『メカニカルレディ』

作karma様




第6話 製品材料の確保


翌朝、森下が眠そうな目をして出社した時は、すでに11時を廻っていた。
「大遅刻だわ。昨日は変な想像しちゃって、結局一睡もできなかったわ。馬鹿げているわよね。
人間がロボットになるなんて。B級SFじゃあるまいし。」
中の様子を伺いながら執務室に入ると女子社員たちの騒がしい声が部屋中に響いていた。同僚の山川恵を見つけて声をかけた。
「おはよう、メグ。風間さん、居る?」
「おはよう、未来。課長は療養で当分お休みって連絡があったわ。どうしたの?
今日は遅いじゃない。」
「うん、ちょっとね。ねえ、メグ。女の子たち、何を騒いでるの?」
「未来、掲示板見た?」
「掲示板?まだ見てないけど。」
「すっごい、社員研修なのよ。」
「社員研修?」
黒崎商事では、年に数回社員研修がある。森下も過去2、3回受けたことはあるが、どれもつまらない内容だった。
なぜ、女子社員の話題になるのか想像もつかなかった。
「研修のテーマが画期的なのかしら。」
パソコンの電源を入れて、「掲示板」を起動し、「人事からのお知らせ」、「社員研修」とクリックして、話題の研修を見つけた。
女子社員を対象にした研修で、テーマは、「最新のロボット工学」とあった。確かに目新しいが、女子社員が喜ぶテーマとは、思えなかった。
「この研修がどうしたの?」
「研修の場所と時間を見てみて。」
研修内容を確認した森下は唖然とした。
「何、この研修?」
「ねっ、すごいでしょ。」
研修場所は、初日の金曜の朝に黒崎商事に集合しバスでS県F市の黒崎研究所へ向かい、実習したあと、
次の週の月曜から金曜までリゾート地で有名なS県I市の会社提携のペンションで講義を受けることになっていた。
講義は午前中だけで、午後は各自のレポート作成に充てられている。土日は研修はないが、その宿泊費も会社負担とある。
さらに、参加者には支度金十万円が支給される。まるで、遊んで下さいといわんばかりの内容だった。
なるほど、女子社員が騒ぐわけだ、と森下は思った。
「なんで、こんなふざけた、いや、恵まれた研修があるの?」
「それは、参加に条件があるからよ。そこ、クリックして。」
こんな好条件に見合う参加条件は何かと、クリックして森下は驚いた。
参加の条件とは、ロボット工学講義の実習として、黒崎研究所でロボットのモデルになることだった。
そしてモデルになるロボットには、公営娼館テクノドリームに納品する娼婦ロボットを使用するとのことだった。
従って、定員はロボット台数分の20名とのことだった。
「要は、娼婦ロボットのモデルになる女子社員への見返りということ?」
「そうみたいね。自分と同じ顔と身体を持ったセックスロボットが男性の玩具になるのは、気持的には抵抗あるけど、この研修は魅力よね。」
この奇妙な研修参加条件は、森下に、昨夜の悪夢のような想像を思い出させた。
もしやと思い、研修内容のページに戻って、講師のプロフィールを確認すると、
全員、黒崎研究所の所員だった。森下は、この研修に胡散臭さを感じた。
「たしか、女子社員が娼婦ロボットのモデルになるのは、黒崎商事の品位に関わるといって反対していた役員がいたはずよね。」
「副社長のことでしょ。昨日、加賀部長と目黒くんが説得したらしいわ。ほら、副社長って風間さんがお気に入りじゃない。
風間さんそっくりの例のロボットを好きに使わせるって条件で、OKを貰ったみたい。」
「そうか。風間さん、役員に人気あるものね。」
「そしたら、他の役員からクレームがついたらしいわ。反対した役員の方に役得があるのはおかしいって。
それで今日は目黒君、AKIKOのスケジュール調整で役員の部屋を走り回っているわ。」
