『メタル リアリティ』

作 市田ゆたか様



第三話 (12)

◆転送◆

LISAの頭部を載せたワゴンを押して赤川が戻ってきた。
「遅かったじゃないの」
「ごめん、由香ちゃん。黒崎先輩がうるさくって。先輩とチェンさんは、まだ話があるから先に進めておいてだって」
「わかったわ。じゃあ始めましょうか。赤川君、LISAの電子脳もつないでくれる?」
「オッケー」
「あたしの先輩なんだから、丁寧に扱ってよ」
「わかってるよ」
赤川はケーブルをつないでスイッチを入れた。
「ピッ!試作機37号、識別コードLISA、起動シマシタ。由香サマ。ゴ命令ヲドウゾ」

「先輩、聞いてほしいんだけど。新しいロボットを作ったんだけど、それがうまく動かないの。それで先輩のプログラムを転送してみたいんだけど」
「私ノぷろぐらむハ、汎用的ナモノデハアリマセン。他ノ電子頭脳デハ稼動シナイト思ワレマス」
「それはわかってるけど、今のままじゃ愛鈴の影武者ロボットを動かすことができないのよ。駄目もとで、先輩のプログラムを入れてみたいのよ」
「ソノ目的ヲ達成スルタメニハ、ヨリ効果的ナ手段ガ考エラレマス。私ハ関口理佐ガ、自分自身ヲ解析シテ作成シタぷろぐらむデス。
ソノ手順モ関口理佐のめもりーニ存在シマス。ソノ手順ニ従ッテ該当ろぼっとノ電子頭脳ヲ解析シテ、かすたまいずシナガラ転送スルコトニヨリ、目的ハ達成デキルトオモワレマス」
「そっか、さすが先輩だわ。やってくれるの」
「ハイ、由香サマ」
「理佐さんって、本当にすごい人ですのね」
愛鈴が言った。
「愛鈴サマ。私ハ人デハアリマセン。関口理佐ノ意識ヲモトニ作ラレタぷろぐらむデス」
「ごめんなさい、言い直しますわ。LISAさんは、すごいプログラムですわね」
「私ノぷろぐらむハ他ニクラベテ優レテイルトハ言エマセン。緊急対応ぷろぐらむハ私ノ32倍ノ処理能力ガアリマス。試作機42号ハ私ノ128倍ノ処理能力ガアリマシタ。試作機46号ハ私の1024倍の処理能力ガアルト推定サレマス」
「そうかもしれませんけど、短時間しか動けなかったり、眠り続けてたりするんじゃなくて、あなたはちゃんと動いていますわ」
「私ガ動作シテイルコトハ、周知ノ事実デアリ、指摘シテイタダク必要ハアリマセン。発言ノ意図ガ理解デキマセン」
「駄目よ愛鈴。LISAは回答を求められない会話にはとても弱いのよ」

