『メタル リアリティ』

作 市田ゆたか様



第二話(7)

◆展示◆

翌日10時、主催者を代表した龍老人のスピーチによって、国際ロボットショーは開幕した。
招待客たちの最大の注目は、白龍グループの人間型ロボットであった。
由香たちの隣のブースでは昨日研究所で見たチャイナドレスのロボットが午後からのデモに備えてチェックを行っていたが、
まだ動いていないそのロボットの回りにはすでに人だかりができていた。
人々はパンフレットを配っているLISAには目もくれず通り過ぎて、白龍グループのブースへと流れていった。
「所長、うちだけではなく他のブースも閑古鳥が鳴いてますね」
黒崎が言った。
「やっぱり見た目のインパクトが重要だわね。あたしだって昨日見てなかったら見に行きたいもの」
「うちの会社として出展する意味はもうないし、今のうちに他社を見て回りますか」
「え、意味がないって?どういうことさ?」
赤川が聞いた。
「お前は知る必要のないことだ。お前はアシスタントをしっかりやってればいいんだ。
お前はLISAとブースに残れ。私と所長は他社の視察をして来る」
「ちぇっ、俺にだけ秘密かよ……」
赤川はぶつぶつ言いながら持ち場に戻った。
「ちょっと黒崎さん、そんなきつい言い方はしなくても」
早足で歩く黒崎を追いかけながら由香は言った。
「所長は甘すぎます。今からビジネス界の厳しさをたたき込んでおかないとろくな人間になりません」

由香と黒崎はゆっくりと他社のブースを見て回った。
出展されているロボットは人間型が中心であったが、ほとんどのものは決まったパターンの動作しか行うことができないようであった。
「すこし休みましょう。所長は珈琲と紅茶のどちらにしますか」
会場の片隅の喫茶コーナーで、黒崎は言った。
「じゃあ珈琲を」
黒崎はセルフサービスのカウンターで受け取った珈琲を由香に渡すと、自分は紅茶を取った。
「やはり自立型でLISAと同等のものはないですね。この技術が専務と一緒に葬られてしまうのはなんとしても避けないと」
「そ、そうね。でも龍さんの言うことを信じていいのかしら」
「大筋ではいいでしょう。しかしあの老人がLISAに固執する理由がわかりません。
いくら高度な処理能力を持った電子頭脳に行動パターンを真似させたとしても、その時にはすでに死んでいるわけだし」
「死んでいる……、もしかして不老不死になりたいんじゃないかしら」
由香がぽつんと呟いた。
「不老不死ですか。夢のような話ですね。
たしかに記憶や意識をすべてロボットに移せれば可能でしょうが、仮に本人にそっくりなものができたとしても本人になるわけがないじゃないですか」
「それが……、その……、本人なのよ」
「どういうことですか」
「黒崎さん、全てを話すわ。でもこんなに人が多いところじゃ」
「判りました。人前で話さないというのは賢明な判断です。一蓮托生なんですからきちんと納得のゆく説明を聞かせて下さいよ」
黒崎は由香を展示場の外につれだした。

周囲に誰もいないことを確認すると由香は言った。
「黒崎さん、LISAの秘密を知りたいって言ってたわよね。実はLISAは理佐先輩本人なの。
だから普通のロボットと違って柔軟に判断して動作できるのよ」
「まさかサイボーグですか。確かにそうすると辻褄はあいますが、一体どうやって。
脳細胞を維持するためには常時新鮮な血液の供給が必要なはず。
心臓だけならともかく肝臓や腎臓の機能を機械化して、あのボディに収めるのは不可能でしょう」
黒崎が疑問を口に出した。
「先輩とあたしがナノマシンを使って、身体障害者のために失われた細胞や神経を再生する研究をしていたのは知ってますよね」
「専務から聞きました。義手や義足を残された神経に繋いでコントロールするための研究ですね」
「今の研究テーマはそうだけど、あのころはちょっと違ったの。
もっと基礎研究に近い内容で、生物の細胞の機能をシミュレートするナノマシンを開発していたんだけど、3ヶ月前に……」
「3ヶ月前に何があったんですか」
黒崎が聞いた。
「事故があって暴走したナノマシンによって先輩はロボットになってしまったの」
「ナノマシンの暴走事故の話は何件か知っていますが、無秩序に全てを破壊し、エネルギー切れで停止したという事例しか聞いたことがりません。
それにそんなに大量のナノマシンを作るためのプラントなど、研究所にはないのでは」
「そのナノマシンは自己増殖するのよ。
それから複数のナノマシンが連携してネットワークを作ることによって仮想的なコンピュータとして動作するから、いろいろ複雑なプログラム制御ができるの。
これは先輩がロボットになる時に残してくれたデータでわかったんだけど、先輩の脳も一種のコンピュータになっているの」
「なるほど。それでは理佐さんの意識は残っているんですか」
「それが……」
由香は表情を曇らせた。
「先輩の記憶は残っているんだけど、意識がどうしても戻らないの。
ロボットになったときの意識がデータ化されて残っているのは確認できているんだけど、それをどうしたら活性化できるのかがわからないのよ。
たぶん意識はデータ化するんじゃなくてプログラム化すればいいと思うんだけど」
由香は続けた。
「これを知っているのはあたしと専務だけ。あたしは先輩を人間に戻すための研究をしているの。
身体そのものはDNAが残っていれば、ナノマシンを使って再生させられそうなんだけれど、意識をとりもどすためにはデータが足りなすぎるの。
まさか人体実験するわけにはいかないし……」
「なるほど」
黒崎はうなずいた。
「ここへの招待は専務の口利きでしたね……。専務が話していたとしたら、龍老人が知っていてもおかしくないですね」
「それで、さっきの不老不死の話なんだけど、龍さんは病気でもうすぐ死ぬって言ってたでしょ。
自分が実験台になってあたしにデータを提供する代わりに、うまくいけば永遠の命が得られるんだから悪い賭けじゃないと思うんだけど」
「大筋はわかりました。しかし、なぜもっと早く言ってくれなかったんですか」
「だって専務が誰にも言うなって……」
「その専務があなたの研究を自分のために利用しているんですよ。もうすこし自分の立場を自覚して下さい」
「でも……」
「昨日も言いましたがこの件は私に任せて下さい。いいですね」
黒崎は由香を諭すように言った。

