『メタル リアリティ』

作 市田ゆたか様



第二話 最終章


◆完成◆

「先輩のデータだと、鼓膜はそのままマイクにして声帯は少し材質を変えればスピーカにできるわね。
それから、網膜を直接CCDに変えるのは効率が悪いから、目にはこのパーツを使うことにすればいいわね」
由香は小型のビデオカメラを見つけ出すと、分解してレンズとCCD素子を取り出した。
そしてコンソールから頭部を選択してコマンドを実行した。
「ああっ、顔が……熱い……いやっ」
いままで変化が無かった首のリングから上にじわじわと乳白色のプラスチックが広がっていった。
さらさらの黒髪は粘土で固めたように一つの塊になると、後頭部を団子状にまとめた髪型もそのままにヘルメットのように頭頂部を被った。
「た……たすけ……」
メイファの表情は口を半開きにしたまま固まった。
「うーーー。うーー……」
メイファは叫び声をあげようとしたが、口から出るのは声にならないうめき声だけであった。
「ううっ、ザザッ……ザーッ……」
やがてそれはノイズに変わると、ぴたりと停まった。

そして恐怖に見開かれたまぶたを閉じることもできないまま、眼球だけを左右にきょろきょろと動かしていた。
右目の眼球の上に由香はレンズを押しつけた。
まつげの周囲から銀色の繊維が伸び、眼球にレンズが溶けるように接着された。
由香は左目も同様にした。
しばらくするとレンズは眼球に同化し、精密なガラス細工になった。
由香は動かなくなった眼球を親指と人差し指でつまんで取り出すと、裏側にCCD素子を押し当てた。
網膜がCCD素子と置き換えられ、小型のカメラと化した眼球を由香はメイファの目の中に戻した。

由香は脳改造にとりかかった。
「先輩は機械化したら意識がなくなっちゃったのよね。
その理由の解明をしておかないと、龍さんをちゃんとしたロボットにしてあげられないのよね。
脳内の状態を常時モニタしてログを取るようにして……」
由香はコンソールを操作して準備を開始した。
「しかし喋ってくれないと不便ね。先輩はどうして喋りつづけられたのかしら。あとでログを比較しなくちゃ」
そう言うと由香はコンソールからプログラムの実行を指示した。
コンソールの設計図と並んだメイファの頭部の図がじわじわと変化していった。
設計図と違う場所は赤色で、同じ場所は緑色で表示されていたが、やがて全てがグリーンになり設計図と同じ物になった。

脳に酸素を送る必要がなくなったので、心臓と肺が不要になった。
由香は残された胸部の改造指示を出した。
銀色の心臓と肺が分解されて、ボディの制御回路が組み上げられていく。
手足から伸びるケーブル、そして腹部のバッテリーからの電源線が接続されると、胸蓋の裏側のコントロールパネルに灯がともった。

由香はコントロールパネルのキーボードから起動コマンドを送った。
ブーンという軽いうなりをあげて、メイファの手足が動いた。
「……あ、うーん。嫌な夢を……夢? 私は……」
メイファはぎこちなく身体を起すと周囲を見まわした。
そして、顔の前にあげた両腕を見つめ、首を下に向けて自分の身体を見て状況を理解した。
「夢じゃ……ない。私は……ロボットに……。嫌、嫌よ」
メイファは由香につかみ掛かろうとしたが、稼働範囲が制限されているため、手足をバタバタさせることしかできなかった。
「お願い、戻して。何でも言うことを聞くから」
ロボットとは思えない流暢な声で由香に懇願した。
「ロボットだったら何でも言うことを聞くのは当たり前じゃないの。さあ、おとなしくしなさい」
「嫌よ、あたしはロボットなんかにはなりたくないわ」
「だから、もうロボットなんだってば。何で命令を聞かないのかしら。きちんと調べないと駄目ね。
じっとしててちょうだい。今から電子脳のチェックをするんだから」
そう言って由香がキーボードを操作すると、手足の動力がカットされてメイファは動かなくなった。

