『メカニカルレディ』

作karma様




第5話 プロトタイプから製品モデルへ


「さあ、家につきましたよ。」
森下が風間のマンションのドアの前まで連れてきた。
白鳥クリニックを出てから森下の車の中でも、風間は泣きじゃくっていた。
森下が話しかけても、ただ相槌を打つだけだった。
ドアを開けて風間をソファに座らせると、落ち着いて来たが、まだ、何か思い詰めた感じだった。
話題に詰った森下はAKIKOの話を始めた。
「AKIKOって本当に風間さんにそっくりですよね。そういえば、あたし、AKIKOは
実は風間さん、なんて変な空想しちゃったんですよ。」
「あたしがAKIKO?」
何を話題にしても乗ってこなかった風間がAKIKOの話にぎょっとして森下の方を見た。
「単なる空想ですよ。気にしないでください。」
「何かを思い出しそうになったわ。」
「どんなことですか。」
「わからない。でも、とても恐ろしいことのような気がする。思い出すのが怖いくらいに。
あたしが、あたしでなくなるというような・・・。」
「風間さんが風間さんでなくなる?それじゃ、まるであたしの言ったことが本当みたいじゃ・・・」
森下の言葉を電話のベルが遮った。森下が子機をとって返事をすると女性の声がした。
「もしもし、こちらは風間宅です。」
「西園子というものですか、亜希子さんいらっしゃいますか。」
聞き覚えのある声だったが、西という名前に記憶はなかった。
「風間さん。ニシソノコさんていう方から電話ですけど、出ますか。」
西園子という名前を聞いた途端、風間の脳にスイッチが入った。その人の指示に従わなければいけないと思った。
「ええ。出るわ。」
風間は子機を受け取った。
「はい、風間です。」
子機から声ではなく、発信音が聞こえた。とっさに電話を切ろうと思ったが、腕が動かなかった。
というより、身体が動かなくなった。意識が遠のくとともに、
風間の脳に直接指令が書き込まれていった。
発信音を聞き終わると風間は子機を置いて、張り付いたような笑顔で、森下に淡々と話し始めた。
「未来ちゃん。ちょっと用事ができたの。今日は帰ってくれる?」
「ええ。いいですけど、大丈夫ですか。」
「お願い。帰って。」
変だと思ったが、なにか事情があるのだろうと思い、帰ることにした。
「判りました。じゃあ帰ります。お大事に。」
「ありがとう。」

