彼女は会長室の窓から夜のビル街を見つめる。
降り続ける雨は一向に止む様子はなく、時折夜空を引き裂く雷光が亜里沙の裸体を白く照らし出した。
窓に映った自分の顔に手を当て、亜里沙は俯く。
「加奈…ごめんね。私も御夜咲先生も、加奈には会えなくなっちゃった…私たちはもう人間ではなくなってしまったから…組織のために働く機械――サイボーグになってしまったから…」
一人静かにつぶやく亜里沙はそのとき背後から自分を抱きしめてきた会長の愛撫を首筋に受けて甘い吐息を漏らしていた。
「亜里沙、今夜はご苦労だった…ヘルシャフトもマテリアルの出来栄えに満足していた。もちろんおまえの奉仕にもな」
「ピッ!はい、私は御主人さまのセクサボーグです。どのようなご命令でも従います…あ…」
「そうか…では褒美だ、今夜もたっぷりと可愛がってやるぞ」
「嬉しい…御主人さま…。あの…ひとつお願いがあるのですがお聞き届けくださいますか?」
「なんだ」
「私の人工性器と子宮、いえ内部部品の全てを交換してください。
御主人さま以外の者の精液を受け入れた汚らわしい身体を使って今後、御奉仕させていただくのは恐れ多いのです…私に再改造手術をお命じください」
「ふふふ、おまえはセクサボーグとして着実に成長しているな。コンピューターだけで動くロボット――セクサロイドとはやはり違う」
「ありがとうございます、御主人さま…。今夜は…先日、ご主人様のご命令でさらに大きく豊胸改造していただいた乳房で御奉仕させていただきたいと存じます」
「よかろう、奉仕を許可するぞ」
「はい、ありがたき幸せ…。巨乳奉仕モードに移行します…ピピッ」
暗い会長室の窓際で一組の男女の影が重なり合う。
そして魅惑的な曲線を描く肢体が男の下半身に絡みつくように腰を落とした。
亜里沙の低くくぐもった声と熱い吐息が外の雨の音によって掻き消されてゆく。
――私はセクサボーグ…御主人様の性処理人形です…ずっとお側で御奉仕させください…。御主人…さま…。
亜里沙はこのとき感じ取っていた。
自分にとっての安息の場所がもはや主人の腕の中にしかないことを。


第五話/終


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