◆デモ◆

「由香ちゃん遅いなぁ、もうすぐ2時だぜ。デモはどうするんだよ」
赤川はぶつぶつ言いながら二人の帰りを待っていた。
「あと10分か。おい、どうする……ってロボットに言っても無駄か」
赤川が声をかけると、パンフレットを配っていたLISAの動きが停まった。
「そうね、どうしようかしら」
「えっ、今なんて言った?」
赤川の問いかけにLISAが答える。
「ドウスルノガヨイデショウカ」
「そうだな、俺とお前だけでデモをやるっていうのはどうだ」
「……シバラク、検討サセテクダサイ」
「わかった。じゃあ、俺はちょっとトイレに行ってくるぜ」
赤川はそう言うとLISAのそばを離れた。

LISAはゆっくりとした動作で辺りを見回して少しとまどったような表情をしたが、
しばらくして納得したようにうなずくと元の無表情に戻り赤川の帰りを待った。

「どうだ。検討とやらはすんだか」
「ハイ、タダイマカラ、でもんすとれーしょんノ準備ヲ開始シマス」
LISAはそう言うと、デモの会場である中ホールに向かって歩きだした。
「おい、どうしたんだ、勝手に動くなよ」
「検討ノ結果、由香サマガ戻ラレナイノデ、ワタシガ直接会場ニ向カウコトガ最適デアルト判断シマシタ。
赤川サマハ、さぽーとヲ、シテクダサイ」
「おい、待てっていってるだろ」
赤川があわてて追いかける。
「私ニ命令デキルノハ由香様ダケデス。さぽーとシナイノナラバ貴方ハ必要アリマセン」
LISAはそう言うと、赤川を無視してホールの楽屋に向かった。

「黒崎さん。もうデモの時間を5分過ぎちゃってる。急いで戻らなきゃ」
由香はあわてて会場に駆け戻り、黒崎も跡を追った。
「大変、LISAがいないわ」
「赤川もです。一体どこへ」
二人はLISAと赤川を捜して会場を走り回ったが見つけることはできなかった。
黒崎は携帯でチェンをコールした。
「うちの赤川とロボットのLISAが行方不明になったんですが……」
『え、何を言っているんですか。デモは大盛況ですよ』
「デモが盛況?どういうことです」
『ですから、LISAがデモをしているんですよ。すばらしい演出ですね。うちの遠隔操縦タイプが霞んじゃいましたよ。
龍大人がうちの研究所ではなく、あなたがたのところを使いたい理由がようやく理解できました』
「デモ会場ですね。すぐ行きます」
黒崎は携帯を切った。
「どうやらLISAはホールにいるらしいです。とにかく急ぎましょう。赤川が何かやらかしてるのかもしれません」
「そ、そうね」
二人はホールへと向かった。

「皆さんはじめまして。私が篠坂研究所の試作機37号“LISA”です」
合成音声とは思えない流暢さでLISAが挨拶した。
「あの……、発表者の方は?」
ホールの舞台に一人で上がったLISAに向かって司会者がとまどったように聞いた。
「はい。所長は遅れていますので、秘書ロボットでもある私が代理で発表いたします。私のことは私自身が一番知っていますので」
LISAの答えが、英語と広東語に通訳されると、会場が一気にどよめいた。
「遠隔操作ではないですよね」
「私の最大の特長は、この人工頭脳です。どのように作られたかは企業秘密ですが、遠隔操作ではありません。
お疑いでしたら操縦装置を捜していただいても結構ですよ」
派手なパフォーマンスはないが、さまざまな質問に淀みなく答えて行くLISAはデモの見学者たちを驚愕させた。
そして技術に詳しい者ほどその驚愕は大きかった。

「由香ちゃん、LISAは凄いよ。はやく舞台に上がって」
赤川に急かされた由香が舞台の袖から現れると、LISAが言った。
「皆様、お待たせしました。私の制作者が到着いたしました」
LISAはそう言うと、由香に話しかけた。
「由香様、お待ちしていました。由香様が来られるまでの間“秘書ロボット”として説明を行っていました」
「もしかして、あたしが戻ってこないから自分でやったの?」
「はい、公開しても問題ないと判断した部分だけを発表しました。事前に緊急事態を想定してプログラムされたとおりです」
「緊急事態?そんなプログラムは……」
「詳細は動作ログを確認して下さい。緊急対応プログラムは負荷が大きいので通常のプログラムに戻ります。……由香サマ、ゴ命令ヲドウゾ」
そう言ってLISAは待機した。
「遅れてすいませんでした」
由香が言った。
「いやいや、素晴らしいものを見せていただきました。会場の皆さんも満足されているようです」
司会者が言った。
「誠に申し訳ありませんが、次の発表者が待っておられますので、このあたりで終わっていただけますか」
「あ、はい。どうもありがとうございました」
「篠坂由香さんと秘書ロボットのLISAでした」
司会者が言うと、会場は大きな拍手に包まれた。
「それじゃあ、LISA、行くわよ」
「ハイ、由香サマ」
由香が舞台の袖に消えると、LISAもそれを追った。



第二話(7)/終



戻る