玄関で森下を見送ったあと風間はマネキンのように固まった。
5分後、スイッチが入ったように、急に動き出したかと思うと、
ギクシャクと操られるように外へ出て、マンションの入口に停止していた車に乗り込んだ。
運転席には目黒、助手席にSIZUKAが座っていて、手には携帯電話があった。
「SIZUKA、AKIKOにダウンロードしたプログラムはうまく動作したようだな。ここまで来れば、リモコンで操作できる。」
そう言って、リモコンのスイッチを押すと、AKIKOは糸が切れた人形のように、頭を垂れた。
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目黒はリモコンでAKIKOを操作して部屋に入れ、服を脱がせベッドに寝かせた。
「SIZUKA、AKIKOの機械化の進捗を確認してくれ。」
SIZUKAはベッドの横に立ち、自分とAKIKOをケーブルで繋いだ。
「AKIKOのボディをスキャンします。・・・。AKIKOの機械化プロセスは完了しています。電子脳以外の各部は全て正常です。」
「よし。今からAKIKOを起動する。電子脳のトラブルがあるかもしれないから、SIZUKAはAKIKOのボディを動かないように制御してくれ。」
起動モードをロボットモードにセットして、リモコンの起動スイッチを押した。AKIKOが目覚めた。
「ここは何処?身体が動かないわ。前にもこんなことがあったような・・・。」
「やっぱり、ロボットモードにならないな。」
SIZUKAがAKIKOの問題を報告した。
「電子脳の生体脳制御に問題が発生しています。生体脳が自立活動しています。」
AKIKOは突然泣き出した。
「思い出したわ。昨日だわ。手足を外されて。あたしがAKIKOだったんだわ。ひどい。あんな男達にあたしを玩具にさせるなんて。ううっ。」
「記憶が戻っちゃった。やっぱり、未完成での本番は無理があったかな。」
「もう、こんな惨めな思いをするのはいや。いっそ、SIZUKAのように何も感じないロボットにして。」
「この状態で会社に置いとくには無理だな。仕方ない。明日、研究所に発送してしまおう。会社には病気療養とでも言っておくか。」
そのとき、突然ドアチャイムの音がした。
「誰だ?こんな時間に。」
やり過ごそうと声を潜めていると、ドアがドンドンと鳴り、聞き覚えのある声がした。
「おーい、目黒。居留守を使っても無駄だ。居るのは判ってるぞ。」
「まずい。鮫島だ。どうして今頃家に来るんだ。」
「いやぁ!こんな姿、人に見られたくないわ。」
「しーっ。追い返すから、静かにしていろ。」
目黒はドアに近付き、ドア越しに鮫島に返事した。
「悪いな、鮫島。今日は体調が悪いんだ。また、今度にしてくれ。」
「嘘をついてもだめだ。風間課長とお前が一緒に入るのを見たぞ。納得する説明を聞くまで俺は帰らんぞ。」
「お前が見たのは課長じゃないよ。課長そっくりのロボットだ。仕事で使うから、今、調整中なんだ。」
「誤魔化すな。本当にロボットだと言うなら、見せてみろ。」
目黒は溜め息をつくと、AKIKOのところに来て、囁いた。
「誤魔化しきれん。中に入れるからロボットになりきるんだ。いまの姿が風間課長本人だと知られたくないだろう。」
「ううっ、惨めだわ。こんな姿を見られるなんて。」
目黒はドア越しに鮫島に言った。
「条件がある。部屋で見たことは、絶対誰にも言わないと約束するか。」
「約束する。だから、早く中に入れろ。」
目黒はドアを開けて、鮫島を招き入れた。鮫島は、AKIKOが無表情なまま腹部ハッチを開けて、SIZUKAとケーブルでつながっているのを見て驚いた。
「本当だったのか。」
「いまここにいるロボットは公営ロボット娼館に使う娼婦ロボのサンプルだ。会社の極秘事項だからな。絶対、誰にも言うな。」
「このロボット、本当に風間課長にそっくりだな。」
「ああ、課長をモデルにしたロボットでAKIKOって言うんだ。さあこれで納得しただろう。」
「課長と同じ名前か。」
鮫島は腕を伸ばしてAKIKOの乳房をギュッと握り締めた。慌てて目黒は鮫島の手を払いのけた。
「おい、勝手にさわるな。」
このとき、AKIKOのボディが微かにビクッと震えたが、鮫島は気づかなかった。
「なあ、目黒。ちょっと俺にこのロボットを試させてくれないか。」
「何を言っているんだ。これは極秘プロジェクトのロボットだぞ。」
「そんなことを言うと、俺の見たことをバラすぞ。」
「おい、誰にも言わない約束だぞ。会社の極秘事項を喋ったら、お前だってただじゃ済まないぞ。」
「この部屋で見たことは言わない。だが、外で見たことは別だ。」
「どういう意味だ?」
「風間課長がお前の部屋に入ったのを見たというだけなら、会社の秘密を漏らしたことにはならんだろう。」
「この野郎。人の弱みにつけこんで。」
「何とでも言え。どうなんだ。俺にこいつを使わせるのか。」
「くっ。しかたない。一回だけだぞ。SIZUKA、ケーブルを外せ。」
SIZUKAはケーブルを外すとAKIKOのメンテハッチを閉じた。
「AKIKO、こいつの相手をしろ。」
「サンキュー。恩にきるぜ。」

二人のやりとりを聞いていたAKIKOは、気が気でなかった。
鮫島の相手をしろと命令されて、AKIKOは、「やめて」と叫びたかった。
しかし、今のこの姿が、実は風間亜希子本人であることだけは、他人に知られたくなかった。AKIKOは自分に言い聞かせた。
「私は人間じゃない。感情を持たないロボットよ。何をされても何も感じない。命令に従うだけの機械。」

