『メタル リアリティ』

作 市田ゆたか様



第二話(8)

◆祝宴◆

デモンストレーションが終わってブースに戻ると、そこにはLISAを見ようとする人だかりができており、由香と黒崎はその対応に追われることとなった。
アジアを中心に様々な国の人々が訪れては名刺を置いて行き、準備していた資料はまたたく間になくなった。
チェンの通訳だけでは足りず、黒崎や由香も英語で対応した。
閉会時刻を過ぎて、客が立ち去ったあとの会場で、由香はLISAに礼を言った。
「今日はありがとう」
「私ハ由香サマノタメニ緊急対応ぷろぐらむノトオリ行動シタダケデス。
詳シイコトハ動作記録ヲ確認シテクダサイ」
「それじゃあ、明日にでも調べるわね」
由香はそう言ってリモコンのスイッチを押した。
「試作機37号。識別名LISA。停止シマス」
そう言うとLISAは前日と同じように展示台の上で動かなくなった。

由香と黒崎と赤川は、チェンの案内でパーティ会場のホテルへと向かった。

パーティは数百人の招待者を集めて、ホテルの最大の宴会場で行われていた。
「うわっ、豪華だなあ。これって、好きなのを食べていいんだよね」
テーブルに並んだバイキング形式の中華料理をみまわして、赤川は言った。
「ここに集まっているのは各社のVIPばかりだから、あまり恥ずかしいことはするんじゃないぞ」
黒崎がたしなめたが、赤川は料理に目を奪われてほとんど耳に入っていないようであった。

料理を取りに行った赤川と別れて由香と黒崎が食前酒を呑んでいると、ブランド物の派手なスーツを着た長身の男が声をかけてきた。
「あなたが篠坂さんですね。いやぁ、素晴らしいデモでした」
「ど、どうも」
由香はずれた眼鏡をなおして男の顔を見た。
「はじめまして、龍健仁(ロン・チェンニン)といいます。ケニー・ロンとお呼び下さい」
「ロンさんというと、白龍グループの関係の方ですか」
「今はグループとは距離を置いていましてね。まあ気ままな風来坊といったところですよ」
由香の問いにケニーと名乗った男は答えた。
「健仁様、こんなところで何をなさっているんですか。あなたは招待されていないはずでしょう」
チェンがあわてて声をかけた。
「ケニーと呼んでくれと言っているでしょう。相変わらず無粋ですね。
私は篠坂さんのすばらしい技術にぜひ投資したいと声をかけただけなのに」
「投資ですか。具体的にはどのようなお話しでしょうか」
黒崎が会話に加わってきた。
「私の会社は優秀な技術者に低金利で融資するビジネスを行っていまして。失礼、これが名刺です」
「そうですか、ビジネスの話は有り難いですが、私どもは白龍グループの招待で来ていますので」
「ああ、親父のことでしたら心配なく。こっちからうまく言っておきますよ」
「お父さん?」
由香が聞いた。
「ええ、私は会長の長男です。会社は弟の健民に任せていたんですが、残念なことに飛行機事故で夫婦揃って死んでしまいましてね。
私もそろそろ戻って親父の仕事を引き継がないとダメかと思うと気が重いんですよ」
「健仁様!」
チェンがにらみつける。
「やれやれ。どうやらお邪魔のようですね。それではまた、邪魔のはいらない場所で」
そういうとケニーは溜め息をついて去って言った。

「彼は誰です。昨日の話では龍さんには孫の愛鈴さん以外に身寄りが無いということでしたが」
黒崎の問いにチェンが答える。
「経済にうとい技術者に甘い言葉で金を貸して、少しでも支払いが遅れると借金のカタに特許や発明をクズのような値段で買い取って儲ける、ビジネスマンの風上に置けない人物です。
彼のためにグループの評判が傷ついたことも一度や二度ではありませんでした。
それがあまりにも酷いのでついに龍大人から勘当されてしまいました。
社長にも龍大人の信頼している社外の人物を据えていますから、彼の居場所は社内にはありません」
「では孫の愛鈴さんというのは」
「彼からすると姪にあたります。財産のほとんどが愛鈴様のものになってしまうのが気に入らなくて、こうやって手を出してくるんですよ。
とにかく彼には気をつけて下さい。何をするかわかりませんから」
「ご忠告ありがとうございます」
黒崎がチェンに答えた。