「そうか。AKIKOは、当分の間、役員連中の相手をするのね。」
「未来。あんた、あのロボットに同情してんの?」
「そ、そういうわけじゃないわ。ずっと一緒だったから、情が移ったのよ。」
「ふーん。それより、未来。この研修、一緒に参加しない?」
「いやよ!」
森下は反射的に拒絶してしまった。思わぬ強い拒否に山川は驚いた。
「なによ。そんな言い方しなくたって。」
「あっ、ごめんなさい。この時期は、ちょっと忙しくて参加できそうもないわ。」
「あーら、そうでしたの。そんな忙しい森下さんを無理にお誘いして申し訳ありませんでしたわ。」
そういうと、山川はプイっと後ろを向いてスタスタと去っていった。その後姿を見ながら、森下は呟いた。
「ごめんね、メグ。この研修、応募する気になれないの。」
森下の頭から昨日の悪夢が離れなかった。
「この研修に参加したらロボットに改造されてしまうかもしれないのよ。考えただけで恐ろしい。絶対、参加しないわ。」
根拠のない想像と判っていても、それを連想させる出来事が度重なって起きると、単なる想像と片付けられなくなってきた。
「でも、もし本当だったら、彼女たちは皆ロボットになっちゃう。どうやったら彼女たちを救えるの?誰かに相談する?誰が信じるっていうの。
へたに相談したら、気違い扱いされちゃう。それに、もし本当だったら、あたしが気付いていることを教えるようなものだわ。」
森下は、しばらく考え込んだ。
「あたしがみんなを救うしかない。」
研修応募のチェックボックスをクリックして、送信ボタンを押した。

人事からの返信の指示で面接を受けに行くと、面接室の前で山川と出会った。
「なによ、未来。大層なこと言ってたくせに、ちゃっかり申し込んでるんじゃない。」
「ええ。やっぱり、リゾートペンションで1週間の研修は魅力だわ。」
「でも、競争率高いわよ。総務の中村恵子とか、人事の加藤真由美、経理の佐々木仁美も来てたわ。」
「可愛い女の子ばかりね。」
「未来だって可愛いわよ。あたしだって捨てたもんじゃないわ。二人とも参加できるといいわね。そうそう、風間さんも同行するらしいわ。」
「風間さんも申し込んだの?」
「彼女は引率者よ。特別枠ね。」
「そう。」
森下は複雑な気持ちで返事をした。

面接から3日後に森下に研修の案内と受講者名簿が送付されてきた。名簿をチェックすると、選ばれた女子社員には特定の傾向があった。
「若くて男性に人気がある子ばかりなのは、娼婦ロボットのモデルだからよね。
でも、一人暮らしの女性ばかりなのが気になるわ。」
森下が名簿をチェックしていると、山川がやってきた。
「やったわ。選ばれたわ。未来は?」
「選ばれたみたいね。」
「なによ、その言い方。なんか、余り嬉しそうじゃないわね。」
「も、勿論、嬉しいわよ。」
「まあ、未来は真面目だから、仕事が気になるんでしょ。ところで健康診断は何時にする?」
「健康診断?」
「研修の案内、見てないの?」
慌てて研修の案内を見ると、
「なになに。研修はハードなため、事前に、白鳥クリニックで健康診断を受けることだって?。何処がハードなのよ?何で健康診断が必要なの?」
「さあね。会社が何を考えてるかなんて判らないわよ。スリーサイズでも測るんじゃないの。」
山川は森下の前でポーズを作って見せた。
「あたしのプロポーションを持ったロボットなら、男どもを悩殺よ。」
「そうね。」
そのロボットは貴方自身かもしれない、という言葉を森下は飲み込んだ。
「確かな証拠も無いのに話したら、変人扱いされるだけだわ。あたしの妄想だけならいいんだけど・・・。何か確かめる方法はないかしら。」


「白鳥先生。健康診断、お願いします。」
「あら、未来ちゃんも研修に参加するの?意外だわ。」
「えっ。ロボットのモデルになる程の女じゃないってことですか?」
