『メカニカルレディ』
作karma様
第1話 企画
「いつ来ても、ここは落ち着かないな。」
だだっ広い部屋の中でふかふかのソファに座り、ひとり目の前の窓に映る殺風景な高層ビル街を見下ろし、
黒崎昭太郎は一口茶をすすった。黒崎商事の社長、黒崎大吾から突然呼びだしの電話があったのだ。
黒崎商事と言えば、黒崎グループの筆頭である。
その社長から末席である黒崎ロボット研究所の所長が呼び出されたとあれば、馳せ参じるしかない。
赤川に所長代行を任せて黒崎ロボット研究所から車を飛ばして来た。
だが、昭太郎は社長室で延々と待たされ続けていた。
何気なく腕時計に目を向けた。
「あの社長には失踪のもみ消しで世話になっているからな。ここで媚を売っておこうと思って来たが、もう一時間か。」
昭太郎の横で直立不動の姿勢を取りつづけている銀色のロボットに向かってぼやいた。
「SIZUKA、おまえは、待ちくたびれることは無いよな。」
「私はロボットです。飽きることも疲れることも有りません。」
「そうだな。おまえをそんなふうに作り変えたのはこの俺だからな。」
人間からロボットに作り変えるときに日常会話の対応が出来る程度に自我を残しておけばよかったかな
と昭太郎が思っていると、バタンとドアが開いて、慌ただしく恰幅のいい男が入ってきた。
黒崎商事の社長、黒崎大吾であった。
「すまん、すまん。会議が長引いてしまった。こっちから呼びだしておいて待たせるとは、申し訳無い。」
昭太郎は立ちあがり、恭しくお辞儀をした。
「黒崎昭太郎、お呼びにより参上しました。ご依頼どおりSIZUKAも連れて参りました。」
「うむ、まあ掛けてくれ。」
そういうと、大吾はそそくさと机に向かい、袖の引出しからフォルダをとりだした。
秘書が大吾の茶を運んでくると、誰も部屋に通さないように指示した。
秘書がドアの前で一礼をして出ていくと、大吾はおもむろにSIZUKAに近づいた。
「これがSIZUKAか。よくできている。ボディのラインがいいな。さわってもいいか?」
「ええ、どうぞ。」
大吾はSIZUKAの胸から腹へ、そして臀部となでていった。
「やっぱり固いな。」
「柔らかくすることもできます。SIZUKA、セクサロイドモードだ。」
「了解しました。」
そういうと、SIZUKAのボディがブルっと振るえた。
「もう一度触ってみてください。」
大吾がSIZUKAの乳房を握りしめると、柔らかく形を変えた。同時にSIZUKAの口から、ああっというあえぎが漏れた。
「ほう、ロボットのくせに感じるのか。さすがは人間を改造しただけのことはある。」
「お判りになりますか。」
「このあいだの失踪事件の揉み消しはこの女か。」
「ええ、そうです。それと妹もですがね。ところで今日の用件はオーダーメイドロボットの注文ですか。
先ほどの秘書は、なかなかよい素材と思いますが。
社長にはお世話になっていますから、価格は勉強させていただきます。」
「あいかわらず商売熱心だな。今日呼び出したのは、ビジネスの話ではあるが、わしのオーダーではない。
用件にはいる前に、まずはこれを見てくれ。」
そういうと、大吾は昭太郎にフォルダを渡した。フォルダを開けて資料を取りだすと「公営娼館の企画」とあった。
「娼館?私はよく判りませんが、今の日本では不可能じゃないですか。マスコミにリークされたら格好の餌食でしょう。」
「ふん、マスコミはきれいごとばかり言っておるが、結局アングラで売春がまかり通っているのは事実だ。
わしはそれをオープンにしようと思っただけだ。まあ、中身を読んでくれ。」
昭太郎は言われるまま書類を読み始めた。
「ロボット娼婦ですか。なるほど、ようやく話が見えてきました。」
「うむ、娼婦がロボットなら、人格の問題も無い。痴情のもつれも無い。どうだ、いい考えだろう。」
「しかし、娼婦用のロボットなら、通常の人間型ロボットでいいんじゃないですか。
素材が本物の女性とばれたら大騒ぎですよ。」
「わかっておる。だが、わしの考える企画では、ロボット娼婦は単なる機械人形ではなく、是非とも、
機械と人間の要素を併せ持つロボットにしたい。」
「なるほど。それで、SIZUKAを連れて来いと言ったんですね。どうです、お気に召しましたか。」
「うむ、なかなかいい。セクサロイドモードは想像以上だ。だが、一つ注文が有る。」「何ですか。」
「ロボット娼婦の外見は人間そっくりにしてほしい。」
「えっ?このメタリックの滑らかな表面がいいと思うんですがね。」
「それは、おまえの個人的な趣味だ。一般向けには、やはり人間とそっくりにするほうがいい。
どうだ、この仕事、できそうか?」
「人間そっくりのリアルタイプモデルは、技術的には対応可能です。個人的には気乗りしないですがね。
それより、20体という数が問題ですね。最近警察の目もきびしくて、素材が入手しにくいのですから。」
しばらく、昭太郎は考えていた。
「そうだ、おたくの女子社員を利用できませんか。」
「それは構わんが、警察沙汰にならないという条件付きだぞ。」
「そうですか。とすると、全部は無理ですね。わかりました。なんとか考えてみましょう。」
「おお、引き受けてくれるか。では、企画書を秘書にコピーさせよう。」
「いや、それは不要です。」
そういうと、昭太郎は企画書をSIZUKAに渡した。
「SIZUKA、こいつの内容を記憶しろ。」
「了解しました。」
そういうと、SIZUKAは銀色の指でパラパラと書類をめくった。
「記憶完了しました。テキストおよび画像データで20MBの記憶容量を使用しました。研究所に戻ったら印刷しますか。」
