『メタル リアリティ』

作 市田ゆたか様



第三話 (1)

◆プロローグ◆

その小型の乗用車は高速道路を降りると、インターから続く旧道をまがって最近作られたばかりの広い道に入った。
片側二車線のその道は荒れ地の中にはるか先まで続いていた。
道路の左右にはフェンスに囲まれた空き地が広がっており、そのなかのいくつかの場所では建物が建設中であった。
車はそのような区画の一つに入り込むと、回りの建物に比べると古びたプレハブの前に停車した。
車から降りた眼鏡をかけた小柄な若い女性と長身の中年男性を作業服の男性が出迎えた。
「ようこそ東富士国際学園都市へ。私は静岡県東富士事務所事務官の山本です」
「初めまして、篠坂サイバネティクスの篠坂由香です」
「同じく黒崎昭太郎です」
事務所の応接室に通された二人にむかって山本は言った。
「突然お呼び立てして申し訳ありません。契約の最終調印につきまして若干の問題がありまして……」
「もう契約は済んだはずではないのですか」
黒崎が言った。

「この学園都市は、業界の最先端の企業を求めています。
契約料を一括で振り込んでいただいてますから資金面は問題ないでしょうが、最終調印の条件として他社にない先端技術を持っていることの審査が必要です。
私は審査を行う事務官として、昨年からここに詰めています」
「先端技術ですか」
由香が言った。
「はい、県としてはこの学園都市を筑波や京阪奈に続くものとしたいのです。
4月にオープンの帝都工業大学の新キャンパスを中心として、さまざまな先端企業が有機的に結合した研究都市を目指しています」
「ほう、帝都工大が……。私も帝都工大の出身なんですよ。4月の新入社員としても工大生が内定していましてね。
新キャンパスに行けなくて悔しがっていましたが、ここがそうですか」
黒崎はそういうと書類を取り出した。
「これが事業目論見書です」
山本は黒崎から渡された書類をパラパラとめくった。

「なるほど。身体障害者用の義肢開発ですか。見たところ他社に先駆けている技術はないようですが」
「そのような技術がないと、どうしても駄目ですか」
黒崎の問に山本が答える。
「そうです。そして技術さえあれば資金については低利の融資も用意しています。
あなた方のように自力で資金集めの出来る人たちばかりではありませんから。
先日も、小型モータに使用する減速機の画期的な技術を持った会社と契約したところです。
一見すると町工場なんですが、この分野では間違いなくトップだということで、融資を含めて契約したんですよ」
「減速機、ですか」
「最近はモーターの中に最初から組み込まれているのであまり知られていませんが、ロボットの駆動装置には必須のものです。
通常のモーターというのは高回転で低トルクです。
これをロボットのアーム等に必要とされる低回転高トルクに変換するためのギアボックスが減速機です」
「そのようなことは判っています。私もロボット工学を修めていますから。その減速機はどのように凄いものなんですか」
「それが、今までの遊星歯車の概念をくつがえす方式で力の分散を行うことにより、プラスティックのような強度の部品でも強い力に耐えられるので、小型軽量化に最適なんです。
いやぁー、サンプルを見た時は驚きましたよ。あなた方もサンプルを見せていただけると審査が早く進むんですが……」
「そうですか、では戻って検討を……」
言いかけた黒崎を由香が制した。
「わかりました。今お見せしましょう」

由香は左手を山本の前にさしだした。
「よくみていてください」
そう言って軽く目を閉じると、無表情になってぶつぶつと呟いた。
「表面偽装解除・接続ロック解除・神経接続解除」
由香の左手が柔らかさを失いプラスティックのようになった。
由香が動かなくなった左手を右手で握ってひねると、カチリと軽い音がして左手は手首から外れた。
「はい、サンプルです。それがないと困るから返して下さいね」
山本は生々しい左手を受け取ってしげしげと見つめた。
「なるほど……、今まで義手だとは気がつきませんでした」
「見た目だけではありません。まだ研究段階ですが、残された神経と接続する技術により本物の手足と同様に動かしたり感じたりすることができるものを目指しています」
黒崎が補足した。
「なるほど、これが実用化されれば身体の不自由な人たちにとっては素晴らしいものになるでしょうね。
問題ありません、本契約を調印しましょう。いいものを見せていただきました」
由香は山本から返された左手を再び手首にはめ込んだ。
「神経接続開始・表面偽装開始」
由香の左手はふたたび暖かみを取り戻し、手首の境目もまったく判らなくなった。

