『メタル ドリーム』

作karma様




第1話 悪夢の始まり


静香が目を覚ますと金属の台上に仰向けに寝ていた。
「私、どうしてこんなところにいるのかしら。工場長に頼まれて、研究所に部品を納品に来たはずなのに。」
体を動かそうとしたが、両手両足は台に拘束されていた。
静香は自分が台の上で「大」の字の格好を取らされていることに気づいた。
物音に、ふと天井を見上げると、たくさんのロボットアームが見えた。
それは徐々に静香めがけて降りてきていた。
ロボットアームの先には注射針が備え付けてあり、針はチューブがつながっていて、
その中には銀色の液体が詰まっていた。
静香は逃げようともがいたが無駄だった。
注射針は静香の両手首、両足首、両乳首、股間に突き刺さり、銀色の液体を注入していった。
注射針の刺さった皮膚はメタリックのスポットに変わっていった。
メタリックのスポットは徐々に広がり、やがて静香の首から下全体がメタリックになった。
同時に関節部には継ぎ目が現れた。メタリックは頭部に広がろうとしていた。
顔だけは元のままだが、頭部全体がメタリックになると、頭髪は消滅し、
剥き出しになった頭蓋部のあちこちに端子が見えた。
ロボットアームがその端子に次々とケーブルをつないでいく。
まもなく脳の中を掻き回される感覚が静香を襲った。静香は自分が消滅するのを感じながら、
一人残してきた妹のことを考えていた。
「ごめんね、晶。もう私は私でなくなってしまうみたい。」
閉じた静香の目から一筋の涙がこぼれた。
静香はしばらく目を閉じていたが、次に目を開けたときは人形のように無表情だった。
静香の頭部に接続されたケーブルの先にはコンソールがあり、何者かがコマンドをたたいていた。
カチッと音がして静香の両腕両脚が外れると、ロボットアームがそれを別の作業場所へ運んでいった。
腹部のハッチが開くと、そこから新たな機械が体内に埋め込まれた。
やがて加工が済んだ両腕両脚をロボットアームが運んできて元の位置に接続した。
頭蓋のケーブルから静香の脳にプログラムがダウンロードされ、完了すると静香は抑揚の無い声で言った。
「オーダーメイドモデルNo5 SIZUKA起動正常。マスターの登録をしてください。」
用済みになった頭蓋のケーブルをロボットアームがはずし終わると、何者かがSIZUKAに近づき、
こう言った。
「私がお前のマスターだ。」

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「どうして姉の捜索を止めるんですか。」
若い刑事から姉の捜索打ち切りを告げられたとき、西園寺晶は涙をこぼしながら震える声でそういった。
「西園寺さん。お気持ちはわかりますが、我々もお姉さんの手がかりを全力で探したんですよ。
しかし何一つ見つからなかったんですよ。」
目の前の理知的な美人が突然泣き出すのにうろたえながら、若い刑事は説明を続けた。
「優雅に帝都工大に通う妹を養うのに疲れちゃったんじゃないの。」
奥から年配の刑事がぼそりとつぶやいた。晶はその刑事をキッと睨みつけた。
「謝ってください。姉はそんな人ではありません。それに今は私、大学を卒業して研究室で助手の
仕事をしています。」
「山崎さん、彼女に失礼ですよ。」
山崎と呼ばれた刑事は悪びれた様子もなく、
「おっかねえな。そんな顔してたら、せっかくの美人が台無しだぜ。謝ればいいのか。
すまなかったよ、お嬢さん。言い過ぎた。でもよ、俺達だって暇じゃないんだ。
事件かどうかもわからない失踪にいつまでもかかわっていられないんだよ。」
「あなたでは話になりません。上の人を出して下さい。」
「無駄ですよ。西園寺さん。捜索中止は署長の決定なんです。」
晶は下唇を噛みながら、くやしさで顔が真っ赤になった。
「もう警察はあてにしません。」
捨てゼリフを残すと、晶は逃げるようにその場を去っていった。帰り道、涙がとまらなかった。

晶は姉の静香と二人暮らしだった。静香は町工場で事務員として勤めて、晶を大学に通わせていた。
晶は優秀な成績で大学を卒業した。
姉を楽にしてあげようと、企業に就職するつもりだったが、
研究室の教授の強い薦めで助手として残ることにした。
妹は企業より研究に向いていると、そのことに静香も満足していた。
失踪はその矢先だった。
3ヶ月まえ、黒崎ロボット工学研究所から静香の勤める工場にロボットの関節に使う
特殊なサーボモーターの注文があった。
黒崎ロボット研究所と言えば、世界的に権威あるロボット研究所だ。
小さな町工場にとっては願ってもないビッグな注文だった。
工場をあげてサーボモーターの製作にかかり、ようやく完成した。
製品を納品する役目になった静香は研究所に出かけたが、その後、行方不明になってしまった。
黒崎研究所の職員の何人もが、静香は普通に帰ったと証言している。
しかし、警察の必死の捜査にもかかわらず、その後の静香の足取りがまったくつかめなかった。
目撃者も遺留品も見つからなかった。警察はすでに捜索を諦めていた。
「絶対に静香を探し出すわ。」
自宅に戻って落ち着くと長い髪を後ろに束ね、晶はパソコンに向かって軽やかにキーボードをたたき始めた。
手口が馴れているので過去に類似事件があるはずと思い、晶は過去の行方不明事件を検索し始めた。
すると、驚いたことに、ここ数年間で黒崎研究所の関係者が数人行方不明になっていたことがわかった。
前所長の娘、取引先のベンチャー企業社長の妹、隣接の学校の女教師、研究所に見学にきた女子高生、…。
いずれも若い女性だ。
「あやしい。」
晶は検索結果を印刷した。
「これを警察に見せれば、捜査を再開してくれるかもしれない。」
晶はプリントアウトを持って外にでようとしてドアノブに手を伸ばしたが、その手がとまった。
「自分が2、3時間調べてわかったことが警察にわからないなんてことがあるかしら。」
もしかしたら、黒崎研究所が警察に手をまわしているかもしれない。
そうであれば、こんな事件記事の寄せ集めぐらい握りつぶされるのは目に見えている。
しかも、黒崎研究所のメインの出資会社は黒崎重工で、日本で屈指のビッグカンパニーだ。
その影響力を考えると、警察の上層部まで手が伸びているかも知れない。
「もっとたしかな証拠が必要だわ。」
晶はプリントアウトを握りしめて、考えていた。

1ヶ月後、やけにだぶついたスーツを着た一人の華奢な青年が
黒崎ロボット工学研究所の採用担当を訪ねていた。
「すみません。こちらで技術者を募集していると聞いたのですが。」
青年は男が見ても、はっとするような美青年だった。
採用担当は男に胸がときめく自分に戸惑いながら仕事に努めようとした。
「はい、そうですが、どちら様でしょう。」
青年は履歴書を出しながら、名前を告げた。
「西園寺晶と申します。」
それは、男装した晶だった。



第1話/終


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