『メタル リアリティ』

作 市田ゆたか様


第二話（２）

◆　昼食　◆

定刻通りに飛び立った飛行機は香港国際空港へと順調な飛行を続けていた。
観光シーズンでエコノミークラスは満席であるにもかかわらず、ファーストクラスはほとんどが空席で、
由香たちの他に乗客は華僑系のビジネスマンらしきグループが一組だけである。
由香たちは最前列の３席に座った。最前列は通路の左側２席と右側１席となっており、
左の窓側に由香が、通路側に赤川、通路を挟んで１Ｋに黒崎が座った。

シートベルトサインが消えると、パーサーが挨拶に来た。
「当機は順調に飛行を続けております。まもなくご昼食の用意が出来ますので、お客様のご希望をお選び下さい」
パーサーがメニューを差し出した。
「この会社の香港便に乗ったんだったら、飲茶にしなきゃダメだよ。
香港の一流レストランで作ったものを機内で蒸してあって、ファーストクラスとビジネスクラスだけで出るんだ。
ビジネスクラスは決まったセットでしか食べられないけど、
ファーストクラスはワゴンで好きなものを好きなだけ食べれるのさ」
メニューを開きながら赤川が得意そうに言った。
「お客様、よくご存じですね」
「まあねっ、１０万マイルも飛べば当然さ。とりあえず俺は小龍包とエビ餃子、それから紹興酒を冷やでお願い。
由香ちゃんは何にする？」
「あの……、赤川……君？　まだ会ったばかりだし、その呼び方は、ちょっと……」
由香は小さな声で言った。
「ああ、ごめんごめん。俺の名前を教えてなかったっけ。赤川剛三。仲間うちではゴウって呼ばれてるんだ。
これでいいよね、由香ちゃん」
「そういうことじゃなくて……」
由香は眼鏡を取りだしてかけると、赤川から目をそらしてメニューを読んだ。
「えっと、このセットをお願いします。お酒はいりません。ジャスミンティーをください」
「かしこまりました」
そう言うとパーサーは通路を挟んだ黒崎に向き直った。
「お客様は何になさいますか」
「では私もセットで。足りなければ、あとで頼みます。あと正山小種（ラプサンスーチョン）はありますか」
「ラプサン……？　しばらくお待ち下さい」
パーサーは後部へ引き返していった。
「先輩、何を頼んだんっすか？」
「中国茶だが」
しばらくして戻ってきたパーサーは、中国人のチーフパーサーを連れてきた。
「申し訳ありませんが、正山小種は当機には積んでおりません。
香りをご迷惑に感じられるお客様もおられますので」
「では、この機で一番お薦めのお茶を」
「でしたら鉄観音の最上級品を用意いたします」

食事を運んできたパーサーは、まず由香と黒崎にセットを出して丁寧に茶を注いだ。
そしてそれは後から自走式のロボットワゴンが運んできた赤川の注文をトレイに並べる時の態度とは
明らかに違っていた。
「うまいなぁ。やっぱりこの小龍包は」
そういって赤川が口に運んでいるものは、由香と黒崎のセットにあるものと違い、
蒸してから時間が経って肉汁が冷めてしまっているものであったが、
赤川はそのことには気がついていないようであった。

「ホントうまいよね、由香ちゃん。あれ、もういいの」
「ええ、最近ちょっと小食になってるんで」
由香はそう言うとナプキンで口の回りを拭き、席を立って後部のトイレに向かった。
「残すんなら食べちゃうよ」
赤川が由香の皿に箸をつけようとする。
「赤川君、みっともないぞ」
黒崎が注意したが、赤川は全く聞いていないようだった。

「ふうっ」
由香はトイレの中で溜め息をついた。
「どうしてあんなに馴れ馴れしいのかしら。せっかくの美味しい食事がだいなしだわ」
そう言うとバッグからピルケースを取りだし、カプセルを飲みこみむと壁の鏡に移った自分の顔を見ながらつぶやいた。
「お化粧のノリがわるいわね。でもこの程度ですんでいるのも先輩のデータから作ったこの薬のおかげなのよね。
これがなかったら、今ごろはあたしも……」
その時トイレのドアがノックされた。
「お客様、まもなく着陸体勢に入りますので、お席に戻られてシートベルトをお閉め下さい」
「はい、わかりました」
由香が席に戻ると、食事はすでに片づけられており、赤川はまだ食べたりないような不満げな顔をしていた。

「皆様、当機は最終着陸体勢に入りました。あと１５分で香港国際空港に到着いたします」
アナウンスが流れ、飛行機は徐々に高度を下げていった。


第二話（２）／終



戻る