『メタル リアリティ』

作 市田ゆたか様



第三話 最終章

◆休息◆

「成功したようですね」
地上階から降りてきた黒崎が言った。
「そうね。予想以上にうまく行ったわ」
由香が答えた。
「さすがは篠坂さんですね」
「チェン、このロボットに私と同じ髪型のかつらと、…あとは服を何着か用意してちょうだい」
「愛鈴様、もう真夜中です。今すぐ手配するとなると入手先が限られますし、深夜にここの研究所に運び込まれたことが不審がられる可能性があります。帰ってからでよろしいですね」
「わかりましたわ。もうそんな時間ですのね。そういえば、眠くなってきましたわ」
「これほど長居をする予定ではなかったので、ホテルの用意が出来ていません。
駅前のホテルも満室でしたので愛鈴様にふさわしい宿泊場所となると、沼津か三島まで出ないと無いかと思われますが…」
「ここでは寝られないのかしら」
愛鈴が聞いた。
「仮眠室はありますが、二人分の簡易ベッドがあるだけです」
「あたしは何処でも寝られるから、ここで寝るわ」
由香はそういって、さきほどまでロボットが横たわっていた工作台を指差した。
「ベッドは愛鈴とチェンさんが使って、黒崎さんと赤川君が応接室のソファで寝れば大丈夫よね」
「由香が一緒だったらわたくしもここで寝ても…」
「社長!」
「愛鈴様!」
黒崎とチェンが同時に声を上げた。
「何を考えているのですか」
黒崎が顔色を変えて言った。
「社長にこのようなところで寝ていただくわけには行きません。あなたはリーダーの自覚が無いのですか」
「愛鈴様もです。今の黒崎さんの言ったことをそのまま言わせていただきます」
「それじゃあ俺がここで寝るよ」
「由香ちゃんと愛鈴ちゃんがベッドで寝て、黒埼先輩とチェンさんが応接室でオッケーだよね」
「駄目だ」
黒崎が厳しい口調で言った。
「お前一人を、機密だらけの場所に置き去りにはできん。お前は応接室の床で寝ろ」
「これで決まりましたね」
チェンがうなずく。
「愛鈴様と由香さんはベッドで寝てください。我々は応接室で寝ます」
「そんなぁ」
赤川は一人情けない声を上げた。

「それじゃあ愛鈴、ロボットを停止させて」
「わかりましたわ。ARX-046、停止しなさい」
「ハイ、愛鈴サマ。ARX-046。停止シマス」
ARX-046はそう言って目を閉じ、直立姿勢のまま動かなくなった。
「それじゃあ、そろそろ寝ましょ」

一同はエレベータに乗って地下研究室を後にした。

由香と愛鈴は、シャワールームに入った。
ロッカーには病院で使われるようなフリーサイズのシンプルなパジャマが用意されていた。
二人は体を洗うと、パジャマを着て仮眠室のベッドに入った。

