『メタル リアリティ』

作 市田ゆたか様



第三話 (2)

◆潜伏◆

「“りさ”って言ったわね。たしか失踪した前所長のはず。やはり何かあるわね」
駐車場の裏手のまだ整地されていない茂みの中で身を潜めながら、八尾美南(やお・みなみ)は昨日の編集部でのやりとりを思い出していた。

「どうして取材許可をだしてくれないんですか」
資料の束を編集長の机に積み上げて、美南は言った。
「確かによく調べてあることは認めよう。だがな、この事件は専務の逮捕と研究所長の辞任でカタがついているんだよ」
小太りした中年の編集長は煙草をもみ消すと面倒くさそうに言った。
「しかし、どう見ても不審な点が……」
「八尾。ウチの誌名を言ってみろ」
「し……週刊ファインダーです」
「そのとおり、ウチは写真週刊誌だ。客は刺激的な写真を求めているんだ。ウチとしてはこの事件は、香港での取材に失敗した時点で終わっていたんだよ。 そんなに正義の記者がしたいのなら、七階に資料だけは回してやるぞ」
ビルの七階には出版社の社名を冠した硬派な雑誌の編集部があった。
「しかし編集長」
「くどいな。そんなに言うのなら、一週間だけ時間をやろう。お前の主張する犯罪とやらの証拠写真を撮って来てみろ。スキャンダルになるようなやつをな」
「あ、ありがとうございます」
「ただし、お前の独断を編集部は一切サポートできん。有給休暇をやるから勝手にするがいい。言っておくが死んでも労災にはならないからな」
「がんばります」
「それから、辞表を書いてくれ」
「えっ?」
「辞表だ。一週間たって戻ってこなかったら、お前は辞めたことにするからだ。社としては捜索願いなどは一切出さん」
「そんな……」
美南はうろたえた。
「ふん、その程度の覚悟もないか。だったらおとなしく指示された記事を仕上げるんだな」
編集長が言った。
「わ、わかりました」
美南は決意に唇を噛み締めると辞表を書くために自分の席に戻った。
「退職金の送金口座を書き忘れるなよ」
背中から編集長の声がした。

美南は駐車場の4人にカメラのレンズを向けてシャッターを切ると、すぐさまカメラからメモリカードを取り出して手持ちのパソコンにセットした。
この取材のために用意したデータベースと照合を行ったところ、由香と黒崎のプロフィールはわかったが、あとの2名については不明だった。
「この写真があれば、事前調査でどうしても判らなかった出資者の正体がわかるかもしれないわ」
美南は社にデータを電送しようとしたが、携帯は圏外だった。
「まだ開発中の工業団地だから基地局ができていないのね。アンテナが立っているところまで移動しないと駄目だわね」


◆走査◆

「赤川君は来ないのですか」
チェンが聞いた。
「時間と場所は伝えてあるのですが……。まあいつものことですから」
黒崎が言った。
「それでは参りましょう」
チェンはそう言うと、フェンスの鍵を開けて敷地の奥の建物に向かい、黒崎・由香・愛鈴の三人も後に続いた。
「今はセキュリティを切ってありますが、普段はセンサーによる自動警備が行われています」
チェンが説明した。
その建物は広い敷地には不釣り合いなほど小さい三階建のビルであった。
正面はガラス張りの自動ドアがあり、その奥に小さな受付があった。
チェンが胸元からIDカードを出してドアの横のセンサーパネルにかざすと、自動ドアは音もなく開いた。
「きれいなビルね」
「身体障害者むけの装具を作るということで、バリアフリーを意識してあります。一階にはロビーと応接と会議室があります。
二階がオフィスで、三階が研究室になっています。基本的に上層フロアほどセキュリティが高くなっています」
「セキュリティの管理はどうなっていますか」
黒崎が聞いた。
「コンピュータで集中管理していますが、今日は特別にフルオープンにしてあります」
一行はチェンの案内で各フロアを回った。
「チェンさん。お願いしていた設備がどこにもないんですけど」
「はい、それでいいんです」
「どういうこと?」
由香が聞いた。
「今案内した場所は、それらしい会社に見せるための部分です」
「なるほど、カモフラージュですね」
黒崎が言った。
「そうです。それでは本来の目的地に案内しましょう」

チェンは一行をエレベーターへと案内した。
エレベータのパネルにIDカードをかざすと、一階から三階までのタッチパネルに地下一階と地下二階が現れた。
「地下一階には病院の救急病棟と同程度の設備が用意してあります。信頼できる医師をいま捜しているところですが……」
チェンの説明を由香が遮った。
「あ、それはこちらでなんとかできると思うわ。あたしの女子高の後輩で優秀な子がいるんです。
まだ21なんだけど飛び級で去年医大を卒業して医師免許を取ってるのよ」
「秘密は守れますか」
「もちろん、あたしが保証します。あたしの身体の相談にも乗ってもらっているから大丈夫です」
「社長、そんなことは一度も聞いてませんよ。どうしてそういう大事なことを教えてくれないんですか」
黒崎が憮然として言った。
「いいじゃない」
愛鈴が言った。
「女性の身体のことは女性のほうが話しやすいですもの」
「愛鈴様、そういうことではありません。今回のプロジェクトは極秘のものなんです」
チェンが言った。
「愛鈴様も秘密が守れないようでしたら、ここから先は遠慮していただきます」

地下二階の扉が開くと、その先にはすぐ扉があった。
「ここから先はクリーンルームです。安全のためエレベータのドアが閉まらないと、このドアは開かないようになっています」
4人がエレベータから出てドアが閉まると、下から強い風が吹き上げてきた。
「きゃっ」
愛鈴がふわりと広がったスカートを押えて叫んだ。
「大丈夫よ。洗浄のためのエアシャワーだから」
由香が言った。
しばらくして風が停まると前方のドアが自動的に開いた。ドアは鋼鉄製でかなりの厚みがあった。
ドアの内側は広めの部屋になっており、さまざまな機器が整然と据え付けられていた。
部屋の中央にはコの字型のテーブルがあり、数台のディスプレイを備えつけたコンソールが置かれていた。
「すべての機器はスタンバイ状態になっています。チェックして下さい」
チェンが言った。

「ねえ由香、これは何?」
愛鈴が部屋の機械を指差して聞いた。
「それは微細加工用のマニピュレーターよ。あぶないから、そのあたりのものに触らないでね」
「じゃあ、これは?」
愛鈴はテーブルの前に置かれた直径1m高さ20cmほどの円形の台の上に昇った。
「それは……」
由香が答えるより早く、ブーンという機械音とともに円筒状の透明なカプセルが天井から降りてきた。
突然閉じ込められた愛鈴は、驚いて何かを叫びながらカプセルの壁を叩いたが、その声も壁を叩く音もまったく外には聞こえなかった。
カプセルの上部が赤・青・緑の三色に光り輝いた。
やがてその光は混ざり合って白い環のようになると、壁面に沿ってゆっくりと下に降りてきた。



第三話 (2)/終


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