『メタル リアリティ』

作 市田ゆたか様



第二話(5)

◆依頼◆

「お前さんの専門は障害者用のサイボーグ義手や義足じゃと聞いておるが」
龍は続けた。
「ええ、そうですけど」
「その技術を使って生身と見分けがつかないロボットを作ることはできるかね」
「どの程度までかによります。見た目だけならまず問題ないですが、肌ざわりまでということになると、
かなり難しいと思います」
「そうじゃな。握手をしたくらいでは見破られないものを、なるべく早く作ってほしい」
「ちょっと待って下さい」
黒崎が言った。
「いくら招待していただいたからといって、そんな怪しげなことに荷担できるわけが」
「はっはっは」
龍は老人とは思えないような豪快な声で笑った。
「そうじゃったな。さすがは黒崎商事の……いや元黒崎商事の幹部候補じゃ。
じゃがこれ以上話をするとなると、少なくとも秘密は守ってもらわねばならんが、どうかな」
「おい、赤川。お前は外に出ていろ」
黒崎が言った。
「どうしてだよ。俺は絶対秘密は守るって」
騒ぐ赤川をチェンがうしろから羽交い締めにした。
「手荒なことをして申し訳ありません」
赤川を引きずりながらチェンは部屋の外に出ていった。
「黒崎商事ってあの世界的な大企業の?うちの会社の何倍も大きいじゃないの」
由香が言った。
「ええ。私はその黒崎の一族でした。本来ならば……いや、今はこんな話をしている場合ではありません。
とにかくですね……」
黒崎の発言を遮って龍は言った。
「お前さんに作ってほしいのは、このわしの代わりをするロボットなんじゃよ。
わしの内臓はもうボロボロでな。長くても数年の余命しかないと医者からは言われておる。
一刻も早く会社を引き継がなければならんのじゃが、息子夫婦は事故で命を落とし、
残された孫娘の愛鈴(アイリン)はグループを引き継がせるにはまだ若すぎる」
「お孫さん……ですか」
由香が聞き返した。
「そうじゃ、孫の愛鈴は香港の大学を出て日本の大学院に留学しておるが、まだ社会経験がまったくない。
このままわしが死ねば、会社を狙っている者たちの思うつぼで、
社内に味方のない愛鈴は追い出されてしまうことになるのは間違いないじゃろう。黒崎君もそう思わんかね」
「わ……、私のことはどうでもいいでしょう」
黒崎は苦虫を噛み締めたような表情になって言った。
「そこで、愛鈴が婿を取って会社を引き継げるようになるまで目を光らせておけるように、
わしとそっくりのロボットを作ってほしいんじゃ。
ロボットの操作はわしが最も信頼するこのチェンにしてもらうつもりだが、
なるべく外部からの操作をせずにわしのふりをして行動できるようにしてくれ」

「この研究所では作れないんですか。たぶんあたしより技術は高いんじゃないかと思うんですけど。
あとロボットでなくてもサイボーグとかじゃダメなんですか」

「社内でわしそっくりの外見のロボットを作ることは技術的には可能じゃ。
しかし、そうすれば社内にそのことはあっという間に広がってしまうじゃろう。
ロボットの命令を聞く人間などいるわけがない。だから社内の設備を使うわけにはいかんのじゃよ。
またお前さんほど優れた電子頭脳を人間の頭のサイズで作ることは不可能だというのも理由の一つじゃ。
それに手足はともかく内臓を失っては、脳の生命維持のために外部に大がかりな装置が必要となるから、
わしの場合はサイボーグ化は無理なんじゃよ。
生命維持装置に繋がれた脳だけの老人をトップと認めるほど華僑は甘くないんじゃ」

