『メタル ドリーム』
作karma様
第5話 変貌
「いやっ、静香!お願い、やめて!」
迫り来る注射針を逸らせようと、晶は手足や体をバタつかせたが、
ロボットアームは正確に晶の手首、足首、乳首、股間を追いかけ、注射針を打ち込んだ。
「あうっ。」
晶は突然の快感に襲われ、思わずのけぞった。
「いやっ。なに、この感覚!ああっ!」
ナノマシンは侵入箇所の皮膚細胞を一つ一つメタルセルに置き換えていった。
その作業は敏感な個所を刺激し、晶に快感を与えた。
胸の膨らみの上で乳首が隆起し、股間では濡れたローズピンクの花が徐々に開いていった。
快感に耐えながら、首を持ち上げて胸の頂上を見ると、既に乳首はメタリックカラーの突起に変わって、
部屋の照明を反射してキラキラ光っていた。
股間は見えなかったが、メタリックカラー花びらが艶やかに開いていた。
同時に、晶は、手と足にムズムズする感覚を感じた。手の先に目を向けると、
それもまたツルツルのメタリックカラーに変わっていた。
「ナノマシンが活動を始めたわ。私の体を金属に作り変えようとしているんだわ。」
自分がロボットに変貌する恐怖から逃げることもできず、肉体改変のおぞましさに晶は耐えるしかなかった。
手首から侵入したナノマシンは、まず指先に向かって皮膚の細胞をメタルセルに置き換えていった。
指は、爪も指紋もない滑らかな金属になり、関節の部分には、継ぎ目が現れた。
一方、足首から侵入したナノマシンは、足をハイヒールのような形に改変しようとしていた。
銀色の膜で足全体が覆われると、ヒールが踵から伸びていき、つま先は足先に向かい、
ヒールと高さが揃うように変形していた。
手足の変換を終えるとナノマシンはさらに肘、膝へと皮膚をメタルセルに変えていった。
金属に変わった腕脚の皮膚は感覚を失った。
同時に神経がナノマシンによって、分断されたため、もう、自分では手足を動かせなくなっていた。
ナノマシンは徐々に晶から身体を奪っていった。
乳首と性器の機械化が完了すると快感は止まり、晶はほっとした。
しかし、ナノマシンの活動が終わったわけではなかった。
最初、乳首だけだったメタリックカラーは、既に胸全体を覆い、
自重で平たくなっていた乳房がきれいなドーム型に持ち上がった。
股間の淡い茂みはナノマシンに分解され、
今は合わせ目だけになった艶やかなメタリックカラーの股間を惜しげも無くさらけ出していた。
数分の後に、各箇所から広がったメタリックカラーは全て繋がり、
晶は首から下全体が銀色のメタルセルの外殻で覆われた。
しばらくすると、晶は体の内部がグズグズ解けていく感覚に苛まれた。
ナノマシンは、ボディ内部の変換作業にとりかかっていた。
外からは見えないが、腕と脚の内部では、ナノマシンは不要な筋肉、骨格をつぎつぎと分解し、
新しい腕と脚に組み込まれるサーボモーターのために空間を確保し、
制御用パーツ、パワーケーブル、動力伝達用のギアやシャフトを構築していた。
各関節には、継ぎ目ができ、継ぎ目の内部では関節接続のためにロック機構ができた。
胴体内部の処理を始めるまえに、まだ生身の頭部と機械化ボディの神経が分離された。
そして、心臓も、肺も停止してしまった。
呼吸がとまって晶はあわてて息をしようとあせったが、しばらくすると息をしなくても苦しくないことが判った。
ナノマシンが血液に代わって晶の脳に酸素を供給していたのだ。
肺が停止してから脳の電子化が終わるまで、脳の生命活動を維持するための処置であった。
胴内部においては内臓、筋肉、肋骨が分解され、
後から設置されるレーザーガンと動力炉のための空間と制御用パーツを形成していた。
そしてボディの隅々へパワーケーブルを張り巡らせた。
脊椎は脳とボディ間のケーブルを通すためのパスに変わった。
もう晶は、頭部を除いて、ロボットそのものだった。
いよいよ最後に残された頭部の改造が始まった。ムズムズした感覚が首から頭へ登ってくるのを晶は感じた。
首から侵攻したナノマシンは、頭全体の皮膚をメタルセルに置換していった。
頭髪はナノマシンによって分解され、剥き出しになった頭蓋部のあちこちにケーブル接続用端子が形成された。
顔だけは元のままのように見えたが、実際は皮膚の蛋白質を分子レベルで加工されて、
人工皮膚と同じ組成に変わっていた。
