『メタル リアリティ』
作 市田ゆたか様
第二話(9)
◆分解◆
トラックは市街地を抜けると倉庫街に入り、一棟の古びた倉庫に横づけされた。
トラックが止まると、大勢の男たちが荷台に乗り込み、盗難品を運び出して行く。
数分後には、LISAを除いてすべてが運びだされてた。
「よし、起きろ」
リモコンを持った男が命令した。
「ピッ、ワカリマシタ」
LISAはトラックの荷台で立ち上がった。
「荷台から降りてこっちにこい」
「ピッ、ワカリマシタ」
LISAはぎこちない動きで荷台から降りると、男について倉庫に入った。
「こっちだ」
盗品の間を抜けて倉庫の奥の扉を開けると、地下への階段が続いていた。
長い階段を降りた地下にはさまざまな工作機械が設置されており、
LISAは工作台に身体を横たえられて、両手両足を金属製の枷で拘束された。
「ココハドコデスカ」
「お前が知る必要はない」
「由香サマノモトニ戻ラセテクダサイ」
「駄目だ。じっとしていろ」
男はリモコンのボタンを押しながら言った。
「ピッ、ワカリマシタ」
LISAは動きを止めた。
「お前の外部インターフェイスの仕様を教えろ」
「ワタシノいんたーふぇいすハ、ソノりもこん、ダケデス」
「そんな馬鹿なことがあるか、その耳のアンテナやヘアバンドのランプは何だというんだ」
「あんてなハ日本デハ携帯電話ニツカエマスガ、香港デハ方式ガチガウノデ圏外デス」
LISAは淡々と答えていった。
「ランプは由香サマノ趣味デス」
「メンテナンス用のポートぐらいあるだろう」
「ワタシニ、ソノヨウナモノハ、アリマセン」
「ならば、どうやってメンテナンスしているんだ」
「めんてなんすハ、専用ノ設備デ分解ヲシテ、オコナッテイマス」
「耐タンパ構造というわけか。一筋縄では行かないな」
男はそう言うと、工作機械の電源を入れた。
ヴーンという低い音が部屋に響き、マニピュレータがLISAの首筋に迫った。
「これが何かわかるか。超音波カッターだ。どんな合金でもあっというまに切断できる優れものだ」
男はカッターをLISAの首筋に当てると、金属と人工皮膚の部分の境目を慎重に切断しはじめた。
「無茶ヲシナイデクダサイ……ピーッ、緊急対応プログラム起動……えっ、何でこんなところであたしに制御をうつすのよ。
ちょっと、止めてよ。やめてってば……」
LISAは突然暴れはじめた。手足の枷がぎしぎしと音を立てた。
男は作業の手を止めると、リモコンの命令ボタンを押して言った。
「動くなといったはずだ」
「冗談じゃじゃないわよ」
「どうした。リモコンが効かないのか」
男は何度もリモコンのボタンをめちゃくちゃに押した。
「おあいにくさま、あたしは緊急対応プログラムだから、リモコンとは無関係に動けるのよ」
「なんてことだ。これは俺の手には負えそうにない。ボスに連絡せねば」
そういう男の手がリモコンの電源ボタンに触れた。
「ピッ割込信号ヲ受信シマシタ……うそ、電源ボタンは、あたしより優先なの?。
緊急対応の意味がないじゃない。ああ〜っ、シャットダウンフェーズに入っちゃう……試作機37号。識別名LISA。停止シマス」
そういってLISAは動きを止めた。
男は通信機で連絡を取ると、LISAの首の切断作業を続けた。
◆誘拐◆
ホテルの部屋に戻った由香の元に、チェンから連絡が入った。
「会場で大規模な盗難事件です。すぐロビーに来て下さい」
「どういうことなんですか」
「うかつでした。どうやら昨日の警報は、下見だったようです。あなたのLISAも盗まれました」
由香が着替えてドアを開けると、二人の男が勢いよく押し入り、由香を羽交い締めにした。
「きゃっ、何をするの」
暴れて抵抗する由香の顔に男の一人がスプレーのようなものを吹きつけた。
「これは……麻酔……薬?…………」
由香はもがきつづけたが、しばらくするとぐったりとなった。
「由香ちゃん。遅いから呼びに来たよ」
扉を開けようとした赤川の前に、二人の男が現れた。
男のうち太った一人はぐったりした由香を担ぎ上げていた。
「由香ちゃん? だ……誰だ。お前たちは……。ゆ……由香ちゃんに何をした」
赤川は振るえる声で言った。
男たちは目くばせをすると、由香を抱えていない痩せた男が赤川の腹にパンチをたたき込んだ。
「ぐへっ」
腹を抱えてうずくまった赤川の顔に、スプレーが吹き掛けられ、赤川は気を失った。
男たちは赤川をバスルームに運び込むと、バスタブに横たえた。
「由香さん、遅いですね」
ロビーでチェンが言った。
「確かに、電話してからもう15分以上立っています。ちょっと様子を見に行きましょう」
黒崎が言った。
黒崎とチェンはエレベータに向かった。
「申し訳ありません。私どもの不手際でこのようなことに」
チェンが言った。
「いや、ここであなたを責めても始まりません」
黒崎が答えた。
「あの手際の良さからして、あきらかにプロの仕業ですね。
最近東南アジアを中心にハイテク製品を盗んで売りさばくテクノマフィアと呼ばれる連中がいるようですが」
「ええ、その可能性が高いと龍大人も言ってます。香港警察と連絡をとって対応の手は打ちました。
白龍グループに手を出すことの恐ろしさを思い知らせてやります」
チェンはそう言うと拳を握り締めた。
エレベータを降りた二人は由香の部屋に向かった。
「所長。いるんですか。いたら返事をしてください」
「おかしいですね」
黒崎は合鍵を使って部屋をあけた。
ドアを入ってすぐの床に争ったような跡が残っており、つんとする薬品臭が鼻を刺激した。