「でも、そんなこと急に言われても……」

「今の会社のことなら心配することはない。
お前さんたちの上司の専務はもうすぐ軍用サイボーグに関する汚職で逮捕されて、研究所は閉鎖されるはずじゃ。
このまま戻ればLISAは証拠品として押収されるじゃろうな。
研究に打ち込むのもよいが、自分が誰のため何のために働いているのかは見極めておいた方がよいと、
人生の先輩として忠告させてもらおう」
「研究所が……閉鎖……まさか」
由香はうろたえた。
「お前さんは研究データが沢山ほしいはずじゃないのかね。LISAと“お前さん自身”のために。
そのために老い先短いこのわしが協力しようというのじゃから悪い話ではあるまい」
「な……何を言っているんですか」
龍は由香にかまわず話を続けた。
「わしの個人資産から、ダミー会社を通じてすでに日本に土地は用意してある。
内部の設計や設備については好きなようにしてもらってかまわないし、
わしの依頼が完了した暁には権利をすべて譲ってもかまわない」
「……確かに、あなたの話が本当ならば私たちに取ってメリットは計り知れません。
しかし、あなたの得るものは何なんですか。あまりにも話がうますぎて、すぐに信用しろといわれても無理です」
黒崎が言った。
「孫娘と会社を思う気持ち……では不足かな。
確かにすぐに返事を求めるのは酷じゃろうから展示会の最終日まで待つとしよう。
とりあえず、ここの研究所をみてもらえればわしの言ったことも理解してもらえるじゃろう。チェンはいるか」
「はい、ここに」
赤川を引き連れたチェンが扉を開けて入ってきた。
「この二人にAクラスのセキュリティカードを渡してくれ。手形の登録も頼む」
「初めて会った者にAクラスのカードだなんて、いくら何でも無茶です」
チェンはそういうと広東語に切替えて龍と激しいやり取りを続けた。
チェンは老人を諌めようとしたが、龍のほうも一歩も譲らなかった。
しばらくやりとりが続いたあと、ついにチェンのほうが折れたようであった。
「そうですか、龍大人がそこまで覚悟されておられるのならば、私も従いましょう」

「あと、彼はどういう立場かな。こちらには情報が届いていないんじゃが……」
龍は赤川を見た。
「来年入社予定の学生だそうです。研修のために派遣されたそうですが」
チェンが言った。
「ならばビジター用のカードを。Aクラスならば同行者がいても問題ない」

由香と黒崎はチェンの指示に従って、部屋の外観を壊さないよう調度品にうまく隠されている端末の場所へと移動した。
チェンが端末にブランクカードを入れ、まず黒崎がスキャナに手を乗せた。
赤い光が黒崎の手をスキャンしおわると、ピッという音がしてカードが掃き出された。
「これで登録できました。次は篠坂さんです」
由香も黒崎がしたようにスキャナーに手をかざして何度かスキャンしたが、エラー音が鳴ってなかなか登録できない。
「うまくスキャンできませんね。指紋が薄いみたいですが……」
「かまわん。手の形だけでも登録は問題ないじゃろう」
「は、しかし……」
「わしが良いと言っているんじゃ」
「わかりました」
チェンはスキャナの設定を調節して再度読み取りコマンドを叩いた。
ピッ!
軽い音がしてカードが掃き出される。今度は問題なく登録できたようであった。