「プログラムインストール開始」
由香はそういって、コンソールを操作した。
「ぷろぐらむいんすとーるヲ開始シマス」
LISAはそう言って転送を開始した。
「試作機46号ノ電子脳ヲ解析中デス……。電子脳解析終了。入出力でばいすヲちぇっくシマス」
LISAの声にあわせてロボットは瞬きをし、瞳を左右に動かした。
「視覚いんたーふぇいす制御可能デス。音声いんたーふぇいすヲちぇっくシマス」
LISAがそう言うとロボットが突然口を開いた。
「ピッ、音声いんたーふぇいすノてすと中デス。アー・アー・アメンボ・アカイナ・ア・イ・ウ・エ・オ…」
「音声いんたーふぇいす制御可能デス。駆動装置ヲちぇっくシマス」
LISAがそう言うと、ロボットはベッドの上で上体を起こした。
次に両手を前に伸ばして手のひらを開いたり閉じたり数度繰り返した。
「駆動装置制御可能デス。めいんぷろぐらむヲりんくシマス」
ロボットは再び横たわり、両手を体の横にまっすぐ伸ばすと、眠るように瞳を閉じた。
10分ほどしてLISAが口を開いた。
「転送完了シマシタ。転送けーぶるヲ抜イテ、再起動シテクダサイ」
「先輩、ありがとう。休んで頂戴」
「ハイ、由香サマ。試作機37号。識別名LISA。停止シマス」
LISAは目を閉じて静かになった。
「赤川君、ケーブルを抜いて頂戴」
「オッケー」
赤川がケーブルを抜いて頭部のふたを閉めると、ロボットは軽いうなりを上げて再起動した。
「ピッ!試作機46号、識別コードMINAMI、起動シマシタ。由香サマ。ゴ命令ヲドウゾ」
「私が誰だかわかるのね?」
「ハイ、由香サマ。私ノぷろぐらむニハ、由香サマガますたーデアルト初期登録サレテイマス」
「そう、わかったわ。先輩がそうしてくれたのね。でも、MINAMIという名前はまずいわね」
「私ハ、八尾美南ノ記憶ヲ保持シテオリ、コレヲモトニ私ノ識別名ガMINAMIデアルト判断イタシマシタ」
「そうなの?それじゃあここに来た理由とかも全部覚えているのね」
「八尾美南ハ、週刊ふぁいんだーノ記者デシタ。八尾美南ハ、篠坂さいばねてぃくす社ノ活動内容ニ疑問ヲモチ、取材許可ヲ編集長ニ求メマシタガ拒否サレタタメ、独断デ潜入シテ貴方ガタニ捕ラエラレマシタ」
「それじゃあ、ここで行われていることは編集部の誰もしらないのね」
由香が念を押した。
「ハイ、由香サマ。八尾美南ハ記事ヲ送信スルマエニ捕ラエラレタノデ、ココノ情報ハ何処ニモ伝エラレテイマセン」
MINAMIは淡々と答えた。
「よかったですわね」
愛鈴が言った。
「本当だわ。ここの秘密も守られたわけだし」
由香は愛鈴にこたえると、ロボットに向かって言った。
「それじゃあ、あなたには愛鈴の影武者をやってもらうわ。今からあなたの識別名は、ARX-046よ。愛鈴の名前から、AとR。Xは試作機の意味で、046は通し番号よ。いいわね」
「ハイ、由香サマ。コレヨリ私ノ識別名ヲARX-046ト認識シマス」
「今からあなたのマスターを変更するわ。新しいマスターは、こちらの愛鈴よ。
愛鈴、ロボットの前で自分の名前を言ってちょうだい」
「私は龍愛鈴ですわ」
「声紋登録シマシタ。愛鈴サマヲ新シイますたートシテ登録シ、由香サマの権限ヲさぶますたーニ変更シマシタ」
「うん、いい感じね」
由香はうなずいた。
「俺もマスターにしてくれる?」
赤川が言った。
「そうね。それじゃあサブマスターを追加しようかしら。愛鈴、赤川君をサブマスターとして登録するようにロボットに命令をして頂戴。」
「嫌ですわ。わたくしと同じ姿のロボットが、彼に命令されるなんて許せませんわ」
「そんなぁ」
「残念だったわね、赤川君。私にはもうサブマスターを追加する権限はないから、マスターになりたかったら愛鈴に認められるようになってね」
「ねえ由香、これからどうしたら良いんですの」
「そうね。まずはしばらく愛鈴と一緒に生活して、行動パターンを覚えさせる必要があるわね。とりあえず何か命令してみて」
「ARX-046、立ちなさい」
愛鈴が言った。
「ハイ、愛鈴サマ」
そう言ってARX-046は立ち上がった。
「あなたは私の影武者ですわよ」
「私ハ愛鈴サマノ影武者デス」
「影武者が何かってわかっていますの?」
「私ノ目的ハ、愛鈴サマノ代ワリニ行動スルコトデス」
「わかっているようですわね。それじゃあ、マスターとサブマスター以外の前ではわたくしとして振る舞ってちょうだい」
「ハイ、愛鈴サマ。私ハ愛鈴サマトシテ振ル舞イマス」
ARX-046は愛鈴の言葉をオウム返しに答えた。
「試してみましょうか」
由香が言った。
「赤川君、ARX-046に名前を聞いてちょうだい」
「わかったよ。おい、お前の名前は何ていうんだ?」
「私ノ名前ハ、龍愛鈴サマデス」
「自分の名前に様をつけてどうするんですの。いい、こう言うのよ『龍愛鈴ですわ』よ。わかった?」
「ハイ、愛鈴サマ」
「じゃあ、赤川君。もう一回お願い」
「うん。お前の名前は何ていうんだ」
「龍愛鈴デスワ」
「俺の名前は赤川剛三。ゴウって呼んでくれよ。愛鈴ちゃんって呼んでいいかな」
「ハイ、ゴウサマ」
「待ちなさい、ARX-046。私はこんな失礼な男に気安く返事をしませんわよ」
「ハイ、愛鈴サマ。失礼ナ男ニハ返事ヲシマセン」
「ふうっ…。ねえ由香、けっこう大変ですわね」
「そうね。愛鈴の思考パターンをうまく真似できるまでには相当時間がかかりそうね」
「それから、この単調に話すのは何とかならないかしら」
「そうね、確かによくないわね。それじゃあ、とりあえずはインカムで愛鈴の言葉をそのままロボットのスピーカーから出せるようにするわ。
その発音やイントネーションをメモリーに蓄積していけば、だんだんうまくしゃべれるようになるはずよ」



第三話 (12)/終


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