「ねえ由香、これからあのロボットをどうやって教育したらいいかしら」
「そうねぇ。やっぱり愛鈴と一緒に生活させるのが一番早いと思うわ」
「一緒に生活ね…。大学とかにも一緒に行けたら楽しいですわね。わたくしの双子の妹とか言って…。きっと、みんな驚きますわ」
愛鈴はクスクスと笑った。
「そのあたりはチェンさんが留学の手配とかはきっとしてくれるわね。でも、そのためには少なくとも日常会話ぐらいはボロがでないようにしておかないと」
「そうですわね。まずはわたくしの部屋で仕込みますわ」
「それじゃあ、あたしも時々様子を見に行くわね」
「わたくしのマンションはオートロックだから、電子ロックに由香の指紋を登録しますわ。そうすればいつでも好きなときに来られますわね」
「それなんだけど、あたしの指紋は薄いから機械で読み取るのは無理だと思うわ。もちろん、影武者ロボットも同じだから別の方法を考えておかないと」
「そういうことでしたら、管理会社に言って鍵を変えさせますわ」
「そんな簡単にできるの。だってマンションでしょ」
「“私の”マンションですわ。お爺様に買ってもらったって言いましたわよね」
「でもほかの部屋は別の人の持ち物でしょ。オートロックを変えるってことは全員に影響が出るんじゃないの?」
「ほかの部屋?…ああ、そういうことですの。由香はマンションの部屋をひとつ買ったと思ってましたのね。違いますわ。お爺様が買ってくれたのは一棟のマンションですわ。わたくしがオーナーで、わたくしの部屋以外は人に貸していますのよ」
「えっ…マンション全部?それを愛鈴のために?」
「だからお爺様のお金の使い方はおかしいって言いましたでしょ」
「一部屋でも、留学のためだけに買うのはおかしいわよ。でも桁が違ったわけね。これだけの研究施設へよく投資するもんだと思ってたけど、納得できたような気がするわ」
「これでも会社は利益を上げていて、給料も香港ではトップクラスだから、社員からも株主からも全く文句は出ないんですのよ。これだけの経営が出来るお爺様の跡を継ぐなんてわたくしに出来るのかしら」
「大丈夫よ。愛鈴ならきっとできるわよ」
「ありがとう、由香。でもわたくしは経営工学を勉強してるけれど、お爺様と違って数字が苦手ですの」
「大丈夫よ。そういうところは、計算が得意なロボットにさせちゃえばいいのよ。あたしもLISAに何度も経営判断をさせてたけど、一度も間違えたことなかったわよ」
「そうですわね。でもLISAは優秀な先輩だったんですわよね。あの美南って記者はどう見ても優秀には見えませんでしたわ。まわりを見ずに失敗しそうなタイプですわね」
「それもそうね。優秀だったら捕まってロボットにされることなんてなかったわよね」
「確かにそうですわ」
二人はクスクスと笑いあった。

「それじゃあ、あたしは寝るわね。おやすみ愛鈴」
由香はそういって目を閉じると、すぐに規則的な寝息を立て始めた。
「おやすみ、由香。あら、もう寝てしまったのね」
愛鈴も目を閉じて布団に潜り込んだ。


◆エピローグ◆

「それでは、私たちはこれで失礼します」
正面玄関に横づけされたリムジンの運転席からチェンが言った。
「由香、わたくしのマンションに来てくださいね」
後部座席から愛鈴が言った。
愛鈴の横には影武者ロボットのARX-046が並んで座っていた。
「早めに行くようにするわね。インカムと、あとはロボット用の愛鈴の顔を届けないと駄目だから」
「俺も行っていいかな」
「あなたは呼んでいませんわ」
「そんなぁ」
「こら赤川、いい加減にするんだ」
「それでは、そろそろ行くとしましょう。皆さんお元気で。次の打ち合わせの予定はまた連絡します」
チェンはリムジンを発車させた。
リヤウインドウに二つのシルエットを映したリムジンは、静かに去っていった。

「私たちも行きましょう。もう内装業者が来ています」
黒崎は駐車場に停まっているトラックを指差すと、来るときに乗ってきた車に向かって歩き出した」
「ちょっと待って。LISAを忘れてきたわ」
由香は建物に向かって駆け出そうとした。
「まってください社長。いま地下に入ると内装業者に構造がばれるかもしれません」
「でも…」
「何ヶ月も待ったんですから、あと数週間ぐらい我慢してください。香港からボディが届くのもそのころのはずです」
「そうね。わかったわ。LISAも首だけよりは体があったほうがいいわよね」
「じゃあ行こうか、由香ちゃん」
「お前は電車で帰るんだ」
「えーっ、どうして俺だけ」
「お前は電車がすきなんだろ。来るときもわざわざ一人だけ新幹線を使うぐらいだ。それに新宿行きの時刻表を調べているときもあんなに嬉しそうだったじゃないか」
「そんなぁ…」
「次の打ち合わせには遅れるんじゃないぞ」
そう言って黒崎は車を出した。

「黒崎せんぱーい、由香ちゃーん…」
車は赤川を置いてあっという間に走り去っていった。
「ひどいよぉ…俺は何にも悪くないのに…」
赤川は駅へと向かう坂道をとぼとぼと下り始めた。



【終わり】


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