「それではご案内します」
チェンは3人を引き連れて部屋を出た。

◆視察◆

「まず白龍グループで一番人間に近い、遠隔操縦タイプのロボットを紹介します」
チェンがカードを通して部屋の扉を開くと、そこには端末を前に熱心にデータをとっている研究者が3名おり、
大きな強化ガラスの窓を挟んだ奥の部屋では一人のチャイナ服を着た女性が中国拳法の練習をしているようであった。
チェンが広東語で話しかけると、研究者はヘッドセットを使って部屋の中に呼びかけた。
女性は拳法の演技を中止し、由香たちのほうに向かって礼をした。
重々しい音がして開いた扉を通って、研究者は由香たちを中へと案内した。
チェンの通訳を通して、研究者が言った。
「これが現在最高水準のロボットです」
その女性型ロボットは、由香に握手をするように手を伸ばしてきた。
由香が手を握ると、彼女は軽く握り返してくる。見た目も肌ざわりも全く人間と変わらないようであった。
「本当にこれがロボットなんですか。これだけの技術があるなら……」
「その話はここではしないで下さい」
チェンが耳打ちして由香の質問の一部だけを通訳した。
チャイナドレスの女性は、由香の疑問に応えるようにゆっくりと服を脱いだ。
服の下から現れたのは、足や腕などの外に見える場所以外は金属に被われたボディだった。
「それでは操縦システムをお見せしましょう。いまからリンクを切断します」
女性型ロボットは椅子に腰かけると片手を挙げてうなずいた。
チェンが指示し研究者がキーボードを操作すると、彼女はその瞬間の姿勢で固まり表情が消え去った。
研究者は部屋の片隅にあった卵形のカプセルの前へと案内をした。
「この中に操縦者がいます」
研究者がカプセルの脇の端末を操作すると、ゆっくりとカプセルのハッチが開いた。
ハッチの中には首から下の全身を指先まで光沢のない黒い生地で被われた人物が、
首と手首と足首にはめられた金属製のリングで体にぴったりとフィットしたシートに固定されていた。
顔には上半分を覆うようにゴーグルが被せられており、表情を伺うことはできなかった。
研究者がさらに操作をすると、手首と足首のロックが解除され、その人物は自らゴーグルを外した。

ゴーグルの下から現れたのはさきほどのロボットと同じ顔をした女性であった。
女性は首にリングをつけたまま立ち上がった。リングからはケーブルの束が伸びており、
シートのコネクタに接続されていた。
女性が広東語で話したものをチェンが通訳した。
「オペレータの苺花(メイファ)です。実験の途中ですのでこのような格好で失礼します。
このケーブルを外すのには複雑な手順が必要なのです。……と言っています」
「日本から来た篠坂由香です。はじめまして。どういう原理なんですか」
由香が聞いた。
「中国では昔から人体の様々なツボを研究してきました。いわゆる鍼灸術というものですが、
これを応用して人体の神経から信号を取り出してロボットのコントロールをするのです。
このケーブルを外すには、データスーツを脱いで首のリングを外すという手順が必要ですが、
そうすると再度データスーツを装着して神経のツボをサーチするのに長い時間がかかってしまいます」
「ほかに問題点はないんですか」
「あとはデータ量が膨大になるので、広帯域の無線でも数100メートルの範囲でしかコントロールができません。
要人警護用のロボットとして開発中ですが、この点が最大の課題です。
そして視覚や聴覚は直接神経に接続できないので、このようなものが必要です」
そういってメイファはゴーグルとヘッドセットを指差した。
「すごいなぁ、大学の研究室でも見たことがないや」
赤川が感心して言った。
「それでは実験を再開しますので、これで失礼します」
メイファはシートに戻るとゴーグルとヘッドセットを装着した。
研究者が端末を操作すると首と手首そして足首のリングが固定され、シートに吸いつくように姿勢が正された。
メイファが最後に何か言ったようだったが広東語の判らない由香には「再見」と「謝々」しか聞き取れなかった。
そしてメイファは口を半開きにしたまま彫像のように動かなくなった。
研究者がコマンドを打ち込むと、半開きの口も閉じてメイファは完全に表情をなくした。
カプセルが閉じられすべてのランプがグリーンになると、座っていたロボットが動きだし、
さきほどのメイファとそっくりなしぐさで由香に手を振った。
一行が部屋から出ると彼女は再び拳法の演技を開始し、研究者たちはデータの取得を再開した。
由香と黒崎は研究者たちと名刺交換をして部屋を出た。

「次はサイボーグ技術です。
香港警察の刑事ですが捜査中の事故で半身不随になったので我社と警察の共同プロジェクトに志願したんです。
内臓のほとんどは無傷でしたが、それでも生命維持のためのバックパックが……」
そう言いながら次の部屋に案内しようとしたところで、チェンの胸元からアラームが鳴った。
チェンは携帯端末を取り出すと何処かと話をしているようであった。
話が進むにつれてチェンの顔がみるみる厳しくなっていった。
通話を終えるとチェンは言った。
「すいません。展示会場でトラブルが起きたようです。ホテルまで送りますので、見学は次の機会にお願いします」



第二話(5)/終



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