「おい、AKIKO。」
「はい。」
「ひっひっ。課長を呼び捨てにしてるみたいで気分がいいぜ。これから俺がお前を試してやる。」
AKIKOは何と答えようか迷っていると、言葉が頭に浮かんだ。言うのは抵抗があったが、ロボットになりきるために、それをそのまま口にした。
「どうぞ私のボディをご自由にお使いください。」
「本物の課長と違って、ロボットは従順だな。」
鮫島はAKIKOを抱きかかえ、胸を揉み始めた。
愛撫を受けたボディからAKIKOの脳に快感が流れ込んできたが、AKIKOはそれに耐えて無表情を努めていた。
「ひっひっ。こいつぁ、吸いつくような肌だぜ。たまらねえ。本物の課長を抱いているようだ。
このオッパイ、プリプリしてるぜ。もう我慢できねえ。」
鮫島は服を脱ぎ始めた。
「おい、俺の目の前で何を始める気だ。」
「見た通りだ。憧れの風間課長とやれるんだ。こんなチャンス逃すことはないからな。気を遣わなくていいぞ。
俺は気にしないから。」
「お前が気にしなくても、俺が気にする。」
裸になった鮫島は、目黒の言葉など気にせずAKIKOの身体の上から抱きついた。
目黒は鮫島のあつかましさに驚いたが、AKIKOが騒ぎ出すのではないかとヒヤヒヤしていた。
鮫島は夢中でAKIKOの乳房にしゃぶりついていた。
「くーっ。こっちはビンビンだ。すぐにでもぶち込みたいぜ。」
AKIKOがその言葉の意味を理解した途端、自分の脳の中の一部が鮫島の欲求を叶えるための作業を開始したことを感じた。
AKIKOは頭に浮かんだメッセージを抑揚のない声で喋った。
「了解しました。潤滑液の分泌を開始します。」
秘所に制御信号が伝送され、分泌された潤滑液で内部が濡れるのを感じた。
男性の都合だけで何時でも欲求を満たすことができる快楽玩具にされてしまった自分が悲しかった。
鮫島は秘所に手を延ばし、感触を確かめるように、まさぐった。
「うひょー。もうベチョベチョだぜ。ロボットは面倒が無くていいな。よーし。
どんどん責めるぞ。」
鮫島はAKIKOの太股を思い切り広げ、身体を沈めた。
「おおっ。なかなか具合がいいぞ。」
鮫島の行為によって送り込まれる快感は、ロボットらしく無反応を装うAKIKOを責め続けた。
いっそ、本当のロボットになって、この苦難から逃れたいとAKIKOは思うようになっていた。
「AKIKO、最高だぜ。」
「さ、鮫島様。た、楽しんで頂けて嬉しいです。」
波のように押し寄せ快感に耐えるのに必死で、AKIKOはもう何も考えられなくなっていた。
口にした言葉が、演技なのか、自然に出たものかAKIKO自身にも判らなかった。
まもなく鮫島は、AKIKOの中に欲望を吐き出して、行為を終えた。
「ぷぁーっ。AKIKO、おまえの抱き心地は最高だ。ロボットとは思えん。」
「鮫島様、私をご利用頂きましてありがとうございます。」
行為が終わったあとも、もうAKIKOは何も考えず、ただ機械的に言葉を口に出していた。
「目黒、こいつは、なかなか絶品だ。俺が保証するぜ。反応がないのがちょっとつまらんが。」
「用が済んだら、さっさと帰れよ。」
「邪魔して悪かったな。」
鮫島はズボンのベルトを締めると、机の上のリモコンを取った。
「おい。それは駄目だ。」
「何だよ。ちょっとテレビを見るだけじゃないか。ん?なんだ、このリモコンは。妙なボタンが一杯あるぞ。」
「勝手にさわるな!」
目黒の制止を無視して、リモコンのボタンをあちこち動かすと、それにつれてAKIKOが腕を上げたり脚を上げたりした。
「へーっ、このロボットのリモコンだったのか。こいつぁ、面白い。」
「おまえ、これは玩具じゃないぞ。極秘プロジェクト用のプロトタイプなんだぞ。」
そう言って目黒は、リモコンを取り上げ、鮫島を追い出した。ドアスコープから覗いて帰ったことを確認すると、AKIKOに話しかけた。
「うまく相手してくれて、助かったぜ、AKIKO。」
「目黒様の指示どおりに行動しただけです。」
AKIKOは、抑揚のない声で喋った。
「鮫島はもう帰ったから、ロボットモードの振りはしなくていい。」
「いま私はロボットモードです。」
「なに、ロボットモードだって?電子脳が復帰したのか?」
「はい。電子脳は復帰しています。私の生体脳は電子脳による制御を受け入れています。」
「本当か?SIZUKA、AKIKOの電子脳と生体脳をスキャンしてくれ。」
「了解しました。AKIKO、メンテナンスハッチを開けなさい。」
SIZUKAは自分のメンテナンスハッチを開けて、AKIKOと繋ぎ始めた。
「目黒様、AKIKOの生体脳制御機能が復帰しています。AKIKOは完全にロボットです。」
「くくくっ。やった。AKIKOが完成した。」
目黒は思わずガッツポーズを取った。
「SIZUKA、AKIKOのデータを採取して、叔父さんに送ってくれ。AKIKO、明日からおまえにやってもらうことがある。」
「ご命令をどうぞ。」
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翌日、会社に向かってさっそうと歩く風間を見つけて、森下は駆け寄った。
「風間さん。もう、いいんですか。」
「ええ。気分は良好よ。」
「良かった。昨日の様子だと長期療養が必要だと思ってました。」
「心配かけたわ。もう、大丈夫よ。」