モニター画面では電子化された脳が問題なく動作していることが表示されていた。
「容量をバイト数に換算すると……、えっ先輩の100倍もあるじゃない。どういうことなの?」
由香はキーボードを操作して細かいデータを表示させた。
「もしかして……。やっぱりそうなのね。脳細胞の一つ一つがちゃんと半導体に置き換わっているわ。
ということは先輩の場合はすごい無駄が出ていたってことなのかしら。やはりきちんと命令を与えられなかったナノマシンだったからなの?」
「ソノトウリデス、由香サマ」
由香の呟きに LISA が答えた。
「ワタシノ電子脳ハ、完全ナ意識ヲ保チツヅケルタメニハ能力不足デス。
ワタシノぷろぐらむハ、電子脳ニカケル負荷ヲ最低限ニスルヨウ設計サレテイマス」
「最低限って?」
「行動ノ選択枝ガ増エルト、ソレニ比例シテ負荷ガアガリマス。
特定ぱたーん以外の応答ヲスルコトヤ、りあるたいむデ音声合成ヲ行ウコトハ大キナ負荷ニナルタメ、機能ヲ削除サレテイマス」
「そんな……それじゃあ、あなたは先輩じゃないの?」
「由香サマノ言ワレル“先輩”ノ定義ハ、アイマイデス。ワタシノはーどうぇあハ“関口理佐”ノ記憶ヲ保持シテイマス。
そふとうぇあハ“関口理佐”ノ意識カラ無駄ナ部分ヲハブイテ作成サレタモノデス」
「そんなプログラム、あたしは作ってないわ。先輩の意識に手をつけるだなんて……。どうして今まで教えてくれなかったのよ」
「由香サマハ一度モ聞カレマセンデシタ。聞カレテイナイコトニ答エルコトハデキマセン」
「それじゃあ先輩はもう戻れないの。こんなやつに意識が残っているのに……」
由香はメイファのボディを蹴飛ばした。
「試作機42号ハ、意識ヲ維持スルノニ充分ナ容量ガアルモノト思ワレマス」
「意識がそのままプログラムになっているのね。ということは制御プログラムを別に入れないと使い物にならないわね。
あ、ちょっと待って。もしかしたら、先輩も充分な容量が有れば意識を取り戻せるのかしら」

「お願い、助けて……」
「うるさいわね。龍さんのロボット化に必要なデータはもう充分取ったし、先輩をもとに戻す役に立たないんだったらもうあなたは用済みよ」
「何でも言うことを聞くから」
「そう、それじゃあ、まず答えて。先輩の体は何処にあるの」
「こ……この上のフロアの倉庫よ。答えたわ。本当にあたしを助けてくれるの」
「あなたの答次第よ。ここにあたしが開発した耐ナノマシン抗体があるわ。あたしはこれのおかげでナノマシンに免疫があるのよ」
そういって由香は銀色のカプセルを取りだした。
「この抗体が欲しい?」
「お願い、ちょうだい」
「それじゃあ次の質問ね。ここは何処?あなたのボスは誰?」
「そ……それは」
「そう、抗体は欲しくないのね。じゃあ、あたしが飲んじゃおっと」
由香はそう言ってカプセルを持った手をゆっくりと口に近づけた。


◆突入◆

サイレンの音を鳴らして何台ものパトカーが倉庫街に走り込んできた。
「警官隊が来たようです」
物陰から辺りを伺いながらチェンが言った。
海上にも巡視艇が何隻も集まり、岸壁の貨物船を包囲した。
貨物船に荷物を積み込んでいた男たちは散り散りになって逃げようとしたが、警官隊の包囲に一人また一人と逮捕されていった。
騒ぎがあらかた治まったところで、チェンは黒崎と赤川を引き連れて姿を現した。
そして倉庫の捜索に入ろうとしていた刑事に対して広東語で交渉を始めた。
「捜索に同行する許可が出ました。これだけ大規模で組織的な犯罪の検挙は滅多にないので、通報したことに対する謝礼だそうです」
「それじゃあ……」
赤川は目を輝かせた。
「その受信機は隠しておいてください。見つかるとまずいですから」
チェンは小声で赤川に言った。

制服警官が先頭に立ち、倉庫の捜索が行われた。
展示会場で盗難にあったもの以外にも数ヶ月前から盗難届が出されていたさまざまな精密機械が発見された。
貨物船に積み込まれていた荷物もほとんどが盗品であることが確認されたが、貨物船はダミー会社を通じて借りられており、組織の全体像を知ることはできなかった。
「黒崎先輩、こっちに来てよ。これってもしかして」
倉庫の片隅で赤川が声をあげた。
「どうした」
黒崎が赤川に駆け寄る。
「これってLISAのボディじゃない?」
「ああ、間違いない。だが頭部は……それに所長は一体どこにいるんだ」
「この近くなのは間違いないけど、反応が強すぎてわからないんだ」
赤川は胸元から受信機をこっそりと黒崎に見せた。