「由香ちゃん、料理を取ってきたよ」
皿一杯に料理を盛った赤川が戻ってきた。
「おい、もう少し行儀良くできないのか。学生の宴会とは違うんだぞ」
黒崎が叱りつける。
「そんなに怒らなくても、ねえ由香ちゃん」
「えーっと……」
由香は戸惑った。
「所長と呼べといってるだろ」
「とにかく美味いんだから、食べてくれよ」
由香は皿の料理を口に運んだ。
「この味つけは、醤油とゴマ油をベースにホタテを隠し味にしているわね。あと胡椒と八角と……最低でも5種類のスパイスを使ってるようね」
「何グルメっぽいことを言ってるんだよ。美味いなら美味いっていえばいいじゃないか」
赤川が言った。
「ごめんなさい。今まで食べたことがない味だから、つい分析しちゃって……ううん、なんでもないの」
「何だよそれ」
赤川の呟きはチェンによって中断された。
「どうやら篠坂様に話がありそうな人が来たようです。あれは……昨日のメイファさんですね」
シルクのチャイナドレスを着て、カクテルグラスを片手に近付いてきたのは、チェンの言うとおりメイファだった。
「こんばんわ。今日のデモを見ました。龍大人が招待されただけのことはありますね。私のリモコンロボットが霞んでしまいましたわ」
メイファは話しかけてきた。
「日本語……、話せるんですか」
「ええ、昨日は他の研究者がいたから、日本語を使うわけにはいかなかったの」
「メイファさんのデモも凄かったですよ。LISAにはあんなカンフーみたいな動きはできないわ」
由香はメイファに言った。
「でも操作が大変なのよ。ずっと暑苦しいスーツ着てカプセルに入ってないとだめなんだから。
明日以降はデモが無いから久しぶりに脱ぐことができたけど、これだけは外すことができないの」
そういって、チャイナドレスのえりを広げると、首には昨日と同じ金属製のリングがはめられていた。
「大変ですね」
由香とメイファの話に赤川が割込んだ。
「メイファさんっすか。俺は赤川剛三っていいます。ゴウって呼んで下さい」
「ゴウ君ね。あなたも研究者なの?」
「はい、大学でロボット工学を研究してます」
赤川は顔を赤くしながら答えた。
「わたしのロボットはどう思う?」
「えっ、メイファさんが開発したんっすか。てっきりオペレータだとばかり思ってました」
「失礼だぞ」
黒崎が言った。
「いいのよ。慣れてるから。香港ではまだまだ女性技術者の地位は低いの。
あたしのロボットだって、どうせ同僚の男たちのものになるんだし。あなたのように認められる人がうらやましいわ」
メイファは話をつづけた。
「昨日日本語を話せなかったのもそう。同僚たちは誰も話せないから、自分たちに判らない話をあたしが勝手にするのが嫌なのよ」
「でも、龍さんは違うと思うわ。女性の愛鈴さんを後継者にしようとしているし」
「きっと無理よ。あたしと同じで潰されてしまうに決まっているわ。日本やアメリカとは違うのよ」
「まさか社内でこのようなことがあるとは……。私も全く知りませんでした」
チェンが言った。
「お恥ずかしい限りです」
「いいのよ。どうせ貴方のところに報告が上がる前にどこかで握り潰されてるんだから」
「あなたの待遇については龍大人と相談して……」
「それも必要ないわ。今日限りでわたしは辞めさせてもらうから、それを言いにきたの。
わたしの技術を活かしてくれる人がいるのよ。これは退職金がわりにもらって行くわね」
メイファはそう言って首のリングを指差した。
「神経接続技術は元々わたしが開発したものだし、取外す手術のために何日も缶詰めになるのはいやだから。
あのロボットはわたし用に調整されてるけれど、ちょっとした変更で誰でも操作することができるから、会社としても損失にはならないでしょ」
そしてメイファは広東語に切替えると、チェンと何度か言葉を交わした。
チェンは何度も引き止めようとしていたが、決意はかわらないようであった。
チェンとの話が終わると、メイファは由香にカードを手渡して言った。
「もしよかったらあなたも来ない?気が向いたらここに連絡してちょうだい。それじゃあ、再見」
そう言って彼女は立ち去っていった。

「お恥ずかしいところをお見せしてしまいました」
チェンが恐縮した。
「実際のところ、我社のような華僑の古い会社では、女性が高い地位につくことはめったにありません。
同じような理由で辞めて行った者が何名もいます。龍大人が愛鈴様を心配されるのは、こういう事情もあるからなのです」
「よくわからないけど、メイファさん奇麗だったなぁ……」
赤川が言った。
「あ、もちろん由香ちゃんもかわいいよ」

能天気な赤川の言動に、由香と黒崎そしてチェンの3人はそろって溜め息をついた。


◆盗難◆

静まりかえった展示場に、数人の男たちが入り込んだ。
男たちは由香の会社のブースに忍び寄ると、展示台の上のLISAの周囲に集まった。
そして一人の男を残すと、彼らは無人の会場内に散っていった。
残った男は周囲を探ってリモコンを見つけ出すと、電源スイッチを入れた。
「試作機37号。識別名LISA。起動シマシタ」
LISAは周囲を見まわして言った。
「アナタハ、ドナタデスカ」
「俺はお前の新しいご主人様だ」
男が言った。
「私ノ、ますたーハ、由香サマデス」
「そういうと思ったぜ。だがそのマスター様はリモコンを置きっぱなしだ。
『敵に渡すな大事なリモコン』という諺を知らないと見える」
「意味ガワカリマセン」
「この『命令』ボタンを押している間に言われたことには従うんだよな」
そういうと、男はリモコンのボタンの一つを押しながら言った。
「今から俺についてこい」
「ソノヨウナ命令ハ……ピッ、ワカリマシタ」
「俺を新しいマスターとして登録しろ」
「ますたー登録ニハ、現在ノますたーデアル由香サマノ許可ガ必要デス」
「融通の効かない野郎だ」
「ワタシハ女性型ろぼっとデスノデ、野郎ト呼ブコトハ適切デハアリマセン」
「うるさい、しゃべるな」
「現在、『ツイテコイ』トイウ指示ヲ実行中。複数ノ命令ハ同時ニ実行デキマセン」
男はリモコンを押しながら言った。
「黙って俺についてこい」
「ピッ、ワカリマシタ」
そういうと、LISAは男についてぎくしゃくとした動きで歩きだした。
会場内に散っていた男たちも、さまざまな製品を盗み出しており、
彼らは合流すると白い煙が充満している警備室の横を抜け、通用口からトラックに乗って走り去って行った。



第二話(8)/終



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