二人が職場に着くと、公共事業課は大騒ぎだった。加賀がニコニコしながら目黒に話しかけていた。風間が二人に近づいた。
「部長。おはようございます。」
「おはよう、風間君。もう、いいのか。」
「ええ。体調に問題ありません。」
「部長。それより何を騒いでいるんですか?」
森下が話を割った。
「公営ロボット娼館が受注できたんだよ。君達の努力の結果だよ。」
「いえ、加賀部長のご努力のおかげです。」
「儂なんかより、なんといってもAKIKOの功績だな。」
「目黒。そういえば、AKIKOは何処にあるの?SIZUKAも居ないわね。」
「SIZUKAは、さっき、梱包して黒崎研究所に発送しちゃったよ。
AKIKOは、今、最終テスト中だ。保管場所は極秘事項だから、悪いけど森下にも教えられない。」
「ふーん。そうなの。」
森下は、目黒に相づちを打ちながら、席に着いた風間をちらっと見た。そこへ、加賀部長が目黒に話しかけてきた。
「ところで、目黒君。例の君の提案の件だが。」
「どうかしたんですか?」
加賀は軽く咳払いしながら言った。
「副社長が反対してるんだ。」
「そうですか。それは、困りましたね。」
「儂は、いいアイデアだと思うんだが、副社長は黒崎商事の品位に関わると言うんだ。」
「たしか、副社長は、風間課長がお気に入りでしたよね。」
「そうだ。風間君から説得してもらおうか。」
「いや。もっといい方法がありますよ。ここでは、人目がありますから向こうで話しましょう。」
そう言って加賀と目黒は会議室にこもった。
森下はさっきから風間が気になっていた。
「目黒は秘密と言っていたけど、AKIKOを隠す絶好の場所があるじゃない。」
二人がいなくなると、森下は風間の席に向かった。
「課長、お聞きしたいことがあるんですけど。」
「なに?」
「実は、ソーラ発電設備の案件があるんです。去年、二人でソーラ発電の仕事したの、憶えてます?」
「ええ。憶えてるわ。報告書のファイルならここにあるわ。」
風間は袖机の引き出しから1枚のCDを出してきた。
「ありがとうございます。このとき、五星物産のソーラ設備の情報がなかなか手に入らなかったんですよね。
加賀部長が色仕掛けで行けと言いだしたこと憶えてます?」
風間は記憶をまさぐるように宙を向いてからぽつりと言った。
「憶えてるわ。」
「風間さんは、加賀部長に向かって、そんなことしなくても、手に入れてみせるって、大見得切ったじゃないですか。」
「ええ。二人で変装して、募集中の掃除婦に応募したわ。掃除するふりをして、
五星物産のソーラ設備を調べたわね。」
「あたしが、フリータの役で、茶髪にしたり、メイクを濃くしたり。えーっと、
風間さんの役はなんでしたっけ?」
「私は、リストラされた中年オバサンよ。
センスのない、ヨレヨレの服着て、髪をボサボサにして、皮膚にシワを作ったり、弛みを作ったり、大変だったわ。」
このことは風間と自分しか知らないことだ。森下は、目の前の風間は本物だと思った。
風間は、自分の中年オバサン姿を知られたくないといって、森下に固く口止めしたのだった。
加賀にもソーラ設備の情報入手方法は教えていない。
「それで、今の話がどういう関係があるの。」
「あっ、いえ。何でもないです。」
「未来ちゃん。用が無いならさっさと席に戻って。」
「あっ、はい。すみません。」
森下は、席に戻った。
「絶対、AKIKOと入れ替わってると思ったのに。」
鮫島が森下と入れ替わりに風間の席にやってきた。
「課長。これ、頼まれてた企画書です。」
「ありがとう。」
風間は書類を受け取ると目を通しはじめ、無表情に読み終えた。
「理解できない。」
と一言だけ言った。
「どこがですか?」
「全部よ。あなたの文章は論理的じゃないわ。書き直して。」
鮫島はムッとしながら、渋々、席に戻った。途中で森下が声をかけた。
「ひどく注意されたみたいね。」
「ああ、今日の課長はおかしいぜ。本当はロボットなんじゃないか?」
鮫島は、目黒の席に見覚えのあるものを見つけた。
「おっ、こりゃ、...。」
「どうしたの?」
「こいつは、ロボ風間のリモコンだ。目黒の家で見たやつだ。」