「いえ。そう言う意味じゃなくて、応募しないと思っていたのよ。未来ちゃん、仕事に真面目だから。」
「そんなこと、ないですよ。」
「未来ちゃんもリゾートペンションの魅力には勝てなかったということかしら。」
「あたしだって普通の女の子です。遊びたいときもありますよ。」
「それもそうね。じゃ、身体測定から始めましょ。」
森下は身長、体重、スリーサイズは想像していたが、さらに肩幅、袖丈など、まるでオーダーメードスーツの採寸だった。
「先生。こんなに測るんですか。」
「そうよ。会社からの指定よ。聞いてるでしょ。ロボットのモデルになるって。」
終わった時には、ブランクだった人型正面図、背面図、側面図の寸法線に森下の身体の詳細な測定値がびっしりと書き込まれていた。
「ふー、やっと終わった。じゃあ、帰ります。」
「ちょっと、待って。あと、血圧と採血、検尿、X線があるわ。」
「まだ、あるんですか。」
「これも会社指定項目よ。」
「えーっ。なんでそんなのが要るんですか。適当に書いといてくださいよ。」
「だめよ。私は、そんないいかげんな仕事はしないわ。」
「はーい。判りましたよ。」
「じゃあ、まず、腕をだして。」
森下は観念して、採血、検尿を終えると、水野咲子に呼ばれた。
「森下さん、次はX線です。」
「咲ちゃん、すごいね。X線技師、薬剤師、看護婦なんてスーパーガールじゃない。」
「そんなこと、ないですよ。みんな先生のお陰なんですよ。身寄りのないあたしを引き取って、資格をとらせてくれたんです。医学の勉強も教えて頂いたわ。」
「そうだったの。ご両親はいつ亡くなったの?」
「8年前です。そのときまだ高校生で、途方にくれていた時に先生が声を掛けてくれたんです。」
「へえ、咲ちゃん、二十歳ぐらいにしか見えないけど、もう26なんだ。先生と咲ちゃんは、そのとき既に知り合いだったの?」
「あたしと咲ちゃんとは家が近くだったのよ。」
「へえ、どこに住んでたんですか?」
「森下さん、御免なさい。当時のことは、あまり話したくないんです。」
「あっ、御免なさい。立ち入ったこと聞いてしまったわ。でも、白鳥先生って人徳のある方なんですね。」
「そんなんじゃないわ。ちょうどここに開業する話があって、人手がほしかったのよ。身寄りのない咲ちゃんなら一緒に来てくれると思って声をかけたのよ。
でも何人も雇えないから、一人でいろいろこなして欲しくて、いろんな資格を取らせたの。私の方こそ、咲ちゃんに感謝してるのよ。」
「先生。その感謝、お給料に反映してください。」
「それとこれとは別よ。」
「全く、これなんだから。じゃあ、森下さん始めますよ。」
X線室に入ったとき、森下はあることを思いついた。
「咲ちゃん。ちょっと聞きたいことが・・・。」
「森下さん、勝手に動かないで。」
「ごめんなさい。」
水野の指示に従って、バリウムを飲み右に左に身体を捻って、ゲップを我慢する難行に耐え、ようやく解放された。
「もういいですよ、森下さん。話は何だったんですか。」
「ねえ、風間さんのX線写真ある?」
「ありますけど、それが何か?」
「見せてくれない?」
「だめですよ。患者さんの個人情報は見せられません。」
「お願い。豆屋の大福、奢るから。」
水野は一瞬、戸惑ったが、すぐに断った。
「だめです。買収しないでください。」
「どうしたの?」
白鳥が二人の会話を聞きつけて割り込んできた。
「先生。森下さんが風間さんのX線写真を見せろって。」
白鳥は森下の顔をじっと見つめていた。
「どういう訳?話してくれる?」
「ごめんなさい。今は言えません。でも、大勢の人の運命が掛かっているんです。」
白鳥は、しばらく、森下の顔を見つめ、水野に言った。
「咲ちゃん、ドアの鍵を掛けて。それから風間さんのX線写真持ってきて。」