内部においても、変化が起きていた。眼球の網膜はCCD素子になり、水晶体はレンズとなって、
電子カメラと同じ構造に変わった。
耳は耳カバーで覆われ、その下では音響センサーが形成されていた。
ナノマシンが目と耳の神経を分断したため、晶は何も見えず、なにも聞こえない世界に置かれた。
その間に、ロボットアームが頭蓋端子に次々とケーブルをつないでいった。
まもなく晶は、脳の中を掻き回される感覚に襲われた。
「脳の電子化が始まったのね。だんだん意識が薄れてきたわ。だめよ、意識をしっかり持たなくちゃ。
体が機械になったって、脳が電子化されたって私は私よ! 」
そして、そのまま晶は意識を失った。
その間も、ナノマシンは作業を継続していた。
脳細胞に蓄積された記憶データを読み取りながら電子素子に置き換え、同時にインターフェースを作って、
ボディの末端まで張り巡らせていた蜘蛛の糸のような通信ケーブルを電子脳と接続した 。
モニタを注視していたSIZUKAは、ナノマシンからの進捗レポートを確認していた 。
「生体脳から電子脳への変換、30%、50%、70%、100%。ナノマシンによる電子化完了しました。
ナノマシンによる晶のロボット化は全て完了です。
電子脳内をスキャンします。マスタ、電子脳に生体脳から変換された自我が残っています。」
脳細胞を変換する時、ナノマシンは直前まで活動していた晶の自我をデータとして読み取り、電子脳内に残していた。
「ほう、めずらしいケースだな。強い信念を持っていたようだ。だが、電子脳はいくらでも書き換えできる。
SIZUKA、自我を消去して、コントロールプログラムを電子脳にダウンロードしろ。」
「了解しました。」
そのとき、黒崎がSIZUKAに別の指示を出した。
「いや待て、指示を変更する。自我を残したまま、コントロールプログラムをダウンロードしろ。
ただし、ボディ制御はコントロールプログラムを優先にしろ。 」
「了解しました。残存自我とは別領域にコントロールプログラムをダウンロードします。」
SIZUKAがキーボードを叩くと、コンソールにプログラムのリストが現れ、次々と反転していった。
「コントロールプログラムダウンロード完了。自我によるボディ制御は優先度ミニマムに設定します。
電子脳に起動コマンドを送信します。」
SIZUKAが起動コマンドを叩くと、AKIRAは静かに目を開けた。
目がさめると、今までの自分とは全く別の存在になっていた。
見るという行為は視覚データを処理すること、聞くという行為は聴覚データを処理することだった。
それ以外にも電子脳には、ボディ内部のパーツの動作状況、外殻に設置された触覚センサ、
温感センサとからの信号が絶え間無く送られてきた。
AKIRAの電子脳は、組み込まれたプログラムに従って、それらの信号を次々と的確に処理していった。
「ついに私はロボットにされてしまった。でも、自分の意思は在るみたいね。ボディを動かせるかしら。」
AKIRAは、ボディを動かそうと試みた。
腕と脚の関節にサーボモータが組み込まれていないことが判ったので、首を持ち上げて自分の身体を見ようとした。
しかし、その意思は突然消えてしまった。
たった首を持ち上げるだけのことなのに、実際に行動しようとすると、自分の意思を保持できなかった。
それは、コントロールプログラムの制御によるものだった。
逆に、コントロールプログラムは、AKIRAの電子脳に命令を刷りこんできた。
起動時のボディチェックとその報告だった。AKIRAは無視しようとしたが、駄目だった。
自分の電子脳なのにどうすることもできなかった。
条件反射のように、命令を実行し、気がつくとボディチェックを始めて、その報告をしていた。
その声は自分でもゾッとするほど、抑揚が無かった。
「オーダーメイドモデルNo6 AKIRA電子脳は正常に起動しました。いくつかの部品が組み込まれていません。
動力炉が組み込まれていません。バックアップパワーで作動中です。」
「外部部品を組み込み作業を開始する。赤川主任を呼んでくれ。」
「了解しました。」
マイクに向かって、SIZUKAは赤川主任を呼びだした。
「赤川主任、聞こえますか。黒崎所長がお呼びです。」
スピーカーから赤川の声がした。
「おう、今行く。」
第2作業室から出た赤川は、拘束を外すためにAKIRAに近づいた。AKIRAは、試しに赤川に声を掛けてみた。
