『メタル リアリティ』

作 市田ゆたか様



第二話(4)

◆邂逅◆

「準備は終わりましたか」
チェンが一同に声をかけた。
「はい、あとは明日の本番を待つだけです」
「それはよかった。ところでこれからのご予定は」
「特に予定はないけど……」
由香は言った。
「でしたら、白龍グループの研究所をご覧になりませんか」
「俺は見たいな」
赤川が言った。
「誰もお前には聞いていない」
黒崎は渋い顔をして赤川をたしなめると、チェンに向かって口を開いた。
「このようなことは予定にはなかったはずですが、どういうことですか。
見学ならば他の企業の者たちには声をかけないのですか」
「参りましたね。空港でお会いした時から只者ではないと思っていましたが、何てカンがいい人だ。
こうなったら仕方ありません。研究所に着いたら全てをお話ししましょう」
「そういうことでしたら……」
と言いかけた黒崎を遮って由香が言った。
「あたしも研究所に行ってみたいわ」
「そうですか、では車の準備をしてきますので、ロビーでお待ち下さい」
チェンはそう言うと、外へ出ていった。

「所長、ちょっとこちらへ……」
黒崎は由香を物陰に連れていった。
「所長。安易に決めないで下さい。怪しいと思わないんですか」
「だって……」
「『だって』ではありません。あなたは自分の立場を判っていないんですか。
あなたがこの場での最終決定者なんですから、自分の発言の重みをもっと考えて下さい」
「でもよその研究には興味があるし、チェンさんはいい人そうだし」
「どうしたら彼がいい人に見えるんですか。あの男は物腰は柔らかいが、ヤクザやマフィアと同じで何を考えているかわかりません。行くことにしてしまったのだから仕方ありませんが、充分に用心して下さい」
「はいっ。気をつけます」
そういうと由香はロビーに向かって歩いていき、残された黒崎はひとりでつぶやきはじめた。
「まったく、何でこんなやつのお守をしないといけないんだ。技術さえなければただの小娘のくせに。
それというのも全ては俺をグループから追い出したあいつのせいだ。この会社で成果を上げて必ず戻ってやる……」
「黒崎先輩?どうしたんすか」
「あ、いや……。何でもない」
黒崎はそう言うと由香の後を追った。


「ずいぶん遠いんですね」
チェンの運転する車の助手席で由香は言った。
「このあたりはまだ開発中ですが、将来は空港と香港市街への直通列車が通る予定なんです。もうすぐ見えてきますよ」
車の前方に、高いフェンスに囲まれた研究所の敷地が見えてきた。
チェンの車が近付くと自動的にゲートが開きブレーキを踏むこともなく車は敷地内に滑り込んだ。
地下駐車場で車を降りたチェンは三人をエレベータへと案内した。
エレベータといってもボタンはなく、カードを通すスリットと白線で手形の書かれた20センチ角の黒い板があるだけであった。
チェンがカードを通し、手形に手をあてるとエレベータの扉が開いた。
「ここが我社の先端研究所です。さまざまな開発を行っています」
「それで、話というのは何ですか」
チェンの説明を遮って黒崎が言った。
「それは、龍大人から直接お聞き下さい」
エレベータはしばらく上昇すると静かに停まり扉が開いた。
その先は廊下になっており、重厚な木製の大扉があった。
チェンが扉の前まで進んで広東語で何か言うと、カチリと音がして扉のロックが解除された。

その部屋は由香の会社の重役室とは比べものにならない重厚な雰囲気であった。
調度品ひとつをとっても成金趣味ではなく、さり気ない中に高級感が漂う一流品ばかりであった。
部屋の奥のソファーには老人が腰かけていた。
80歳は超えているようだが、痩せたからだに似合わずしっかりした足取りでソファーから立ち上がると、
由香に向かって握手をするように手を伸ばした。
「ニ……ニイハオ?」
由香は恐る恐る声をかけた。
「日本語は話せるから大丈夫じゃ」
老人が重々しく口を開いた
「わしが白龍グループの会長、龍建剛(ロン・チェンガン)じゃ。
LISAを造った技術力を見込んで、ぜひお願いしたいことがある。
今回招待させてもらったのも、本当はそれが目的なのじゃよ」
「どういうことですか」
黒崎が口をはさんだ。
「白龍グループの未来のために、極秘で一体……いや一人のロボットを作ってもらいたい。
もちろん必要な金額はいくらでも用意させてもらおう」


第二話(4)/終



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