「先生!」
「いいから!」
水野は渋々奥の棚から風間のX線写真の入った封筒を出してきた。
「これが風間さんの写真です。」
水野が出した写真を、白鳥は眺めたが、普通の人体のX線写真だった。
「うーん。特に変な影とかないわね。」
「いえ、そういうんじゃなくて。えーと、これ、何時の写真ですか?」
「たしか、先月の定期検診の時よ。」
「それじゃ、だめだわ。もっと新しいのはないんですか?そうだ、今回の健康診断の写真はないんですか。」
「彼女は受けていないわ。引率者だから。」
森下は下唇を噛んで、俯いた。
「先生。頭痛の風間さんを診察したとき、何か気づきませんでしたか。」
「心拍も呼吸もきれいに聞こえたわ。」
「ふーん。外見からでは見破れないようになっているのかな。やっぱり、X線写真でないと駄目なのかしら。」
「未来ちゃんが何を調べようとしてるのか、よくわからないけど、風間さんのX線写真が必要なの?」
森下は頷いた。
「じゃあ、風間さんをここにつれてきなさい。私が、何か理由をつけてX線写真を撮ってみるわ。」
「でも、風間さん、ずっと休んでて、何時出社するか、わからないんです。」
「でも、研修の引率者なら出発当日は出社するんじゃない?」
「そうか。そうですね。じゃあ、あたし、当日なんとか風間さんをここに連れてきます。」
「私たちは朝からX線撮影の準備をしておくわ。でも、未来ちゃん。いったい風間さんの何を調べようとしているの?何か病気なの?」
「すみません。変に騒ぎにしたくないんで、もう少しはっきりしたらお話します。」
「判ったわ。今は何も聞かないわ。」
森下が外へ出ようとすると、白鳥が呼び止めた。
「そうだ。言い忘れていたわ。」
「何ですか?」
「私も、豆屋の大福は好物なのよ。」
「判りました。ちゃんとお二人分買ってきます。」

出発の当日、一台のバスが黒崎商事のビルの正面玄関前に止まった。バスの側面には大きく「黒崎ロボット研究所」の文字があった。
バスのドアが開いて降り立ったのは風間だった。突然、一台のバイクがバスの後ろから風間めがけて飛び出した。
バイクは直前で急ブレーキを掛けてスピードを落としたが、間に合わず風間と衝突した。風間は数メートル跳ばされた。
「ごめんなさい。大丈夫ですか?」
ライダーはバイクから降りて風間に駆け寄った。風間は、アスファルトの上で目を開けたまま、壊れた人形のように転がっていた。
突然、小さな声で何かブツブツと呟き始めた。
「電子脳再起動成功。正常起動。ボディのスキャン開始。ボディの損傷軽微。制御系正常。再起動に問題なし。
生体脳のスキャン開始。生体脳は衝撃により動作停止中。損傷なし。生体脳を強制復帰します。AKIKO擬人モードで起動します。」
風間は一瞬ビクッと震えると、バイクに跳ねられたとは思えないほど、普通に立ち上がった。
衣服は所々擦り切れて破れていたが、身体には擦り傷一つ無かった。
「大丈夫よ。気をつけてちょうだい。大けがするところだわ。」
ライダーがフルフェイスのヘルメットを外すと、森下の顔が現れた。
「未来ちゃん。あなただったの?」
「風間さん。何かあるといけません。白鳥先生に看て貰いましょう。」
「大丈夫と言ってるでしょう。」
嫌がる風間を森下は、力づくでぐいぐいと白鳥クリニックへ引っ張っていった。
「先生。風間さんにバイクをぶつけてしまいました。骨折してるかもしれません。」
「それは、大変だわ。すぐX線写真を撮りましょう。」
「ちょっと。森下さん。私は忙しいのよ。こんな所で時間を潰したくないわ。」
「大丈夫です。まだ、出発には時間があります。」
「いやーっ。止めて!」
「亜季ちゃん。ただのX線写真よ。すぐ終わるわ。」