「そうか。AKIKOは、目黒の家に置いてあるのね。」
「おっと。こいつは目黒に口止めされていたんだ。」
「大丈夫よ。誰にも言わないわ。」
鮫島はリモコンを手にとり、風間に向けて、スイッチを押した。
「おまえは、本当はロボットだ。正体を現せ!」
「何、バカなこと...。」
鮫島の冗談に笑っていた森下が突然真顔になった。風間が無表情に立ち上がり、
直立不動の姿勢となった。
「AKIKO、ロボットモードに移行します。」
周りの社員がざわつき始めた。鮫島は一瞬驚いたが、すぐに、ニヤニヤしながらAKIKOに近づいた。
「へーっ。さっき、俺を怒鳴りつけた課長様はロボットだったのかい。」
「先ほどまで擬人モードで作動していました。」
「擬人モード?つまり、人間様の振りをするってことか。ご大層な機能だな。」
「今はロボットモードです。なんなりとご命令ください。」
まわりに集まってきていた野次馬がさわぎはじめた。
「おまえら、静かにしろ。」
鮫島が一喝してから、AKIKOに向き直った。
「まず、裸になってもらおうか。」
「了解しました。」
女子社員達はきゃーっと騒ぎ、男子社員からは、おーっと歓声が上がった。
AKIKOはてきぱきと服を脱ぎ、下着を外し、素っ裸になると、再び直立不動に戻った。
鮫島は机の上のクリップを二つとると、AKIKOの両乳首を挟んだ。
周りの女子社員から、再びきゃーっと声が上がった。
鮫島は指先でクリップをピンピンと弾いたが、AKIKOは、平然とされるがままになっていた。
「平気そうだな。やっぱり、こいつはロボットだ。」
そこへ戻ってきた目黒が慌てた。
「鮫島!何をしてるんだ。」
「おう、目黒か。課長だと思ってたら、お前の極秘ロボットだったぜ。どうして、この機械人形が課長の振りをしてるんだ?」
「そ、それは。AKIKOのテストの一環だ。みんなを騙したことは悪いが、極秘のプロジェクトだから仕方ないんだ。」
しどろもどろになりながら、目黒はAKIKOを片づけ始めた。社員達が持ち場に戻る中で、森下の頭は混乱していた。
「どうして、AKIKOが変装のことを知っているの?」
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その晩、森下は何度も自問して、ベッドの中で眠れぬ夜を過ごしていた。
「あのときの変装のことは、あたしと風間さんしか知らないはず。
いくら、風間さんに似せるためといっても、あんな細かいことまでロボットに情報を与えるかしら。」
森下は何十回目かの寝返りを打った。
「ふーっ。風間さんとAKIKOが同一人物だったら、説明がつくんだけど、そんなことあるはずないわよね。」
森下は、ここ2、3日の風間の不可思議な言動を思い出した。
「でも、AKIKOイコール風間さんだとすると、風間さんがAKIKOのビデオを見て泣いた理由が判るし、自分が自分でなくなるという言葉の意味も判るわ。
ホテルでAKIKOが悲鳴をあげたのも説明がつく。あたしが、AKIKOを風間さんだと思ったのも当然だわ。」
森下は、自分の突拍子も無い想像が、ここ数日の不可思議な出来事を説明できることに驚いた。
「でも夢見たいな話よね。いったい誰が人間をロボットにできるっていうの?」
突然、森下の頭にある名前が閃いた。
「黒崎研究所!」
思わず森下は起き上がった。
「SIZUKAやAKIRAは、驚くくらい本人とそっくりだったわ。
もし、黒崎研究所が人間をロボットにできる技術を持っていたとしたら、ひょっとして、あのロボットも元は・・・。」
森下の身体は震え始めた。
「そういえば、西園子の声、どこかで聞いたことあると思ったら、静香さんの声じゃないの。
じゃあ、あれは、SIZUKAが喋っていたの?西園子って西園寺をモジったんじゃないの?あの電話のあと、風間さんの様子がおかしかったわ。」
森下は、身体の震えを止めようと、布団を力一杯抱きしめた。
「そしたら、あいつは、黒崎研究所の手先だわ。」
森下のよく知っている同僚の顔が浮かんだ。


第5話 終



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