『メタル リアリティ』

作 市田ゆたか様



第二話(1)

◆ プロローグ ◆

「先輩、そのコンテナに入って下さい」
美しい人型をした銀色のロボットに向かって、白衣を着て眼鏡を掛けた小柄な女性が言った。
「ハイ、由香サマ」
先輩と呼ばれたロボットは、しゃがむ様な格好で1メートル角のコンテナに潜り込んだ。
カチャカチャと機械音がして、手足が人間にはあり得ない角度で折れ曲がると、
そのロボットはコンテナにぴたりと収まった。
「じゃあ、次は会場で」
「ハイ、由香サマ」
由香はリモコンを操作した。
「試作機37号。識別名LISA。停止シマス」
LISAの電源が切断されたのを確認すると、由香はコンテナのふたを閉じ、ロックした。
「黒崎さん、航空便の手配をお願いします」
「はい所長」
黒崎と呼ばれた温和な顔の男は短く返事を返すと電話を掛けた。
しばらくして運送業者が到着し、LISAの入ったコンテナを運び出していった。
「でもどうしてあたしが香港の国際ロボットショーに招待されるのかしら」
「主催者の白龍(パイロン)グループといえば、華僑の中でも有数の財閥で
技術振興には投資を惜しまないと聞いています。専務の口利きでここまでこぎつけたんですよ。
LISAの性能を他社に見せつけるいい機会だと思いませんか」
「そうね、頑張らないとね」
白衣をロッカーにしまい、所長席に腰をかけると、由香は言った。

「ところで、一つ聞いてもいいですか」
帰るための身仕度をはじめながら黒崎が問いかける。
「いいわよ」
「所長はどうして自分で作ったロボットのLISAを先輩と呼ぶのですか」
「それは、えーっと……」
由香は軽くうろたえた。
「ほら、あのロボットって原形ができたのはあたしが会社に入る前でしょ」
「ああ、前所長の関口さんが作られたんでしたね」
「そうなの、どうしても行方不明の先輩と重ね合わせちゃって……」
「それでLISAという名前に?」
「ええ。ところで黒崎さん、その所長っていうの止めてほしいんだけど」
「どうしてですか」
「だって、一回り以上年上の人にそう呼ばれるのってなんだか恥ずかしいし、
あたしは先輩のおかげで所長になれたようなものだし」
黒崎は専務が他社よりヘッドハンティングしてきた技術者である。
しばらくは専務付であったが、1ヶ月前より由香の部下として働いている。
年齢は36歳だが、かなり深い人生経験を詰んできたのか、見た目には40歳以上に見える。
対する由香はまだ24歳。大学を出て2年目で所長に抜擢されているので、
二人が並ぶとどう見ても黒崎のほうが所長に見えてしまうのは仕方がないことである 。
「それでは所長、お先に失礼します。明日空港でお待ちしてます」
黒崎は部屋を出ていった。

「ふぅ、やりにくいなあ」
由香は眼鏡を外して溜め息をついた。
「なかなか先輩みたいにはいかないわね。いまだってロボットになった理佐先輩が
書類整理とか計算とか決裁の判断とかしてくれてるからなんとかなってるなんて、
黒崎さんには絶対言えないし……。また専務に相談しようかなぁ」


 研究所を出た黒崎は彼を社に招きいれた専務の自宅へと車を走らせた。
まだ帰宅していないことを知ると、待たせてもらうといって勝手に上がり込み、
数時間後に帰宅した専務に向かって、研究室での柔和な顔からはうって変わった怒りの表情で言った。
「専務、部長待遇という約束はどうなったんですか。何であんな小娘の下で働かないといけないんですか。
あの女、頭がおかしいですよ。いくら尊敬する先輩が居なくなったからといってロボットにその名前をつけるなんて」
専務は応接室の戸棚からブランデーを取りだしてグラスに注いだ。
「まあこれを飲んで落ち着きたまえ。君には技術部長の職を与えてあるし、
普通の部長以上の給料を払っているではないか」
黒崎は出されたグラスに口をつけたものの納得できないようだった。
「しかし……」
「君は納得して我が社にきたのでは無かったのかね。篠坂君にはすばらしい技術がある。
LISAと同様のロボットを君が作れるかね。
優秀な技術者の下で自由に開発を行いたいという望みは充分にかなえたはずだが」
専務は畳み掛けるように言った。
「悔しかったらLISAの秘密を解き明かしてみるがいい。今度の香港がいいチャンスだとは思わないかね」
「そ……、そうですね。技術者として、あの小娘の鼻を明かしてやりますよ」
黒崎は酔いが廻った勢いで言った。
「出来るかな」
「やってみせますとも」
「今日はもう遅い。酔っていることだし、ハイヤーで送らせるから車は置いていくがいいだろう」
しばらくして到着した黒塗りのハイヤーに乗って、黒崎は専務の家を後にした。