まるで暴行を受けるかのように嫌がる風間を森下と白鳥の二人がかりで無理矢理、診察台に押さえ込み、腿、胸、頭のX線写真を撮った。
「森下さん。貴方はなんて人なの。人にバイクをぶつけておいて、無理矢理、X線写真まで撮るなんて。」
「すみません。」
森下は、ハアハアと息を切らしながら、一言だけ謝った。
風間は何も言わずに、後ろを向いてクリニックを出ていった。
「これで何も無かったら、あたしは大バカだわ。」
もう風間とは元の関係に戻れないことを後悔しながら、水野に現像を依頼した。
「咲ちゃん。超特急で現像して!」
「わかりました。」
水野が現像室に入っていった。数分の時間が過ぎていった。突然、水野の悲鳴が聞こえた。
「きゃー。何、これ。」
白鳥が慌てて現像室に飛び込んだ。
「どうしたの?咲ちゃん。」
「こ、これ。見てください。」
「うっ。これは何?」
X線写真には、機械の白い影が体中に詰っていた。
「少なくとも、さっきの風間さんは人間じゃなかったってことね。」
遅れて現像室に入った森下がぼそりと呟いた。
「未来ちゃん。あなたが見たいと言っていたのはこのこと?」
白鳥の問いに森下は黙って頷いた。
「信じられないわ。いまのがロボットだったなんて。例のAKIKOっていうロボットね。」
「頭の写真を見せて。」
「これよ。」
手渡された頭の写真の脳にあたる個所には、集積回路の内部のような複雑な幾何学模様の網目が縦横に走っていた。
森下の背中越しに、白鳥も頭部の写真を見た。
「この回路のようなものが、たぶん、電子脳なんでしょうね。やけに空間が多いわね。この空間に何がつまってるのかしら?」
白鳥の言葉に、くすぶり続けていた一つの仮説が森下の頭をよぎった。
「バスを止めなくちゃ。」
「あっ、未来ちゃん。どうしたの?」
森下は、突然クリニックの外へ飛び出した。たが、正面玄関を出ると、ちょうどバスが出発したところだった。
「待って。止まれーっ。」
バスを追いかける森下の叫びも虚しく、バスは無情に去っていった。
「まだ、出発に一時間もあるのに、どうして?」
バスを見送っていた人事部の加藤真由美を問いつめた。
「風間さんが、急に予定が早まったって言うんですよ。あわてて女子社員に連絡したら、全員、出発準備できていたんです。
森下さんだけ、居ないって言ったら、先に行くって言って、行っちゃったんです。」
「すぐ、追いかけるわ。」
森下はバイクに跨り、ヘルメットを被って、バスを追おうとした。
「君がそのバイクの持ち主かね。」
急に呼び止められ、振り返ると警官が二人立っていた。
「何か用ですか?」
「君がバイクで人を跳ねたと通報が有ったんだ。署まで来てほしい。」
「済みません。後で必ず出頭しますから。いま、とても急いでいるんです。」
「そんなことを言って、逃げようって魂胆だろう。」
「本当です。お願いします。」
「だめだ。」
話しても無駄だと思った森下はスロットルに手を掛けて、出発しようとした。だが、警官にスーツを捕まれ、そのまま路上にしたたかに打ちつけられた。
バイクが空転して転がった。警官は森下の腕を逆手にねじ上げた。
「貴様、逃亡しようとしたな。」
「違うわ。貴方達があたしの話を聞いてくれないからでしょ。」
「うるさい。お前の戯言は署で聞いてやる。」
森下はそのまま警察署に連行されていった。
森下は警察でこってり絞られた。逃亡しようとしたことが、警察官の心証を悪くしたらしい。ようやく、解放されたときは三時を過ぎていた。
ロビーで人事部の加藤真由美が待っていた。
「森下さん。警察の人に連れて行かれちゃったんで、あたし、びっくりしました。」
「ええ、とんだ災難だったわ。」
「加賀部長には連絡しておきましたけど、カンカンでしたよ。」
「そうでしょうね。」
「森下さん。これから、どうします?」
