『メタル ドリーム』
作karma様
第2話 潜入
確かな証拠を得るために晶がとった行動は、所員となって研究所の内部から調査することだった。
男を装ったのは、自分が他の犠牲者の二の舞になることを恐れたためだ。
晶は、黒崎研究所への転職を詫びるため、大学の研究室に行き、榛原教授に挨拶した。
できれば転職の理由を説明したくなかったが、榛原が親身に引きとめるので、仕方なく理由を話した。
最初は、危険だから止めるように説得していたが、晶の決意が固いのを見ると榛原は諦めた。
危ないと思ったらすぐ逃げることを晶に約束させると、
榛原は、黒崎研究所から晶について問い合わせがあっても、口裏をあわせると言ってくれた。
黒崎研究所に履歴書を出して、3日後に面接の通知が来た。研究所に出向くと、所長室に案内された。
「君が西園寺君かね。帝都工大の榛原研究室の助手だったそうだな。
榛原研と言えば小型動力炉の権威じゃないか。どうして、うちで仕事をしようと思ったんだ 。」
「はい。この研究所は毎年、画期的なロボットを発表しています。
大学で基礎的な研究をするよりも世の中を驚かせるような仕事をしたいのです。」
うそだった。本当は基礎研究がすきなのだが、研究所に潜入するためには印象を良くしなければならない。
「ずいぶん華奢な体つきだが、うちでは結構重いものを運ぶぞ。深夜作業もある。大丈夫かね。」
「はい、こう見えても学生のとき空手を習っていました。腕力には自信があります。
それに、大学では実験で徹夜することも何度もありました。」
黒崎所長はしばらく考えていた。
「よろしい。明日から来てくれたまえ。とりあえずパワーロボット研究室で仕事をしてもらう。
室長の山木には、私のほうから伝えておく。」
「ありがとうございます。」
パワーロボット研究室は、重量物運搬用ロボットを研究している部署だった。
これまで、動力炉の性能ために運搬できる重量に限界があって、パワーロボット研の悩みだったが、
晶の考案した動力炉は、一挙にその問題を解決してしまった。
1年たつと、晶は研究所内で一目おかれるようになった。
その間にも、晶は密かに失踪女性について調査していた。結果は思わしくなかったが、唯一の成果は、
女性の失踪とほぼ同時期に黒崎研究所に匿名のクライアントからオーダーメイドのロボットの注文が入っていることが判明したことだ。
「ひょっとすると、ロボットの中に女性を隠して、人身売買をしているのかもしれないわ。」
しかし、それは晶の憶測であり、裏付けるものは何もなかった。
「オーダーメイドロボットプロジェクトの内容を調べれば、何か判るかもしれない。」
そう思って調査を開始したが、プロテクトが厳重で、どうやっても内容を知ることはできなかった。
そんな矢先、晶は所長に呼び出された。所長室にいくと黒崎所長が待っていた。
「オーダーメイドプロジェクトを調べているそうだな。セキュリティファイルへの君のアクセスが山のように記録が残っている。」
「すみません。どんな最先端の技術を使っているのか、好奇心を抑えられず、つい極秘情報まで手を伸ばしてしまいました。」
「研究熱心なのはよいが、研究所の規則は守ってもらわねばならん。」
「申し訳ありません。以後気をつけます。」
「まあ、今回は大目に見ることにしよう。ところで、君はうちにきて何年になるかね。」
「1年と2ヶ月になります。」
「君の仕事振りは、山木から話を聞いている。活躍しているそうだな。」
「いえ、私などまだまだです。」
「実は今、進行中のオーダーメイドプロジェクトがある。ちょうど動力炉が問題になっているそうだ。
君なら解決できるかもしれん。チャレンジしてみるかね。 」
あっさりと参加を認められたことに驚いたが、チャンスを見逃す手はない。
「願ってもないことです。」
「それでは、来週からプロジェクトに参加してくれたまえ。責任者は赤川主任だ。
それと、この話は他言しないように。極秘プロジェクトだからな。」
「わかりました。」
晶は、パワーロボット研の引継ぎを済ませ、次の月曜に赤川主任の部屋に出向いた。
「西園寺です。」
「おめえが西園寺晶か。うわさには聞いていたが、ずいぶんやさ男だな。大丈夫か。ここの仕事はきついぞ。」
「パワーロボット研では、何度も徹夜しました。心配はいりません。」
「それにしても、男とは思えないようなきれいな顔をしているな。女だったらほっとかないんだがな。」