県の事務所を出た二人は車に乗り込むと造成地の奥へと向かった。
黒崎がステアリングを握りながら、助手席の由香に声をかけた。
「所……いえ社長。何度言ったことか、もうわかりませんが、軽はずみなことはやめてください」
「えっ、何が」
「その左手です。何もあのような場で見せなくても、いくらでも方法はあったはずです。あの山本という事務官は相当おしゃべりですよ。
さっきのモーターの話のように、きっと次の面会相手には今日の話をするでしょう。ただでさえ金の出所を不審がられそうなところだったのに」
「でも……」
「我々は目立ってはいけないのです。どこにスパイがいるか判らないんですよ。
香港で危険な目に遭ったことを忘れたんですか」
「それはちゃんと認識を……」
「その認識が甘いというんです。あの後の専務の不祥事の件もそうです。後始末をする身にもなってください」
「そんなに言うなら、黒崎さんが社長になればいいじゃない。あたしは研究さえできればどんな立場でもいいのに」
「なれるものでしたらなっています。私が社長になれば必ず黒崎商事の目を引きます。極秘で進めるプロジェクトに対するリスクを犯すわけにはいきません」
車はしばらくして目的地に到着した。
「F-6ブロック……、かなり奥のほうですが、どうやらここのようですね。チェンさんはもう来ているようですよ」
黒崎が言った。
駐車場には、工事のトラックに混じって黒塗りの高級車が停められており、黒崎はその横に車を停めた。

「篠坂さん、黒崎さん。どうも、お久しぶりです」
チェンと呼ばれた中国人は言った。
「チェンさん、おひさしぶり」
由香が言った。
「ごぶさたしています。準備のほうはどうですか」
黒崎が言った。
「予定通りですよ。そちらのほうはどうでした」
「審査の方はクリアできましたが、多少の人目を引いてしまったかもしれません」
「わかりました。あとでそのリスクを検討しましょう」
「では早速設備のチェックを」
そう言った黒崎に対してチェンが言った。
「その件ですが、今日の設備チェックには一人同行させてください。愛鈴様」
チェンが高級車の後部ドアを開けると、一人の女性が降りてきた。

由香より拳一つ程度高く、すらりと引き締まったボディライン。
そして、ストレートヘアの黒髪で整った顔だちの女性は由香たちに挨拶をした。
「はじめまして、龍愛鈴(ロン・アイリン)です」

「はじめまして、篠坂由香です。龍さんというと、健剛(チェンガン)さんのお孫さんの……」
「はい。篠坂さんはわたくしと同じぐらいの年ですわね。堅苦しい言い方はやめてお互いに名前で呼び合いませんか。
わたくしのことは愛鈴と呼び捨てにしてください」
「わかったわ。じゃあ愛鈴、私のことは由香って呼んでちょうだい」

「愛鈴様!」「社長!」
チェンと黒崎が同時に声をあげた。そしてお互いの顔を見つめあい、疲れたように苦笑をかわした。

由香と愛鈴は、同年代の女性同志ということもあって、あっというまに打ち解けあったようだった。
「それじゃあ愛鈴はいま東京の大学院に通っているのね」
「ええ、工学部で経営を学んでいるのよ。論文も終わってあとは卒業を待つだけなんだけど、変な学校でしょう?」
「最近はそうでもないわよ。あたしの通っていた大学の工学部にも経営工学科とか情報経営科とかあったし、やっぱり技術を知らないと経営はできないってことなんじゃないかな」
「由香はすごいわね。わたくしと同じぐらいの年で技術も判って社長まで」
「何言っているのよ。愛鈴は白龍グループを継ぐんでしょ。あたしよりもっと経営を知らなきゃ駄目よ」
「そうね。頑張らなきゃね。ところで……」
愛鈴は話題を変えた。
「せっかく友達になったことですし、こんど東京に来たら、わたくしの家に来てくれます?おじいさまが新宿に買ってくれたマンションがあるのよ」
「2年の留学なのに、マンションを買ったの?お金のかけかたを間違っているような気がするわ。でもここの設備だってそうよね。よくお金がでてくるわね」
「ほんとね、おじいさまのお金の使い方はよくわかりませんわ」

意気投合する二人を見て、黒崎とチェンは溜め息をついた。
「愛鈴さんは、いつもこうですか」
「ええ、まあ。今日は特に……」
「社長もそうですよ」
「お互いに疲れますね」
「全くです。もうすこし従順だったら楽なんですがね」
「そうですね、あのLISAみたいなロボットのように……」



第三話 (1)/終


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