「これは……」
「どうやら誘拐されたようですね」
チェンはそう言って部屋の中を調べはじめた。
「あれほど気をつけろと言っておいたのに」
黒崎は独りごちた。
「黒崎さん、こちらに来て下さい。バスルームに赤川さんが……」
チェンが言った。
黒崎はバスルームに入ると、チェンと二人で気絶した赤川をバスタブから出し、ベッドに運んだ。
「おい、赤川。しっかりしろ」
「ううっ、由香ちゃんが……。俺の由香ちゃんが……」
「一体なにがあったんだ」
「わからない、わからないよ。二人組の男が来て由香ちゃんを……」
「顔は見ましたか」
「う、うん」
「今警察に連絡しました。刑事が来ますから、証言して下さい」
「それだったら、ここに録画してあるから」
赤川はズボンのポケットから小型のビデオレコーダを取りだした。
「メディアは発売されたばかりのマイクロDVD。MDジャケットサイズで録画もできる最新型なんだ。カメラは、服のボタンに偽装してあって……」
赤川は次第に饒舌になっていった。
「確かにそれは貴重な資料ですが、なんでそんなものを」
チェンが言った。
「いや、その、俺……由香ちゃんを……撮影しようと……」
「まったく、何てやつだ。そういうのを盗撮というんだぞ」
黒崎が呆れて言った。
「こういうのを日本の諺では怪我の功名というんでしたか。とりあえず、映像を見てみましょう」
そう言ってチェンは赤川のレコーダを部屋のテレビに接続して再生した。
◆監禁◆
歯医者のような椅子の上で由香は目を覚ました。
由香は身体を起こそうとしたが、体中に痺れたような感覚があり、全く動かすことができなかった。
何物かの手が伸びて、由香に眼鏡をかけると視界がはっきりした。
そこは多少雑然としているが由香の研究室とよく似た部屋だった。
「気がついた?」
由香の前にはチャイナドレスの女性が立っていた。
「メイファ……さん」
「思ったよりも早く再開できたわね。いまあなたは身体を動かせなくて不安に思っている……違うかしら」
「ど……どういうことなの」
「ちょっと待ってね」
メイファがキーボードを操作すると、両手の感覚が戻ってきた。
「これで動けるはずよ。首に手を当ててみて」
由香が恐る恐る自分の首に指先を触れると、冷たい金属の感触がした。
「そのリングは基本的にはこれと同じだけど」
そういってメイファは自分の首のリングを指差した。
「あたしのは神経の信号を外部に伝達するもので、あなたのは後ろのケーブルから神経に信号を送り込むものなの」
「このケーブルが……。どうしてこんなことをするの」
由香は右手でリングの後ろから伸びているケーブルをつかんで引き抜こうとしたが、一瞬早くメイファがキーボードを操作した。
由香の右手は動きを止め、ケーブルを握った拳をゆっくりと開くと、ひざの上に落ち着いた。
「私もまさかあなたにこんなことをすることになるとは思っていなかったけど、
ボスの命令だから」
「ボスって誰」
「あなたが協力するのなら、そのうち教えてあげるけど、今はだめよ」
「冗談じゃないわ。協力してほしいんなら、こんな無理やりじゃなくてちゃんと頼めばいいでしょ」
「きっと断られるから」
メイファはそういって由香の椅子を半回転させた。
そこには、工作台の上に載せられさまざまなケーブルがつなげられたLISAの頭部があった。
「先ぱ…… LISA。盗まれたって聞いたけどもしかして」
「そう。あたしはこれの解析を依頼されてるの。
この電子頭脳がリモコンで命令を聞かせることはできるんだけど、どんな解析も受けつけなくて困っていたの。
無理やり分解して壊れてしまったら元も子もないでしょ。そしたらしばらくしてあなたが連れてこられたってわけよ」
メイファがキーボードを操作すると、LISAが目を開けた。
「由香サマ」
「LISA……、大丈夫だった?」
「ハイ。ぷろぐらむニ異常ハアリマセン」
「よかった。先輩のプログラムに何かあったら、どうしたらいいか」
「先輩のプログラムですって」
メイファが疑問に思って尋ねた。
「ハイ。私ノぷろぐらむハ、関口理佐の意識ヲモトニ……
「ダメ、話さないで」
「ハイ、由香サマ」
LISAは話をやめた。
由香はメイファに問いかけた。
「LISAの秘密を知ってどうするつもりなの」
「知らないわ、私は解析して報告するだけだから」
「どうしてこんな犯罪みたいなことをするの」
「あなたのような恵まれた技術者にはわからないわよ。さあ、この電子頭脳について情報を渡しなさい」
「いやよ」
由香はきっぱりと断った。
「あらそう。仕方ないわね。拷問は趣味じゃないけど」
そう言うとメイファはキーボードを操作した。
「ああっ!」
由香の首筋に電撃が走り、椅子の上で由香は身体をのけぞらせた。
「で……電気は……やめて……」
由香はあえぎながら言った。
「この程度は序の口よ。あたしがロボットを操縦する時はもっと強い電流が流れていたのよ」
「違う、違うの。電気はダメなのよ。何時間も薬を飲んでいない状態で刺激したら、何が起こるかわからないわ」
泣きそうな顔で由香が言った
「あらそう。心臓病かしら、それとも……」
そういうとメイファはさらに電圧をあげた。
「いやーっ」
由香は一瞬身体を激しく波打たせると、左手をだらりと垂らして動かなくなった。
傾いた頭から眼鏡が床にコトリと落ちた。
第二話(9)/終
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