「バイクでバスの後を追うわ。」
「森下さん。取調べで疲れてるのに、運転するのは無理ですよ。」
「うん。でも、みんなが心配..、いや、モデルが足りないと迷惑がかかるでしょ。」
「そうですか。じゃあ、気をつけてください。これ、差し入れです。」
加藤真由美が栄養ドリンクのビンを森下に渡した。そのとき、白鳥が正面入り口からロビーに入ってきた。
「先生。来てくれたんですね。」
「あたしが先生に連絡したんです。」
「本当はもっと早く来ようと思ったんだけど、手が離せなくて。大丈夫だった?」
「ええ、ご心配かけました。」
「これから会社に戻るの?」
「いえ。バスの後を追います。」
「未来ちゃん。疲れた身体で運転するのは危険よ。」
「先生。あたしもそう言ったんですけど、どうしても行くって聞かないんです。」
「大丈夫よ。ほら、加藤さんから栄養ドリンク貰ったから。」
森下はビンの蓋を捻った。
「ロボビタン?聞いたこと無い名前ね。どこの会社の商品?」
「すみません、判りません。目黒さんからもらったんです。」
森下は、もう少しで口につけそうだったが、慌ててビンを口から離した。ラベルを見ると黒崎研究所という小さな文字があった。
「目黒から?」
「あっ、いけない。内緒にしといてって言われてたわ。」
「どういうこと?!」
森下がすごい剣幕なので加藤は泣きそうな顔になった。
「御免なさい。目黒さんと喧嘩中というのは本当だったんですね。」
「あたしと目黒が喧嘩中?」
「ええ、目黒さんが、森下さんが疲れているだろうから、このドリンク剤を渡してくれって言ったんです。
いま喧嘩してるから目黒さんの名前は出さないようにって。」
森下のビン握る手がワナワナと震えた。
「あの野郎!」
ビンを床にたたきつけようとして、グッと思い留まって、加藤を睨みつけて訊ねた。
「あなたも、これ飲んだの?」
「いえ。貰ったのは、これ一本だけです。」
「そう。なら、いいわ。」
「ごめんなさい。あたし、もう会社に戻らないと。」
森下の形相に驚いて、加藤は慌てて外へ出て行った。白鳥が森下に怒りの理由を聞いた。
「未来ちゃん、どうしたの?突然、怒り出して。彼女、びっくりしてたわよ。」
森下はビンの蓋を閉めなおして、周りの人通りを見てから、白鳥に話しかけた。
「先生、外へ出ましょう。」
「判ったわ。ここでは話しにくいことなのね。」
森下は、頷いた。
外へ出て、バイクに向かいながら、周りに人がいないことを確認して、森下は白鳥に話し始めた。
「先生、お願いがあるんですが。」
「なに?」
「このドリンク剤の中身を調べてほしいんです。」
「いいけど、どうしてなの?目黒君が毒でも入れたとでも言うの?」
「そうかもしれません。」
「未来ちゃん!いくら喧嘩してるからって言っていいことと悪いことがあるわ。」
「先生。喧嘩も何も、あたし最近、目黒と会ってないんです。」
「じゃあ、なぜ毒が入ってるなんて言うの?」
「話すと長くなるんですけど、実はさっきのX線写真と関係してるんです。」
「ああ、あの亜希ちゃんそっくりのロボットね。」
「ええ。先生は、あのスカスカの電子脳をどう思います?」
「そうね。ロボットのことはよくわからないけど、あの程度の電子脳で、どうして人間そっくりの行動をとれるのか、妙だと思ったわ。」
「あたし、あの空間に埋まっているのは、人間の脳じゃないかって思ってるんです。」
「未来ちゃん!その人間の脳って、まさか、・・・」
「風間さんの脳です。」
「そんな。バカげてるわ。」
「信じられない話っていうのは判ってます。でもそうとしか思えないことが次々と起きてるんです。」
森下は、これまでのいきさつを白鳥に話した。
「まだ、あたしには信じられないけど・・・」
白鳥はしばらく、じっと考えて、口を開いた。
