『メタル リアリティ』
作 市田ゆたか様
第二話(3)
◆準備◆
香港に到着した3人は入国手続きを終えて、ターミナルから外へ出た。
3人の頭上に真夏の日差しが容赦なく照りつけた。
「暑いなあ」
赤川がタオルで汗を拭いながら言った。Tシャツも汗でじんわりと湿っている。
黒崎はスーツを着ているが平然としており、由香もまったく汗をかいていなかった。
「由香ちゃん、暑くないの?黒崎先輩も?」
「慣れればどうってことはない。お前も来年からビジネスマンになるのならこのぐらい我慢しろ」
「あたしは汗をかきにくいから、平気なようにみえるけど熱がたまってつらいのよ。
早くシャワーを浴びて身体を冷やしたいわ」
そのとき3人に声がかけられた。
「ニッポンから来られたシノサカ様ですか」
「あ、はい。そうです」
由香が振り向くと、黒いスーツを着た背が高く細身の男がいた。
「私はチェンと言います。龍大人の使いで参りました」
「白龍グループの?」
黒崎がいぶかしげに問いただす。
「はい、皆様をご案内するよう言われております。どうぞこちらの車へ」
「ありがとう」
そう言ってチェンと名乗った男について行こうとする由香を黒崎が止めた。
「所長。待って下さい。香港ではこういう手口の誘拐が流行っています。
この者が本当に迎えのものかどうか確認しないと……」
「失礼しました」
そう言ってチェンが差し出したICカードを黒崎は受け取り、携帯端末でスキャンした。
しばらくして、端末の表示を確認した黒崎は言った
「どうやら本当のお迎えのようですね。こちらが所長の篠坂です。私は黒崎。そして彼がアシスタントの赤川です」
「改めまして、チェンです。身の回りのお世話と通訳を務めさせていただきます。よろしくお願いします」
「篠坂由香です。よろしくお願いします」
チェンの運転するリムジンで20分ほど走ると、山を挟んだ反対側の海岸沿いに新しい建物の群が見えてきた。
「ここの開発は白龍グループが一手に引き受けています。
ロボットショーの会場となる新香港国際コンベンションセンターも当社の設計したものです」
チェンはそういってドーム状の建物の入り口に車を横付けた。
「こちらです」
チェンは巨大なメインドームではなく、隣のビルに一行を案内した。
今回のショーでは、工業用のロボットとは別に先端研究をプレゼンテーションする場所が設けられており、
由香の研究所のスペースは工業用ロボットを扱っている親会社とは別の建物に準備されていた。
そこは他の大手企業と比べると狭いスペースではあったが、特別招待ということで目立つ場所にあり、
日本から送られた荷物が積み上げられていた。
そしてその中には研究所から直送したコンテナも無事届けられていた。
他社のブースはほとんど準備ができあがっており、様々なロボットが明日からの本番に備えて最後の調製を行っていた。
由香はコンテナのロックを解除するとリモコンを操作した。
「試作機37号。識別名LISA。起動シマシタ。由香サマ、ゴ命令ヲドウゾ」
「先ぱ……じゃなかった。LISA、コンテナから出て下さい」
「ハイ、由香サマ」
LISAは折り畳まれていた手足を伸ばすと、コンテナから出て立ち上がった。
「へぇ、これが由香ちゃんの開発したロボットか。ちょっと俺に中を見せてくれないかな」
赤川が言った。
「ごめんなさい、一体成型してあるから、ここでは分解できないの」
「どうして?普通はバラしやすいように作るもんだろ。メンテナンスとか……」
「それは……いちおう人型だし……」
「人間っぽくするなら、あそこのブースのやつみたいに人工皮膚でそっくりコーティングするとかいろいろあるだろ」
「赤川君、失礼にも程があるぞ」
黒崎が口をはさんだ。
「黒崎さんありがとう。赤川君、気に入らないなら手伝ってくれなくていいわよ。
わたしとLISAで準備をするから中華でも食べに行ってきたら?」
由香はすねたような口調で言って眼鏡を掛けると、LISAに命じた。
「LISA、展示の準備をして下さい」
「ハイ由香サマ」
そういうとLISAは並べられていた荷物を開けて、ぎこちない動きで展示用のスライドをブースに並べはじめた。
「これはそこに、それからあっちのあれはあそこに置いてちょうだい」
「ハイ由香サマ」
由香の指示でLISAは的確に展示資料を準備していった。
「どう調子は」
「ハイ、正常デスガすむーずニ動ケマセン。由香サマ、駆動部分ヲ改良シテクダサイ」
「そっかぁ、やっぱりサーボモーターをあとから組み込んだ方がいいわよね」
由香はLISAに言った。
「でも分解できないし……。さっきも赤川君に言われちゃった。メンテナンスをしやすくしろって。
先輩があのとき言っていたのと同じことだよね」
「うそ……だろ……」
赤川は絶句した。
「えっ……まだいたの?」
由香は赤川の声に興味無さそうに答えた。
「騙そうとしたって無駄だよ。俺の専門はロボットの電子頭脳なんだ。
『あれ』 とか『そっち』とか、そんなあいまいな指示で動作できるわけがないじゃないか。
元々プログラムしてあって、俺を驚かそうとしてるんだろ」
「赤川君、まだわからないのか。彼女はこれを開発したから所長になったのだよ。
今ざっと会場を見た中にもこれだけの対応を出来るロボットは見当たらないから、間違いなく世界でもトップクラスだ」
「こんな凄い電子頭脳が開発されていたなんて……、俺が大学でやってきたことは一体何だったんだよ」
赤川は悔しそうに言った。
「でもこの電子頭脳はいろいろと問題があってまだ商品化できないのよ。
あとは駆動装置の能力が電子頭脳に追いついていないから負担をかけちゃって……」
由香がそう言うと、赤川はあっさりと謝った。
「疑ったりしてごめん、俺が悪かったよ。電子頭脳では由香ちゃんにはかなわないことがわかったから、
会社に入ったら手足の駆動部分の設計をやらせてくれないかな」
「まだ入社できると決まったわけではないんだぞ」
黒崎が赤川にくぎを刺した。
「そろそろ準備は完了ね。LISA、展示台に立ってちょうだい」
「ハイ由香サマ」
LISAはブースの中に置かれた展示台に昇ると、直立姿勢をとった。
「じゃあ、また明日。スイッチを切るわね」
由香はリモコンを操作した。
「試作機37号。識別名LISA。停止シマス」
そう言うとLISAは動かなくなった。
第二話(3)/終
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