◆ 空港 ◆

 ピピピピ・・・・
ゲートの金属探知機で警報が鳴り響いた。
「お客様、ちょっとこちらへ。ボディチェックさせていただいてよろしいですか 」
由香は警備員につれられて、警備詰所へと案内された。
「すいませんねぇ、これも規則ですから」
「はい、こちらこそ迷惑かけちゃってすいません」
詰め所の中には女性の警備員が二人、小型の金属探知器を持って待っていた。
警備員は由香の上着を脱がせると探知器で体中を念入りにスキャンした。
「金属製品はお持ちではありませんね。どうやら、体全体が一般の人よりも少しだけ反応しやすいようですね。
血液中の鉄分が濃い人にはたまにあることです。
証明書を発行しますから、次の空港で引っかかったら係員に見せて下さい」
警備員は書類を書いて由香に引き渡した。

「また引っかかっちゃった。あの時以来こういう“体質”になっちゃったから、 仕方ないわね」
そうつぶやくとセキュリティエリアで外した眼鏡をかけなおし、由香は出国審査へと向かった。

 出国審査を済ませた由香が搭乗口に向かうと、搭乗口そばのラウンジにはすでに黒崎が到着していた。
「所長、お疲れ様です。ここの飲物や食べ物は全て無料ですので、ゆっくりおくつろぎ下さい」
「ファーストクラスって初めてだわ。乗る前から全然サービスが違うのね」
「今回は、先方からの招待ですからね。会社の費用だったらビジネスクラスですよ」
「ビジネスクラスにだって乗ったことなかったわ。旅行も出張もみんなエコノミーだったから」
「所長はビジネスクラスを使っていいって知らなかったんですか」
黒崎があきれた顔で言った。
「それはそうと、今回手伝っていただくスタッフを一人追加しています。
赤川君という学生で、入社前研修の一環として勉強してもらっていますが、
ファーストクラスのチケットは2枚しかありませんので、エコノミークラスに乗ってもらいますが……」
「黒崎先輩、その心配はないっすよ」
薄汚れたジーンズにセンスの悪いTシャツを着て、リュックサックを背負った青年が声をかけた。
ラウンジ内の他の客と比べて明らかに場違いな服装である。
「赤川君、ここはファーストクラス専用ラウンジだぞ。どうやって入ってきた」
「ああ、それならマイルが溜まっているのでさっきアップグレードしてきました。
プレミア会員だから2倍のマイルがつくんっすよ。
俺はアメリカに行く時には、まずシンガポールまで行って、そこから東京経由の往復チケットを買うんっすよ。
帰りは東京で降りて、残りのシンガポールまでの分は次のアメリカ行きのために取っておくんです。
東京からもシンガポールからもアメリカまでの運賃はほとんど同じなんですよ」
赤川と呼ばれた青年は、うんちくを披露しはじめた。その姿は典型的なオタク学生である。

「赤川君、止めるんだ。とりあえず紹介しておく。所長の篠坂さんだ」
「篠坂由香です。よろしく」
由香がちょこんとおじぎをする。
「この人が先輩の上司?可愛いなあ、おもちゃにしたいくらいだ。
でも俺とほとんど変わらないのに所長だなんて、すごく頭がいいんだよね。
俺は頭のいい人は尊敬することにしてるんだ。ねえ、友達になろうよ。由香ちゃんって呼んでいい ?」
「え・えーっと……」
「由香ちゃんは専門は何?俺は電子工学。
帝都工大の朝倉研究室で、ロボットの頭脳につかうコンピュータを研究してるんだ。
黒崎先輩は朝倉助教授の同期だったんで俺の入社先として紹介してもらったってわけさ。
来年入社することになるんでよろしく」
しばらく止まりそうに無い赤川の話だったが、それは空港のアナウンスによって中断された。
『香港行きは間もなくお客様を機内へご案内いたします。ファーストクラスの方から搭乗口にお越し下さい』
「じゃ、行こうか」
赤川はさり気なく由香の手を引いて機内へと乗り込んだ。

「朝倉の推薦だから使ってみるけど、大丈夫なのかアイツは……」
呟きつつ黒崎も二人を追って機内へと向かった。


第二話(1)/終



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