◆崩壊◆

「待って、ちゃんと答えるわ。あたしのボスは……う……頭が……痛い。ボスは……誰?」
「何を言っているの」
「違う、違うの。本当に思い出せないのよ。ボスは……組織が……、組織って何?」
メイファは混乱したように叫びだした。
「そんなことを言っていると、本当に助けてあげないわよ」
「いや、お願い、助けて」
「だったらさっきの質問にちゃんと答えるのよ」
「さっきの質問?どんな……質問……、いやっ、思い出せない、どうして……」
「電子脳の調子がおかしいようね。あーこれは駄目ね……」
由香はコンソールを見ながら呟いた
「負荷が上がりすぎて記憶を食いつぶしているわ。しかも同じ思考がループして領域を占有しちゃってる。
先輩の100倍の容量があっても駄目ってことは、先輩のプログラムが正解なのかしら。あとで詳しく研究しなくちゃ」
「いや、お願い、助けて。私はロボットなんかじゃない。私は……私は……誰」
「あーあ、本格的に駄目ね」
「たすけて、おねがい……」
メイファは身体をガクガクと震わせて同じ言葉を延々と繰り返した。
「仕方ないわね。もう無駄だと思うけど」
由香はそう言って銀色のカプセルをメイファの口に押し込んだ。
ガリッとカプセルがかみ砕かれ、中の液体をメイファは飲み込んだ。
やがて液体を飲み込んだ喉元に黒いサビのようなものが現れて、じわじわと広がりはじめた。
「助け……ガガガッ……。いやっ……ザザッ……」
メイファの言葉に雑音が混じりはじめ、身体が不規則に動き回った。
首のケーブルは引きちぎれ、コンソールはブラックアウトした。
サビは金属と化したチャイナの表面をあっという間に覆い、メイファが床の上を転げ回るたびにチャイナはその部分からボロボロと崩れはじめた。
やがてメイファの胴体は骨組みだけになり、ひときわ大きく体を震わせると、両手足も粉々に砕け散った。
「タスケ……」
必死にしゃべろうと口を動かすたびに顔の表面のプラスティックがはがれ落ちた。
そして金属の頭蓋骨が錆び付いて砕け散ると、メイファであったものは屑鉄とプラスティックの残骸となった。


◆脱出◆

「なるほどね。この抗体はナノマシンを破壊するから生身の機械化を防ぐことはできても、機械化された身体には猛毒というわけね。
先輩に安易に使わなくてよかったわ」
「記録ヲ終了シテヨロシイデスカ」
「ええ、いいわよ。でも後味がわるいわね。とりあえず出ましょう」
そう言って由香は LISA の頭部に手をかけた。
「先輩、今から電源を抜きます。シャットダウンしてください」
「ハイ、由香サマ。試作機37号、識別名LISA。停止シマス」
そういってLISAは目を閉じた。
由香はLISAの首に繋がっているケーブルを抜くと、頭部を小脇に抱えた。
「これはなにかしら」
出口へと向かった由香は、ドアの横にある黄色と黒の警戒色で縁どりされたボックスに気がついた。
ボックスを空けると赤いレバーがあり、その横のパネルには中国語で説明が書いてあった。
由香は中国語は読めなかったが、赤字で書かれた4文字の漢字は理解することができた。

「……自爆装置……か、証拠湮滅にはもってこいだわね」

由香はレバーに手をかけると、力一杯引きおろした。
激しい警報音がなり、退避を勧告するアナウンスが中国語と英語で流れた。
由香は階段を駆け上がった。
階段の上のドアを開けると、突然の騒ぎにあわてふためいている警官たちの中に黒崎と赤川がいた。

「由香ちゃん」
赤川が叫んだ。
「所長、無事でしたか。なんですかこの警報は」
「黒崎さん、赤川君、それにチェンさんも。どうしてここに」
「ゆっくり話す暇はないようです。あと3分でここは崩壊すると言ってます」
チェンが駆け寄ってきて言った。
「そうね。とにかく逃げましょう」
「あ、LISAの頭だね。ボディもこの倉庫でみつけたんだ。なんとか持ち出さないと」
「そうだな。赤川、がんばって担いでこい」
「そんなぁ、俺一人じゃ無理だよ」
「わかっている。チェンさん、協力してもらえますか」
「ええ、3人で持ちましょう」
黒崎、赤川、チェンの3人はLISAのボディを御輿のように担ぎ上げると外へ向かって駆け出した。
「所長はその頭をしっかり持って下さい」
「は、はい」
由香も急いで後を追った。