「未来ちゃんの想像どおりなら、たしかに、あたしの疑問にも説明がつくわね。
少なくとも未来ちゃんがバスの皆を心配する理由は判ったわ。」
「ええ、この豪華な研修は、ロボットにする女性を集めるための罠のような気がするんです。」
「でも、それとドリンク剤がどういう関係があるの?」
「あたしも、確信があるわけじゃないんです。けど、もし、あたしの想像が正しいなら、目黒が関係しているはずなんです。
AKIKOは、必ず、目黒が運んで来てましたから。」
「つまり、彼があなたの口封じを狙って一服もったと。」
「毒殺も考えられるけど、あたしをロボットにしようとしたんじゃないかしら。」
「これ一本で人間をロボット化できるかしら?」
「判りません。でも、このドリンク剤を調べれば、何か判るんじゃないかと。」
「判った。やってみるわ。」
「お願いします。あたしの妄想で済めば、それが一番いいんですけど。じゃあ、あたしは、バスを追いかけます。」
「運転には気をつけるのよ。」
森下はバイクに乗り、黒崎研究所へ出発した。

高速道路を黒崎研究所に向けてバイク走らせていると、突然、携帯電話が鳴り出した。
路肩に停車しようと思ったが、案内板が見えたので、パーキングに入った。
休憩所で携帯電話を取出し、相手を確認すると白鳥だった。
「もしもし、森下ですが。」
「未来ちゃん。あなたの想像通りだったわ。」
「何か判ったんですか?」
「分析した結果は普通のドリンク剤よ。」
「なあんだ。先生、担がないでください。」
「でも、未来ちゃん。あたし、試しに髪の毛を入れてみたのよ。取り出してみたら、材質が全く変わっていたわ。人工毛髪に近い材質になっていたわ。」
「ええっ!一体、どういうことですか?」
「あたしも不思議だったから、顕微鏡で覗いたの。そしたら、何かいるのよ。」
「何ですか?」
「判らないわ。微生物の様なんだけど、小さすぎて、あたしの持っている顕微鏡
じゃ、はっきり見えないのよ。でも、それが髪に寄ってきて、何かしているの。」
森下は、息を飲んだ。
「つまり、その微生物みたいなのが、人間を別の材質のものに作り変えるということですか?」
「そのようね。」
「その微生物みたいなのを使えば、人間をロボットに作り変えることもできる?」
「おそらく。」
「なんて恐ろしい。もし、あたしが飲んでいたら・・・。」
「未来ちゃんも今ごろAKIKOと同じになっているわね。」
「先生。その微生物の活動を写真に撮って発表すれば、黒崎研究所の悪事を暴露できるんじゃないですか。」
「あたしもそう思ったんだけど、それが駄目なの。」
「どうして?」
「今はもう居ないの。」
「言っている意味がよくわからないんですが。」
「写真を撮ろうと思ってカメラを探して、見つけて戻ったときには、もう微生物のようなものは居なくなってたわ。」
「そんな馬鹿なこと。」
「うーん。これは、あたしの想像だけど、一定時間放置すると消滅するようになっているんじゃないかしら。」
「証拠隠滅ね。抜け目無いわね。」
森下がガッカリしていると、休憩室が突然騒がしくなった。何事が起きたのかと思い、迴りを見回すと、テレビの前に人だかりができていた。
ひとごみにの間からテレビをのぞき込んだ森下は愕然とした。
「そんな。まさか。」
「どうしたの、未来ちゃん?」
「バスが・・・。みんなの乗ってたバスが・・・。」
「バスがどうしたの?」
「転落したの。いまニュースで放送があったの。」
テレビの画面には、黒崎商事の女子社員を乗せたバスが運転を誤って、ガードレールを突き破って断崖から海中へ転落したというテロップが流れていた。


第6話 終



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