『メタル リアリティ』

作 市田ゆたか様



第三話 (10)

◆密約◆

「いかがですか、私の秘蔵のブレンドなのですが」
階上の応接室では、黒崎が趣味の中国茶をチェンに淹れていた。
「なかなかよいですね。私の好きな味です。この葉はどこで」
「先日、香港に行ったときに買いこんできたんですよ」
「そうでしたか、どうりで私の口に合うはずだ」
「赤川はこの微妙な味を全然理解できないし、社長は舌では味を分かっているみたいなんですが心で味を感じていないようなんですよ」
黒崎はため息混じりに言った。
「この味を理解できないとは困ったものですね。
愛鈴様も小さいころから最高級のものばかり食べさせられてきたので、こういうシンプルな味わいを理解できないんですよ」
「そうだったんですか。しかし、二人は恐ろしいほど気が合いますね」
「まったく。今回の後始末を考えると頭が痛くなってきます」
黒崎の言葉にチェンは深くうなずいた。
「うちのほうは赤川の悪乗りにも困ったもんですがね」
「心中を察しますよ。やはり、われわれがなんとかしないと駄目でしょうな」
「で、実のところ、どうなんですか」
黒崎が問いかけた。
「どう、とは?」
「龍建剛さんの後継者問題ですよ。本当に愛鈴さんが…?」
「そこが、難しいところなんですよ」
旨いお茶を飲んでリラックスしたチェンは黒崎に語り始めた。
「何の実績も無い愛鈴様が後継者となられることに反対する人たちはたくさんいます。
八卦会の中も愛鈴様派と建仁様派に二分されています」
「八卦会?」
「グループの実質的な運営を任されている幹部組織です。名前の通り8人の合議制で、日本でいうと常務会が一番近いと思いますよ。
龍大人から勘当されたとは言っても、その後に起こした事業でそれなりに成功している建仁様に戻ってきてほしいと思っている人も多いということです。それに…」
「なんですか」
「建仁様は、本当に手段を選ばない人です。まだ証拠はありませんが、愛鈴様は何度も命を狙われていますし、
この前の博覧会に大規模な犯罪組織を引き込んだり会社の研究者が行方不明になったりしているのも建仁様がかかわっているのではないかと思われる所があるんです」
「研究者が行方不明とは、ただごとではないですね。まだ見つからないんですか」
「ええ、あなたも会われたことがあるメイファさんですよ。
パーティでヘッドハンティングの話を聞いて以来ぷっつりと消息が途絶えてしまって、今も音沙汰なしです」
「確かにうちの社長も一度誘拐されていますし、要注意ですね」
「ということもあって、影武者計画には反対はしなかったんですが、さすがに見ていて気持ち悪くなりました。黒崎さんのお茶でおちつきましたよ」
「それは光栄です。とにかく社長も愛鈴さんも見ていると危なっかしくて仕方ないですから、我々が何とかしないと」
「そこなんですが。ここだけの話ですが、その影武者ができたら愛鈴様には当分の間身を隠してもらおうかと思ってます。
私は龍大人に仕えて長いですから、そのロボットを私が操縦すれば、経営者らしく見せられるはずですし、愛鈴様の命も助かって一石二鳥です」
「しかし、それでは、建剛さんが死ぬ前に意識をロボットに移すという計画は?」
「もちろん行います。成功すれば私が操縦するロボットが2体になるだけです」
「実質的に会社を支配するのはあなたということですか」
「そうですね。そうなればグループは由香さんではなくあなたに援助をすることになりますよ。
白龍からの資本があれば黒崎グループを追い出されたあなたが戻ることも可能ではないですか」
「それに協力しろと?」
「お互いの利害は一致しているはずですが」
「考えておきましょう。それはそうと…」
そう言って黒崎はポットに湯を継ぎ足し、空になったカップに再び注いだ。
「このお茶は二煎目がいいんですよ」
「さすが、よくわかってますね。私もそう思いますね」
二人は談笑を続けた。



第三話 (10)/終


戻る