4人がヘリコプターの場所までたどり着く直前、大きな爆発音がして倉庫が燃え上がった。
「どうやら助かったようですね」
「こんなスリリングな体験、俺初めてだよ」
赤川が興奮しながら言った。
「当たり前だ。何度もあってどうする」
黒崎が呆れたように言う。
「とにかく、所長が無事で何よりです。一体何があったんですか」
「えっと……。気がついたら閉じ込められていて、LISAの秘密を教えろとか言われたんだけど、何とかすきを見て逃げ出してきたの。
爆発の原因はわからないわ」
由香が答えた
「無事だったんだからいいじゃないか。とりあえず帰ろうよ」
「このヘリは4人乗りなんです。パイロット以外に3人しか乗れないので、4人とロボット一体を運ぶのは無理ですね。車を呼びましょう」
チェンがパイロットに合図をすると、ヘリは夜空に飛び立って行った。


◆エピローグ◆

ホテルのロビーで、チェンの車を待つ由香たちの前に一人の中年男性が現れた。
「私は週刊ファインダーの者ですが、ちょっとよろしいですか」
「なんですか」
黒崎が言った。
「我社の入手した情報によれば、あなたの部署が大規模な汚職に関わっているという話があるんですが……」
「一体何のことですか」
「ぜひとも現場の担当者にお話しを聞きたいと思いまして」
「突然なんですか。不愉快ですね。どうやら迎えの車が来たようですので、失礼します。所長、行きましょう」
「ええ、黒崎さん」
由香たちは出口に向かって歩きだした。
車寄せにはチェンの運転するリムジンが停められている。
「ま、待って下さいよ」
追いすがる記者を振り払って3人はリムジンに乗り込んだ。
「なんてこった。もう本社はやばい状況らしい。このままでは日本に帰ったら取材の嵐だな」
黒崎が珍しく頭を抱えた。
「そんな……。それじゃあLISAを持ち帰ったりしたら」
「俺は関係ないよね。ただのアルバイトだから」
赤川が言った。
「わかりました。私に任せて下さい」
チェンが言った。

4人を載せたリムジンは、空港に到着すると通常の出発口を通り過ぎて、滑走路横の門の前で一旦停止した。
門の横にある詰所から係員が出てきて広東語で話しかけてきた。
「パスポートを出して下さい」
係員の話を聞いてチェンが言った。
チェンがパスポートをまとめて門の係員に渡した。
係官はほとんどチェックせずにスタンプをおして返すと門を開けた。
「X線とか金属探知器とかはないの」
新東京国際空港でもらった証明書を出そうとして由香は言った。
「そういうのは一般の飛行機のテロ対策ですから、専用機の場合には必要ありません」
そういってチェンは飛行場内に車を進入させると、プライベート駐機場へと向かった。
駐機場ではすでに小型ジェットが待機していた。

香港国際空港を飛び立ったビジネスジェットは、5時間のフライトの後瀬戸内海上空で次第に高度を落とし、明石海峡大橋を超えたところで車輪を出して最終アプローチを始めた。
「あれ、関西空港に降りるんじゃないの」
「いえ神戸空港に着陸します」
「あれ、そこって国際空港じゃないはずだけど」
飛行機好きの赤川が指摘した。
「通常の国際線は運行していませんが、神戸は国際港がありますから事前に連絡しておけば入国には問題はないんですよ」
「でもどうしてわざわざ神戸に」
由香が疑問を口に出した。
「神戸は中華系の住民が多いのでいろいろと都合が良いんです。
それに成田や関空はオンラインで繋がっていますので即座に入国情報が伝わりますが、今回の場合は港の係官が事務所に戻ってインプットするまでは入国情報がコンピュータに記録されません」
「なるほど、入国した事実が伝わるのが遅ければ、それだけ時間を稼げるというわけですね」
「そして、今回の係官は中華系移民の二世なんです」
チェンはにやりと笑みをうかべた。

「私は入国しませんのでこれで失礼します。空港から車で元町の中日友好協会までお送りする手配ができています。
そこからは別のものが安全な場所までご案内いたします」
「チェンさん、LISAのボディをよろしくお願いします」
「わかっています。公式には行方不明のままということにして、こちらで責任をもって保管しておきます。
日本の警察から何か言われたら香港警察に出した盗難届の控を見せて下さい」
「いろいろと、お世話になりました」
由香が礼を言った。
「いえ、こちらこそ。会長の件は、よろしく頼みます。もう長くありませんから」
「何。会長の件って」
「お前は知らなくてもいいことだ」
「ちぇっ、また秘密か」
赤川がふてくされた。

飛行機は順調にアプローチを続け、神戸港沖の空港に着陸した。



第二話 終


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