「からかわないでください。それより仕事にとりかかりたいのですが。」
「そうだった。ちょっとこれを見てくれ。」
赤川は、分厚い資料を晶に渡した。ロボットの設計資料だった。
晶が中から外形図を取り出してロボットの外観を見ると、胸には膨らみがあり、ウェストはくびれていた。
「女性型ロボットですか。」
「そうだ。多目的ヒューマノイドということだ。メインは秘書だが、ボディガード、接客、メイド、エトセトラ、エトセトラ。」
「それで、何が問題なんですか。」
「うむ。実はこの動力炉だ。」
そう言って赤川は、内部構造図を取り出し、腹部の装置を指差した。
「今回クライアントから特別の要求があって、ここに夜のお勤めの装置を追加で設置することになった。」
赤川はロボットの股間を指差してニヤリと笑った。晶は顔をそむけたかったが、
かろうじて平静を装い、へーと言って作り笑いをした。
「そのために動力炉に割り当てる腹部の空間が小さくなっちまった。
通常の動力炉ではこのサイズではロボットに必要なパワーを供給できないんだ。」
「ロボットのウェストサイズは大きくできないんですか。」
「そいつはクライアントの指定で、変更は不可だ。腹ぼてのロボットに床の相手をしてもらいたくないそうだ。」
それならそんな装置をつけなければいいのにと晶は思ったが、口には出さなかった。
「胸部のレーザーガンを連射式から単射式に変更するというのはどうですか。」
「クライアントが護身用に連射式を要求している。1発撃ってから、30分充電を待つのは護身にならんそうだ。」
「八方ふさがりですね。つまり、出力を変えずに動力炉の形状を小さくしろということですか?」
「そういうことだ。どうだ。できそうか。」
できないといえば、晶はこのプロジェクトのメンバーから外されてしまうだろう。
それはなんとしても避けたかった。せっかく静香の手がかりに繋がるチャンスなのだ。
「難しいですが、やってみます。」
「そうか、頼むぞ。」
「主任、質問していいですか。」
「なんだ。」
「私が心配することではないかもしれませんが、このロボットの外郭の材質はテクタイト合金です。
こんな女性の体の様に複雑な曲面に加工するのは難しいんじゃないですか。
それに、この電子脳を格納する空間は、人間の脳と同じ大きさしかありません。
クライアントの要求する多目的機能を実現するのは難しいと思い ます。」
「いい質問だが、その問題は解決済みだ。」
「どうやって?」
「そいつは、極秘ノウハウだ。おまえのような若造にはまだ教えるわけにはいかねえ。
おめえは自分の仕事に専念しな。」
「わかりました。」
晶は自分の部屋にもどって、とりあえず設計資料をチェックしはじめた。
「どうやってこんな奥深くに部品を組み込むのかしら。これも極秘ノウハウ?。 」
内部の奥深くに部品があったりして、組み立てが非常に難しそうな個所がいくつもあったが、
設計自体は完璧だった。
女性と同等のボディという限られた空間に、これほどの高度な技術をよく組み込んであるものだと感心した。
ロボットを使って人身売買をカムフラージュする目的なら、人手と時間をかけてこれほどの設計をする必要はないだろう。
「プロジェクトが進行すれば、真相がわかるかもしれない。」
そう思い、ロボットの設計書を再度チェックし始めた。今度は技術者として。
「このロボット、身長は私より少し高いぐらいかな。でもヒールの分を差し引くと同じくらいか。
こんな高いヒールでこのロボット、ちゃんと歩けるかしらね。
頭髪はなしか。スキンヘッドはちょっとかわいそうね。ヘアスタイルも楽しめないわ。
バストは私より大きいわ。レーザーガンを格納するから、大きさが必要なのね。」
そう言うと、ゴムバンドで膨らみを押さえてある自分の胸にそっと手を当てた。
もう随分、女らしい服装も化粧もしていない。
「静香の手がかりを掴むまでは女を忘れるのよ。」
自分に言い聞かせるようにそういい、晶は動力炉の設計に取り掛かった。
「それにしてもまったく、男ってほんとにいやらしい。こんなダッチワイフ装置を外せば楽に解決できるのに。」
ぐちを言いながら、コンピュータに向かい動力炉のデータを入力はじめた。
第2話/終
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