会話は、コントロールプログラムから禁止されなかっ た。
「赤川主任!」
声をかけられて、赤川はびっくりした。
「驚いたな。おまえ、自分の意思で声を出せるのか。」
「そうみたいです。私はどうなったんですか。」
「おまえは完全にロボットになったよ。ピカピカのメタルドールってとこかな。 」
赤川は拳の裏でAKIRAのボディを軽く叩くと、コンコンと音がした。
「脳も全て電子化しているはずだ。たまに、おまえみたいに自我が残ることがあるが、
普通は、すぐに消しちまうはずなんだ。黒崎のやつ、どう言う風の吹きまわしか、残したままにしているようだ。」
「これから、私はどうなるんですか。」
「こらから、このボディにオプションの部品を組み込むんだ。お前の作った動力炉もその一つだ。うれしいだろう。
俺の担当は、腕と脚だ。おまえには、いろいろ世話になったからな、念入りに仕上げてやるぜ。
完成したらクライアントに引渡す。そしたら、お前は永久に人間の命令どおりに動く人形になるのさ。」
「ううっ、こんなに悔しいのに、こんなに悲しいのに涙が出ないわ。」
「あたりまえだ。命令どおり動くだけのロボットに涙腺は要らねえんだよ。」
「赤川君。そんなところで無駄口を叩いていないで、さっさと作業にかかりたまえ。」
「わかってるよ。すぐ始めるぜ。」
赤川は、SIZUKAのいるコンソールに近づいた。
「SIZUKA、ちょっと俺に操作させてくれ。」
「マスタの許可が必要です。」
「いいだろう。SIZUKA、赤川と代わってやれ。」
SIZUKAは席を立って赤川に譲った。赤川は席に座ると、キーボードをたたいてAKIRAにコマンドを送信した。
「コマンドエラー。再入力してください。」
「なに!おまえはロボットになっても俺に反抗するのか。これなら、どうだ。」
「コマンドエラー。再入力してください。」
「くそっ、これでもか。これでどうだ。」
赤川がむきになってコマンドを叩くたびに、AKIRAの電子脳に不快なノイズが走った。
わざとやっているのではないかと思えるほどしつこく繰り返していた。
「赤川君、何をしているんだ。もういい、SIZUKAと代わりたまえ。SIZUKA、赤川と交代して作業を継続だ。」
「了解しました。」
赤川がしぶしぶ席を立つと、SIZUKAは席に着き、操作を再開した。
「四肢の関節ロック解除コマンド送信します。」
正しいコマンドを受信するとAKIRAは正しく応答できて気分が良くなった。
「コマンド確認しました。四肢の関節のロックを解除します。」
するとカチッと音がして両腕両脚が付け根から外れた。
SIZUKAはロボットアームに指令を出し、AKIRAの両腕両脚を赤川の待つ搬送機に運ばせた。
「では、赤川君、腕と脚の関節にサーボモータを組み込んでくれ。」
「わかってるよ。」
そういうと、赤川は搬送機を押して第2作業室へ消えていった。
両腕両脚を外されてダルマのように横たわっていると、自分がロボットになってしまったことを痛切に感じた。
ロボットになってから、自分の意思でできたことは赤川との会話だけだった。
あとは、ただコントロールプログラムどおりに動くだけだった。
「どうして私の自我を残しているんだろう?」
赤川が消えると、AKIRAは黒崎に質問した。
「黒崎所長、どうして私の自我を消さないんですか。私は、このままクライアントに引き渡されるんですか。」
「心配しなくとも、いずれ消去する。ただ、今回のプロジェクトに対する晶君の功績を評価して、
是非、動力炉の組み込みを見届けさせてやろうと思っただけなのだよ。」
黒崎の目論見は、サディスティックだった。ロボットに変わっていく自分の有様を見せて反応を楽しもうというのだ。
「では、SIZUKA、次の作業に取りかかるぞ。」
黒崎がそう言ったとき、一人の男が、のしのしと入ってきた。
「黒崎君。わしのロボットは完成したかね。」
首を動かせないので姿は見えないが、AKIRAの電子脳はその声を分析し、
生体脳から引き継いだ記憶の中に、声の特徴の同じ人物がいるという結論を出していた。
それは、信じられない人物だった。
「榛原教授!あなたも、こいつらの仲間だったんですか!」
第5話/終
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