「うむ、そうしてくれ。」
「便利なものだな。わしも一体作ってもらおうか。」
「いつでもご用命ください。ところで、今回の件に関して、黒崎商事側にも担当者を置いていただけますか。」
大吾はしばらく腕を抱えて考え込んでいたが、おもむろに顔を上げて答えた。
「そうだ。うってつけのやつがいる。秘密が守れるし、うちの女子社員にも精通している。お前もよく知っているはずだ。」
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「目黒君、ちょっと。」
目黒健人が黒崎商事に出社すると、すぐに風間課長から声がかかった。
「はい、今すぐに。」
目黒は、あわてて課長の席の前に立った。書類に目を通していた課長が顔を上げて目黒を見た。美人だった。
風間亜希子、30をちょっと過ぎたばかりで第2事業部公共事業課の課長だ。
ウェーブしたショートヘア、きりっとした眉、切れ長の目、誘うような濡れた唇。平社員には高嶺の花の存在だ。
この顔で食事に誘われたら断れないな、などと目黒は思っていた。
しかし、目黒が聞いた言葉は甘い誘惑とは程遠いものだった。
「目黒君、きみは何年、公共事業課の仕事をしているの。
この企画書は何?こんな薄弱な理由でクライアントに事業を推奨つもりなの?はっきり言って調査不足よ。やり直して!」
「すみません。すぐ、やり直します。」
目黒は企画書を受け取ってすごすごと席に戻った。
「また、課長に怒られたの?」
目黒が席に戻ると、隣の席から同期入社の森下未来が話し掛けてきた。
風間課長と違って美人という感じではないが、愛くるしい顔立ちで、男子社員には結構人気がある。
しかし当人は仕事一途で、恋愛どころではないらしい。
「ああ。毎度のことだけどね。」
「森下君!ちょっと来て。」
「今度は、あたしの番だわ。」
森下は、あわてて風間の席に向かった。
目黒の席から、風間と森下の顔が見えた。声ははっきり聞こえなかったが、二人の顔はどちらもにこやかだった。
「お咎目は無かったようだな。」
嬉しそうな顔で戻ってきた森下に目黒が声を掛けた。
「あたしだって最初はいっぱいコメントが付いたわ。」
「俺のほうは、コメントどころじゃない。やり直しさ。当分残業だな。」
「何か手伝おうか?」
「ありがとう。でも、大丈夫だよ。」
とりあえず今まで集めた資料をもう一度見なおそうとバインダーに手を伸ばすと、
パソコンのディスプレイにメール着信のメッセージが目に付いたので、メールの送信元を確認した。
「白鳥有香?誰だったかな。ああ、白鳥クリニックの先生だ。なんだろう。」
白鳥クリニックは黒崎商事ビルの1階に開業している診療所だ。黒崎商事と契約していて医務室の役目を担っている。
メールをあけてみると、先日の健康診断で要注意項目があったので、健康相談にくるようにとの内容だった。
「気晴らしに行ってくるか。」
となりの森下に行き先を告げた。
「健康相談にちょっと行って来る。」
「白鳥クリニックね。そういえば、あの先生、年齢不詳よね。どうみても20代前半にしか見えないのに、
風間課長が新入社員だったときから変わっていないらしいわよ。」
「若返りの薬でも研究してるんじゃない。」
「そうかもね。じゃ、行ってらっしゃい。」
目黒は席を立って、1階に向かった。白鳥クリニックのドアを開けると、白鳥医師が見えた。
受付の女性がいないので、直接声を掛けた。
「白鳥先生、目黒です。」
「ああ、目黒君。健康相談ね。ちょっと待ってて。」
白鳥はインターコムのボタンを押した。
「咲ちゃん、黒崎商事の目黒君の健康診断結果とレントゲン写真を持ってきて。」
用件を伝えると、白鳥は目黒の顔をみた。
「どうしたの。元気無いわね。わかった。亜希ちゃんに怒られたんでしょう。」
「わかります?うちの課長は、きびしいっすからね。ねえ、先生、今夜僕を慰めてくださいよ。」
「残念ね。今日は先約があるの。」
そこへ、白衣の若い女性が入ってきた。白鳥クリニックのレントゲン技師、水野咲子だ。
「先生、健康診断結果とレントゲン写真、お持ちしました。」
「咲ちゃん、ありがとう。」
「ねえ、咲ちゃん。いま、俺、落ち込んでるんだ。今夜、慰めてくれない?」
「先生がだめだから、あたしと?いやよ、そんなの。」
「ありゃ、聞こえてた?」
「しっかりね。」
「あら、もう咲ちゃんに乗り換えたの?せっかく、先約を断って時間を空けてあげようとおもったのに。」
「ええっ?もう、二人で俺をからかってるんですね。」
「あら、わかった?えーと、健康診断の要注意項目はγGPTね。医師として忠告するわ。当分、禁酒しなさい。」
「わかりましたよ。今日はおとなしく会社で残業します。」
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ようやくの思いで企画書を作りなおし、自宅のワンルームに帰ると、突然、電話がなった。
電話をとると、久しぶりに聞く声が聞こえた。
「もしもし、健人か?私だ。わかるか?」
「ああ、黒崎のおじさんですね。久しぶりですね。どうしたんですか?」
「実はお前に頼みたいことが有る。明日、研究所に来てくれ。」
「ええっ?そんな、急に言われても。」
「明日、午後1時だ。遅れるなよ。」
そう言うなり、電話は切れてしまった。
「参ったな。おじさん、強引なんだから。明日、課長になんて言おう?」
目黒は、物言わぬ受話器を持ったまま、立ち尽くしていた。
第1話 終
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